12 ,2008
翠滴 2 潮騒 2 (27)
←(26) (28)→
いつの間に戻ったのか、圭太ドア横の壁に凭れ腕を組んで立っていた。表情を殺した瞳は、真直ぐ享一を見つめいつか雨の中でキスをされた日の事を思い起こさせた。部屋の中で立ち尽くす姿も見られたのだろうか?2人が欲情をぶつけ愛し合い貪り合った部屋を、周を思って見ていたという、罪深い裏切り行為をした自分を恥じ罪悪感に目を逸らした。
「こんな夜更に、どこへ行く?」
柔らかい声のトーンに隠し切れない断罪が滲み出て、逆に意を固くした。
自分の中の周へのいつまで経っても色褪せぬ感情に気付いてしまった以上は 圭太の側にいる事は出来ない。
「東京に戻ります」
「なぜ?」
「庄谷の周の部屋の設計は圭太さんがやられたんですね」
無言の肯定が返ってきた。
「花隈さんの言ったことは当たっています。俺は周を忘れられない。
忘れようとして圭太さんを利用したんです。俺は…狡いんです」
面と向かって河村の顔を正視することが出来ず、視線を逸らした。
「そんな事は、始めから承知していた。
俺がそうなるように仕向けたんだから、利用すれば良い」
「できません。俺は河村 圭太を尊敬しています。
大切な人だと思っています。その圭太さんを、こんな風に
利用してしまって、本当に申し訳なく思っています」
河村の目が細まり身体全体から怒気が溢れ出す。
しかし、ここで怯めば自分と河村の両方に嘘をつき裏切ることになる。
「月曜から、大森に戻ります。お世話になりました」
頭を下げ圭太の傍らを通り過ぎようとした時、鳩尾に衝撃が走った。
享一の身体が激痛で「く」の字に折れ圭太に倒れ掛かる。
声も無く崩れ落ちた享一の背中に固く冷え切った声が落ちてきた。
「今夜、初めて雅巳の気持ちが完全に理解出来た」
落ちた鞄をそのままに、圭太は享一を抱き上げベッドに運んだ。
享一は身体を折り曲げたまま、鳩尾を両腕で庇い呻いている。
圭太はゆっくりとした動作で、コートを脱ぎ捨てた。脂汗を掻き、浅い息を繰り返しながら痛みに耐える享一に跨がり、醒めた瞳で見下ろす。
気の遠くなりそうな痛みのピークが去ると、享一は横目で河村を見上げた。
高貴と喩えても、びたりと当て嵌まる整った貌にほつれた癖毛が掛かっている。黒のタートルネックに身を包む河村は、物語に出て来る美しい魔王のようだ。
その憂いに沈んだ瞳は、悲しみに潤んでいるようでもあり、恋人の裏切りに仄暗い炎を燃しているようでもある。黒いニットに包まれた腕が伸びてきて、鳩尾を押さえる享一の手首を掴んだ。無理矢理、享一の腕を伸すとコートと一緒にジャケットも腕から抜いた。その隙をついて、享一は河村の下から、ずるりと身体を抜きベッドを転がり下りる。
だが、腹に鈍い痛みの残る身体は思うように動かず、伸びてきた河村の腕に腕と襟元を掴まれ、ベッドへと引き摺り戻された。ボタンが勢いよくちぎれ飛ぶ。もう一度、河村の腕を振り切ろうとして顔を上げたところを殴られた。静かな部屋に鈍い音が響き、ベッドに沈む。
無言劇だった。
今朝、このベッドでお互いの体温を感じながら抱き合ったのが何年も何十年も時間を隔てた前のことのように思える。一旦、河村はベッドを降りると享一の視界から消え、一本のネクタイを手に戻ってきた。まだ、新品なのか赤い絹の細いロープに結わえられたGLAMOROUSのタグが付いたままだった。河村は指の先で弾くようにタグを外すとネクタイを口に咥え、軽い脳震盪を起す享一の両手首を捻り上げて頭の上で交差させた。享一は河村の意図を感じて驚愕した。
「止めてください!圭太さん!」
河村は手を止めず、ネクタイで享一の両手首を縛り上げると、享一を見下ろして、愛しげに微笑んだ。その微笑の中に篭る綯交ぜになった怒りや悲しみを感じ取って、享一は河村に縋り流された自分を悔やんだ。どれだけ言葉を尽くしても言い繕っても決して許されはしない。
だが自分は、どれだけ時間をかけても、周を忘れる事など出来ないと知ってしまった。
「圭太さん、外して下さい。
俺が圭太さんにした事をどうやって償えば良いのか今は分らない。でも・・・」
「そうだな。周を忘れるために俺を利用するのは大歓迎だ。
だが、俺に抱かれながら自分の心を隠し、偽りのお前を俺に抱かせた罪は深いな」
暗黒の双眸が、享一の黒曜石の瞳を覗きこむ。
その中の見知らぬ男を見た気がして、背中がぞわりと粟立った。
魔王が同意を求めるように首を傾げ笑った。
享一の顎に手をかけ、暗く笑う河村の姿に心が冷えていった。
いつの間に戻ったのか、圭太ドア横の壁に凭れ腕を組んで立っていた。表情を殺した瞳は、真直ぐ享一を見つめいつか雨の中でキスをされた日の事を思い起こさせた。部屋の中で立ち尽くす姿も見られたのだろうか?2人が欲情をぶつけ愛し合い貪り合った部屋を、周を思って見ていたという、罪深い裏切り行為をした自分を恥じ罪悪感に目を逸らした。
