11 ,2008
翠滴 1-11 秋空 3 (40)最終話
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「鳴海・・・さん」
「おはようございます、時見様」
「ん?享一?」
鳴海の項に顔を埋めていたいた周が、物憂げにゆっくりこちらを向いた。淫行で蕩けそうな瞳が細められ顔に緩い笑顔を刷く。気だるそうに溜息をつくと、唇や躯から淫蕩な空気が滲み出てくる。
「享一君、おはようございます。昨日は初夜をすっぽかして、すみませんでしたね
何か、用ですか?」
「これは、どう・・・」言葉が続かなかった。
周は鳴海を抱き込むように座りなおすと、悪びれもせず部屋の真ん中で立ち尽くす享一を見遣った。鳴海はどちらに視線を注ぐでもなく成り行きを傍観するように、薄く笑いを浮かべたまま黙っている。
「見ての通りです。鳴海と僕はこういう関係です。ああ、きっと君が訊きたいのは、
君との関係のことですね。君とのことは基弥とゲームで賭けをしました」
「賭け?」
「祝言までに、花嫁役のノーマル君をほんとうに落とせるかどうかの賭けです。
結果は享一君も知っての通り、僕の勝ちです。ねえ、基弥?」
「ええ。私の負けを認めますよ」
静かな部屋に周の頬を打ち付ける高い音が響き渡った。
何の言葉も発さず、享一は部屋を出た。
階段を走って上がる足音と、上の引き戸を荒っぽく閉める音が聞えて部屋の中に静寂が訪れた。
「いいのですか?これで」
「鳴海、もういい。もう、何も言うな」
鳴海がそっと訊いてきた。周は叩かれた頬を立てた膝の上で組んだ腕の中に沈めたまま答えた。シーツの皺に消えていくその声は、泣いているようにも叫んでいるようにも聞こえた。
人というのは、本当にショックなことがあると神経や感情が麻痺してしまうものらしい。
心は、驚くほど何も感じていなかった。部屋に戻り荷物を纏めていると、部屋の引き戸をノックする音がした。
引き戸を、ノック。
なんか、陳腐だ。などと現実感の無い浮遊した頭で考えながら無視していると、勝手に戸が開いた。
「駅まで送ります」
「どうして、俺が鳴海さんに送ってもらわなければいけないんですか?」
「歩けば、軽く2時間はかかるでしょうし、しかもその荷物です」
荷造りをする手が止まり、返事も返さない。
「早く、この地から離れたいのではないですか?車を回しておきますから
意地を張らずにお乗りなさい」そう言って鳴海は部屋を出て行った。
自分の中の情熱とかそういったものが息絶えていくのを感じた。
もう、なにも感じることは無い。自分が中身が空洞のセルロイドの人形にでもなってしまったかのようだった。振れば、死んで固化した心がカランカランと中で揺れて、乾いた音がするに違いない。
なのに、なぜ胸が痛むのか?涙が零れ落ちるのは・・・?
人の気持ちは変わる。それでも、想いを打ち明けたいと思った。
そのくせ、周は俺を裏切ったりはしない。頭のどこかでそう信じていた。
だが、変わるべき心など、最初からどこにも存在しなかった。周は、最初から遊びだったのだ。
男に遊ばれたという惨めな現実だけが残り、その仕打ちをしたのが何度も享一に「惚れた」と打ち明け、享一も心の底から手に入れたいと願った男だという事実が享一を更に打ちのめした。
「時見様、これをお返ししておきます」
駅について鳴海から渡されたのは周に取り上げられていた享一の携帯だ。
「その”様"付けで呼ぶのはやめてください。もう俺はあなた達とは関係が無いし、
今後、一切関わりを持つ気もありませんから、ご心配なく」
「ありがとうございます。周様からも、ここでのことは、総てお忘れになっていただきたいと
伝言を託っております」
「・・・・周もあんたも、最低だ」
「いつもこんなくだらない卑劣な遊びをやってんのかよ?
