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紙魚

Author:紙魚
近畿に生息中。
拙い文章ですが、お読み頂けましたら嬉しいです。


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長らくみなさまから頂戴した拍手コメント・メールへのお返事は、別ブログの”もんもんもん”にてさせて頂いていましたが、2016年4月より各記事のコメント欄でお返事させて頂くことにしました。今まで”もんもんもん”をご訪問くださり、ありがとうございました。く



    
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Category: 広くて長い

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広くて長い 14
<14>

 紅雷から 『話したい、会社の表で待っている』 という内容のメールが届いたのは、レジデンスで紅雷と別れた翌日、つまり佐野にクビを言い渡された同じ日だった。
 残業で無理だという断り文章を、すぐに思い直して 『もう会いたくない』 と打ち替えて送信し、着信拒否にした。
 金を作る目処は立たず、退職願も出しそびれたまま。生活も気持ちも何もかもが中途半端に燻った時間だけが過ぎて、手詰まり感だけが濃くなってゆく。
 何かに焦点を定めて考えようとしても、気づけば頭の中は、レジデンスで紅雷と最後に会ったあの時間に連れ戻され、結局、思考はどこにも行くことは出来ないでいた。
 
 駅前のスクランブル交差点に差し掛かった。
 大きな交差点は、流れるヘッドライトや照明で色を変える噴水、広告。駅前は様々な形と色彩の光に満たされた巨大な水槽のようであり、思い思いに行き交う人の群れはさながら回遊する魚のようだ。
 信号が変われば自分も波に乗って、あとはもう何も考えなくても波が駅に運んでくれる。
 その流れの真ん中で、足が止まった。
 自由自在に回遊する魚たちより頭一つ分、背の高い男は真正面から自分に向かって歩いてくる。
「急に立ち止まんなよ、危ないだろ!」 
 すぐ後ろを歩いていたサラリーマンが背中にぶつかり、肩から鞄が落ちた。流れは自分と肩から落ちて散らかった鞄の中身を避けるように別れて、その先でまたひとつになる。
 拾おうと屈むより先に、伸びてきた手が鞄を拾い上げた。散らばった中身を素早く拾い集めた男から鞄を取り返そうとしたが、逆に腕を掴まえられた。
「紅雷……」
「信号が変わる、走るぞ」
 裕紀を掴んだまま紅雷は交差点を走って渡り、そのまま魚の群れの外に連れてゆく。
 ひっきりなしに吐き出される白い息と、皮の手袋を通してもトクトクと早い心拍が、紅雷が走って追いかけてきたことを物語っていた。
「水色のチェックのマフラーした子に教えてもらった。それより…」
 シマちゃんだ。
「これはどういうことだ?」
 人も疎らな噴水の裏側まで引っ張ってこられて、やっと手首が離された。
 紅雷が出したのは退職願の白い封筒だった。鞄の中身を拾った時に見つけたのだろう。
「紅雷、鞄を返せ」
「答えるまで返さない。会社をやめてどうするんだ。まさかまだ風俗を続けるつもりなのか」
 街灯のオレンジ色が落ちる紅雷の眼底が悲しげな色に沈んでいる。トーンの下がった紅雷の声が、視線が紅雷に惹かれる心を追い詰めてゆく。
 もうほんの少し、あともうひと押しされれば、きっと自分は言ってしまう。

「好きなんだよ俺は」
 言葉の意味を図るように凝らした紅雷の目は、すぐ落胆の色に変わった。
「男も、あの仕事も。短時間で効率よく稼げるしな。一時間でコンビニの日当が稼げる仕事なんてそう他にはないだろ」
 初めて自分以外の男の性器に触れた時、身の毛がよだった。だが触れた場所を全て消毒したい衝動に耐え、嘔吐感を堪らえながら性器を口に咥えた時、自分が自分ではなく知らない何者かに変わってしまった気がした。
 ラインを一度超えると、非現実は日常に変わる。感覚を鈍くして思考するのを止めたのは自衛だったかもしれない。クラブからメールを受け取る度、指名した相手のために何かに変わった。
 後はルーティンだ。
 服を脱ぎ、求められればストリップもオナニーもやってみせる。対価に見合う分だけ、相手の欲望も満たしてやる。
「男が、好きなんだ」
 鈍化したまま朽ちてゆく自分を自覚させたのは、紅雷だった。自分は、まるで熟れる前に腐って木から落ちた果実みたいだ。
「嘘だな、裕紀はゲイじゃないだろう」
「そういえば、紅雷とは未遂だったな。今から確かめてみるか?」
 その果実を足で踏み潰した。足下から上がってくる腐臭に顔を顰める。
「裕紀……」
 そう、この顔が見たかった。眼を眇め、蔑みに歪む顔。指先で紅雷の高そうなコートの襟に触れながら、ゆるく首を傾げて、客を落とす時の淫靡な目つきで挑発する。
「上手いぜ俺は。お前は、いい躯してるし、本当は惜しいことしたって思ってた。試してみろよ、お前にも男も悪く無いってわからせてやるから」
 何度も、何度も果実を踏みつけて潰す。学歴も、借金も、仕事も、親も生活も全部。無力な自分も跡形もなく潰してしまえ。
 襟の中に差し込もうとした手を、皮の手袋をはめた手に掴まれた。
「お前にゲイの何がわかる?」
「わかってないのはお前だ! 何が一千万だっ。心のなかでずっと蔑んでいたんだろう。理解のあるふりをして俺の気持ちを、友情を試すな!」
 空いた手で、紅雷の肩や胸を思い切り殴った。その腕も自分の鞄ごと地面に落とした紅雷の手が捕まえる。
「裕紀? 裕紀っ、落ち着けって」
 あふれ出した涙を拭うにも、両手を奪われてどうすることも出来ない。
「言ってやるよっ!」
 がくりと頭を垂れ、同じ年の男の前でみっともなく泣きじゃくりながら白旗を上げた。
「お前が好きだ。友情とは別の感情でだ。自分でもどうしたらいいかわからない。やめたいのに、やめなくちゃいけないってわかってるのに、気持ちが止まらない」
 紅雷の返事はない、当たり前だ。下を向いた口許が自嘲に歪む。
「男にこんなこと言われて、気持ち悪いだろ」
 顔を上げると、表情の固まった紅雷と目が合った。
「そんな顔しねえで、気持ちが悪いってはっきり言えばいいだろ、言えよ! わかったろ、手を放せっ。それでもう、二度と俺に構うな!」
 
