12 ,2008
翠滴 2 グラマラス 4 (14)
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身を捩ろうとするが上から圧をかけられて全く身動きが取れない。
歯を立てられ唇を割られ口腔の感じやすいところばかりを攻められた。抗おうとしていた腕や背中から力が抜けて躯の芯にごく小さな熱がともる。たった一度の過ちであったのに、享一を知り尽くしている。そう思わずにはいられなくなるようなキスだった。
漸く開放された時には心臓が激しく享一を打ち付け、唇を震わせながら俯くしかなかった。
「なにを・・するんですか」
俯いたまま手の甲で唇を拭うと、手を濡らす雨水が口の中に染み込んできた。
睨んだ享一を河村は何も言わず、目も逸らさず、ただ真直ぐ見詰めてくる。
自分は、河村の気持ちには応えられない。そんなことは当たり前で、絶対にありえない事だと思っていたのに、いま確かに享一を支える地盤がぐらついた。
本格的に振り出した雨が、河村に抱かれて濡れていなかった胸の辺りにも染みを作り出す。
口に手をあて河村と見詰め合ったまま後退った享一は、そのまま身を翻し雨に煙りだした街の中へ走り去った。
享一が完全に姿を消すと河村は、店には戻らずにそのまま歩き出した。
唇に残るジンの香りに、切なさと苛立ちを同時に感じた。
享一にはじめて会った時の、葉山のバー”シーラカンス”でジンを前に暮れ行く空に魅入っていた姿を思い出す。その憂えた横顔をを見た瞬間、河村は恋に落ちた。
自分はなぜ、享一に要求を聞かれた時、自分の恋人になることを条件にしなかったのか。水になど喩えず、そのまま脅して手にしてしまった方が良かったかもしれない。しかし、それをやってしまったら、享一の心を手に入れるまでに莫大な時間がかかってしまうことになるに違いない。
雅巳は、周(あまね)に9年という歳月を費やしたが、未だ周の心は雅巳にはない。
待つしかないということか。
ほう、と息を吐き 無遠慮に水を落としてくる空を見上げる。
「今のは約束のキスだ。明後日を楽しみにしている、享一」
突然の雨に街中が一段と騒がしくなる。
道に飛び出して空車タクシーを待つ者、傘を求めてコンビニに飛び込む者、自分の脇を小走りに人が行き交う。地下鉄に向かって走り出すOLやサラリーマンに混じって享一は黙々と歩いた。
河村からキスをされ不本意にも心が揺さぶられたことへの困惑と、迫りくる”GLAMOROUS”の期限に気持ちが追い詰められてゆく。
地下鉄に乗ろうと、駅方向への角を曲がった時、享一の足が止まった。
”スコール”とタイトルのついたその写真はガラス一枚隔てて、ギャラリーのウインドウの真ん中にたった一枚だけ飾られていた。
ギャラリーの営業は終了しており、真白い壁に囲まれたウインドウの中だけがライトアップされている。
大きく引き伸ばされた四角い平面から、ほとばしるように濃厚な緑が溢れ出てくる。
熱帯の森に降る雨が、折しも身体を打ちつけている激しい雨と重なり、自分が大地の芳香を醸す熱帯の森にいるような錯覚に呆然と立ち竦んだ。
真夏の雨。爆発し、押し寄せる圧倒的な緑の生命力。
熱帯雨林特有のシダや幅広の鮮やかな緑の葉に雨が打ち付けて、ベルベットの葉の上で大きな雫となって葉先を零れ落ちる。オキーフの描く絵のようにエロティックで、艶かしい程に漲る豊な生命力は享一の中に封印してあったエクスタシーを呼び覚ました。
あの日、周の瞳の中にも堂の外の燃えるように発色する色鮮やかな緑が映りこみ、翡翠の虹彩と相まってきらきらと爆ぜていた。そしてその瞳の持ち主は、享一をも発熱させる抗いがたい魅惑を持って、享一を捕らえ煽り続けた。2年経った今も 微熱となり享一の中に燻り続けている。
突如、一枚の写真によって暴露された官能が熱い渦となって胸の中で暴れだす。息が苦しくなり、体の芯が熱い溶鉱炉にでもなったように高熱を放ち、狂おしい恋慕が込み上た。頬の表面を 雨に混じった温かいものがとめどなく流れゆく。
永邨 周、なんという魅惑 なんという GLAMOROUS。
心と躯は、あらん限りの力で手を伸ばしながら、周を求めている。
たった、一枚の写真が、誤魔化しようの無い周への『想い』を享一に突きつけた。
神前の口から周の名を聞いた日から、日に日に周への想いが強くなっていることを自覚していたが、認めてしまうと冷静ではいられなくなりそうで、その想いから目を逸らした。
自分は裏切られた、その事実だけに目を向けようと努力もした。
だが、胸を突き破り溢れ出る恋情は一向に止まない。
永邨 周を、今も愛している。
身を捩ろうとするが上から圧をかけられて全く身動きが取れない。