人の心を弄んで、何が楽しいんだよ。なんで、周は・・・」
鳴海と二人、駅前のロータリーで向かい合っていたが、享一は言葉に詰まると俯いて踵を返し駅のホームに消えていった。頬を濡らす涙がいじらしくもあり、また憎らしくもある。
享一の消えた方向に向かって、鳴海は独りごちる。
「なんでって・・・・、君を守る為じゃないですか。愛の力なんて、詰まるところ
この程度ということでしょうかね 時見クン?」
周は、時見 享一という人間を愛したが故に、サクラという新たな枷を嵌められ,神前からは二度と逃げられない。まさか、愛人として自分と一緒に新婦まで要求されるとは思っていなかった、周の完全なる誤算だ。所詮、神前が一枚も二枚も上手だったという事だ。
屋敷に戻りジャガーから降りると、田園や山々の長閑な空気を震撼させるガラスを割る高い音が響いた。音の大きさからして、周の部屋の嵌め殺しのガラス窓に違いない。
「周っ!!」
鳴海が運転席のドアを荒々しく閉め、屋敷に向かって走り出す。その後ろを真っ赤なZが爆音を上げて走り去った。慌てて戻り門の外に走り出た。遥か彼方で砂埃を上げながらフェアレディが駅の方向へと勢いを上げて曲がっていく。
「随分と、・・・可愛くなったものですね」
間に合うはずは無い、周の運転をもってしても、後5分で駅に着くのは不可能だ。
周もそんなことは、百も承知のはずだ。
だが、鳴海自身、「でも、もしかしたら」と考える自分に気が付き、自嘲しながら溜息をひとつ漏らした。
どこまでも高い空が、季節が変わったことを自分達に教えていた。
-fin-
「鳴海・・・さん」
「おはようございます、時見様」
「ん?享一?」
鳴海の項に顔を埋めていたいた周が、物憂げにゆっくりこちらを向いた。淫行で蕩けそうな瞳が細められ顔に緩い笑顔を刷く。気だるそうに溜息をつくと、唇や躯から淫蕩な空気が滲み出てくる。
「享一君、おはようございます。昨日は初夜をすっぽかして、すみませんでしたね
何か、用ですか?」
「これは、どう・・・」言葉が続かなかった。
周は鳴海を抱き込むように座りなおすと、悪びれもせず部屋の真ん中で立ち尽くす享一を見遣った。鳴海はどちらに視線を注ぐでもなく成り行きを傍観するように、薄く笑いを浮かべたまま黙っている。
「見ての通りです。鳴海と僕はこういう関係です。ああ、きっと君が訊きたいのは、
君との関係のことですね。君とのことは基弥とゲームで賭けをしました」
「賭け?」
「祝言までに、花嫁役のノーマル君をほんとうに落とせるかどうかの賭けです。
結果は享一君も知っての通り、僕の勝ちです。ねえ、基弥?」
「ええ。私の負けを認めますよ」
静かな部屋に周の頬を打ち付ける高い音が響き渡った。
何の言葉も発さず、享一は部屋を出た。
階段を走って上がる足音と、上の引き戸を荒っぽく閉める音が聞えて部屋の中に静寂が訪れた。
「いいのですか?これで」
「鳴海、もういい。もう、何も言うな」
鳴海がそっと訊いてきた。周は叩かれた頬を立てた膝の上で組んだ腕の中に沈めたまま答えた。シーツの皺に消えていくその声は、泣いているようにも叫んでいるようにも聞こえた。
人というのは、本当にショックなことがあると神経や感情が麻痺してしまうものらしい。
心は、驚くほど何も感じていなかった。部屋に戻り荷物を纏めていると、部屋の引き戸をノックする音がした。
引き戸を、ノック。
なんか、陳腐だ。などと現実感の無い浮遊した頭で考えながら無視していると、勝手に戸が開いた。
「駅まで送ります」
「どうして、俺が鳴海さんに送ってもらわなければいけないんですか?」
「歩けば、軽く2時間はかかるでしょうし、しかもその荷物です」
荷造りをする手が止まり、返事も返さない。
「早く、この地から離れたいのではないですか?車を回しておきますから
意地を張らずにお乗りなさい」そう言って鳴海は部屋を出て行った。
自分の中の情熱とかそういったものが息絶えていくのを感じた。
もう、なにも感じることは無い。自分が中身が空洞のセルロイドの人形にでもなってしまったかのようだった。振れば、死んで固化した心がカランカランと中で揺れて、乾いた音がするに違いない。
なのに、なぜ胸が痛むのか?涙が零れ落ちるのは・・・?
