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紙魚

Author:紙魚
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Category: 翠滴 1 (全40話)

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翠滴 1-10 宵闇の舞  5 (37)
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 長躯のその男は、他の客人たちとは違いその端正な顔を、享一にも向けた。

 「サクラさん、この度はおめでとうございます。先程、お会いしましたね。
 廊下では驚かせてしまって、申し訳ありませんでした」

 俺は少し口を綻ばせ、無言のまま首を横に振った。ちょっとした動きでも鬘の重さが頭をズンと締め上げた。コンタクトの嵌まった眼で改めてはっきり見ると、相当な男前であり品性を感じさせる辺りが、本性を知る前の周(あまね)と雰囲気が似ていることに気が付いた。
ただ、瞳がまったく違う。色が、というのではなくて、男の目には、何か仄暗く冷たい何かが宿っているような気がした。大人の余裕で零す笑顔の下に、得体の知れない禍々しいものを感じる。

 男は周に顔を寄せて小声で話しかけている。
一瞬、怪訝な顔をして男から顔を離すが、やがて頷いて男と一緒に立ち上がった。そして、享一の背後に屈むと、小声で耳元に訊いてきた。

 「サクラ、僕はちょっと席を外しますが、一人で大丈夫ですか?」

 マジかよ・・・ここに独りでおいてくのか?さっきほどではないが、まだ数人の客の視線が刺さる。視線で刺殺・・・・ありえないが、険を含んだ視線が痛すぎる。一体なんなの、コイツ等は?
しかし、心とは裏腹に周に頷いて見せる。今日は、妻らしく周を助けよう。

 「さっさと終わらせて戻りますから」

 そう言うと、周は男と連れ立って姿を消した。

 間もなくして、祝いの舞の時とは違うビンと張りのある謡の声が響いて、鼓の音と共に新たな舞が始まった。

 「ああ、羽衣ですね」と近くに座っていた60前後の年配の男が教えてくれた。
 「天と地、つまり異民族間の結婚の難しさを語った、舞ですよ」とも

 貧相な痩せ型の男の視線は値踏みするように享一を見ていた。男の言葉は、取りようによっては、お前のような身分の違う女が、永邨の嫁に相応しいものか、とも聞こえる。自分が本物の花嫁だったら、酷く傷つきそうな言葉を、享一は不愉快な思いでやり過し、その羽衣とやらを見てやろうと能舞台に視線を向けた。

 驚いたことに、舞台に立っていたのは周と、先の男だった。面はつけず、周は紋付袴姿で男も紋付のまま舞台に上がっていた。客席から「ほう」と声が上がる。

 シテと呼ばれる主役の天女を周がやり、ワキの漁師を男が演じていた。衣の代わりに扇を遣う2人の息の合った優美な舞は、客人たちと享一を幽玄の美の世界へと誘い、見る者の目を釘付けにした。
大きな動きを抑制しながら、篝火の光の中で舞う周の姿は、本物の天女の如く気高く優雅で、篝火に映える翠の瞳は、周を浮世の者とは隔たった穢れの無い天界に生きる者という印象を強調している。あの虹彩の中で煌きながらさんざめき、享一の胸と共鳴し溢れ出しそうだった色たちは、今や篝火の中から生まれた金箔の火の粉となって静かに享一の胸の中に降り積もり、幻惑を呼ぶ絢爛の世界へと誘い込む。

 周は美しい。男とか女とかそういうものを超えた人世離れした美しさをもっている。

 目前に繰り広げられる天上の美に、あちらこちらから溜息や感嘆の声が漏れ聞こえ、年配のご婦人や能を理解しているのであろう者たちは、周たちの舞に感動し、涙すら浮かべていた。


 異民族間のどうの・・・という話は初耳だが、羽衣伝説なら享一も知っていた。
男が羽衣を隠して天女と結婚をするが、結局 羽衣を見つけた天女は最後天に帰ってしまうという、つまり手に入らない女の話だ。能の『羽衣』は少し違いはあるようだが、見ている限り概ね似たようなものらしい。

