11 ,2008
煩悩スクランブル 2
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「はい、どぉぞ」
ベッドの上で正座をし、真理(しんり)は緩やかに目蓋を閉じて顎を突き出した。長い睫がわずかに震え、ぷるるん唇が薄く開いている。こんなエロい顔されたら、誰でもイチコロだろう。だが、オレはコイツの本性を知っている。この薄く開いた唇の隙間から第三の手が伸びてきて、オレの首ギチギチ絞めるつもりなのだ。なんせ、仏教徒の天使なんだから何やらかすか、判ったもんじゃねえ。その証拠に、こいつの手の中では、ピンクのブツが「カモ~ン」と手招きしてやがる。お前は千手観音か?
「いい加減、スイッチを切れっ!!」
「痛ったぁーい!」
思い切り脳天をはたいてやった。これで、少しは目が覚めたに違いない。
「人生は甘くない」、教えてやったオレに感謝しやがれだ。
「いきなり、スリッパで頭はたくなんて、酷いじゃないよ。朝チュウは最初の条件のひとつでしょ?」
天使が斜め目線でブツブツ文句を言う。コラ、肘を突いて飯を食うんじゃねぇっ。
「うるせぇ。それより、いつの間にオレのクレジットナンバー盗んだんだ?
素直に話さねえと、警察に突き出すぞ」
真理がコーヒーを顔の近くまで運んでピタリと固まった。
そのまま長い睫毛の目を眇めた。
「こぉぉらぁぁーーーっ!!人が淹れてやったコーヒーを、勝手に捨てんなぁっ。バチがあたる……おいっ!オレの分までっ」
「これインスタントでしょ。美味しくないもん」
シンクにオレと二人分のコーヒーを流して、コーヒーの無力化を図った真理は、鼻歌交じりに 冷蔵庫から豆を取り出してミルミキサーにかけた。部屋中にコーヒーの新鮮で香ばしい匂いが広がる。寺の息子で、天使の顔をもつ奴がやることとは、とても思えない。坊主ってのは、なんでもありがたーく、押し戴くモンなんじゃねぇのかよ?
そして今、心の中の非難を棚に上げ、オレは至福の味を有難く味わっている。
オレのこうした矛盾が、目の前にいるお子様に付け入る隙を与えるのだ。わかってるんだ、オレだって。わかってはいるが、水はより低い方へと流れていく。それが人ってもんでしょ?
アーメン、いや、南無三だ。
「カードは、この前、まい泉でご飯食べた時、見たじゃん」
「見たって、一瞬だろうが」
「憶えてるもん」
そうだった。コイツは数字にメチャメチャ強いんだった。
オレがこの、望まぬ居候生活を強いられているのも、数式で屈辱的な敗北をしたからだってことを、すっかりさっぱり忘れてた。人はね、辛い記憶が重なると生きていけない生物だから。
「僕ね、ハルに関する数字なら全部頭に入れてあるよ。携帯番号、大学時代の学生番号、
実家の電話番号、ご両親と飼い犬の誕生日も。体重68 身長176・・・・」
「俺の親と犬の誕生日を並べて言うな。もう、いいって」 キモいぞ、数字バカ。
「で・・、なんであんなモン買ったんだよ?」
「で・・、そろそろ同棲2ヶ月なんですけど、いつヤらせてくれるんですか?”先生”」
「質問に質問で返すなよ! こんな時だけ、先生呼ばわりとかズルいぞ。いいか、耳かっぽじってよく聞けよ。
オレはね、”女”と”子供”には手を出さないのが信条なの。”オ・ト・ナ”の男しか眼中にねえのよ」
最後は大人の男のゆとり200%で、ニヒルにニヤリと笑ってやる。どうだ、テメェみたいなお子様には真似できねえ笑顔だろう。
そう、オレは大人の、しかも洗練された渋い男しか相手にしない。
こんなベビーピンクの唇を持った小悪魔系オトメンは設定に入っていないのだ。
「手を出すのは、僕のほうでしょ? 普通、攻めるほうが”出す”って言うんじゃないんですか?