歯を立てられ唇を割られ口腔の感じやすいところばかりを攻められた。抗おうとしていた腕や背中から力が抜けて躯の芯にごく小さな熱がともる。たった一度の過ちであったのに、享一を知り尽くしている。そう思わずにはいられなくなるようなキスだった。
漸く開放された時には心臓が激しく享一を打ち付け、唇を震わせながら俯くしかなかった。
「なにを・・するんですか」
俯いたまま手の甲で唇を拭うと、手を濡らす雨水が口の中に染み込んできた。
睨んだ享一を河村は何も言わず、目も逸らさず、ただ真直ぐ見詰めてくる。
自分は、河村の気持ちには応えられない。そんなことは当たり前で、絶対にありえない事だと思っていたのに、いま確かに享一を支える地盤がぐらついた。
本格的に振り出した雨が、河村に抱かれて濡れていなかった胸の辺りにも染みを作り出す。
口に手をあて河村と見詰め合ったまま後退った享一は、そのまま身を翻し雨に煙りだした街の中へ走り去った。
享一が完全に姿を消すと河村は、店には戻らずにそのまま歩き出した。
唇に残るジンの香りに、切なさと苛立ちを同時に感じた。
享一にはじめて会った時の、葉山のバー”シーラカンス”でジンを前に暮れ行く空に魅入っていた姿を思い出す。その憂えた横顔をを見た瞬間、河村は恋に落ちた。
自分はなぜ、享一に要求を聞かれた時、自分の恋人になることを条件にしなかったのか。水になど喩えず、そのまま脅して手にしてしまった方が良かったかもしれない。しかし、それをやってしまったら、享一の心を手に入れるまでに莫大な時間がかかってしまうことになるに違いない。
雅巳は、周(あまね)に9年という歳月を費やしたが、未だ周の心は雅巳にはない。
待つしかないということか。
ほう、と息を吐き 無遠慮に水を落としてくる空を見上げる。
「今のは約束のキスだ。明後日を楽しみにしている、享一」
突然の雨に街中が一段と騒がしくなる。
道に飛び出して空車タクシーを待つ者、傘を求めてコンビニに飛び込む者、自分の脇を小走りに人が行き交う。地下鉄に向かって走り出すOLやサラリーマンに混じって享一は黙々と歩いた。
河村からキスをされ不本意にも心が揺さぶられたことへの困惑と、迫りくる”GLAMOROUS”の期限に気持ちが追い詰められてゆく。
地下鉄に乗ろうと、駅方向への角を曲がった時、享一の足が止まった。
”スコール”とタイトルのついたその写真はガラス一枚隔てて、ギャラリーのウインドウの真ん中にたった一枚だけ飾られていた。
ギャラリーの営業は終了しており、真白い壁に囲まれたウインドウの中だけがライトアップされている。
大きく引き伸ばされた四角い平面から、ほとばしるように濃厚な緑が溢れ出てくる。
熱帯の森に降る雨が、折しも身体を打ちつけている激しい雨と重なり、自分が大地の芳香を醸す熱帯の森にいるような錯覚に呆然と立ち竦んだ。
真夏の雨。爆発し、押し寄せる圧倒的な緑の生命力。
熱帯雨林特有のシダや幅広の鮮やかな緑の葉に雨が打ち付けて、ベルベットの葉の上で大きな雫となって葉先を零れ落ちる。オキーフの描く絵のようにエロティックで、艶かしい程に漲る豊な生命力は享一の中に封印してあったエクスタシーを呼び覚ました。
あの日、周の瞳の中にも堂の外の燃えるように発色する色鮮やかな緑が映りこみ、翡翠の虹彩と相まってきらきらと爆ぜていた。そしてその瞳の持ち主は、享一をも発熱させる抗いがたい魅惑を持って、享一を捕らえ煽り続けた。2年経った今も 微熱となり享一の中に燻り続けている。
突如、一枚の写真によって暴露された官能が熱い渦となって胸の中で暴れだす。息が苦しくなり、体の芯が熱い溶鉱炉にでもなったように高熱を放ち、狂おしい恋慕が込み上た。頬の表面を 雨に混じった温かいものがとめどなく流れゆく。
永邨 周、なんという魅惑
心と躯は、あらん限りの力で手を伸ばしながら、周を求めている。
たった、一枚の写真が、誤魔化しようの無い周への『想い』を享一に突きつけた。
神前の口から周の名を聞いた日から、日に日に周への想いが強くなっていることを自覚していたが、認めてしまうと冷静ではいられなくなりそうで、その想いから目を逸らした。
自分は裏切られた、その事実だけに目を向けようと努力もした。
だが、胸を突き破り溢れ出る恋情は一向に止まない。
永邨 周を、今も愛している。
素晴らしい文章・・・・。
はぁ~・・・。
溜息が止みません・・・。
コメントをなんと書いてよいのか分かりませんが・・・。
胸の奥をグルグルと掻き回されたような感覚に陥っています・・・。
享一は、周への愛を認めてしまったのですね・・。
これで、享一のグラマラスにも、何か変化が・・・?
ドキドキです。
また明日、楽しみにしていま~す!!