12 ,2008
翠滴 2 グラマラス 2 (12)
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河村の広いデスクの上に突き返された図面が置かれていた。
「マスターベーションだな」
広い机上には、梅原や二ノ宮たちの造った模型が載っている。
白いスタイロとパネルで作られた簡単な模型だが、自分が今まで大学や大森建設でデザインしてきたものとは雲泥の差の出来だった。
梅原はキャリアが違うが、二ノ宮は、この春インターンとして入所した同い年だ。
まだ学生だというのに、二ノ宮と自分は天地ほどのレベルの差がある。
そのレベルの高い仕事を前にして、自分が作り上げたものを”マスターベーション”と揶揄られ、悔しさと恥ずかしさのあまり顔に血が上った。
「先ず、初っ端からCADで入れた図面は絶対に俺に見せるな。入力はエスキスの段階で俺からOKがでてからにしてくれ。これから、こんな図面を最初に出して来たら、見もせず突き返すからそのつもりでいてくれ」
河村がデスクの上で肘をつき両手を組みその上から睨んでくる。河村はプロフィールの写真と同じスクエアタイプの眼鏡を掛けていた。一方、享一は度の合わなくなった眼鏡に見切りを付け、コンタクトに戻している。四角い眼鏡が河村の眼光を、より鋭いものに見せていた。
「拘りは悪い事ではない。但し、ポイントが合っていればの話だ。確かに時見は俺のスタイルをよく理解しているとは思う。しかし、この仕事のコンセプトを忘れて、これまでの俺のスタイルを踏襲して、その上で胡座を掻いて悦に入って満足してないか?」
「今回、欲しいのは、“GLAMOROUS”という名のこの店のコンセプトそのもの、つまり「魅惑」を表現したいわけだろう?店舗の各フロアを繋ぐ階段はただの動線を結ぶものではないはずだ。それは、時見の担当するサブステップとて同じだ。目に入るもの総て店舗を訪れる客にとって、商品と同じ位、“GLAMOROUS”を語るものだということを、もっと理解してくれ。」
「魅惑」の表現…難題に享一は黙り込んだ。
コンセプトは、始めから決まっており、頭では理解しているつもりでいた。
ただ、自分の中で消化しきれず、河村のスタイルを辿りそれを自己流で捏ねて満足していたのも確かだ。
思考に耽り立ち竦んでいたその手を不意に引っ張られた。身体が後ろを向き書籍棚や天井がグラッと回転する。視点が定まったときに見えたのは天井で自分が机に磔られたことに気付いた。享一の両腕を押さえつけた河村が嗤いながら上から見下ろす。
「享一、グラマラスが理解できないのなら、俺が教えてやろうか?」
河村が欲情を滾らせて享一の瞳を覗いてきた。腿にあたる河村の熱に顔を顰める。
唇がゆっくり下りてきたその時、美しい音色が机の端で鳴り出した。
「結構です。自分で模索しますから。圭太さん、電話が鳴っていますよ」
丁度、享一の頭と同じ高さにある卓上に置かれたB&Oの電話機が澄んだ音を響かせている。
河村は軽く舌打ちをして微笑むと、享一を放し受話器を手に取った。
さっと図面を手にした享一が、逃げるように自分の席に戻っていく。
「・・・雅巳か。ナイスなタイミングで電話してくれて、有難いことだな。まさか、どっかから俺のこと覗いてんじゃないだろうな? 人の恋路を邪魔したら、馬に蹴られるぜ。いや、俺が直接蹴ってやるがな・・」
------
「わかった。近々飯でも食おう。周によろしく伝えてくれ。じゃ」
受話器を戻し、腕を組んで享一の消えた通路を見る。
少し前までは享一を自分の近くに置きたいと切望した。しかし、いざ傍に置いたら、今度は更にその先が欲しくなる。清らかな水がなみなみと注がれたグラスに口を付けながら、何時まで経っても味う事の出来ないもどかしさが、甘い苛立ちを起させる。
グラマラス…俺にとって、享一こそがグラマラスそのものだ。
その享一が ”グラマラス” の意味を辞書で引く程度にしか理解していない。
性的なものに禁忌感を残し、たったひとりを盲目的に想って自らを解放しきれないでいる享一が、自力でグラマラスを解釈するのは困難を極めそうだ。
享一は気付いていない。懊悩に抑圧されたその姿が、どれ程のエロティシズムを放っているのかを。
享一に気付かせる事で目覚める、享一の ”グラマラス” を見てみたい。
新卒の仕事に期待しないと言っておきながら、この仕事を享一に預けたのはひとつの賭だった。俺は時見 享一を根こそぎ手に入れたい。かつての雅巳みたいに愛しい人を 誰かとシェアする気など毛頭ない。
この仕事で、享一の中に住む男を、享一の中から完全に抹殺するつもりだ。
俺は、自分のためだけに開花する享一のグラマラスが見たい。
“GLAMOROUS” の母体であるトリニティグループのオーナーは、NYのペントハウスに住み、質の高い小規模ホテルと宝飾品やアパレルを扱う会社を世界中で展開している。カナダ人である若きオーナーは、遠い血縁を持つ日本人を共同経営のパートナーとして持っていた。
“GLAMOROUS” の日本サイドのクライアント、永邨 周(ながむら あまね)だ。
河村の広いデスクの上に突き返された図面が置かれていた。
「マスターベーションだな」
広い机上には、梅原や二ノ宮たちの造った模型が載っている。
