BL・MLに関心の無い方 18歳以下の方はご遠慮くださいませ。大人の方の自己責任においてのみの閲覧を お願いします。


プロフィール

紙魚

Author:紙魚
近畿に生息中。
拙い文章ですが、お読み頂けましたら嬉しいです。


紙魚は著作権の放棄をしておりません。当サイトの文章及びイラストの無断転写はご遠慮ください。
Copyright (C) 2008 Shimi All rights reserved

*お知らせ*
長らくみなさまから頂戴した拍手コメント・メールへのお返事は、別ブログの”もんもんもん”にてさせて頂いていましたが、2016年4月より各記事のコメント欄でお返事させて頂くことにしました。今まで”もんもんもん”をご訪問くださり、ありがとうございました。く



    
参加ランキング
FC2カウンター
*
検索フォーム
QRコード
QRコード
04

Category: 筐ヶ淵に佇む鬼は(全16話)

Tags: ---

Comment: 3  Trackback: 0

筐ヶ淵に佇む鬼は 11

 露店が途切れ、月明かりの畦道を曲がると、石垣の上に建つ東郷の屋敷が見えてくる。
 東郷家は祭りの世話役だ。家の者が、祭を手伝うために出払っていることは詰所で確かめた。
 黄楊の刈り込まれた坂道を上がり、使用人の通用口である裏木戸をくぐって中に入る。わたしの予想通り、章俊の部屋にだけ明かりが灯っていた。
 わたしは縁側で草履を脱いで上がり、暗い廊下に立って小声で章俊の名を呼んだ。
 しんと闇に沈む廊下を障子をすかした月明かりが仄かに照らす。その先は墨で塗り潰したように真っ暗だ。章俊に会いたい一心で忘れていた恐怖が、わたしの中で頭を擡げ出すのを、どうすることも出来なかった。
「章俊さん、入るから」 
 早く章俊の顔を見て安心したい。声をかけながら真鍮のノブを引っ張った。
 和洋折衷が流行った時期に増築された章俊の部屋は洋風で、田舎ではまだ珍しいベッドとライティングテーブルが置かれていた。数着の衣類と本、章俊が帰省の時に使っている鞄があるのみで、部屋は身辺整理を終えたかのように整然と片付いている。
 章俊はいなかった。
 人の息づきも体温も全く感じられない部屋に、息が詰まるような不安を感じ始めた時だった。
「帰ってくれんか。俺はもう来んといてって言うたで!」
 強く詰る章俊の声に、わたしの心臓は勢いよく跳ね上がった。
 耳を澄ますと、トーンの落ちた不明瞭な話し声がする。どうやら章俊は外にいて、誰かと話しているようだった。音を立てないように窓に寄り、磨りガラスの嵌った桟を少し押し開くと、声が明瞭に聞こえてきた。
 彰俊は暗い庭で誰かと対峙しているようだった。
 会話は途切れ、2人の間の空気が膠着しているのがわかる。月に掛かっていた雲が流れ、章俊を睨みながら立つ有一の顔がはっきりと見えた。
 青年団の一員として夏祭りを切り盛りしているはずの有一は、わたしと同じ事を考え祭を抜けてきたのだ。有一は、堅く引き結んだ唇を不満に曲げながら開いた。
「何で会うてくれんのや。家のもんに頼んでも、だれもアキに取り次いでくれんし」 
「そっちこそ何度いうたら、わかってくれるんや? 俺はおまえには会いたないって、繰り返したで。はよ祭りに戻りや」
 言葉を投げつけて脇を抜けようとした章俊の腕を、有一が捕まえた。
「だから、さっきから理由を言えてゆうてるやろ。アキ、ただ会いたないっていうだけなんやったら、俺には納得なんかできんぞ。なんで会えんのか、もっと俺に分かるように言うてくれ」
