12 ,2008
翠滴 2 GLAMOROUS 5 (15)
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美しい男だ。目の前の男を見る度そう思う。
10代から知っているが、歳を増すごとに精悍な風貌と男の色香を纏っていく。
「雅巳の所はいいのか?」
「今日は、こっちのビジネスの話だ」
関係のない話はするな、そう言わんばかりのそっけない返答だ。
人も疎らなこの場所を周(あまね)は好み、打ち合わせ場所によく指定してきた。都内でありながら濃い緑に包まれたホテルのラウンジは 薄いカーテン越しに午後の日差しが差し込んで、目の前の男の顔の端正な美しいラインを強調している。明るい光に黒い瞳の奥の翠が浮き上がり、目の前の物腰の柔ららかい男の本来の強さやしたたかさを思い出させた。濃いグレーのスーツを纏い一人掛けソファに寛ぎ書類に目を通す姿には、10代の頃のやんちゃの面影はなく26にして老成し、やや疲れた影が時折滲む。
「圭太、”GLAMOROUS”のオープニングパーティーなんだがオブザーバーとして企画に加わってもらえないだろうか?」
「俺が?」
「場所は、ホテルのバンケットルームを借りる予定だが、店舗のイメージをそのまま再現したい。今回はGLAMOROUSの扱う新ブランドのショーも兼ねものにする。その辺り一式のデザインと助言を圭太に頼みたい」
「ふうん。企画はどこを使っている?」
「”パラレル” 鳴海が仕切っている会社だ」
つんと澄ました かつての周のお目付け役の顔を思い出した。
父親は確か周の叔父の会社の役員だったと覚えている。育ちのよさが全身から滲み出ていて、いかにもお坊ちゃんという風情だったが、腹内では何を考えているかわからない男だ。
「鳴海か、あいつは元気なのか?」
「相変わらず、喰えない男ってところだな。圭太、本題に入ろう。工事は着々と進んでいる、仕上がった残りの図面も見せてくれないか」
不敵な笑いを口角に浮かべるも、すっとそれを引っ込めビジネスモードに戻った周に、俺は享一の描いたスケッチと図面、簡単なCGの完成予想図を渡した。周がざっと資料に目を通す。仕事をしている時の周は水を得た魚のようだ。意欲的なその姿に、周がビジネスにありったけの情熱を傾けている様子が伺える。
「これは?」
「サブスッテプだ。地階のレストランと1・2階の店舗、3階のオフィスを繋いでいるやつだ」
周は、図面とともにスケッチとパースを念入りにチェックする。
もともと螺旋形だった階段は、それ自体が一つの蔓のようにうねり天に向かって上昇する。手すりには植物をモティーフに、洗練されたフォルムの透かしが入った白い鉄板がはめられていた。
「いいな。エロティックだ。ただ・・・・前に見せてもらったのと、随分違う。これは、圭太がやったのか?」
カラーコンタクトを通しても、漏れ出してくる元来の瞳の強い光が自分を射る。
この男は、享一をどのように愛し、そして別れたのか?
「それは、いま大森建設からウチに出向している時見 享一の仕事だ」
周の瞳が、はっと見開かれた。手や顔が僅かに震え、享一の描いたスケッチを食入るようにして見詰める。無意識なのか、左の指が愛しそうにラインをなぞっている。
この時になって俺は、自分の大きな勘違いにはじめて気がついた。
俺は周を、単なる享一を振った過去の男と見なしていた。
信じがたい話だが、雅巳は享一が女装して周と祝言を挙げたのだと言った。この2年の間、雅巳と自分は周を妻帯者だと信じ込んでいたのだ。
何のために、周はそんなことをしたのか?
