11 ,2008
翠滴 1-10 宵闇の舞 3 (35)
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花隈は、間違いなくゲイだろう。この状況に驚きも嫌悪する態度も見せない。
ただ、鳴海にどう思われたかが気になった。ただでさえ気に入られているとは言い難いのに、鳴海は周と関係を持ってしまった享一をどう思うのか?先程の態度からも、いつも通り感情は読み取れない。
祝言が明けた暁に、周にこの想いを打ち明ける覚悟を決めた享一には、周の傍にいる人たちの態度も気になる。勿論、先ずは周の気持ちが大事なのだし、告白や関係を明け透けにするつもりもないが、周とひとつの共同体のように行動を共にする鳴海や、妹の美操たちに出来ることなら嫌われたくは無かった。
だがその前に、周にはなんと打ち明ければよいのか・・・考え始めただけで、心臓がドキドキと高鳴り鼓動が早くなる。花びらを散らさんばかりに薄らと紅潮させ、瞼を軽く伏せ薄く開いた唇から息を吐く享一に花隈が声を掛けてきた。
「サクラちゃん、君、本当に綺麗な子だね。うん、凄く色気があるよ。今の表情なんて、
僕クラッときちゃったもん。ぜひ、モデルとしてスカウトしたいところだけど、周に怒られちゃうかな」
「俺が?冗談」
顔を上げてニコッと笑う。花隈は自分が緊張していると思って、気持ちを解そうとしてくれているのだろう。嘘とも本気ともとれる顔で冗談を言ってきた。勿論、冗談だ。
「ホントだよ。ほら、花嫁はどの子も綺麗だけど、ここまで綺麗な花嫁は
ウチでも滅多にお目にかかれないよ」
ほら、ごらんと鏡台の鏡の角度を享一に見やすいように変えてくれた。黒引き振袖を身に纏い角隠しを被った花嫁が鏡に映る。
「マジ・・・?」
「ね、綺麗でしょ」
花隈の創り上げた花嫁はどこから見ても完璧だった。ただしこれは、偏に花隈の腕に因るところだ。化粧と衣装でここまで変わるとは、クマさん恐るべしだ。
丁度、その時ティーンズが部屋に入ってきて感嘆の声をあげた。雄蝶雌蝶と呼ばれる、祝言の酌人を務める2人は、髪を下ろし目にも鮮やかな紅色と鶯の振袖を着て、金糸銀糸の絢爛な刺繍の施された黒い帯をしている。まるで、動いているのが不思議なくらいの、見目麗しい一対の日本人形だ。
「凄いわ!サクラさん、完璧よ。どこからどう見ても綺麗な花嫁にしか見えないわ」
「素敵!ねえ、薫ちゃん、わたしも着てみたい。今度着させて?」
「サロンまで来てくれるなら、いつでもいいよ」
「お疲れ様でした。後もう一仕事がんばって下さいね」
ティーンズに褒められ、後から入ってきた鳴海に激励され頷こうとしたが、鬘が重たいわキツいわで、僅かに頭が揺れただけだった。
「じゃあ、茅乃達の帯を締め直したら、僕は失礼するね」
「ええ!薫ちゃん、帰っちゃうの?」 カリスマ薫ちゃんは、やはり人気者らしい。
「んー、明日も撮影あるしぃ、雅巳も来てんでしょ?顔さしちゃヤだしやっぱ帰るわ」
俄かに花隈が享一に向き直って手を取った。
「サクラちゃん、本当に綺麗だよ。たぶん、僕の手掛けた花嫁の中で1~2を争うんじゃ
ないかな。周が選んだだけのことはあるね。我侭な子だけど、周をよろしくね」
花隈は自分の事を何と訊いているのだろうか。返答に困っていると、背後から声がした。
「”たぶん”は余計でしょう?」
部屋の入り口に羽織袴姿の周が腕を組んで立っていた。
ティーンズが「お兄様、素敵!」と色めきたつ。周は外を顎で指して
「薫さんのハマーが道を塞いで邪魔なんだそうです。さっさと退けて下さいよ」
「ほんっと、憎らしい子だよね。言われなくてもさっさと帰ってやるわよ」