ああ、そうでもないか。気持ちがあってアクション起こせば、この言い方も成立はしますね。”先生”?」
オレは頭を抱えた。朝からこんな馬鹿げた論法どうでもいいって。
普通、美少年の口から強請るなら「抱いてください」であって、「抱かせろ」では決して無い筈だ。しかも、オレはネコではない、バリタチなのだ。
「大体、オレが抱く方ならこのともかく、何でお前に抱かれなきゃなんないんだよ?」
「だって僕が、勝負に勝ったんだもん。これ、当然の権利でしょ?
アレ?この目玉焼き半熟になってませんが。”先生”?」
ゲスい権利を主張しながら、しれっと中まで火が通ってしまった目玉焼きにクレームをつけてきやがった。
知るか!
「なにが権利だ。煩悩天使め!! ママに言いつけてやるぞ」
「煩悩天使? いいね、そのフレーズ。次の作詞でもらっちゃおうかな」
手を合わせてニッコリ笑う真理、ガックリするオレ。ハッ。
気が付けば、オレひとりが激昂しながらしゃべっている。真理はというと、落ち着いてのんびりトーストを口に運びながら目玉焼きの対処法を思案している。
高い天井まである窓から朝日が差し込んで真理の髪の毛や睫を明るく照らし影を落とす。本当に天使がテーブルについて朝飯を食ってるみたいだ。
あと、何年かしたら剃髪して、袈裟姿で読経しているなんて、そんな姿は想像がつかない。
「アホらし・・・・・」 完全に毒気を抜かれた。
ウォークインクローゼットに入って、出勤用のスーツに着替える。鏡に向かってネクタイを締めるオレの傍に真理が飛んできた。
「ハル、会社行くの? なんで? 今日、土曜日だよ」
「休日お付き合い&上司のご機嫌取りサ-ビス出勤。はー、新入社員は忙しいぜ」
鼻歌交じりで鏡を覗き込むオレを、肩越しにやたら強めな視線が睨んでくる。ん、真理のやつ、また背が伸びたかな。
「今日はハルと、まったりラブラブデーにしようと思ってたのにぃ」
休日出勤、バンザイ!だ。
「何時に帰ってくるの?晩御飯は?」
ああ~~、煩い。これだから女子供って嫌い。
「どうなるか、まったくわからん。お前は、テキトーに食っとけよ」
それこそ適当にあしらってやる。
「今夜のライブ、来てくれるんだよね。前から約束してたし、忘れてないよね?」
鏡の中のノットを整えチェックする。この逆三角形の形がきれいでないと、男前も半減なんだよね。
「ライブ? ああ、タカシ達のバンドか」
真理はアマチュアバンドのボーカルをしている。昔、俺が歌っていたバンド。つまり、オレの後釜に納まったって訳だ。皮肉なことに、ボーカルがチェンジしてからバンド ”マジェスティック・ファック” の人気は鰻上りで、今では固定ファンに追っかけもいる。全く、気に入らないったらありゃしない。
今日のライブの話は聞いていたような気もしたが、嗜虐心がメキメキ湧いてきて笑いながら軽く嘯いてやった。
「あれ、そうだったっけ? 悪ィ。仕事結構多いし、行けるかどうかわかんねーわ、オレ」
俺を凝視る真理の表情が凍りついた。
さっきロフトで愛玩具片手に寄越してきたのと同じ目付きで見上げてくる。
可愛いと形容出来る顔の中で、瞳だけが爛々と輝き殺気を放っている。
ヤバイ、と思った瞬間突き飛ばされていた。まだ、開封されていないブランド物の服屋の紙袋の山に背中から突っ込んだ。アルマーニやらドルガバが、頭上からガバガバ落ちてきて無意識に眼鏡を庇った。
なんだこの袋の量は? いつの間に、こんなに増えたんだ・・・・・ママだな。
多くの檀家を抱える真理の実家は、下世話な言い方をすると大金持ちだ。女傑といっても過言の無いコイツのママは、親バカ指数も女傑級。
オレが豪快女傑ママに思いを馳せていることも知らず、真理がオレの上に馬乗りになる。締めたばかりのネクタイをぞんざいに引っ張られた。
しまった、コレって凶器じゃん。
真理がうっそりと小首を傾げる。気怠げな雰囲気とは裏腹に、ギリリとネクタイに吊るされた頭部が持ち上がった。
「ねえ、センセ。約束を破ってはいけないことぐらい、3歳の子でも理解できますよね?