 引き抜こうとした両手を、逆に引き寄せられた。
「裕紀、同性愛がそんなに悪いのか。いけないことなのか?」
 言葉の内容より紅雷の気迫に圧されて思考が止まった。
「え……」
 聡明で猛々しい。なのに傷を抱えたような紅雷の顔を、車のヘッドライトが照らしては過ぎてゆく。紅雷は、ガードレールの外の車道に裕紀を引っ張っていった。
「紅雷?」
 空いた方の手を上げ、タクシーを止めた紅雷が横顔を見せて言う。
「オレはゲイだ」
「え……」 
 眩しいライトの光でくっきりと紅雷の姿が浮かび上がる。
 光の中で上がっていた紅雷の手がスローモーションのように動き、自分の後頭部を捉えたと認識するより先に、唇が重なった。握った手を強く握られて、思わず呻き声を上げた唇をかるく啄んで紅雷は離れた。
「気持ち悪いか?」

 強い眼差しに射抜かれ、ただ紅雷を見返すことしかできなかった。

タクシーのドアが閉まる音を上の空で聞いた。
 男同士のキスを目撃した運転手は一言も喋らず、逃げるように公園と塀の間の道をバックで走り去っていった。
 細い道の奥にレジデンスの玄関の明かりが灯る。いまだ事態を吸収しきれず突っ立ったまま裕紀の手を取り、その光の中に飛び込んだ男にようやっと声を掛けた。
「紅雷、ちょっと待ってくれ」 身を切るような冷たい空気に息が凍る。 
 紅雷がゲイだったことに驚いているのか、それとも紅雷が自分にキスしたことに驚いているのか。何をどう聞けばいいのか、
 唇が熱い。唇を抑えようと上げた手をそっと払われ、紅雷が再び唇を寄せてきた。
 重なる手のひらで生まれた熱がじわりと伝わってくる。心臓が今までとは違う音を鳴らし始め、全身にちりちりとした高熱が散らばり出す。
「裕紀、頼むから今は何も言わないで欲しい」 
「いや、でも……ブッ!!」
 その先は、紅雷に言われた通り何も言うことは出来なかった。紅雷に誘われるように門扉を潜るなり、頭から大量の冷水を浴びせられたのだ。

「紅雷! お前も東夷のクラブの事を知っていたのかっ!?」
 薄暗い前庭で仁王立ちし、撃ち殺すぞとばかりにホースの銃口を向ける男にふたりして震え上がった。
「ん……もしかしてお客か?」
 殺気立った形相の男は、背の高い紅雷の後ろに隠れた裕紀に気が付いたらしく、構えていた銃口をおろした。だが既に髪もコートもびしょ濡れで、一番下のシャツにまで冷たい水が染み込んで、歯がかちかちと鳴った。
「ひどいよ、晴人。こんな寒い日に門を潜るなり水をぶっかけるなんて。裕紀が風邪引いたらどうしてくれるんだよっ」
 晴人と呼ばれた男は、軽く会釈した裕紀より紅雷と繋いだ手の方をみて目を瞬かせた。そして 「巻き添え食らわせて、悪かったな」 とバツが悪そうに笑った。
 はっとするほど美しい声と容姿の男だ。
「アルデバランのこと、とうとう晴人にバレたんだ」
 華やかな花が綻んだようで、視線を持っていかれる。こんな綺麗な男は初めて見た。
「俺の情報網を侮るな。俺が演奏旅行で家を空けてるのをいいことに、二部屋もいかがわしいデートクラブの客室に使いやがって」
 じりじり怒りが再噴出し臨戦態勢モードに戻りつつある晴人を警戒するように、紅雷が裕紀の手を引く。
「俺はお客さんだし、クラブのことは東夷とふたりで話し合えよ」
 そう言って裕紀を連れ、晴人の前を立ち去りかけた紅雷が不意に振り返り、念を押すように言った。
「わかってるとは思うけど、上には上がって来んなよ!」
 
 服が乾くまでと渡された紅雷の服はシャツも綿ズボンは少し大きい。
 そのせいか、繋がっていた紅雷の手が離れたせいか。心もとなさを感じながら見覚えのある大きなソファに座っていた。紅雷が薄い翡翠色の液体が柔らかな湯気を立たせる汲出碗をローテーブルに置くと、裕紀の横に腰を下ろす。
 ふくよかな梅の香りに誘われて、温かい碗を手に取った。
「梅昆布茶、好きだったろ」
「そんな些細なこと、よく覚えてんな」
「覚えてるよ。そんなこともこんなことも、あの頃の裕紀のことは全部。わかってないのは、裕紀の方だ」


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  次話がたぶん最終話になりそうなんですが、まだ未着手の上、インフル撃沈中で
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   紙魚
 

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