12 ,2008
翠滴 2 グラマラス 1 (11)
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河村のアトリエの規模は在籍所員5人に河村を入れた6人という、個人のアトリエ事務所としてはごく一般的な規模だった。ただ、その仕事の量が半端ではない。抱えている物件数でいくと、他の同じ規模のアトリエに比べ倍近くはこなしている。しかも、この業界につきものの残業を河村は一切認めなかった。
「的確に仕事をこなし、無駄な動きを一切しなければ、熟せない仕事の量ではないよ」
所員の一人一人が平均して3件から4件の物件を抱えている。しかも驚いたことに、アトリエにいられる期間は大体4年、多くて6年ということだった。終身雇用を念頭に就職する建設会社社員とは初っ端からしてスタンスが違う。
「4~5年で独立できないような人間なら最初からとらない」
河村事務所に出勤の初日に享一は、自分のアトリエについてのあり方考え方についての説明をする河村の言葉一つ一つに、目から鱗が落ちる気分だった。
気を引き締めないと他の所員の足手纏いになるだけだ、ということがよくわかった。
「それと、外では僕のことを河村さんと呼ぼうが先生と呼ぼうが好きにしてくれて構わないけど、アトリエではファーストネームで呼んでくれ」
「圭太さん・・・ですか?」
「そう」
自分の上司(ボス)を名前で呼ぶという行為に戸惑う享一に、河村はにっこり微笑んだ。その微笑みをニンマリといった笑い方に変えた河村に、「もう一回、呼んでみて」と言われ享一の顔に警戒が走り強張る。
「さあ、呼んで。享一」
「ここでは、所員もファーストネームで呼び合うんですか?」
「さあ、いろいろだな。享一がその方がイイって言うんなら、皆にそうするよう言うけど?」
「そんなこと、一言も言ってません。苗字の時見でお願いします」
「つれないね」と呟いた河村が「皆に紹介する」と、座っていた自分のデスクから立ち上がり正面に座っていた享一を促した。河村が、享一の前を歩きながら「固いね、先が思いやられそうだ」とニヤニヤしながら独りごちる。それを聞いた享一も、いろんな意味で先が思いやられそうだと、独り重い息を吐いた。
河村のアトリエは作品同様、実によく出来ていて美しく機能的だ。河村と所員たちのゾーンは一応、別れてはいるが扉などは無く、間にトイレやキッチンなどのコアがありその両サイドを河村や所員達が自由に行き来できるようになっていた。
幅の広い通路を抜けた所員のスペースは、天井が高くなっていて部屋全体がすっきり見渡せ気持ちがいい。この空間に、これから一年間のあいだ身を置くのかと思うと、心が浮き立った。
「大森建設から出向してくれる事になった、時見 享一君を紹介するから、みんな聞いてくれ。」
モニターを覗いていた人間やら、作業台で電熱カッターを使っていたスタッフが一斉に振り向く。
マーカーで図面に色付けをしていた男が満面の笑みで顔を上げた。
「ヤッタ、新人投入? 僕、ペーペー脱出だ。ヒャッホ~~!」
「うるさいぞ、二宮。時見 享一って 2年前サンスイの住宅コンペで準グランプリとった子? そんじゃあ、N大卒?香田教授とこだな」
「ああ、あのコンペな。俺も覚えてるよ。グランプリより君のが好きだった。空気みたいに軽やかで壁面の対比も良かった。最優秀賞のあれは、大胆な曲線が目を引くが、構造に無理がある。なんであれが大賞なのかわからんね」
「あん時のグランプリのヤツ、審査員の林 正二の教え子だしな? そういえば、圭太さんもあのコンペの審査に加わってましたよね」
「グランプリは、佳作のオーストラリア人のカワイコちゃんが獲るべきだったよな~」
「二ノ宮、あの子はダメだろ、ハディドの二番煎じだ」
「カワイイから、いいの~っ!」
名前を聞いただけで、スタッフが口々に享一のデータを口にしながら集まってくる。
2年前も前のコンペのデータが次々飛び出して一人一人の頭にインプットされている情報量に享一は舌を巻いた。審査員に河村がいたということも初耳だ。
「大御所に囲まれて発言権は無いに等しかったし、賑やかしのオマケみたいなもんだったよ。俺自身は、今回の時見の採用時に、大森の意匠部の新人2人の資料を見せてもらってからコンペを思い出したんだけどね」
「圭太さんいい加減だなあ、ちゃんと選考したんですか?」
「二ノ宮だって、俺のトシになれば、わかるって」
「ボケるには、まだ早いですよ、圭太さん。えーと、時見君はじめまして。僕は君と同じ年かな、日本なら社会人1年生だ。MITに在学中、ここにはインターンでお世話になってます」
最初に満面の笑みを寄越した二ノ宮が手を差し出してきた。銀縁眼鏡の奥で、好奇心で一杯になった瞳がきらきらひかり、背はそれほど変わらないのに小動物っぽい印象が先行する。
