12 ,2008
翠滴 2 溢れる水 3 (19)
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「疲れましたか?」
「大丈夫だ。鳴海、今日は お前の会社にも世話になった」
「いえ、レセプションが成功に終わって、私も一つ肩の荷が下りました」
エンドレスで続く打ち上げを早々に切り上げて2人で”GLAMOROUS”のオフィスに戻ってきた。やっと、”GLAMOROUS”の日本で初の店舗を東京の一等地に構えるに至ったというのに、周の様子に違和感を覚えた。GLAMOROUSを世界中で展開する会社、
Trinity(トリニティ)はこの地を拠点に質の高い小規模ホテルや、本格的なオーベルジュを日本でも繰り広げようと計画している。自分も企画会社を持つ傍ら、鳴海は日本トリニティの役員として名を連ねていた。
周はこの仕事に心血を注いでいでいる。特に祝言の後、時見 享一を失ってから憑かれたように仕事に打ち込んだ。本来なら、今日のオープンはもう一年、先の予定だったがここまで早まったのも、周が積極的に攻めのビジネスを進めてきたからだろう。
「周様」
「鳴海、何度も言うようだが、その呼び方はやめてくれ。お前はもう、俺の世話役でもなんでもないだろう。鳴海がN・Aトラストを辞めた時点で、俺たちの主従関係は解消されている」
グラスを2個引っ張り出し、ミネラルウオーターを注いでいた顔が苦笑する。
「習慣、というか癖ですね、これはもう」
「呼び捨てでも構わない。止めろ。その呼び方には欠片も良い思い出がない」
ミネラルの入ったグラスをソファに腰掛けた周に渡す。瑞々しい緑を湛えた美しい翡翠の瞳が見上げてきたが、今、その瞳の奥には大きな仕事を終えたという充足感よりは疲労と、焦燥感のようなものばかりが目立つ。
「呼び捨ては拙い、会社では貴方の方が上だ。もう話してくれても良いでしょう?なにがあったんですか?貴方と私は、一緒にあの祝言を画策した仲だ」
「なんでもお見通しって訳か、相変わらず、嫌な男だな鳴海は」
怒った風ではなく、ソファの横のガラスの向こうの夜景に視線を逸らすと溜息とともに苦笑を漏らす。街は雨に濡れて、アスファルトに反射する車のヘッドライトが夜の街を華やかに色づけていた。周の瞳は来ては去り行く車のライトを無表情で眺めているが、心は一人の男に横滑りして流れていくのが手に取るようにわかる。
「ええ、貴方にずっと焦がれてますから」
「相変わらず、物好きだな」
今度は、本気で目が眇められその後呆れた顔をする。
「享一に会った」
「・・・・」
「鳴海は、知っているんだろ?享一がどこに就職して、どこで暮らしているのか」
「いえ」
「・・・嘘付け。お前が知らないはずがない」
正解だ。2年前駅に送り届けた時、庄谷でのことを忘れるように念を押したものの、周が心の底から愛した男の動向が気になり全て、調べ上げたていた。時見 享一がこの春、大森建設に就職して東京に住んでいることも、2年間 恋人も作らずひとりで過ごした事も、本人のみでなくその周辺の事も全てリアルタイムで調べている。どういう経緯か河村の設計事務所で働き出した時には、心底驚いた。思わず赤い糸などという陳腐な言葉を信じそうになった。、
「どうなさるんですか?」
「どうもしない。享一は俺の傍にはいない方がいい。鳴海は、嬲られ続けた俺の姿を知っているだろう」
「そうやって、また2年前のように時見に決めさせるのですか?」
周は向かいのソファに腰を下ろした鳴海を傲慢に睨め付けた。嬲る相手に周を
デリバリーしたのは、鳴海だ。仕事とはいえ、反吐の出そうな作業だった。
「鳴海、俺の身体を切ってみろよ、何処を切ってドス黒い汚泥が流れ出てくる。俺は、長い間この身体を叔父貴に言われるまま、道具として使用してきた。俺は俺の闇に享一を引き入れる気はない」
そう言うと、周の目は雨に煙る夜の街へと引き戻された。