推測される答えは、ただひとつ。雅巳だ。周は自分が結婚することで雅巳を牽制し、距離を取ろうと目論んだのだろう。もしかしたらその先、雅巳を切り捨てようと狙っていたのかもしれない。
だとしたら、周は雅巳の執着を見縊っていたとしか言いようがない。
喩え自分が死ぬ時がきても、雅巳は掴んだ周の腕を放さない。当たり前のように、周を殺して自分の道連れにする。
周が雅巳から解放されることはない。
俺は、享一が祝言の時期にたまたま周と付き合っていて、計画に加担したのだと思っていた。
そして別れた。
どこにでもある、恋人達の結末だ。
相手を忘れられず、今も想い続けているのは享一だけだと思っていたのだ。
だが目の前にいる男は、間違いなく享一に心を残している。
「圭太、時見 享一をどうするつもりだ?」
顔を上げ、真意を探ろうとしているのかじっと見詰めてくる。この黒いレンズの奥の瞳を見てみたいと思った。きっと、雄弁に心の奥を語っているに違いない。
「いきなり、本題に入ってきたな。じゃあ、俺もストレートに答えよう。俺は、享一を堕とす。どうしようもなく惚れちまった。誰にも渡す気は無い」
言い放ち、周のきりりと上がった眉の下の、切れ長の眼孔に穿たれた一対の目を見返す。睨み合うかたちとなった2人の間の空気が、緊迫し張り詰めた。
いい男だと思う。器もその中身も一流の男に成長した。雅巳が執着する気持ちもわかる、だが。
離れた所に置いてあるグランドピアノを、専属のピアニストが弾き始める。
女性らしい柔らかで華やいだジャズのリズムが、閑散とした午後のラウンジを流れ、張り詰めた均衡が崩れた。
ひとことだけ、「そうか」 と言い、周は視線を逸らし再び享一の描いたスケッチに落とした。
半ば伏せた睫に瞳の表情は隠されたが、薄い唇が幾分さめて見える。
「それだけか?」
「それだけだ」
「・・・・雅巳を気にしているのか?」
周は最後の問いには答えなかった。スケッチから顔を上げた周は既に仕事の顔に戻っており、本心を見せることはなかった。しかし、スケッチが享一のものだと知った時の表情が、周の気持ちの全てを語っている。
周は神前 雅巳に囚われている。
もしかしたら、享一との別れも、享一の身を慮ってのことかもしれない。
だからといって、身を引く気など俺には毛頭なかった。今回の仕事で、享一に微妙な変化が見られた。何かに確信を持ったかのように艶を放ち始めた。
誰にも渡したくはない。
席を去ろうと椅子から立ち上がった時、周はまだそのスケッチに見入っていた。周らしからぬその姿に自分の中で警笛がなる。
まさかその階段が、享一の周に宛てた愛の告白だったとは。その時は、思いもよらなかった。
美しい男だ。目の前の男を見る度そう思う。
10代から知っているが、歳を増すごとに精悍な風貌と男の色香を纏っていく。
「雅巳の所はいいのか?」
「今日は、こっちのビジネスの話だ」
関係のない話はするな、そう言わんばかりのそっけない返答だ。
人も疎らなこの場所を周(あまね)は好み、打ち合わせ場所によく指定してきた。都内でありながら濃い緑に包まれたホテルのラウンジは 薄いカーテン越しに午後の日差しが差し込んで、目の前の男の顔の端正な美しいラインを強調している。明るい光に黒い瞳の奥の翠が浮き上がり、目の前の物腰の柔ららかい男の本来の強さやしたたかさを思い出させた。濃いグレーのスーツを纏い一人掛けソファに寛ぎ書類に目を通す姿には、10代の頃のやんちゃの面影はなく26にして老成し、やや疲れた影が時折滲む。
「圭太、”GLAMOROUS”のオープニングパーティーなんだがオブザーバーとして企画に加わってもらえないだろうか?」
「俺が?」
「場所は、ホテルのバンケットルームを借りる予定だが、店舗のイメージをそのまま再現したい。今回はGLAMOROUSの扱う新ブランドのショーも兼ねものにする。その辺り一式のデザインと助言を圭太に頼みたい」
「ふうん。企画はどこを使っている?」
「”パラレル” 鳴海が仕切っている会社だ」
つんと澄ました かつての周のお目付け役の顔を思い出した。
父親は確か周の叔父の会社の役員だったと覚えている。育ちのよさが全身から滲み出ていて、いかにもお坊ちゃんという風情だったが、腹内では何を考えているかわからない男だ。
「鳴海か、あいつは元気なのか?」
「相変わらず、喰えない男ってところだな。圭太、本題に入ろう。工事は着々と進んでいる、仕上がった残りの図面も見せてくれないか」
不敵な笑いを口角に浮かべるも、すっとそれを引っ込めビジネスモードに戻った周に、俺は享一の描いたスケッチと図面、簡単なCGの完成予想図を渡した。周がざっと資料に目を通す。仕事をしている時の周は水を得た魚のようだ。意欲的なその姿に、周がビジネスにありったけの情熱を傾けている様子が伺える。
「これは?」
「サブスッテプだ。地階のレストランと1・2階の店舗、3階のオフィスを繋いでいるやつだ」
周は、図面とともにスケッチとパースを念入りにチェックする。
もともと螺旋形だった階段は、それ自体が一つの蔓のようにうねり天に向かって上昇する。手すりには植物をモティーフに、洗練されたフォルムの透かしが入った白い鉄板がはめられていた。
「いいな。エロティックだ。ただ・・・・前に見せてもらったのと、随分違う。これは、圭太がやったのか?」
カラーコンタクトを通しても、漏れ出してくる元来の瞳の強い光が自分を射る。
この男は、享一をどのように愛し、そして別れたのか?
