12 ,2008
翠滴 2 グラマラス 3 (13)
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「時見、いま河村 圭太のところにいるって、本当?」
声を掛けられて、自分が心ここにあらずという状態であった事に気付いた。
河村に切られた”GLAMOROUS”のサブステップのデザインの期限が迫っていた。
気を抜けば、その事ばかりが頭を占める。
「ああ、一年間だけ出向っていう形で入れてもらってる」
東京で就職した大学のゼミ仲間が集まった飲み会に参加していた。誰が決めたのか、ぱっとしない理工学部建築学科出身の男6人で集まるには、粋すぎる洒落たレストランバーだ。
“GLAMOROUS”の参考になればと、目ぼしい建物や店舗を見て回ってから辿り着いた享一は、約束の時間をかなり過ぎてから仲間に加わった。その時には、もう出来上がってしまっている者もいて、「やっぱり来なければ良かった」と、享一は飲み会に参加したことをぼんやり後悔しながら末席に座っていた。
「時見!俺はお前が羨ましいぜ!俺なんかバイト入れて、3回アタックして惨敗だったぜ」
「そりゃあ、無理に決まってんだろ。K2に入りたい人間がどれほどいると思ってんの?気持ちだけで入れりゃ苦労しないっつうの。なあ、時見」
「あ?え・・・ああ、そうかな」
「おお、余裕かよ?いいよなお前は、この不況にめげずゼネコンにも入れたしよ」
上の空の頭はまたグラマラスに引き戻され、ゼミ仲間たちの声は途中で聞こえなくなっていた。
事務所を出る前に河村に言われた言葉が胸に重く圧し掛かかる。
帰り際、梅原達の誘いを断り机を片付けていると、後ろから声を掛けられた。
「時見、梅原達と行かなかったのか?」
振り向くと河村が立っていた。黒い皮の図面ケースを持っている。
「今日は先約があるので。圭太さん、打ち合わせですか?」
「ああ、終わってから合流するつもりだったけど、享一がいないならやめとくかな?」
「圭太さん、そういうのはやめてください。葉山での事は、お願いですからもう忘れてください。紛れもなく、あれは事故だったんです・・」
河村との師弟関係を壊したくはない。事あるごとに隙あるごとに煽り、誘惑の言葉を投げてくる河村に享一は困惑しきっていた。多少のアクションは覚悟していたが、応えずに相手にしなければその内 醒めて飽きるだろうと思っていたのだ。
河村をリスペクトする気持ちに違う感情を交えたくはない。
河村の顔が一瞬鼻白むと、今度は口角を上げて笑った。
視線は享一を捕らえたままだ。
「グラマラス、出来そう?」
「やってます」
「この仕事で、享一の力量を計らせてもらうよ。もし、全くの俺の見込み違いなら、享一には事務兼用の俺のアシスタントをやってもらう事にしたから、そのつもりで。大森から給与が出ているとはいえ、ウチには仕事の出来ない人間は必要ないからな。他の所員に示しがつかなくなる」
ハンマーで頭を殴られた気分だった。
河村の言葉を思い出して、いてもたってもいられず、気持ちが焦りだす。
「時見ってさ、最初の頃と印象が随分変わったよな」
自分の心の焦りとは遠く隔った暢気な声が自分の名を口にした。
「あ、なに?」
「うん、そうだ。3年の後期でガラッと雰囲気が変わったよな」
「あの時期、お前は色々あったしな」
由利と別れた時の事を言っているのだろう。由利は、女子が極端に少ない建築学科のアイドル的存在だった。皆が由利の動向に注目し、由利の妊娠も享一の失恋も周知の事だった。
「いや、すごくいいよ。すごくイイ・・時見」
「は?」
皆の視線が、声の方へ集中する。
飲みすぎか、隣に座っていた高須が充血した目を潤ませた顔を近づけてきた。酒臭い息が顔にかかり、眉間にしわを寄せる。
「お前には、色気がある」
「おい高須~、キモいこと言うなよ。目が据わってんぞ」
相手にするなと言われても、こう至近距離で迫られては避けようもない。そろそろ潮時かと立ちかけた腕を、加減の無い酔っ払いの力で引っ張られ、椅子から転がり落ちそうそうになった。
「危ないだろう。高須、放せよ」
「俺は、お前がいい。在学中からずっと好きだったんだ。俺と付き合ってくれよ。な、時見っ」
いきなり抱きつかれ、吃驚して今度こそ立ち上がった。
「あれえ、時見じゃーん」
背後からかかった声に振り向くと、二ノ宮に梅原、リーそれに河村の4人が立っていた。背が高くスタイリッシュな4人は、ダークな色調で纏められたこの洒落た店にしっくりと馴染んで、粒ぞろいの容姿と見栄えの良さから店中の注目を集めている。
