10 ,2008
翠滴 1-2 ハートブレイカー2
←戻る 進む
信じていたもの、見ていると思っていたものが呆気なく覆され、実は自分の足元には
愛も信頼も何も無かった事に気付く。今まで、何を見て信じていたんだろうと自嘲した。
これは、シアワセ惚けして戒めを忘れ愛だの恋だの、何の疑いも持たずに
信じきった自分への罰なのか?
それなら、これからは何を信じればいいんだよ?
「瀬尾は、どうなの」
「由利を 可愛いと思う」目を合わさず顔を背けたまま答えた。
今や、道路側を開け放った半オープンテラスの広い店内にいるすべての客が無関心を
装いつつ事の成り行きを、チロチロと好奇の目をもって見守っている。
由利はハンカチを握り締めたまま、鼻の頭と目の周りをあかく染めてグスグス泣いて
いるがハンカチに隠れた顔は笑っているようにも見えた。瀬尾に可愛いと言ってもらえて
嬉しいのだろうが、”男2人に奪い合いされる自分”に陶酔しているようにも見えた。
痕も何とかで、今まで『好き』と言う気持ちが強すぎて見えなかった、由利の別の顔を垣間見たような気がして、このシチェーションにも いい加減、うんざりしてきた。
「本当に・・・ごめんね 時見く・・」
「謝るなっ!腹の子に免じて、殴るのだけは勘弁してやる」
切れ味の悪いナイフで強引に切り裂くように吐き捨てた。
泣きたいのはこっちだ、結婚を考えた女の腹の子の父親が他の男だったなんて。
「キョウ、それは ちょっと言過ぎだ」瀬尾が延ばしてきた手を撥ね付けた。
「お前も同罪だろ!お前とは絶交だからな。お前ら 二度と俺に話し掛けるなっ」
それまで自分の中で 本当に大切だと思っていた人間を、二人同時に無くした。
--------------
半月後、享一は田舎の小さな駅のロータリーに、ぽつんと一人佇んでいた。
前期の試験が終わってすぐ電車に飛び乗った。
予定していたバイトや 数少ない約束は、すべてキャンセルした。
瀬尾や由利との記憶の詰まる街に、一人でいるのが嫌で、同じ建築学科の
由利と来る予定だった古民家の調査に 単身で出た。
由利はあれから休学届けを出したと聞いた。
駅は無人で、降りる人もいなければ乗る人も無い。何度もメモと見比べてて駅名を
確かめたが、間違いない『庄谷駅』と書いてある。
到着時間に合わせて迎えが来ている筈だったが、人っ子一人いやしない。
「タヌキにでも、化かされた?なあんてね・・」
焼け付く地面の照り返しに溜息しながら、1人ごちる。
ロータリーとは言っても 車2台が並べばいっぱいで、その向うは田んぼが広がり、
遥か遠方に数少ない民家が点在している。見紛う事なき、”ド”のつく田舎だ。
真青な空に映る白い入道雲が、目に痛いぐらい鮮やかだ。
牧歌的な風景に誘われて、幅の狭い道路を横切り、田んぼの傍らで深呼吸をした。
肺の中が熱い夏の空気で満たされて、日常から遠く離れた事を意識して体内の毒を吐き出すように息をつく。肌と一緒に肺の中まで焼ける感覚が気持ちよかった。
肩先まで延びた髪が風に遊ばれて視界を遮った。
「切っちゃえばよかったな。でも、失恋で切ったって思われるのもなあ・・・」
女じゃあるまいし・・というか、今日び失恋で髪を切る奴も 珍しいんじゃないだろうか?
散髪代を浮せるため、カットモデルを請負っている享一は、無闇に髪を切る事が出来ない。やや明るめのウェンゲ色で 光沢ある髪は地毛ではあるが、見ようによっては遊び人風にも見える。ミディアムレイヤーだと切った美容師が教えてくれたが、関心は無かった。
ひととおり夏の日差しと澄んだ空気を堪能し ひとつ伸びをして振り返った鼻先を
赤い塊が爆音と共に猛スピードで走り過ぎ、危うく田んぼの中に転げ落ちそうになった。
「うわっち!」
何事かと呆気にとられ、過去った方向を見ると赤い塊は次の角を派手なドリフトで曲がり、爆音と共に砂埃を巻き上げて田んぼの彼方に消えた。
「Z…かな?」
思わず、苦笑いが漏れた。
ド田舎に真赤なフェアレディZ、シュールな組み合わせだ。エンジン音から走り屋仕様に
改造しているのは間違いない。田舎モンが、粋がって乗っている感が否めない。
「時見享一様ですか?」
フェアレディの消えた方向を、呆然と見ながら立ち尽くしていた享一は、背後からの声に
文字通り、飛び上がった。
続きを読む
ハートブレイカー1に戻る
信じていたもの、見ていると思っていたものが呆気なく覆され、実は自分の足元には
愛も信頼も何も無かった事に気付く。今まで、何を見て信じていたんだろうと自嘲した。
これは、シアワセ惚けして戒めを忘れ愛だの恋だの、何の疑いも持たずに
信じきった自分への罰なのか?
