01 ,2009
翠滴 2 AZUL 3 (31)
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「これが、周と僕たちの出会いだよ。なかなか強烈だろう?」
享一の頭の中には見てもいないのに、すうっと流れるように移動する艶やかな翠の虹彩や、チンピラを仕留めた周の優雅な動きが蘇った。不埒なまでに高揚した瞳のその奥には、癒えることのない孤独を沈めている。
秀でた容姿と美しい翠の瞳、まるで砂鉄が磁石に引き寄せられるように、周のまわりに人が集まってきた。実は17歳だとバレてからは、圭太や雅巳の取り巻きの女達が我先にと周を甘やかし、その内の誰かとふたりで姿を消すことが増えたという。
そうして周は、大人たちが作り出したスノッブな夜の空気に速やかに馴染んでいった。
「圭太が、アイドルだったと言ったのはあながち嘘じゃないよ。あの頃、周は本当にアイドル状態だったもの」
そう言って花隈は鼻を鳴らし軽く笑った。
「その頃、ベンチャービジネスにも興味を持ちだした周は雅巳のところに頻繁に出入りするようになってね・・
今思えば、高校進学と同時に家を出された時期と重なってるしねえ、楽しそうにはしてたけど、
人に埋もれることで安心し、自分でも無意識のうちに居場所を探していたのかもね」
花隈は一旦、話を切ると考え込むように沈黙した。
周は唯一の肉親である双子の妹たちを、とても愛していた。周の気持を思い遣ると、自分の心も共鳴するように締め付けられる。
寂しさなど知らないふりをする。プライドの高い、強く美しい男。
その周がなぜ
「周は飲み込みが早く、ビジネスのセンスもあった。僕達の予想通り、
雅巳の仕事を手伝いだした周は、すぐに頭角を現し始めた。周の才能を確信した雅巳は
周の学校以外の全ての時間を独占しようとしたんだ。
周への異常な執着心や独占欲を隠そうともしなくなった雅巳に困惑した周は
次第に雅巳を避けるようになったけど、雅巳は自分の意のままに動く人間を使って始終
周を監視させ、食事やセミナーに半ば強制的に付き合わせてた。
その雅巳から逃げ回っていた周が、雅巳の愛人になったのは彼が18の時」
「18? 神前さんを避けていた周が、なぜですか」
18歳という若さで愛人になったという事実に衝撃を受けた。
「融資だよ。周の叔父の会社であるN・Aトラストは、神前の祖父の会社から莫大な融資を受けていたんだ」
享一は、驚愕を隠せなかった。N・Aトラストといえば、今自分たちが携わる大規模都市計画のクライアントのひとつだ。庄谷の屋敷からある程度の資産家だとは予想はついたが、決して派手な生活ではなかったし、そこまでだとは思っていなかった。そんな大企業の血縁者がどうして……
「そんな家柄に生まれた周が、なぜ愛人になんかなったのかって?」
また享一の心を読んだかのように花隈が言葉を継いだ。
ひとつひとつが唐突で、自分に抱えきれない秘密が暴露されていく。仕事で馴染みのあるN・Aトラストの名前が飛び出して 正直、輪郭が一気にずれた感じがして、花隈の話に現実味を見出せず戸惑わずにはいられない。
「ええ」 と、言葉が見つからず、短く返した。
「周や茅乃たちの父親はね、彼の祖父とカナダ人の愛人との間に生まれた子共…庶子だったんだ。
妹たちと違って、父親と同じく愛人である祖母と同じ目の色をした周は、一族にとっての汚点、
つまりスキャンダルそのものだった。対外的に、厄介な存在だったんだ」
汚点に厄介…酷い。周にあまりにも似つかわしくない単語に強い反感を感じた。
「あの子達の父親が病気で亡くなって、叔父の騰真さんは横恋慕していた
