01 ,2009
翠滴 2 AZUL 1 (29)
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そのサロンはヒルトップにあり、白い壁に独特の対比の開口で河村の設計だとすぐにわかった。中に入るのが躊躇われるほど敷居の高そうなサロンだ。大きなガラス扉の前で佇んでいると、中からモデルのような美女が二人出てきて享一の脇を通り過ぎる。その内の一人がチラッと享一に視線を送り揶揄うように笑ってくる。余計に店に入り辛くなり、ドアの前で躊躇っていると店の中からスタッフらしき若い男が出てきた。客でない事が一目瞭然なのか、探る口調で「何かご用ですか?」と尋ねてきた。
「花隈さんをお願いしたいんですが…」
「どなた?知り合いだとか約束しているって人が本当に多くて困っているんです」
うろたえる享一の態度に男の顔が険しくなる。
怪しげに顰める店員の言葉に、花隈がメディアにも露出する有名人であることを思い出した。もらった名刺を見せれば収まりそうだが、生憎 花隈の名刺は河村のジャケットの胸ポケットに入ったままだ。急いで葉山のセカンドハウスを出たため、すっかり抜け落ちていた。電話番号を調べて出直すことを考えていると、享一の顔を見ていた店員がやがて合点がいったような顔をして訊いてきた。
「もしかして、モデルクラブの方の面接?」
「あ、・・・・はい」 咄嗟に返答したものの、ぎこちない笑顔もつけてみる。
休みは、今日までだ。時間は惜しい。
途端に男は破顔して笑った。モデルクラブの存在を忘れていた。
さっきの美女二人は正真正銘のモデルだったらしい。
「どうぞ。君、ラッキーだよ。先生は撮影の予定だったんだけど、
ちょっと事故にあったらしくて今日はここにいる」
「事故?」
案内で先を行く店員が含み笑いをした。
「多分、喧嘩だね。先生は温和な人だから、珍しいんだけど。
本人落ち込んでるから、顔見て驚かないでくれよ」
嫌な予感がした。河村とやり合った傷に違いない。原因が目の前にいるとは、まさかこの男も思うまい。この後に及んで益々、花隈と顔が合わせにくくなった。3Fにエレベーターで上ると、店員が振り返った。今風の整った顔が享一を覗き込む。
「君も喧嘩?」
「え?」
朝から鏡を見てなかった。左のこめかみに触れると痺れに似た痛みが走る気がした。
「モデルになりたいなら、その綺麗な顔を命の次に大事にしないとね。
ちょっと待ってて」
そう言うと店員はエレベーターの斜め前の白い扉の向うに消えて再び顔を出した。
「ゴメン、君、名前は?」
「時見 です」
中から驚いた声がして、いきなりドアが勢いよく開いた。
お互い顔を見合わせて固まり、絶句した。
「サクラちゃん?・・・・その顔」
「花隈さんこそ・・・」二人揃って、同じ人物を思い浮かべ苦笑いを漏らす。
サロンの3Fにある花隈のオフィスはおおよそ、事務所という概念から程遠いものだった。
執務用のデスクもあるにはあるが、隅っこの方へ追いやられ申し訳程度に置かれていて、広い室内のメインは大きなガラスのローテーブルとその周りをクッションが占める。「どうぞ、座って」と促されて、靴を脱ぎ鏡面仕上げで磨かれた白い大理石の床に置かれた毛皮のラグマットの上に正座した。
「随分、行動が早かったね。その痣・・・今は、聞かない方がいいんだろう?
ま、察しは付くんだけどね」
そういう花隈の顔も見事なまでに腫れている。単に、花隈自身が喧嘩が苦手なのか、それとも河村が手加減をしなかったのか・・・・多分その両方だろう。これでは、撮影は到底無理だ。あまりの腫れにいたたまれず、目を逸してしまいそうになる。
「今日は何をしにきたのか、サクラちゃんの口から
はっきり聞かせてもらってもいいかい?」
不意に訊かれ、言葉に詰まったが、花隈には嘘も隠し事も通用しない事はわかっていると思い、素直に、自分の気持ちを口にした。
「・・花隈さんの言う通りです。俺は周を忘れられない。
だからと言って今は、周とどうなりたいとかではなくて、
ただ周の事をもっと知りたい・・・俺は、周のこと、何も知らないんです」
花隈が腫れあがった、顔を少し動かして笑った。
紫色に囲まれた瞳が柔らかな光を湛えて嬉しげに細められたと思うと、すぐに真剣な表情に戻った。
「逃げない覚悟が出来た?」
「はい。周の事、教えてください」
「そう、でも最初に、忠告しておくね。
この話を君が聞くことで苦しむのは君ではなく、間違いなく周だよ。
でも、享一君が真実を知らない事には、現在、複雑な状況に身を置く
周を理解する事は難しいと思う。
もし、聞いた後で自分には受け止められないと感じたら、
周の事はきれいさっぱり忘れ去って欲しい。いいかい?」
『ここでの事は全て忘れてください』 庄谷の駅で鳴海に言われた言葉が
長い間、貼りついていた耳の底から、ゆらりと浮き上がり甦ってきた。
享一は花隈を真直ぐ正面に見据え頷いた。