慌てて、自分の腕を掴んだままの高須の手を振り払う。
「あ、河村 圭太だ」 5人の内の誰かがボソッと呟く。
河村の眼が眇まった。
「いきなり、呼び捨てか?大学まで出て、口の利き方一つ知らないとは、日本の将来も先の見通し悪し、だな」
河村の不機嫌な顔は呼び捨てにした本人ではなく、享一の手首を掴んだままの高須を捕らえ、険の篭った半眼で睨み下ろしている。
一方、享一の頭の中は河村の出現に、完全に“GLAMOROUS”に引き戻された。
「すみません、みな酒が入ってるんです。みんな悪い、俺帰るわ」
振返りながら告げると、「さっき来たばかりだろう?」 と、ブーイングの声が上がる。
「時見、帰るの? じゃあさ、僕たちと飲もうよ」
不平をもらす同期たちを尻目に、二ノ宮が腕を絡ませてきた。男にしては可愛いと形容できる小動物を連想させる二ノ宮の顔が、同期たちにチラッと視線を走らせ、微妙に意地の悪い優越感を滲ませた笑いを浮かべる。
二ノ宮の小悪魔な笑みに、5人が釘付けになるのを見て、内心苦笑した。
「ごめん二ノ宮、また明日な。・・・・失礼します」
同期や二ノ宮の引き止める声を振り切り、テーブルに会費を置いて店を出た。
外は、湿気た空気が充満し小雨がぱらつき始めていた。
「享一!」
名を呼ばれて振り返ると、店のエントランスから河村が出てきていた。
今、一番会いたくない人間だ。
「こんな所で飲んでいるなんて、たいしたユトリだな」
「大学時代のゼミの集まりです。顔だけ出してすぐに帰るつもりでしたから」
「期限は明後日だ、忘れるなよ」
「わかって・・・・!!」
すぅっと伸びてきた河村の両腕に背中と後頭部を戒められ、唇を塞ぐ柔らかい感触に驚愕した。河村の長躯が、唇を合わせたまま、街灯の光を反射し煌きながら落ちてくる雨の雫から享一を庇うように抱き竦めた。
「時見、いま河村 圭太のところにいるって、本当?」
声を掛けられて、自分が心ここにあらずという状態であった事に気付いた。
河村に切られた”GLAMOROUS”のサブステップのデザインの期限が迫っていた。
気を抜けば、その事ばかりが頭を占める。
「ああ、一年間だけ出向っていう形で入れてもらってる」
東京で就職した大学のゼミ仲間が集まった飲み会に参加していた。誰が決めたのか、ぱっとしない理工学部建築学科出身の男6人で集まるには、粋すぎる洒落たレストランバーだ。
“GLAMOROUS”の参考になればと、目ぼしい建物や店舗を見て回ってから辿り着いた享一は、約束の時間をかなり過ぎてから仲間に加わった。その時には、もう出来上がってしまっている者もいて、「やっぱり来なければ良かった」と、享一は飲み会に参加したことをぼんやり後悔しながら末席に座っていた。
「時見!俺はお前が羨ましいぜ!俺なんかバイト入れて、3回アタックして惨敗だったぜ」
「そりゃあ、無理に決まってんだろ。K2に入りたい人間がどれほどいると思ってんの?気持ちだけで入れりゃ苦労しないっつうの。なあ、時見」
「あ?え・・・ああ、そうかな」
「おお、余裕かよ?いいよなお前は、この不況にめげずゼネコンにも入れたしよ」
上の空の頭はまたグラマラスに引き戻され、ゼミ仲間たちの声は途中で聞こえなくなっていた。
事務所を出る前に河村に言われた言葉が胸に重く圧し掛かかる。
帰り際、梅原達の誘いを断り机を片付けていると、後ろから声を掛けられた。
「時見、梅原達と行かなかったのか?」
振り向くと河村が立っていた。黒い皮の図面ケースを持っている。
「今日は先約があるので。圭太さん、打ち合わせですか?」
「ああ、終わってから合流するつもりだったけど、享一がいないならやめとくかな?」
「圭太さん、そういうのはやめてください。葉山での事は、お願いですからもう忘れてください。紛れもなく、あれは事故だったんです・・」
河村との師弟関係を壊したくはない。事あるごとに隙あるごとに煽り、誘惑の言葉を投げてくる河村に享一は困惑しきっていた。多少のアクションは覚悟していたが、応えずに相手にしなければその内 醒めて飽きるだろうと思っていたのだ。
河村をリスペクトする気持ちに違う感情を交えたくはない。
河村の顔が一瞬鼻白むと、今度は口角を上げて笑った。
視線は享一を捕らえたままだ。
「グラマラス、出来そう?」
「やってます」