「それは、いま大森建設からウチに出向している時見 享一の仕事だ」
周の瞳が、はっと見開かれた。手や顔が僅かに震え、享一の描いたスケッチを食入るようにして見詰める。無意識なのか、左の指が愛しそうにラインをなぞっている。
この時になって俺は、自分の大きな勘違いにはじめて気がついた。
俺は周を、単なる享一を振った過去の男と見なしていた。
信じがたい話だが、雅巳は享一が女装して周と祝言を挙げたのだと言った。この2年の間、雅巳と自分は周を妻帯者だと信じ込んでいたのだ。
何のために、周はそんなことをしたのか?
推測される答えは、ただひとつ。雅巳だ。周は自分が結婚することで雅巳を牽制し、距離を取ろうと目論んだのだろう。もしかしたらその先、雅巳を切り捨てようと狙っていたのかもしれない。
だとしたら、周は雅巳の執着を見縊っていたとしか言いようがない。
喩え自分が死ぬ時がきても、雅巳は掴んだ周の腕を放さない。当たり前のように、周を殺して自分の道連れにする。
周が雅巳から解放されることはない。
俺は、享一が祝言の時期にたまたま周と付き合っていて、計画に加担したのだと思っていた。
そして別れた。
どこにでもある、恋人達の結末だ。
相手を忘れられず、今も想い続けているのは享一だけだと思っていたのだ。
だが目の前にいる男は、間違いなく享一に心を残している。
「圭太、時見 享一をどうするつもりだ?」
顔を上げ、真意を探ろうとしているのかじっと見詰めてくる。この黒いレンズの奥の瞳を見てみたいと思った。きっと、雄弁に心の奥を語っているに違いない。
「いきなり、本題に入ってきたな。じゃあ、俺もストレートに答えよう。俺は、享一を堕とす。どうしようもなく惚れちまった。誰にも渡す気は無い」
言い放ち、周のきりりと上がった眉の下の、切れ長の眼孔に穿たれた一対の目を見返す。睨み合うかたちとなった2人の間の空気が、緊迫し張り詰めた。
いい男だと思う。器もその中身も一流の男に成長した。雅巳が執着する気持ちもわかる、だが。
離れた所に置いてあるグランドピアノを、専属のピアニストが弾き始める。
女性らしい柔らかで華やいだジャズのリズムが、閑散とした午後のラウンジを流れ、張り詰めた均衡が崩れた。
ひとことだけ、「そうか」 と言い、周は視線を逸らし再び享一の描いたスケッチに落とした。
半ば伏せた睫に瞳の表情は隠されたが、薄い唇が幾分さめて見える。
「それだけか?」
「それだけだ」
「・・・・雅巳を気にしているのか?」
周は最後の問いには答えなかった。スケッチから顔を上げた周は既に仕事の顔に戻っており、本心を見せることはなかった。しかし、スケッチが享一のものだと知った時の表情が、周の気持ちの全てを語っている。
周は神前 雅巳に囚われている。
もしかしたら、享一との別れも、享一の身を慮ってのことかもしれない。
だからといって、身を引く気など俺には毛頭なかった。今回の仕事で、享一に微妙な変化が見られた。何かに確信を持ったかのように艶を放ち始めた。
誰にも渡したくはない。
席を去ろうと椅子から立ち上がった時、周はまだそのスケッチに見入っていた。周らしからぬその姿に自分の中で警笛がなる。
まさかその階段が、享一の周に宛てた愛の告白だったとは。その時は、思いもよらなかった。
何度も読み返してしまいます。
享一クンが目覚ましい成長を遂げましたね。一気に男前になった!!
『周に宛てた愛の告白』..さすが周さんが愛したひと。
河村氏負けるなっ(* ̄∇ ̄*)エヘヘ ←裏切り者