人の気持ちは変わる。それでも、想いを打ち明けたいと思った。
そのくせ、周は俺を裏切ったりはしない。頭のどこかでそう信じていた。
だが、変わるべき心など、最初からどこにも存在しなかった。周は、最初から遊びだったのだ。
男に遊ばれたという惨めな現実だけが残り、その仕打ちをしたのが何度も享一に「惚れた」と打ち明け、享一も心の底から手に入れたいと願った男だという事実が享一を更に打ちのめした。
「時見様、これをお返ししておきます」
駅について鳴海から渡されたのは周に取り上げられていた享一の携帯だ。
「その”様"付けで呼ぶのはやめてください。もう俺はあなた達とは関係が無いし、
今後、一切関わりを持つ気もありませんから、ご心配なく」
「ありがとうございます。周様からも、ここでのことは、総てお忘れになっていただきたいと
伝言を託っております」
「・・・・周もあんたも、最低だ」
「いつもこんなくだらない卑劣な遊びをやってんのかよ?
人の心を弄んで、何が楽しいんだよ。なんで、周は・・・」
鳴海と二人、駅前のロータリーで向かい合っていたが、享一は言葉に詰まると俯いて踵を返し駅のホームに消えていった。頬を濡らす涙がいじらしくもあり、また憎らしくもある。
享一の消えた方向に向かって、鳴海は独りごちる。
「なんでって・・・・、君を守る為じゃないですか。愛の力なんて、詰まるところ
この程度ということでしょうかね 時見クン?」
周は、時見 享一という人間を愛したが故に、サクラという新たな枷を嵌められ,神前からは二度と逃げられない。まさか、愛人として自分と一緒に新婦まで要求されるとは思っていなかった、周の完全なる誤算だ。所詮、神前が一枚も二枚も上手だったという事だ。
屋敷に戻りジャガーから降りると、田園や山々の長閑な空気を震撼させるガラスを割る高い音が響いた。音の大きさからして、周の部屋の嵌め殺しのガラス窓に違いない。
「周っ!!」
鳴海が運転席のドアを荒々しく閉め、屋敷に向かって走り出す。その後ろを真っ赤なZが爆音を上げて走り去った。慌てて戻り門の外に走り出た。遥か彼方で砂埃を上げながらフェアレディが駅の方向へと勢いを上げて曲がっていく。
「随分と、・・・可愛くなったものですね」
間に合うはずは無い、周の運転をもってしても、後5分で駅に着くのは不可能だ。
周もそんなことは、百も承知のはずだ。
だが、鳴海自身、「でも、もしかしたら」と考える自分に気が付き、自嘲しながら溜息をひとつ漏らした。
どこまでも高い空が、季節が変わったことを自分達に教えていた。
-fin-
ミートン・メートンです。
ここまで、昨夜から一気に読み進めました!
すごく良かったです!!
紙魚さんの文章力、すごいですね!!
尊敬します!!
翠滴。
その後どうなったのかすごく気になります。
まだ続いているのでしょうか・・?
個人的には、周も良いのですが、鳴海が好きだったりします・・・。フフッ・・・。
また寄らせて貰います(*^_^*)