周たちの母親と半ば強引に再婚を果したけど、彼女も父親の後を追うように
周とまだ幼い双子を残して他界してしまった。周が中二の時だったそうだよ」
庄谷の屋敷にある仏間の遺影を思い出した。写真になっても生前の滴るような美貌が伝わってきた。中二といえば、享一がボーイスカウトのキャンプで周に会った次の年だ。
「子供達の養父にはなったけど、
騰真さんという人も、およそ愛情には縁遠い育てられ方をした人だったんじゃないかと、僕は推察しているんだ。
彼には父性というものが欠落していた。美しい双子が自分のビジネスの道具に使えると踏んだ騰真さんは
ふたりのどちらかを神前家に嫁がせることで、KNホールディングス傘下の銀行から、より多くの融資を引き出し
経済界での土壌を強固なものにしようと目論んだ」
一旦言葉を切った、花隈の表情が巌しくなる。
「騰真さんが雅巳の婚約相手として売り込んだ時、美操と茅乃は中学に上がったばかりの子共だったというのに」
11~12歳の少女が婚約とは、時代錯誤もいいところだ。
叔父の騰真と神前を語る話のそこかしこに、常識とは乖離した歪みを感じ気持ちが沈んでいった。
「政略結婚、ですか」
「うん、そういうことだね。美操達は周とって、唯一残された血の繋がった家族だし
周はふたりを溺愛しているから、彼女たちを守るためなら何でもしたと思う。
叔父と雅巳は、そこにつけ込んだんだ」
かつて、心の中でティーンズとあだ名をつけた美しい双子の少女の顔を思い起こした。華やかな笑い声や、自分を揶揄う時の、少女達特有の含み笑う悪戯な様子までもが一緒に生き生きと甦る。
享一は、卑劣な手でまだ力を持たない周や美操達を好き勝手に弄び、手駒として扱った神前と叔父の騰真に抑えようの無い激しい怒りを憶えた。
「これが、周と僕たちの出会いだよ。なかなか強烈だろう?」
享一の頭の中には見てもいないのに、すうっと流れるように移動する艶やかな翠の虹彩や、チンピラを仕留めた周の優雅な動きが蘇った。不埒なまでに高揚した瞳のその奥には、癒えることのない孤独を沈めている。
秀でた容姿と美しい翠の瞳、まるで砂鉄が磁石に引き寄せられるように、周のまわりに人が集まってきた。実は17歳だとバレてからは、圭太や雅巳の取り巻きの女達が我先にと周を甘やかし、その内の誰かとふたりで姿を消すことが増えたという。
そうして周は、大人たちが作り出したスノッブな夜の空気に速やかに馴染んでいった。
「圭太が、アイドルだったと言ったのはあながち嘘じゃないよ。あの頃、周は本当にアイドル状態だったもの」
そう言って花隈は鼻を鳴らし軽く笑った。
「その頃、ベンチャービジネスにも興味を持ちだした周は雅巳のところに頻繁に出入りするようになってね・・
今思えば、高校進学と同時に家を出された時期と重なってるしねえ、楽しそうにはしてたけど、
人に埋もれることで安心し、自分でも無意識のうちに居場所を探していたのかもね」
花隈は一旦、話を切ると考え込むように沈黙した。
周は唯一の肉親である双子の妹たちを、とても愛していた。周の気持を思い遣ると、自分の心も共鳴するように締め付けられる。
寂しさなど知らないふりをする。プライドの高い、強く美しい男。
その周がなぜ
「周は飲み込みが早く、ビジネスのセンスもあった。僕達の予想通り、
雅巳の仕事を手伝いだした周は、すぐに頭角を現し始めた。周の才能を確信した雅巳は
周の学校以外の全ての時間を独占しようとしたんだ。
周への異常な執着心や独占欲を隠そうともしなくなった雅巳に困惑した周は
次第に雅巳を避けるようになったけど、雅巳は自分の意のままに動く人間を使って始終
周を監視させ、食事やセミナーに半ば強制的に付き合わせてた。
