10 ,2008
翠滴 1-3 隠れ郷1
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「遠い所を、ようこそ。永邨周(あまね)です」
主人が座るべき上座に座っていたのは、20代前半の若い男だった。
少し彫りは深いが、キリリと上がった男らしい柳眉と濡羽色の黒髪が日本人形を思わせる。
何より、享一の瞳を引付けたのは、その眉の下の艶やかな切れ長の目に納まる瞳の色は鮮やかな翡翠色だった。すっと通った鼻梁の下で、厚くはないが少し大きめの唇が整った形は薄く笑い、男らしくカットされたシャープな顎の線から延びた首が、2つ3つボタンを外した白のYシャツへと消える。
「時見君が来ると思って急いで帰って来たんですが、
ちょっと立て込んでましてね、こんな格好で失礼します。…時見君?」
心臓が稲妻に打たれたようだった。
造形に携わる者なら、このアンバランスな美を無視する事は出来ないだろう。神が禁忌を犯して作ったものだとしか思えない。男という性を持ちながら、艶やかで美しすぎる。
匂いたつ色香に、 眩暈がしそうだ。
「・・・・黒髪に碧眼が珍しいですか?…私は、クォーターなんです。"時見君"」
憮然と名前を強調されて、我に返った。穴が開くほど見つめていたに違いない。あからさまに不躾な視線を投げた事に気付き、正直に謝った。こんな好奇な視線に晒されることも少なくないであろう事に思い至り、申し訳なさに萎縮する。
「すみません、見惚れてしまいましたっ!時見享一です。お世話になります!」
がばっと頭を下げた。周の目が、少し大きくなる。
プッ!クスクス…双子が吹き出した。
「結構、ストレートな物言いをなさるのね」
「でも、お兄様に初対面でそう言ったの、貴方で何人目かしら?」
益々、居た堪れなくなった。
「2人共、時見君を困らせるなよ。さあ、座って
妹達が意地悪を言って、すまなかったね」
周は双子を優しい声で諫めながら、享一に隣りの席に座るよう促す。
食卓はテーブルではなく、脚の低い塗りの膳が並び、その上に品良く
料理が並べられている。
「田舎料理ですので口に合うかどうかわかりませんが、どうか遠慮なく…」
周と享一の向かいに着物姿の美操と茅乃が座る。双子の美少女が二人並んで座ると
その眺めは圧巻で、隣で相変わらずリラックスした風情の周を意識すると、目に見えない
華やかな空気が充満して気圧されそうになり、そっと視線を外した。
広縁の向うには、手入れされた日本庭園があり、隔てる障子の内側には、
すっと背筋を伸ばした正座姿の鳴海がひっそりと控えている。
眼鏡の奥の、感情を消した怜悧な瞳の表情は、相変らず読み取れない。
自分も着慣れない着物に緊張して居住いを正した。
その時、出し抜けにメールの着信音が鳴った。
「すみません、切っておきます」
懐から取り出した携帯には瀬尾の名前が出ていた。思わず、不快感に顔を顰める。
享一が睨み付けた携帯を すうっと整った手が伸びてきて取り上げた。
「永邨さん?」
「周(あまね)で結構」
「周さん・・、あの ソレ・・・」
「時見君は、何の為にここへ来たんですか?