そう言いながらも、甲斐甲斐しく周の紋付の襟や裾を直して、一言二言、周と言葉を交わすと花隈はティーンズを連れ立って部屋を出ていった。ハマーの移動に鳴海もいなくなった部屋に2人きりになった。周が部屋に入ってきて、向かい合う。
今が、チャンスかもしれない・・・心臓がバクバクと高鳴って飛び出しそうだ。
「周、ホント・・・素敵だ・・」
灰色に黒の縦縞柄の袴に黒の五つ紋の羽織を纏った周は、きりりとしたストイックなまでの凛々しさで、痺れるほどカッコよかった。これが本物の祝言なら、俺はこの美しい人間を手に入れる、果報者という訳だ。だが、式は偽りで自分は自力でこの男を手に入れなければならない。
「享一も、気絶しそうなくらい綺麗だ。
ただし、俺の中の一番は享一が乱れている時の顔だけどね」
極上の艶ある顔と声で言われるが、今の享一に周の褒め言葉にも煽る眼差しにも、受け答えするゆとりは無い。切羽詰まって縋るように上を向き、目が合った途端また下げられた。
「周、あの・・・俺」 その唇を周の親指の腹がそっと押さえる。
「話は・・・後から。実は、急かされてる・・・」
そう言って、今度は唇が重なってきた。俯き気味だった顔を上向けられ、少し屈んで角隠しの下に首を傾げながら入ってくる。触れるだけのゆるやかなキスを残して出て行った。
肩透かしを食らって、極みきった気持ちの持って行き場に困ったが、もしここで玉砕したらこの後の祝言の遂行が危うくなる。そう思い至って、気を引き締めなおした。なにか、ひっかかるものを感じながら・・
「行きましょうか」
エスコートに差し出された掌に自分の手を重ねる。芝居だとわかっていても胸がドキドキする。
手を繋いだまま宴の席に着くと招待客の視線が一斉に集まった。その8割方を占める突き刺さるような視線に、たじろいだ。
花隈は、間違いなくゲイだろう。この状況に驚きも嫌悪する態度も見せない。
ただ、鳴海にどう思われたかが気になった。ただでさえ気に入られているとは言い難いのに、鳴海は周と関係を持ってしまった享一をどう思うのか?先程の態度からも、いつも通り感情は読み取れない。
祝言が明けた暁に、周にこの想いを打ち明ける覚悟を決めた享一には、周の傍にいる人たちの態度も気になる。勿論、先ずは周の気持ちが大事なのだし、告白や関係を明け透けにするつもりもないが、周とひとつの共同体のように行動を共にする鳴海や、妹の美操たちに出来ることなら嫌われたくは無かった。
だがその前に、周にはなんと打ち明ければよいのか・・・考え始めただけで、心臓がドキドキと高鳴り鼓動が早くなる。花びらを散らさんばかりに薄らと紅潮させ、瞼を軽く伏せ薄く開いた唇から息を吐く享一に花隈が声を掛けてきた。
「サクラちゃん、君、本当に綺麗な子だね。うん、凄く色気があるよ。今の表情なんて、
僕クラッときちゃったもん。ぜひ、モデルとしてスカウトしたいところだけど、周に怒られちゃうかな」
「俺が?冗談」
顔を上げてニコッと笑う。花隈は自分が緊張していると思って、気持ちを解そうとしてくれているのだろう。嘘とも本気ともとれる顔で冗談を言ってきた。勿論、冗談だ。
「ホントだよ。ほら、花嫁はどの子も綺麗だけど、ここまで綺麗な花嫁は
ウチでも滅多にお目にかかれないよ」
ほら、ごらんと鏡台の鏡の角度を享一に見やすいように変えてくれた。黒引き振袖を身に纏い角隠しを被った花嫁が鏡に映る。
「マジ・・・?」
「ね、綺麗でしょ」
花隈の創り上げた花嫁はどこから見ても完璧だった。ただしこれは、偏に花隈の腕に因るところだ。化粧と衣装でここまで変わるとは、クマさん恐るべしだ。