それなら、これからは何を信じればいいんだよ?
「瀬尾は、どうなの」
「由利を 可愛いと思う」目を合わさず顔を背けたまま答えた。
今や、道路側を開け放った半オープンテラスの広い店内にいるすべての客が無関心を
装いつつ事の成り行きを、チロチロと好奇の目をもって見守っている。
由利はハンカチを握り締めたまま、鼻の頭と目の周りをあかく染めてグスグス泣いて
いるがハンカチに隠れた顔は笑っているようにも見えた。瀬尾に可愛いと言ってもらえて
嬉しいのだろうが、”男2人に奪い合いされる自分”に陶酔しているようにも見えた。
痕も何とかで、今まで『好き』と言う気持ちが強すぎて見えなかった、由利の別の顔を垣間見たような気がして、このシチェーションにも いい加減、うんざりしてきた。
「本当に・・・ごめんね 時見く・・」
「謝るなっ!腹の子に免じて、殴るのだけは勘弁してやる」
切れ味の悪いナイフで強引に切り裂くように吐き捨てた。
泣きたいのはこっちだ、結婚を考えた女の腹の子の父親が他の男だったなんて。
「キョウ、それは ちょっと言過ぎだ」瀬尾が延ばしてきた手を撥ね付けた。
「お前も同罪だろ!お前とは絶交だからな。お前ら 二度と俺に話し掛けるなっ」
それまで自分の中で 本当に大切だと思っていた人間を、二人同時に無くした。
--------------
半月後、享一は田舎の小さな駅のロータリーに、ぽつんと一人佇んでいた。
前期の試験が終わってすぐ電車に飛び乗った。
予定していたバイトや 数少ない約束は、すべてキャンセルした。
瀬尾や由利との記憶の詰まる街に、一人でいるのが嫌で、同じ建築学科の
由利と来る予定だった古民家の調査に 単身で出た。
由利はあれから休学届けを出したと聞いた。
駅は無人で、降りる人もいなければ乗る人も無い。何度もメモと見比べてて駅名を
確かめたが、間違いない『庄谷駅』と書いてある。
到着時間に合わせて迎えが来ている筈だったが、人っ子一人いやしない。
「タヌキにでも、化かされた?なあんてね・・」
焼け付く地面の照り返しに溜息しながら、1人ごちる。
ロータリーとは言っても 車2台が並べばいっぱいで、その向うは田んぼが広がり、
遥か遠方に数少ない民家が点在している。見紛う事なき、”ド”のつく田舎だ。
真青な空に映る白い入道雲が、目に痛いぐらい鮮やかだ。
牧歌的な風景に誘われて、幅の狭い道路を横切り、田んぼの傍らで深呼吸をした。
肺の中が熱い夏の空気で満たされて、日常から遠く離れた事を意識して体内の毒を吐き出すように息をつく。肌と一緒に肺の中まで焼ける感覚が気持ちよかった。
肩先まで延びた髪が風に遊ばれて視界を遮った。
「切っちゃえばよかったな。でも、失恋で切ったって思われるのもなあ・・・」
女じゃあるまいし・・というか、今日び失恋で髪を切る奴も 珍しいんじゃないだろうか?
散髪代を浮せるため、カットモデルを請負っている享一は、無闇に髪を切る事が出来ない。やや明るめのウェンゲ色で 光沢ある髪は地毛ではあるが、見ようによっては遊び人風にも見える。ミディアムレイヤーだと切った美容師が教えてくれたが、関心は無かった。
ひととおり夏の日差しと澄んだ空気を堪能し ひとつ伸びをして振り返った鼻先を
赤い塊が爆音と共に猛スピードで走り過ぎ、危うく田んぼの中に転げ落ちそうになった。
「うわっち!」
何事かと呆気にとられ、過去った方向を見ると赤い塊は次の角を派手なドリフトで曲がり、爆音と共に砂埃を巻き上げて田んぼの彼方に消えた。
「Z…かな?」
思わず、苦笑いが漏れた。
ド田舎に真赤なフェアレディZ、シュールな組み合わせだ。エンジン音から走り屋仕様に
改造しているのは間違いない。田舎モンが、粋がって乗っている感が否めない。
「時見享一様ですか?」
フェアレディの消えた方向を、呆然と見ながら立ち尽くしていた享一は、背後からの声に
文字通り、飛び上がった。
続きを読む
ハートブレイカー1に戻る
享一かわいそ…
信じていたのに、こんな裏切られ方は辛いですよね。