それを、”大人” の ”先生” にわからせて差し上げるには、どうしたらいいのでしょうか?」
「はい、どぉぞ」
ベッドの上で正座をし、真理(しんり)は緩やかに目蓋を閉じて顎を突き出した。長い睫がわずかに震え、ぷるるん唇が薄く開いている。こんなエロい顔されたら、誰でもイチコロだろう。だが、オレはコイツの本性を知っている。この薄く開いた唇の隙間から第三の手が伸びてきて、オレの首ギチギチ絞めるつもりなのだ。なんせ、仏教徒の天使なんだから何やらかすか、判ったもんじゃねえ。その証拠に、こいつの手の中では、ピンクのブツが「カモ~ン」と手招きしてやがる。お前は千手観音か?
「いい加減、スイッチを切れっ!!」
「痛ったぁーい!」
思い切り脳天をはたいてやった。これで、少しは目が覚めたに違いない。
「人生は甘くない」、教えてやったオレに感謝しやがれだ。
「いきなり、スリッパで頭はたくなんて、酷いじゃないよ。朝チュウは最初の条件のひとつでしょ?」
天使が斜め目線でブツブツ文句を言う。コラ、肘を突いて飯を食うんじゃねぇっ。
「うるせぇ。それより、いつの間にオレのクレジットナンバー盗んだんだ?
素直に話さねえと、警察に突き出すぞ」
真理がコーヒーを顔の近くまで運んでピタリと固まった。
そのまま長い睫毛の目を眇めた。
「こぉぉらぁぁーーーっ!!人が淹れてやったコーヒーを、勝手に捨てんなぁっ。バチがあたる……おいっ!オレの分までっ」
「これインスタントでしょ。美味しくないもん」
シンクにオレと二人分のコーヒーを流して、コーヒーの無力化を図った真理は、鼻歌交じりに 冷蔵庫から豆を取り出してミルミキサーにかけた。部屋中にコーヒーの新鮮で香ばしい匂いが広がる。寺の息子で、天使の顔をもつ奴がやることとは、とても思えない。坊主ってのは、なんでもありがたーく、押し戴くモンなんじゃねぇのかよ?
そして今、心の中の非難を棚に上げ、オレは至福の味を有難く味わっている。
オレのこうした矛盾が、目の前にいるお子様に付け入る隙を与えるのだ。わかってるんだ、オレだって。わかってはいるが、水はより低い方へと流れていく。それが人ってもんでしょ?
アーメン、いや、南無三だ。
「カードは、この前、まい泉でご飯食べた時、見たじゃん」
「見たって、一瞬だろうが」
「憶えてるもん」
そうだった。コイツは数字にメチャメチャ強いんだった。
オレがこの、望まぬ居候生活を強いられているのも、数式で屈辱的な敗北をしたからだってことを、すっかりさっぱり忘れてた。人はね、辛い記憶が重なると生きていけない生物だから。
「僕ね、ハルに関する数字なら全部頭に入れてあるよ。携帯番号、大学時代の学生番号、
実家の電話番号、ご両親と飼い犬の誕生日も。体重68 身長176・・・・」
「俺の親と犬の誕生日を並べて言うな。もう、いいって」 キモいぞ、数字バカ。
「で・・、なんであんなモン買ったんだよ?」
「で・・、そろそろ同棲2ヶ月なんですけど、いつヤらせてくれるんですか?”先生”」
「質問に質問で返すなよ! こんな時だけ、先生呼ばわりとかズルいぞ。いいか、耳かっぽじってよく聞けよ。
オレはね、”女”と”子供”には手を出さないのが信条なの。”オ・ト・ナ”の男しか眼中にねえのよ」
最後は大人の男のゆとり200%で、ニヒルにニヤリと笑ってやる。どうだ、テメェみたいなお子様には真似できねえ笑顔だろう。
そう、オレは大人の、しかも洗練された渋い男しか相手にしない。
こんなベビーピンクの唇を持った小悪魔系オトメンは設定に入っていないのだ。
「手を出すのは、僕のほうでしょ? 普通、攻めるほうが”出す”って言うんじゃないんですか?