そのサロンはヒルトップにあり、白い壁に独特の対比の開口で河村の設計だとすぐにわかった。中に入るのが躊躇われるほど敷居の高そうなサロンだ。大きなガラス扉の前で佇んでいると、中からモデルのような美女が二人出てきて享一の脇を通り過ぎる。その内の一人がチラッと享一に視線を送り揶揄うように笑ってくる。余計に店に入り辛くなり、ドアの前で躊躇っていると店の中からスタッフらしき若い男が出てきた。客でない事が一目瞭然なのか、探る口調で「何かご用ですか?」と尋ねてきた。
「花隈さんをお願いしたいんですが…」
「どなた?知り合いだとか約束しているって人が本当に多くて困っているんです」
うろたえる享一の態度に男の顔が険しくなる。
怪しげに顰める店員の言葉に、花隈がメディアにも露出する有名人であることを思い出した。もらった名刺を見せれば収まりそうだが、生憎 花隈の名刺は河村のジャケットの胸ポケットに入ったままだ。急いで葉山のセカンドハウスを出たため、すっかり抜け落ちていた。電話番号を調べて出直すことを考えていると、享一の顔を見ていた店員がやがて合点がいったような顔をして訊いてきた。
「もしかして、モデルクラブの方の面接?」
「あ、・・・・はい」 咄嗟に返答したものの、ぎこちない笑顔もつけてみる。
休みは、今日までだ。時間は惜しい。
途端に男は破顔して笑った。モデルクラブの存在を忘れていた。
さっきの美女二人は正真正銘のモデルだったらしい。
「どうぞ。君、ラッキーだよ。先生は撮影の予定だったんだけど、
ちょっと事故にあったらしくて今日はここにいる」
「事故?」
案内で先を行く店員が含み笑いをした。
「多分、喧嘩だね。先生は温和な人だから、珍しいんだけど。
本人落ち込んでるから、顔見て驚かないでくれよ」
嫌な予感がした。河村とやり合った傷に違いない。原因が目の前にいるとは、まさかこの男も思うまい。この後に及んで益々、花隈と顔が合わせにくくなった。3Fにエレベーターで上ると、店員が振り返った。今風の整った顔が享一を覗き込む。
「君も喧嘩?」
「え?」
朝から鏡を見てなかった。左のこめかみに触れると痺れに似た痛みが走る気がした。
「モデルになりたいなら、その綺麗な顔を命の次に大事にしないとね。
ちょっと待ってて」
そう言うと店員はエレベーターの斜め前の白い扉の向うに消えて再び顔を出した。
「ゴメン、君、名前は?」
「時見 です」
中から驚いた声がして、いきなりドアが勢いよく開いた。
お互い顔を見合わせて固まり、絶句した。
「サクラちゃん?・・・・その顔」
「花隈さんこそ・・・」二人揃って、同じ人物を思い浮かべ苦笑いを漏らす。
サロンの3Fにある花隈のオフィスはおおよそ、事務所という概念から程遠いものだった。
執務用のデスクもあるにはあるが、隅っこの方へ追いやられ申し訳程度に置かれていて、広い室内のメインは大きなガラスのローテーブルとその周りをクッションが占める。「どうぞ、座って」と促されて、靴を脱ぎ鏡面仕上げで磨かれた白い大理石の床に置かれた毛皮のラグマットの上に正座した。
「随分、行動が早かったね。その痣・・・今は、聞かない方がいいんだろう?
ま、察しは付くんだけどね」
そういう花隈の顔も見事なまでに腫れている。単に、花隈自身が喧嘩が苦手なのか、それとも河村が手加減をしなかったのか・・・・多分その両方だろう。これでは、撮影は到底無理だ。あまりの腫れにいたたまれず、目を逸してしまいそうになる。
「今日は何をしにきたのか、サクラちゃんの口から
はっきり聞かせてもらってもいいかい?」
不意に訊かれ、言葉に詰まったが、花隈には嘘も隠し事も通用しない事はわかっていると思い、素直に、自分の気持ちを口にした。
「・・花隈さんの言う通りです。俺は周を忘れられない。
だからと言って今は、周とどうなりたいとかではなくて、
ただ周の事をもっと知りたい・・・俺は、周のこと、何も知らないんです」
花隈が腫れあがった、顔を少し動かして笑った。
紫色に囲まれた瞳が柔らかな光を湛えて嬉しげに細められたと思うと、すぐに真剣な表情に戻った。
「逃げない覚悟が出来た?」
「はい。周の事、教えてください」
「そう、でも最初に、忠告しておくね。
この話を君が聞くことで苦しむのは君ではなく、間違いなく周だよ。
でも、享一君が真実を知らない事には、現在、複雑な状況に身を置く
周を理解する事は難しいと思う。
もし、聞いた後で自分には受け止められないと感じたら、
周の事はきれいさっぱり忘れ去って欲しい。いいかい?」
『ここでの事は全て忘れてください』 庄谷の駅で鳴海に言われた言葉が
長い間、貼りついていた耳の底から、ゆらりと浮き上がり甦ってきた。
享一は花隈を真直ぐ正面に見据え頷いた。
楽しみに、待ってましたよ~!!
ああっ・・享一が核心に迫っている・・?
花隈が何を語るかも、その後の享一の結論も・・・気になる!!
享一、逃げないで周の元に行けるのかなぁ~?
行けるよね・・?
きっと・・・!
話は変わりますが・・。
前ページの絵・・素敵です!!
紙魚さまは、絵もお上手なんですねぇ~。
羨ましい・・。
実は・・私も、最近・・ちょっと書いてみたんですが・・、
これが・・・・、誰・・?って感じで・・。
どうしても、少女漫画チックになってしまうのです・・(はぁ・・・
紙魚さまの絵のタッチ・・憧れます・・。
あっ・・自分の事をベラベラと・・・すみません・・。
では、また伺いま~す♪