「こんな夜更に、どこへ行く?」
柔らかい声のトーンに隠し切れない断罪が滲み出て、逆に意を固くした。
自分の中の周へのいつまで経っても色褪せぬ感情に気付いてしまった以上は 圭太の側にいる事は出来ない。
「東京に戻ります」
「なぜ?」
「庄谷の周の部屋の設計は圭太さんがやられたんですね」
無言の肯定が返ってきた。
「花隈さんの言ったことは当たっています。俺は周を忘れられない。
忘れようとして圭太さんを利用したんです。俺は…狡いんです」
面と向かって河村の顔を正視することが出来ず、視線を逸らした。
「そんな事は、始めから承知していた。
俺がそうなるように仕向けたんだから、利用すれば良い」
「できません。俺は河村 圭太を尊敬しています。
大切な人だと思っています。その圭太さんを、こんな風に
利用してしまって、本当に申し訳なく思っています」
河村の目が細まり身体全体から怒気が溢れ出す。
しかし、ここで怯めば自分と河村の両方に嘘をつき裏切ることになる。
「月曜から、大森に戻ります。お世話になりました」
頭を下げ圭太の傍らを通り過ぎようとした時、鳩尾に衝撃が走った。
享一の身体が激痛で「く」の字に折れ圭太に倒れ掛かる。
声も無く崩れ落ちた享一の背中に固く冷え切った声が落ちてきた。
「今夜、初めて雅巳の気持ちが完全に理解出来た」
落ちた鞄をそのままに、圭太は享一を抱き上げベッドに運んだ。
享一は身体を折り曲げたまま、鳩尾を両腕で庇い呻いている。
圭太はゆっくりとした動作で、コートを脱ぎ捨てた。脂汗を掻き、浅い息を繰り返しながら痛みに耐える享一に跨がり、醒めた瞳で見下ろす。
気の遠くなりそうな痛みのピークが去ると、享一は横目で河村を見上げた。
高貴と喩えても、びたりと当て嵌まる整った貌にほつれた癖毛が掛かっている。黒のタートルネックに身を包む河村は、物語に出て来る美しい魔王のようだ。
その憂いに沈んだ瞳は、悲しみに潤んでいるようでもあり、恋人の裏切りに仄暗い炎を燃しているようでもある。黒いニットに包まれた腕が伸びてきて、鳩尾を押さえる享一の手首を掴んだ。無理矢理、享一の腕を伸すとコートと一緒にジャケットも腕から抜いた。その隙をついて、享一は河村の下から、ずるりと身体を抜きベッドを転がり下りる。
だが、腹に鈍い痛みの残る身体は思うように動かず、伸びてきた河村の腕に腕と襟元を掴まれ、ベッドへと引き摺り戻された。ボタンが勢いよくちぎれ飛ぶ。もう一度、河村の腕を振り切ろうとして顔を上げたところを殴られた。静かな部屋に鈍い音が響き、ベッドに沈む。
無言劇だった。
今朝、このベッドでお互いの体温を感じながら抱き合ったのが何年も何十年も時間を隔てた前のことのように思える。一旦、河村はベッドを降りると享一の視界から消え、一本のネクタイを手に戻ってきた。まだ、新品なのか赤い絹の細いロープに結わえられたGLAMOROUSのタグが付いたままだった。河村は指の先で弾くようにタグを外すとネクタイを口に咥え、軽い脳震盪を起す享一の両手首を捻り上げて頭の上で交差させた。享一は河村の意図を感じて驚愕した。
「止めてください!圭太さん!」
河村は手を止めず、ネクタイで享一の両手首を縛り上げると、享一を見下ろして、愛しげに微笑んだ。その微笑の中に篭る綯交ぜになった怒りや悲しみを感じ取って、享一は河村に縋り流された自分を悔やんだ。どれだけ言葉を尽くしても言い繕っても決して許されはしない。
だが自分は、どれだけ時間をかけても、周を忘れる事など出来ないと知ってしまった。
「圭太さん、外して下さい。
俺が圭太さんにした事をどうやって償えば良いのか今は分らない。でも・・・」
「そうだな。周を忘れるために俺を利用するのは大歓迎だ。
だが、俺に抱かれながら自分の心を隠し、偽りのお前を俺に抱かせた罪は深いな」
暗黒の双眸が、享一の黒曜石の瞳を覗きこむ。
その中の見知らぬ男を見た気がして、背中がぞわりと粟立った。
魔王が同意を求めるように首を傾げ笑った。
享一の顎に手をかけ、暗く笑う河村の姿に心が冷えていった。
あなたは神前氏とは違うのですから。
なんだか、周さん奪還が夢のまた夢のような気が..( ̄_ ̄|||) どよ~ん
いえいえ、紙魚さまを信じて待ってます。その時を!!
こんな、目が離せない状況になっているのに、あたくし再び野暮用で2週間ばかしこちらに来られません(┯_┯) ウルルルルル 毎日勝手に押し掛けて、勝手なこと言って..申し訳ございません。いつも丁寧にお返事いただいて、とても嬉しく思っております。
紙魚さまのブログに出会えて、今年はとても良い年になりました♡
どうぞ、よいお年をお迎えください。来年も通い詰めます(≡ ̄ー ̄≡)ニヤドラ