ああ、そうでもないか。気持ちがあってアクション起こせば、この言い方も成立はしますね。”先生”?」
オレは頭を抱えた。朝からこんな馬鹿げた論法どうでもいいって。
普通、美少年の口から強請るなら「抱いてください」であって、「抱かせろ」では決して無い筈だ。しかも、オレはネコではない、バリタチなのだ。
「大体、オレが抱く方ならこのともかく、何でお前に抱かれなきゃなんないんだよ?」
「だって僕が、勝負に勝ったんだもん。これ、当然の権利でしょ?
アレ?この目玉焼き半熟になってませんが。”先生”?」
ゲスい権利を主張しながら、しれっと中まで火が通ってしまった目玉焼きにクレームをつけてきやがった。
知るか!
「なにが権利だ。煩悩天使め!! ママに言いつけてやるぞ」
「煩悩天使? いいね、そのフレーズ。次の作詞でもらっちゃおうかな」
手を合わせてニッコリ笑う真理、ガックリするオレ。ハッ。
気が付けば、オレひとりが激昂しながらしゃべっている。真理はというと、落ち着いてのんびりトーストを口に運びながら目玉焼きの対処法を思案している。
高い天井まである窓から朝日が差し込んで真理の髪の毛や睫を明るく照らし影を落とす。本当に天使がテーブルについて朝飯を食ってるみたいだ。
あと、何年かしたら剃髪して、袈裟姿で読経しているなんて、そんな姿は想像がつかない。
「アホらし・・・・・」 完全に毒気を抜かれた。
ウォークインクローゼットに入って、出勤用のスーツに着替える。鏡に向かってネクタイを締めるオレの傍に真理が飛んできた。
「ハル、会社行くの? なんで? 今日、土曜日だよ」
「休日お付き合い&上司のご機嫌取りサ-ビス出勤。はー、新入社員は忙しいぜ」
鼻歌交じりで鏡を覗き込むオレを、肩越しにやたら強めな視線が睨んでくる。ん、真理のやつ、また背が伸びたかな。
「今日はハルと、まったりラブラブデーにしようと思ってたのにぃ」
休日出勤、バンザイ!だ。
「何時に帰ってくるの?晩御飯は?」
ああ~~、煩い。これだから女子供って嫌い。
「どうなるか、まったくわからん。お前は、テキトーに食っとけよ」
それこそ適当にあしらってやる。
「今夜のライブ、来てくれるんだよね。前から約束してたし、忘れてないよね?」
鏡の中のノットを整えチェックする。この逆三角形の形がきれいでないと、男前も半減なんだよね。
「ライブ? ああ、タカシ達のバンドか」
真理はアマチュアバンドのボーカルをしている。昔、俺が歌っていたバンド。つまり、オレの後釜に納まったって訳だ。皮肉なことに、ボーカルがチェンジしてからバンド ”マジェスティック・ファック” の人気は鰻上りで、今では固定ファンに追っかけもいる。全く、気に入らないったらありゃしない。
今日のライブの話は聞いていたような気もしたが、嗜虐心がメキメキ湧いてきて笑いながら軽く嘯いてやった。
「あれ、そうだったっけ? 悪ィ。仕事結構多いし、行けるかどうかわかんねーわ、オレ」
俺を凝視る真理の表情が凍りついた。
さっきロフトで愛玩具片手に寄越してきたのと同じ目付きで見上げてくる。
可愛いと形容出来る顔の中で、瞳だけが爛々と輝き殺気を放っている。
ヤバイ、と思った瞬間突き飛ばされていた。まだ、開封されていないブランド物の服屋の紙袋の山に背中から突っ込んだ。アルマーニやらドルガバが、頭上からガバガバ落ちてきて無意識に眼鏡を庇った。
なんだこの袋の量は? いつの間に、こんなに増えたんだ・・・・・ママだな。
多くの檀家を抱える真理の実家は、下世話な言い方をすると大金持ちだ。女傑といっても過言の無いコイツのママは、親バカ指数も女傑級。
オレが豪快女傑ママに思いを馳せていることも知らず、真理がオレの上に馬乗りになる。締めたばかりのネクタイをぞんざいに引っ張られた。
しまった、コレって凶器じゃん。
真理がうっそりと小首を傾げる。気怠げな雰囲気とは裏腹に、ギリリとネクタイに吊るされた頭部が持ち上がった。
「ねえ、センセ。約束を破ってはいけないことぐらい、3歳の子でも理解できますよね?
それを、”大人” の ”先生” にわからせて差し上げるには、どうしたらいいのでしょうか?」