 手に入らない天女・・・・それは周の事だ。 舞いを舞う周を見てそう思った。聡明で美しい周は、高嶺の花だ。自分のような凡人が、どんなに手を伸ばしても手に入らないのかも知れない。舞台では男の張りのある謡の声に周が動きをあわせ舞っている。

 長躯で美しい似合いの2人の、時々視線を絡ませながらの息の合った遣り取りに、胸の中で汚濁したものが湧きあがってくるのを感じて胸が痛くなった。容姿も品性も周と釣り合う男。紛れもない嫉妬の感情に享一自身が困惑した。
 
 自分の意思とは関係なく、ポロリと涙が一粒こぼれる。舞台上の周と眼が合った・・・気がした。周は、急にピタリと動きを止め、宴席に向かって頭を下げた。

 「この先を忘れました。申し訳ございません。この良き日に未熟な舞を披露して、
 皆様のお目汚しを致しましたことをお詫び申し上げます。
 勉強不足でお恥ずかしいと思いますがどうぞ、この辺でお許しください」

 よく響く艶のある声で詫びると、盛大な拍手が起こった。

 深夜も近くなって、やっと宴もお開きになり、客人たちを見送ろうと門前に出ると、屋敷の前の狭い道にひしめき合うように、ベンツやベントレー、シーマやレクサス等の高級車とその運転手と思われる男たちがひしめき合っていた。呆気にとられる享一には、まだ弱冠25歳の周と客人達がどういう付き合いなのか全く想像がつかなかった。

 新郎新婦、騰真氏やその息子と思われる30前後の男と一緒に門前に並んで客人を送り出す。美操たちは未成年という事もあって、宴の途中で退席していた。ぶちぶち不満を漏らしていたが、騰真氏の鶴の一声で渋々、宴席を後にした。 帰っていく人たちから「いい祝言だった」とか「本当に綺麗な花嫁さんだこと。お幸せにね」などと言葉を貰うと、今日の祝言の成功を確信し、嬉しさの半分で申し訳なくも思い、いろんな気持ちを込めて頭を下げた。


 「周くぅん!!」

 隣では、礼の痘痕顔の男がまた周の手を握って泣いている。友達かな?にしては、周は口先だけは柔らかだが、表情は冷笑ともとれる顔で痘痕男を見ている。わからない。一体どういう付き合いなのか、全く想像がつかないやり取りだ。

 ただ頭を下げるだけの挨拶を続けていると、男が1人近づいて来た。背の低い貧相なその男は享一に羽衣の能について教えた年配の男だった。取り敢えず頭を下げると

 「まあ、古い家だから色々と大変だろうけど、あんたもがんばんなさいよ」

 そう言って、表情を和やかに綻ばせると挨拶代わりにひょいと片手を上げ、シーマの後部座席に乗り込んで帰っていった。宴の席での痛い視線に、つい疑心暗鬼になっていたらしい。
もう一度、立ち去る車に頭を下げた。


周舞500
↑↑↑ 『7 ate 9』の いとい滋さまより、このシーンのイラストを頂きました。
 クリックで、大きな画像を見ることが出来ます。

 ※イラストの版権及び使用権は『7 ate 9』のいとい様に属しますので
   申し訳ございませんが、無断転写はお断りさせて頂いております。

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Comments

能まで!
すごいですね周さん……
享一くんの気持がわかっちゃう!!

さいごは、ハッピーエンドになるのかなあ。
7月さま!!
 能は、折角 舞台もあるので披露の運びとなりました。

>享一くんの気持がわかっちゃう!!
わかって頂けますか~?やった!!(笑)
ハッピーエンド・・・BLの鉄則ですよね(←と、自分で勝手に思ってる・・)
それは、最後のお楽しみ♪

たくさんのコメント、ありがとうございまし♪(ペコリ

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