「この仕事で、享一の力量を計らせてもらうよ。もし、全くの俺の見込み違いなら、享一には事務兼用の俺のアシスタントをやってもらう事にしたから、そのつもりで。大森から給与が出ているとはいえ、ウチには仕事の出来ない人間は必要ないからな。他の所員に示しがつかなくなる」
ハンマーで頭を殴られた気分だった。
河村の言葉を思い出して、いてもたってもいられず、気持ちが焦りだす。
「時見ってさ、最初の頃と印象が随分変わったよな」
自分の心の焦りとは遠く隔った暢気な声が自分の名を口にした。
「あ、なに?」
「うん、そうだ。3年の後期でガラッと雰囲気が変わったよな」
「あの時期、お前は色々あったしな」
由利と別れた時の事を言っているのだろう。由利は、女子が極端に少ない建築学科のアイドル的存在だった。皆が由利の動向に注目し、由利の妊娠も享一の失恋も周知の事だった。
「いや、すごくいいよ。すごくイイ・・時見」
「は?」
皆の視線が、声の方へ集中する。
飲みすぎか、隣に座っていた高須が充血した目を潤ませた顔を近づけてきた。酒臭い息が顔にかかり、眉間にしわを寄せる。
「お前には、色気がある」
「おい高須~、キモいこと言うなよ。目が据わってんぞ」
相手にするなと言われても、こう至近距離で迫られては避けようもない。そろそろ潮時かと立ちかけた腕を、加減の無い酔っ払いの力で引っ張られ、椅子から転がり落ちそうそうになった。
「危ないだろう。高須、放せよ」
「俺は、お前がいい。在学中からずっと好きだったんだ。俺と付き合ってくれよ。な、時見っ」
いきなり抱きつかれ、吃驚して今度こそ立ち上がった。
「あれえ、時見じゃーん」
背後からかかった声に振り向くと、二ノ宮に梅原、リーそれに河村の4人が立っていた。背が高くスタイリッシュな4人は、ダークな色調で纏められたこの洒落た店にしっくりと馴染んで、粒ぞろいの容姿と見栄えの良さから店中の注目を集めている。
慌てて、自分の腕を掴んだままの高須の手を振り払う。
「あ、河村 圭太だ」 5人の内の誰かがボソッと呟く。
河村の眼が眇まった。
「いきなり、呼び捨てか?大学まで出て、口の利き方一つ知らないとは、日本の将来も先の見通し悪し、だな」
河村の不機嫌な顔は呼び捨てにした本人ではなく、享一の手首を掴んだままの高須を捕らえ、険の篭った半眼で睨み下ろしている。
一方、享一の頭の中は河村の出現に、完全に“GLAMOROUS”に引き戻された。
「すみません、みな酒が入ってるんです。みんな悪い、俺帰るわ」
振返りながら告げると、「さっき来たばかりだろう?」 と、ブーイングの声が上がる。
「時見、帰るの? じゃあさ、僕たちと飲もうよ」
不平をもらす同期たちを尻目に、二ノ宮が腕を絡ませてきた。男にしては可愛いと形容できる小動物を連想させる二ノ宮の顔が、同期たちにチラッと視線を走らせ、微妙に意地の悪い優越感を滲ませた笑いを浮かべる。
二ノ宮の小悪魔な笑みに、5人が釘付けになるのを見て、内心苦笑した。
「ごめん二ノ宮、また明日な。・・・・失礼します」
同期や二ノ宮の引き止める声を振り切り、テーブルに会費を置いて店を出た。
外は、湿気た空気が充満し小雨がぱらつき始めていた。
「享一!」
名を呼ばれて振り返ると、店のエントランスから河村が出てきていた。
今、一番会いたくない人間だ。
「こんな所で飲んでいるなんて、たいしたユトリだな」
「大学時代のゼミの集まりです。顔だけ出してすぐに帰るつもりでしたから」
「期限は明後日だ、忘れるなよ」
「わかって・・・・!!」
すぅっと伸びてきた河村の両腕に背中と後頭部を戒められ、唇を塞ぐ柔らかい感触に驚愕した。河村の長躯が、唇を合わせたまま、街灯の光を反射し煌きながら落ちてくる雨の雫から享一を庇うように抱き竦めた。
所々、息をするの忘れてたかも(笑)
神前氏は相変わらずというか、ますます憎らしいですが、河村氏は何故かちょっと..ほんのちょっぴり応援したくなるというか(`□´)コラッ!
享一クンへの愛おしさが溢れてますものね~河村氏の場合。ちょいイジワルだけど(笑)
神前氏のは愛は愛でも..(-_-;ウーン まさに、征服したつもりが支配されまくりなんですね。
周さんの心を思うとホントに切ないです。実は、1部の最終回で「享一のバカバカッ」とのたうっていました。どうして周さんを信じてあげられないんだぁーー!!と。あんなの..あんなの嘘に決まってるぢゃないか..(┯_┯) ウルルルルル
つい取り乱しまして失礼しました。これからの展開がますます楽しみです♡