その雅巳から逃げ回っていた周が、雅巳の愛人になったのは彼が18の時」
「18? 神前さんを避けていた周が、なぜですか」
18歳という若さで愛人になったという事実に衝撃を受けた。
「融資だよ。周の叔父の会社であるN・Aトラストは、神前の祖父の会社から莫大な融資を受けていたんだ」
享一は、驚愕を隠せなかった。N・Aトラストといえば、今自分たちが携わる大規模都市計画のクライアントのひとつだ。庄谷の屋敷からある程度の資産家だとは予想はついたが、決して派手な生活ではなかったし、そこまでだとは思っていなかった。そんな大企業の血縁者がどうして……
「そんな家柄に生まれた周が、なぜ愛人になんかなったのかって?」
また享一の心を読んだかのように花隈が言葉を継いだ。
ひとつひとつが唐突で、自分に抱えきれない秘密が暴露されていく。仕事で馴染みのあるN・Aトラストの名前が飛び出して 正直、輪郭が一気にずれた感じがして、花隈の話に現実味を見出せず戸惑わずにはいられない。
「ええ」 と、言葉が見つからず、短く返した。
「周や茅乃たちの父親はね、彼の祖父とカナダ人の愛人との間に生まれた子共…庶子だったんだ。
妹たちと違って、父親と同じく愛人である祖母と同じ目の色をした周は、一族にとっての汚点、
つまりスキャンダルそのものだった。対外的に、厄介な存在だったんだ」
汚点に厄介…酷い。周にあまりにも似つかわしくない単語に強い反感を感じた。
「あの子達の父親が病気で亡くなって、叔父の騰真さんは横恋慕していた
周たちの母親と半ば強引に再婚を果したけど、彼女も父親の後を追うように
周とまだ幼い双子を残して他界してしまった。周が中二の時だったそうだよ」
庄谷の屋敷にある仏間の遺影を思い出した。写真になっても生前の滴るような美貌が伝わってきた。中二といえば、享一がボーイスカウトのキャンプで周に会った次の年だ。
「子供達の養父にはなったけど、
騰真さんという人も、およそ愛情には縁遠い育てられ方をした人だったんじゃないかと、僕は推察しているんだ。
彼には父性というものが欠落していた。美しい双子が自分のビジネスの道具に使えると踏んだ騰真さんは
ふたりのどちらかを神前家に嫁がせることで、KNホールディングス傘下の銀行から、より多くの融資を引き出し
経済界での土壌を強固なものにしようと目論んだ」
一旦言葉を切った、花隈の表情が巌しくなる。
「騰真さんが雅巳の婚約相手として売り込んだ時、美操と茅乃は中学に上がったばかりの子共だったというのに」
11~12歳の少女が婚約とは、時代錯誤もいいところだ。
叔父の騰真と神前を語る話のそこかしこに、常識とは乖離した歪みを感じ気持ちが沈んでいった。
「政略結婚、ですか」
「うん、そういうことだね。美操達は周とって、唯一残された血の繋がった家族だし
周はふたりを溺愛しているから、彼女たちを守るためなら何でもしたと思う。
叔父と雅巳は、そこにつけ込んだんだ」
かつて、心の中でティーンズとあだ名をつけた美しい双子の少女の顔を思い起こした。華やかな笑い声や、自分を揶揄う時の、少女達特有の含み笑う悪戯な様子までもが一緒に生き生きと甦る。
享一は、卑劣な手でまだ力を持たない周や美操達を好き勝手に弄び、手駒として扱った神前と叔父の騰真に抑えようの無い激しい怒りを憶えた。
周・・。
どうして、神前に囚われているのか、ずっと疑問でした・・。
可哀想な周・・・・(涙・・・
享一は、周を救いだす事は出来るのでしょうか・・?
ああっ・・私の浅い脳では、手立てが思い浮かびませんが・・。
何か・・あるのですよねっ?
なんとか・・二人に、明るい未来を・・。