その姿をひと目見たくて暗がりからプールの脇に佇む享一を見ていたのに、つい近づいてしまった。2年ぶりにあう享一は切ない程に美しい大人に成長し、涙を一杯に溜めた瞳が大きく開かれら狂おしい程の眼差しをこちらに向けていた。涙のその一粒一粒を唇で受け止めて、その頬に唇に口づけたい。
衝動に駆られ無意識に足が動きそうになったところで、目の前に長い指を持った掌が翳され視界かから享一が消えた。耳元で、ぬかるんだ闇の底から声がする。
「あれが時見 享一だよ、綺麗だね。縛り上げて君と絡ませたら、さぞ美しい枕絵が出来そうだ」
身の毛がよだち、寒気と吐き気を同時に覚えた。
「知らない男です。それに、彼は圭太さんが目をつけているのでは?行きましょう、ショーが始まる」
闇は伝染する。
自分が仕掛けた大博打は、図らずも何も知らない享一を闇の世界へと引きずり込む危険にさらしてしまった。享一を愛している。想うことすら危険であるのに、享一の事になると感情が上手くコントロール出来ない。
「もう一杯、入れましょう」
鳴海が 周の手から空になったグラスを取り上げた。
「ありがとう」 と上げた顔は鳴海を捉えることなく、夜景に戻ってゆく。放心したような周の横顔に、鳴海は目を細めた。
時見はとっくに、神前や私のように永邨 周という魅惑に引きずり込まれている。2年前、時見は庄谷の駅に降り立った時点で、周に選ばれ魅入られる運命にあった男だ。そして決定的な決別を下にも関わらず、なんの因果が働いたのか、こうしてまた周の目の前に現れた。
時見を信じてみるのも悪くはないかも知れない。
「時見の気持ちも聞かずに決めるのですか? 私は2年前、泣きながらも結局は庄谷を去っていった時見に、愛なんぞたかが知れてると思いました。だがあれから彼も成長している。時見 享一にもう一度、あの時みたいに賭けてみてはどうですか」
周の瞳が少し見開かれた。光の戻り始めた目で一点を凝視る周の眼差しに、今まで周が夜景を見ていたのではなく、ガラスに映る時見の設計した階段を見ていたことに気が付いた。
「疲れましたか?」
「大丈夫だ。鳴海、今日は お前の会社にも世話になった」
「いえ、レセプションが成功に終わって、私も一つ肩の荷が下りました」
エンドレスで続く打ち上げを早々に切り上げて2人で”GLAMOROUS”のオフィスに戻ってきた。やっと、”GLAMOROUS”の日本で初の店舗を東京の一等地に構えるに至ったというのに、周の様子に違和感を覚えた。GLAMOROUSを世界中で展開する会社、
Trinity(トリニティ)はこの地を拠点に質の高い小規模ホテルや、本格的なオーベルジュを日本でも繰り広げようと計画している。自分も企画会社を持つ傍ら、鳴海は日本トリニティの役員として名を連ねていた。
周はこの仕事に心血を注いでいでいる。特に祝言の後、時見 享一を失ってから憑かれたように仕事に打ち込んだ。本来なら、今日のオープンはもう一年、先の予定だったがここまで早まったのも、周が積極的に攻めのビジネスを進めてきたからだろう。
「周様」
「鳴海、何度も言うようだが、その呼び方はやめてくれ。お前はもう、俺の世話役でもなんでもないだろう。鳴海がN・Aトラストを辞めた時点で、俺たちの主従関係は解消されている」
グラスを2個引っ張り出し、ミネラルウオーターを注いでいた顔が苦笑する。
「習慣、というか癖ですね、これはもう」
「呼び捨てでも構わない。止めろ。その呼び方には欠片も良い思い出がない」
ミネラルの入ったグラスをソファに腰掛けた周に渡す。瑞々しい緑を湛えた美しい翡翠の瞳が見上げてきたが、今、その瞳の奥には大きな仕事を終えたという充足感よりは疲労と、焦燥感のようなものばかりが目立つ。
「呼び捨ては拙い、会社では貴方の方が上だ。もう話してくれても良いでしょう?なにがあったんですか?貴方と私は、一緒にあの祝言を画策した仲だ」
「なんでもお見通しって訳か、相変わらず、嫌な男だな鳴海は」