「時見です。よろしくお願いします」
自分の世界が広がる感覚に胸が高鳴る。
「学生は学生の本分を忘れないうちに、さっさと大学に戻った方がいいぞ。梅原です。所員の中では最年長28歳。よろしく」
梅原は二ノ宮の反論を無視して握手をする。背が高くなかなかの男前だ。
「サミュエル・リー。イギリス人で父は中国人。去年までNYのトーマス・ペイの所にいました」
「相模です・・構造も得意だ。何かあったら、聞いてくれ。あと、高村っていうのがいるけど、いま現地調査でアリゾナにいる」
こうやって、改めて見ると皆共通しているものを持っている。目の輝きが違っている。皆、はっきりとした自分の思考を持ち、貪欲に意欲的に生きる人間特有の輝いた瞳をしている。自分がこれまでいた世界と、人も、空間もまったく違っていた。
これが、新進気鋭といわれる河村圭太の抱えるスタッフなのかと衝撃に近いものを感じた。
つぎつぎ握手を求められ、スタイリッシュでスマートな所員たちの見せる、グローバルな展開に自分がどこにいるのかわからなくなりそうだ。
「先月、一人いた女性が独立して、後は経理事務を担当してくれる年配の女性が週に2日きてくれる。さて、当面 時見にやってもらいたい仕事は・・・・・梅原、GLAMOROUSのサブステップどうなってる?」
「圭太さんが置いとけって言ってたからあのままですよ」
「よし、じゃあそれを、時見に渡して」
「え?MAM(モダン・アート・ミュージアム)以外の仕事もするのですか?」
いや、やらせてもらえるのかと問いたかった。
「施工図は大森でやってくれるし、MAMは既にデザインが完成している。事務的な仕事ばかりじゃ、享一も物足りないだろう? ウチは図面屋じゃないからな、来たからには新卒でもそれなりの働きはやってもらうよ」
K2での初めての仕事は、GLAMOROUSという世界的に展開しているセレクトショップのサブの階段だった。メインは河村が既にデザインしており、店舗の奥に位置するサブの階段を考えるということだった。コンセプトは、”グラマラス”・・・・店の名前そのものだ。
資料一式をもらいアトリエ・K2での日々が滑り出した。
河村のアトリエの規模は在籍所員5人に河村を入れた6人という、個人のアトリエ事務所としてはごく一般的な規模だった。ただ、その仕事の量が半端ではない。抱えている物件数でいくと、他の同じ規模のアトリエに比べ倍近くはこなしている。しかも、この業界につきものの残業を河村は一切認めなかった。
「的確に仕事をこなし、無駄な動きを一切しなければ、熟せない仕事の量ではないよ」
所員の一人一人が平均して3件から4件の物件を抱えている。しかも驚いたことに、アトリエにいられる期間は大体4年、多くて6年ということだった。終身雇用を念頭に就職する建設会社社員とは初っ端からしてスタンスが違う。
「4~5年で独立できないような人間なら最初からとらない」
河村事務所に出勤の初日に享一は、自分のアトリエについてのあり方考え方についての説明をする河村の言葉一つ一つに、目から鱗が落ちる気分だった。
気を引き締めないと他の所員の足手纏いになるだけだ、ということがよくわかった。
「それと、外では僕のことを河村さんと呼ぼうが先生と呼ぼうが好きにしてくれて構わないけど、アトリエではファーストネームで呼んでくれ」
「圭太さん・・・ですか?」
「そう」
自分の上司(ボス)を名前で呼ぶという行為に戸惑う享一に、河村はにっこり微笑んだ。その微笑みをニンマリといった笑い方に変えた河村に、「もう一回、呼んでみて」と言われ享一の顔に警戒が走り強張る。
「さあ、呼んで。享一」
「ここでは、所員もファーストネームで呼び合うんですか?」
「さあ、いろいろだな。享一がその方がイイって言うんなら、皆にそうするよう言うけど?」
「そんなこと、一言も言ってません。苗字の時見でお願いします」
「つれないね」と呟いた河村が「皆に紹介する」と、座っていた自分のデスクから立ち上がり正面に座っていた享一を促した。河村が、享一の前を歩きながら「固いね、先が思いやられそうだ」とニヤニヤしながら独りごちる。それを聞いた享一も、いろんな意味で先が思いやられそうだと、独り重い息を吐いた。
河村のアトリエは作品同様、実によく出来ていて美しく機能的だ。河村と所員たちのゾーンは一応、別れてはいるが扉などは無く、間にトイレやキッチンなどのコアがありその両サイドを河村や所員達が自由に行き来できるようになっていた。
幅の広い通路を抜けた所員のスペースは、天井が高くなっていて部屋全体がすっきり見渡せ気持ちがいい。この空間に、これから一年間のあいだ身を置くのかと思うと、心が浮き立った。