丁度、その時ティーンズが部屋に入ってきて感嘆の声をあげた。雄蝶雌蝶と呼ばれる、祝言の酌人を務める2人は、髪を下ろし目にも鮮やかな紅色と鶯の振袖を着て、金糸銀糸の絢爛な刺繍の施された黒い帯をしている。まるで、動いているのが不思議なくらいの、見目麗しい一対の日本人形だ。
「凄いわ!サクラさん、完璧よ。どこからどう見ても綺麗な花嫁にしか見えないわ」
「素敵!ねえ、薫ちゃん、わたしも着てみたい。今度着させて?」
「サロンまで来てくれるなら、いつでもいいよ」
「お疲れ様でした。後もう一仕事がんばって下さいね」
ティーンズに褒められ、後から入ってきた鳴海に激励され頷こうとしたが、鬘が重たいわキツいわで、僅かに頭が揺れただけだった。
「じゃあ、茅乃達の帯を締め直したら、僕は失礼するね」
「ええ!薫ちゃん、帰っちゃうの?」 カリスマ薫ちゃんは、やはり人気者らしい。
「んー、明日も撮影あるしぃ、雅巳も来てんでしょ?顔さしちゃヤだしやっぱ帰るわ」
俄かに花隈が享一に向き直って手を取った。
「サクラちゃん、本当に綺麗だよ。たぶん、僕の手掛けた花嫁の中で1~2を争うんじゃ
ないかな。周が選んだだけのことはあるね。我侭な子だけど、周をよろしくね」
花隈は自分の事を何と訊いているのだろうか。返答に困っていると、背後から声がした。
「”たぶん”は余計でしょう?」
部屋の入り口に羽織袴姿の周が腕を組んで立っていた。
ティーンズが「お兄様、素敵!」と色めきたつ。周は外を顎で指して
「薫さんのハマーが道を塞いで邪魔なんだそうです。さっさと退けて下さいよ」
「ほんっと、憎らしい子だよね。言われなくてもさっさと帰ってやるわよ」
そう言いながらも、甲斐甲斐しく周の紋付の襟や裾を直して、一言二言、周と言葉を交わすと花隈はティーンズを連れ立って部屋を出ていった。ハマーの移動に鳴海もいなくなった部屋に2人きりになった。周が部屋に入ってきて、向かい合う。
今が、チャンスかもしれない・・・心臓がバクバクと高鳴って飛び出しそうだ。
「周、ホント・・・素敵だ・・」
灰色に黒の縦縞柄の袴に黒の五つ紋の羽織を纏った周は、きりりとしたストイックなまでの凛々しさで、痺れるほどカッコよかった。これが本物の祝言なら、俺はこの美しい人間を手に入れる、果報者という訳だ。だが、式は偽りで自分は自力でこの男を手に入れなければならない。
「享一も、気絶しそうなくらい綺麗だ。
ただし、俺の中の一番は享一が乱れている時の顔だけどね」
極上の艶ある顔と声で言われるが、今の享一に周の褒め言葉にも煽る眼差しにも、受け答えするゆとりは無い。切羽詰まって縋るように上を向き、目が合った途端また下げられた。
「周、あの・・・俺」 その唇を周の親指の腹がそっと押さえる。
「話は・・・後から。実は、急かされてる・・・」
そう言って、今度は唇が重なってきた。俯き気味だった顔を上向けられ、少し屈んで角隠しの下に首を傾げながら入ってくる。触れるだけのゆるやかなキスを残して出て行った。
肩透かしを食らって、極みきった気持ちの持って行き場に困ったが、もしここで玉砕したらこの後の祝言の遂行が危うくなる。そう思い至って、気を引き締めなおした。なにか、ひっかかるものを感じながら・・
「行きましょうか」
エスコートに差し出された掌に自分の手を重ねる。芝居だとわかっていても胸がドキドキする。
手を繋いだまま宴の席に着くと招待客の視線が一斉に集まった。その8割方を占める突き刺さるような視線に、たじろいだ。
仮の祝言。同性同士。
それで、この舞台で、このカップルで。
ほんとに不思議な映画を見てるみたいです。
奇妙な世界です。それを書ける紙魚さんもフツウじゃないというか。
しかし薫さんのキャラはいいですね~