「理由なんてあらへん。有一に会いたないそれだけや」
 有一は腕を振りほどいて逃げた章俊を追いかけ、両肩を鷲掴みにした。章俊の痩せ細った肩に有一が息を呑む。やるせなく細めた有一の眼が章俊を睨んだ。
「痛いわ。放しいや、有一! しつこいで」
「よう聞け。聞いてくれ、アキ」
 足掻いて離れようとする章俊の身体を、有一は腕の中に抱き込んだ。
「俺は、戦地で死にそうな目にも遭うたし、いっそ死んだほうがましやて思えるくらいの地獄もようさん見てきた。敵兵に狙撃されて生死を彷徨って、もうこれで終わりや楽になるんやて思うた時、俺が考えたんは誰のことやったと思う?」
 体力の落ちた腕では有一を押し返せない。肩を落とし月を見上げた章俊を、有一は更にきつく抱きしめた。
 月明かりの下の抱擁は美しすぎて、わたしの心は静かに冷たい石のように固まってゆくようだった。
「生死の境で浮かんだんは、親でも弟らでもない、アキのことやった。俺は、アキに会うためだけに生きて帰ってきたんや。俺はアキが……」
 章俊は有一の背中に指を立て、有一の言葉を阻んだ。
「あかん。有一、あかん。もう何も言わんといて、頼むから」
 有一に抱きすくめられなから、章俊はやはり月を見ていた。
「何もかも、もう手遅れやねん。俺は変わってしもた。ようさん汚れて、赦されん罪も犯した。業深い人間や。そやから、お前は俺のことなんか忘れて普通に生きていったらええ」
 眼鏡が月の光を弾いて目の表情はわからなかった。が、諦観からくるのか自暴自棄な笑に唇を緩ませていた。こんな時でも唇に添えられた黒子はやはり艶めいて、それだけが酷く場違いな気がした。
「東京の親戚に世話になるゆう話が出てるからか?」
 章俊の背中がぎくりと強張るのが、わたしの位置からでもよく分かった。
「そんなん断ったらええ」
 章俊は月を見るのをやめ、有一からゆっくり離れた。
「そうはいかん。この約束には、うちの工場で働く工員や社員、その家族の生活が掛っとるんや。果たさんかったら、3000人と俺の家族が明日から路頭に迷うことになる」
「アキを人身御供に差し出すような家族のために、ひとり犠牲になるつもりなんか?」
「俺には、今まで俺らの生活を支えてくれた従業員らを無下にはできへん。それに、その程度のことやったら、俺はいくらでも耐えてみせれる。そんなことで、俺が役に立つんやったら……俺は」
「アホ言うなっ。自分をもっと大事にせえ、俺は納得できん、せえへんでっ」
 激怒する有一を、章俊は正面から静かな眼で凝視めた。
「有一、俺の罪はそんなもんやない、ほんまもんの犯罪や。そやからもう、俺には近づかん方がええ」
「アキが罪深いてゆうなら、その罪を俺に背負わせてくれ」
 乾いた声で章俊が笑い出した。
 首を少し仰け反らせ、横目で花水木の木陰を一瞥する。筐ヶ淵の時と同じく、章俊の視線に誘われるように同じ方向を見たわたしは、腰を抜かしそうになった。
 細い花水木の幹の後ろに、筐ヶ淵の時よりもっと近い位置に、あの男が立っていた。章俊には見えていたのだ。そして尚も、それが日常であるかのように受け入れている。
 それが何を意味するのか。ざっと全身が怖気だった。
 男はわたしを見て、神主の死体を指した時みたいに無言で章俊をゆび指した。
 章俊を男が指差す意味を、その時のわたしは、何も考える余裕はなかった。粗雑な面に穿たれた洞窟のような眼窩が嗤っているように思え、ただ臓腑を竦み上がらせていた。
 