「は?」
「古い建造物のことを知りたいのなら、己の環境もその時代に近づけるべきではないでしょうか?」
「はぁ・・・」
「確かに、ここは田舎でアナログで不便ではありますが、
この家が建った時代に近い生活があるからこそ、
この古い建物が生き続けることが出来ていると思いませんか?」
「まぁ・・」
「ここに、このような現代を代表するような機器を持ち込んでしまうと、
途端にこの建物は生気を失いただの古びた箱になってしまうでしょう。
よって、これは君が帰る時に、返すことにします」
「ええ・・・・・と・・えェ??」
お説 ご尤ものような、そうでないような。
一気に捲し立てられて、頭を抱えてしまっが、詰まる所、自分に携帯は無用だった。この携帯で繋がった人間との関わりを忘れたくてここにいるのだから。
「わかりました、お願いします」
「大切に、お預かりします」
きっぱりと外界との繋がりを手放す享一に、携帯を手にフイッと顔を逸らした周がしたり顔でニンマリ笑んだことに、鳴海が更に表情を硬くしたことに、享一は気付かずにいた。
「遠い所を、ようこそ。永邨周(あまね)です」
主人が座るべき上座に座っていたのは、20代前半の若い男だった。
少し彫りは深いが、キリリと上がった男らしい柳眉と濡羽色の黒髪が日本人形を思わせる。
何より、享一の瞳を引付けたのは、その眉の下の艶やかな切れ長の目に納まる瞳の色は鮮やかな翡翠色だった。すっと通った鼻梁の下で、厚くはないが少し大きめの唇が整った形は薄く笑い、男らしくカットされたシャープな顎の線から延びた首が、2つ3つボタンを外した白のYシャツへと消える。
「時見君が来ると思って急いで帰って来たんですが、
ちょっと立て込んでましてね、こんな格好で失礼します。…時見君?」
心臓が稲妻に打たれたようだった。
造形に携わる者なら、このアンバランスな美を無視する事は出来ないだろう。神が禁忌を犯して作ったものだとしか思えない。男という性を持ちながら、艶やかで美しすぎる。
匂いたつ色香に、 眩暈がしそうだ。
「・・・・黒髪に碧眼が珍しいですか?…私は、クォーターなんです。"時見君"」
憮然と名前を強調されて、我に返った。穴が開くほど見つめていたに違いない。あからさまに不躾な視線を投げた事に気付き、正直に謝った。こんな好奇な視線に晒されることも少なくないであろう事に思い至り、申し訳なさに萎縮する。
「すみません、見惚れてしまいましたっ!時見享一です。お世話になります!」
がばっと頭を下げた。周の目が、少し大きくなる。
プッ!クスクス…双子が吹き出した。
「結構、ストレートな物言いをなさるのね」
「でも、お兄様に初対面でそう言ったの、貴方で何人目かしら?」
益々、居た堪れなくなった。
「2人共、時見君を困らせるなよ。さあ、座って
妹達が意地悪を言って、すまなかったね」
周は双子を優しい声で諫めながら、享一に隣りの席に座るよう促す。
食卓はテーブルではなく、脚の低い塗りの膳が並び、その上に品良く
料理が並べられている。
「田舎料理ですので口に合うかどうかわかりませんが、どうか遠慮なく…」
周と享一の向かいに着物姿の美操と茅乃が座る。双子の美少女が二人並んで座ると
その眺めは圧巻で、隣で相変わらずリラックスした風情の周を意識すると、目に見えない
華やかな空気が充満して気圧されそうになり、そっと視線を外した。
広縁の向うには、手入れされた日本庭園があり、隔てる障子の内側には、
すっと背筋を伸ばした正座姿の鳴海がひっそりと控えている。
眼鏡の奥の、感情を消した怜悧な瞳の表情は、相変らず読み取れない。
自分も着慣れない着物に緊張して居住いを正した。
その時、出し抜けにメールの着信音が鳴った。
「すみません、切っておきます」
懐から取り出した携帯には瀬尾の名前が出ていた。思わず、不快感に顔を顰める。
享一が睨み付けた携帯を すうっと整った手が伸びてきて取り上げた。
「永邨さん?」
「周(あまね)で結構」
「周さん・・、あの ソレ・・・」
「時見君は、何の為にここへ来たんですか?
「は?」
「古い建造物のことを知りたいのなら、己の環境もその時代に近づけるべきではないでしょうか?」
「はぁ・・・」
「確かに、ここは田舎でアナログで不便ではありますが、
この家が建った時代に近い生活があるからこそ、
この古い建物が生き続けることが出来ていると思いませんか?」
「まぁ・・」
「ここに、このような現代を代表するような機器を持ち込んでしまうと、
途端にこの建物は生気を失いただの古びた箱になってしまうでしょう。
よって、これは君が帰る時に、返すことにします」
「ええ・・・・・と・・えェ??」
お説 ご尤ものような、そうでないような。
一気に捲し立てられて、頭を抱えてしまっが、詰まる所、自分に携帯は無用だった。この携帯で繋がった人間との関わりを忘れたくてここにいるのだから。
「わかりました、お願いします」
「大切に、お預かりします」
きっぱりと外界との繋がりを手放す享一に、携帯を手にフイッと顔を逸らした周がしたり顔でニンマリ笑んだことに、鳴海が更に表情を硬くしたことに、享一は気付かずにいた。
いくらなんでもこれはあまりにもあまりなんだと、冷静に考えれば気づくんでしょうが、雰囲気にのまれてしまったとしか思えません。
それにしてもここからどう「結婚」につながるのか読めなくて、楽しみです。