怒った風ではなく、ソファの横のガラスの向こうの夜景に視線を逸らすと溜息とともに苦笑を漏らす。街は雨に濡れて、アスファルトに反射する車のヘッドライトが夜の街を華やかに色づけていた。周の瞳は来ては去り行く車のライトを無表情で眺めているが、心は一人の男に横滑りして流れていくのが手に取るようにわかる。
「ええ、貴方にずっと焦がれてますから」
「相変わらず、物好きだな」
今度は、本気で目が眇められその後呆れた顔をする。
「享一に会った」
「・・・・」
「鳴海は、知っているんだろ?享一がどこに就職して、どこで暮らしているのか」
「いえ」
「・・・嘘付け。お前が知らないはずがない」
正解だ。2年前駅に送り届けた時、庄谷でのことを忘れるように念を押したものの、周が心の底から愛した男の動向が気になり全て、調べ上げたていた。時見 享一がこの春、大森建設に就職して東京に住んでいることも、2年間 恋人も作らずひとりで過ごした事も、本人のみでなくその周辺の事も全てリアルタイムで調べている。どういう経緯か河村の設計事務所で働き出した時には、心底驚いた。思わず赤い糸などという陳腐な言葉を信じそうになった。、
「どうなさるんですか?」
「どうもしない。享一は俺の傍にはいない方がいい。鳴海は、嬲られ続けた俺の姿を知っているだろう」
「そうやって、また2年前のように時見に決めさせるのですか?」
周は向かいのソファに腰を下ろした鳴海を傲慢に睨め付けた。嬲る相手に周を
デリバリーしたのは、鳴海だ。仕事とはいえ、反吐の出そうな作業だった。
「鳴海、俺の身体を切ってみろよ、何処を切ってドス黒い汚泥が流れ出てくる。俺は、長い間この身体を叔父貴に言われるまま、道具として使用してきた。俺は俺の闇に享一を引き入れる気はない」
そう言うと、周の目は雨に煙る夜の街へと引き戻された。
その姿をひと目見たくて暗がりからプールの脇に佇む享一を見ていたのに、つい近づいてしまった。2年ぶりにあう享一は切ない程に美しい大人に成長し、涙を一杯に溜めた瞳が大きく開かれら狂おしい程の眼差しをこちらに向けていた。涙のその一粒一粒を唇で受け止めて、その頬に唇に口づけたい。
衝動に駆られ無意識に足が動きそうになったところで、目の前に長い指を持った掌が翳され視界かから享一が消えた。耳元で、ぬかるんだ闇の底から声がする。
「あれが時見 享一だよ、綺麗だね。縛り上げて君と絡ませたら、さぞ美しい枕絵が出来そうだ」
身の毛がよだち、寒気と吐き気を同時に覚えた。
「知らない男です。それに、彼は圭太さんが目をつけているのでは?行きましょう、ショーが始まる」
闇は伝染する。
自分が仕掛けた大博打は、図らずも何も知らない享一を闇の世界へと引きずり込む危険にさらしてしまった。享一を愛している。想うことすら危険であるのに、享一の事になると感情が上手くコントロール出来ない。
「もう一杯、入れましょう」
鳴海が 周の手から空になったグラスを取り上げた。
「ありがとう」 と上げた顔は鳴海を捉えることなく、夜景に戻ってゆく。放心したような周の横顔に、鳴海は目を細めた。
時見はとっくに、神前や私のように永邨 周という魅惑に引きずり込まれている。2年前、時見は庄谷の駅に降り立った時点で、周に選ばれ魅入られる運命にあった男だ。そして決定的な決別を下にも関わらず、なんの因果が働いたのか、こうしてまた周の目の前に現れた。
時見を信じてみるのも悪くはないかも知れない。
「時見の気持ちも聞かずに決めるのですか? 私は2年前、泣きながらも結局は庄谷を去っていった時見に、愛なんぞたかが知れてると思いました。だがあれから彼も成長している。時見 享一にもう一度、あの時みたいに賭けてみてはどうですか」
周の瞳が少し見開かれた。光の戻り始めた目で一点を凝視る周の眼差しに、今まで周が夜景を見ていたのではなく、ガラスに映る時見の設計した階段を見ていたことに気が付いた。
んんっ・・・??
何か企んでいる様にしか見えないのは、私の目がおかしいから・・・?
と言うか、ドSの鳴海が見たいという、私の願望・・・?(ハハハッ・・
周、どう出るのでしょうかね・・・。
ああ、明日が楽しみ・・・。(フフッ・・