白いスタイロとパネルで作られた簡単な模型だが、自分が今まで大学や大森建設でデザインしてきたものとは雲泥の差の出来だった。
梅原はキャリアが違うが、二ノ宮は、この春インターンとして入所した同い年だ。
まだ学生だというのに、二ノ宮と自分は天地ほどのレベルの差がある。
そのレベルの高い仕事を前にして、自分が作り上げたものを”マスターベーション”と揶揄られ、悔しさと恥ずかしさのあまり顔に血が上った。
「先ず、初っ端からCADで入れた図面は絶対に俺に見せるな。入力はエスキスの段階で俺からOKがでてからにしてくれ。これから、こんな図面を最初に出して来たら、見もせず突き返すからそのつもりでいてくれ」
河村がデスクの上で肘をつき両手を組みその上から睨んでくる。河村はプロフィールの写真と同じスクエアタイプの眼鏡を掛けていた。一方、享一は度の合わなくなった眼鏡に見切りを付け、コンタクトに戻している。四角い眼鏡が河村の眼光を、より鋭いものに見せていた。
「拘りは悪い事ではない。但し、ポイントが合っていればの話だ。確かに時見は俺のスタイルをよく理解しているとは思う。しかし、この仕事のコンセプトを忘れて、これまでの俺のスタイルを踏襲して、その上で胡座を掻いて悦に入って満足してないか?」
「今回、欲しいのは、“GLAMOROUS”という名のこの店のコンセプトそのもの、つまり「魅惑」を表現したいわけだろう?店舗の各フロアを繋ぐ階段はただの動線を結ぶものではないはずだ。それは、時見の担当するサブステップとて同じだ。目に入るもの総て店舗を訪れる客にとって、商品と同じ位、“GLAMOROUS”を語るものだということを、もっと理解してくれ。」
「魅惑」の表現…難題に享一は黙り込んだ。
コンセプトは、始めから決まっており、頭では理解しているつもりでいた。
ただ、自分の中で消化しきれず、河村のスタイルを辿りそれを自己流で捏ねて満足していたのも確かだ。
思考に耽り立ち竦んでいたその手を不意に引っ張られた。身体が後ろを向き書籍棚や天井がグラッと回転する。視点が定まったときに見えたのは天井で自分が机に磔られたことに気付いた。享一の両腕を押さえつけた河村が嗤いながら上から見下ろす。
「享一、グラマラスが理解できないのなら、俺が教えてやろうか?」
河村が欲情を滾らせて享一の瞳を覗いてきた。腿にあたる河村の熱に顔を顰める。
唇がゆっくり下りてきたその時、美しい音色が机の端で鳴り出した。
「結構です。自分で模索しますから。圭太さん、電話が鳴っていますよ」
丁度、享一の頭と同じ高さにある卓上に置かれたB&Oの電話機が澄んだ音を響かせている。
河村は軽く舌打ちをして微笑むと、享一を放し受話器を手に取った。
さっと図面を手にした享一が、逃げるように自分の席に戻っていく。
「・・・雅巳か。ナイスなタイミングで電話してくれて、有難いことだな。まさか、どっかから俺のこと覗いてんじゃないだろうな? 人の恋路を邪魔したら、馬に蹴られるぜ。いや、俺が直接蹴ってやるがな・・」
------
「わかった。近々飯でも食おう。周によろしく伝えてくれ。じゃ」
受話器を戻し、腕を組んで享一の消えた通路を見る。
少し前までは享一を自分の近くに置きたいと切望した。しかし、いざ傍に置いたら、今度は更にその先が欲しくなる。清らかな水がなみなみと注がれたグラスに口を付けながら、何時まで経っても味う事の出来ないもどかしさが、甘い苛立ちを起させる。
グラマラス…俺にとって、享一こそがグラマラスそのものだ。
その享一が ”グラマラス” の意味を辞書で引く程度にしか理解していない。
性的なものに禁忌感を残し、たったひとりを盲目的に想って自らを解放しきれないでいる享一が、自力でグラマラスを解釈するのは困難を極めそうだ。
享一は気付いていない。懊悩に抑圧されたその姿が、どれ程のエロティシズムを放っているのかを。
享一に気付かせる事で目覚める、享一の ”グラマラス” を見てみたい。
新卒の仕事に期待しないと言っておきながら、この仕事を享一に預けたのはひとつの賭だった。俺は時見 享一を根こそぎ手に入れたい。かつての雅巳みたいに愛しい人を 誰かとシェアする気など毛頭ない。
この仕事で、享一の中に住む男を、享一の中から完全に抹殺するつもりだ。
俺は、自分のためだけに開花する享一のグラマラスが見たい。
“GLAMOROUS” の母体であるトリニティグループのオーナーは、NYのペントハウスに住み、質の高い小規模ホテルと宝飾品やアパレルを扱う会社を世界中で展開している。カナダ人である若きオーナーは、遠い血縁を持つ日本人を共同経営のパートナーとして持っていた。
“GLAMOROUS” の日本サイドのクライアント、永邨 周(ながむら あまね)だ。
おおっ2000HITおめでとうございます!!
ううっ・・・キリ番踏みたかったよ~(涙・・・
それに・・今見たら2228です・・・(シクシク・・・
どなたがリクエストしても、楽しみにしていますよ~(うふっ・・・
前話に引き続き、享一が河村に絡め取られるような気がしてなりません・・・。
逃げ場が無くなっちゃうんじゃ・・・。
心配ですよぉ~。
でもね・・・享一の”グラマラス”見てみた~い!!
(最終的にはココでした・・・。)