「大森建設から出向してくれる事になった、時見 享一君を紹介するから、みんな聞いてくれ。」
モニターを覗いていた人間やら、作業台で電熱カッターを使っていたスタッフが一斉に振り向く。
マーカーで図面に色付けをしていた男が満面の笑みで顔を上げた。
「ヤッタ、新人投入? 僕、ペーペー脱出だ。ヒャッホ~~!」
「うるさいぞ、二宮。時見 享一って 2年前サンスイの住宅コンペで準グランプリとった子? そんじゃあ、N大卒?香田教授とこだな」
「ああ、あのコンペな。俺も覚えてるよ。グランプリより君のが好きだった。空気みたいに軽やかで壁面の対比も良かった。最優秀賞のあれは、大胆な曲線が目を引くが、構造に無理がある。なんであれが大賞なのかわからんね」
「あん時のグランプリのヤツ、審査員の林 正二の教え子だしな? そういえば、圭太さんもあのコンペの審査に加わってましたよね」
「グランプリは、佳作のオーストラリア人のカワイコちゃんが獲るべきだったよな~」
「二ノ宮、あの子はダメだろ、ハディドの二番煎じだ」
「カワイイから、いいの~っ!」
名前を聞いただけで、スタッフが口々に享一のデータを口にしながら集まってくる。
2年前も前のコンペのデータが次々飛び出して一人一人の頭にインプットされている情報量に享一は舌を巻いた。審査員に河村がいたということも初耳だ。
「大御所に囲まれて発言権は無いに等しかったし、賑やかしのオマケみたいなもんだったよ。俺自身は、今回の時見の採用時に、大森の意匠部の新人2人の資料を見せてもらってからコンペを思い出したんだけどね」
「圭太さんいい加減だなあ、ちゃんと選考したんですか?」
「二ノ宮だって、俺のトシになれば、わかるって」
「ボケるには、まだ早いですよ、圭太さん。えーと、時見君はじめまして。僕は君と同じ年かな、日本なら社会人1年生だ。MITに在学中、ここにはインターンでお世話になってます」
最初に満面の笑みを寄越した二ノ宮が手を差し出してきた。銀縁眼鏡の奥で、好奇心で一杯になった瞳がきらきらひかり、背はそれほど変わらないのに小動物っぽい印象が先行する。
「時見です。よろしくお願いします」
自分の世界が広がる感覚に胸が高鳴る。
「学生は学生の本分を忘れないうちに、さっさと大学に戻った方がいいぞ。梅原です。所員の中では最年長28歳。よろしく」
梅原は二ノ宮の反論を無視して握手をする。背が高くなかなかの男前だ。
「サミュエル・リー。イギリス人で父は中国人。去年までNYのトーマス・ペイの所にいました」
「相模です・・構造も得意だ。何かあったら、聞いてくれ。あと、高村っていうのがいるけど、いま現地調査でアリゾナにいる」
こうやって、改めて見ると皆共通しているものを持っている。目の輝きが違っている。皆、はっきりとした自分の思考を持ち、貪欲に意欲的に生きる人間特有の輝いた瞳をしている。自分がこれまでいた世界と、人も、空間もまったく違っていた。
これが、新進気鋭といわれる河村圭太の抱えるスタッフなのかと衝撃に近いものを感じた。
つぎつぎ握手を求められ、スタイリッシュでスマートな所員たちの見せる、グローバルな展開に自分がどこにいるのかわからなくなりそうだ。
「先月、一人いた女性が独立して、後は経理事務を担当してくれる年配の女性が週に2日きてくれる。さて、当面 時見にやってもらいたい仕事は・・・・・梅原、GLAMOROUSのサブステップどうなってる?」
「圭太さんが置いとけって言ってたからあのままですよ」
「よし、じゃあそれを、時見に渡して」
「え?MAM(モダン・アート・ミュージアム)以外の仕事もするのですか?」
いや、やらせてもらえるのかと問いたかった。
「施工図は大森でやってくれるし、MAMは既にデザインが完成している。事務的な仕事ばかりじゃ、享一も物足りないだろう? ウチは図面屋じゃないからな、来たからには新卒でもそれなりの働きはやってもらうよ」
K2での初めての仕事は、GLAMOROUSという世界的に展開しているセレクトショップのサブの階段だった。メインは河村が既にデザインしており、店舗の奥に位置するサブの階段を考えるということだった。コンセプトは、”グラマラス”・・・・店の名前そのものだ。
資料一式をもらいアトリエ・K2での日々が滑り出した。
一人で大笑いしました(ここで笑ってところが、もうダメですね。
週に二日の周のレンタル、しかも経理で・・・(爆)
経営方針とかにケチをつけてきそうですけど、いかがでしょう?
戻るな危険・・・確かに~新しい発見(?)がゴロゴロ・・・( ̄ε ̄;|||・・・
アリゾナは私の憧れの地なのです♪いつか行きた~い!
コメント&ご訪問、ご指摘ありがとうございま~す。