 章俊の笑い声がふつりと途絶え、「ほんま、有一は俺に甘いなあ。けどな、俺の罪は重罪や。お前には背負われへんし、そんなん俺がごめんやわ」  嘲りを含んだ口調で言い捨てた。
「重罪? どういうことや」
 奇妙な間が開く。
 章俊を指さす男の面が、なにも動かないのに笑みを濃くする。
「神主は事故で死んだんやあらへん。俺に、殺されたんや」


◀◀◀ 前話  次話 ▷▷▷


  ■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
  まだ、怖さが足りないですねえ。
   神主さん……あわわ。 


  ■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
  拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
  ■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪

  にほんブログ村 小説ブログ BL小説へ


テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学

Comments

命からがら帰った有一にしてみたら 章俊の変わりようは受け入れられないものでしょうね。
けん坊だって 読者だって そうだもん!

あっ!また いるの!?
けん坊に 何を教えようとしているの?
えっ!章俊にも 見えてるの!?
ほんと 何者なのよーー(´;ω;`) コワイヨォォ・・・

有一の思いは痛いほど 章俊に伝わっている筈なのに 尚も頑なに拒絶する訳は、
東郷の家と会社のこと...そして なんと 神主を殺しただってーー!
嫌だぁ~~そんな事、章俊の口から聞きたくないよ~!σ(TεT;)ナイチャウヨ・・・

「章俊さん、なんで 何でなん?なんで 神主さんを殺しなあかんかったん?」
「章俊さんは、そんな怖い事をする人や あらへんやん!」
と、
暑さでへばって動作が重く 時々無反応な8才のPCの前で 思わず呟くのは、
こんな暑さなんて 大阪では序の口だわっ!と、鼻息を荒げる ”うん十うん才”の私ですけど、なにか!?  
ヾ(♯ ̄‥ ̄)ノ=3 フン!...byebye☆
けいったんさま、ようこそです~(*^▽^*)

有一からすれば、もう解せない事だらけなのに、とどめに爆弾発言を落とされて
脳内は真っ白に…お気の毒です(T_T)

> けん坊だって 読者だって そうだもん!
・書いている私もです。章俊、あんたって子は……状態です。

> あっ!また いるの!?
・いますよーん。何者でしょう? 
章俊と関係がありそうですが、彼を指す意味は何なのでしょう。
夜、無言でこんなのに立たれたら、ちびってしまうかも知れませんです

> 「章俊さん、なんで 何でなん?なんで 神主さんを殺しなあかんかったん?」
> 「章俊さんは、そんな怖い事をする人や あらへんやん!」
・(●´ε`●)ナイス関西弁~。やっぱこれですよね(なにがこれなんだ?

> 暑さでへばって動作が重く 時々無反応な8才のPCの前で 思わず呟くのは、
> こんな暑さなんて 大阪では序の口だわっ!と、鼻息を荒げる ”うん十うん才”の私ですけど、なにか!?
・いえ、文句はありませんです! そうです、大阪の熱さはこんなもんじゃないですよねっ。
しかし、8才のPCはなかなかのお年ですよね。
なだめてすかして甘やかしつつ、長寿をまっとうさせて上げて下さい!  

コメント&ご訪問、ありがとうございます!!
鍵コメントさま、よ・う・こ・そ(笑)

ぬおおおう!さすがです、なんと鋭いー!!
実はこのシーンもうひとつ筋書きを考えていまして、そちらのほうがより残酷な内容なので
どちらでいくか只今思案中です
鍵コメントさまのパターンを選んだなら、完結後にそちらの内容をお教え致しますね。

そして話の根幹は、もう少し深いところにあります。
ここでそれを書いてしまうと面白くなくなってしまうので、お口チャックさせて下さい(笑)
あとどれくらいで終わるのか、ふらりとプロットもなしではじめてしまったので
確定はできないですが、最後まで鍵コメントさまにも楽しんで頂ければ嬉しいです。

コメント&ご訪問、ありがとうございます!

Leave a Comment