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紙魚

Author:紙魚
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Category: 筐ヶ淵に佇む鬼は(全16話)

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筐ヶ淵に佇む鬼は 6

 大学生となった章俊は、普段は大学のある街に下宿をし、休みごとに家業を手伝いに帰ってきた。もともとこんな辺鄙な村にあって、田舎者特有の粗忽さが全然なかった章俊は、ますます垢抜け戻ってくる度、村の娘たちの噂に上った。
 入隊した有一からの手紙は、はじめのうちこそ小まめに届いたが、戦況と連動するように郵便事情も悪くなり次第に間隔が開きだした。
 「有一兄イは、国のために戦っとるんや」 と息巻いていた四郎は、いよいよ敵地に出征するという手紙を受け取って以来、ピタリと有一の話をしなくなった。まるで有一の名前を出さないことが、有一を守ることに繋がると信じているかのように頑なに口を噤んだ。

「章俊さん!」
 バス停から坂道を上がってくる章俊を見つけ、わたしはすっ飛んでいった。
「けん坊、今日もお使いか?」
「うん、きれいな野菜が取れたから、東郷さんに届けて来いって」
 わたしのさげたかごの中には山菜と畑で採れた野菜が入っている。「けん坊とこの畑で取れた野菜は、ほんま美味いからな。いつもありがとうやで」 章俊にありがとうと言ってもらえるのが、一番嬉しい。
 東郷への道を並んで歩く。しばらくぶりに会えて嬉しいのに、章俊は無口だ。
 朗らかで楽天的だった章俊は、親友の有一が徴兵されてから笑うことが少なくなった。たまの休暇に村に戻ってきても、東郷の自分の部屋に篭って
 わたしはせっかく会えたのにと、気が晴れる楽しい話題はないかと必死で考えた。が、出てきたのは涙が出るくらい平凡な質問だった。
「章俊さん、大学は? 今日は休みなの」
 章俊は脇に風呂敷包みを挟み、旅行に使えそうな大きな鞄を下げている。
「あっちはもう、それどころやあらへん。いつ空爆されるかいうて、心配でおちおち勉強なんてしてられへんからな。大学は明日から当分の間、休校や」
「もしかして、このまま村にずっと残るの?」
 微かな期待を込めて尋ねた私に、章俊は首を振った。
「それはあらへん。いま日本は兵力が不足してるんや。文系の学生はもうほとんどが招集されてしもた。俺はたまたま理工学部*やったやから、今まで召集されへんかったけど、お国ももうそんなこと言うてられへんやろ」
「章俊さんも、戦争に行く?」 
「そら、お声が掛かったら俺は行くで。命がけでお国と俺ら国民を守ろうとしてる仲間がおるんや。俺かて戦って、大切な人を守りたいで」
 恐る恐る訊ねたわたしに、章俊は清々しいくらいはっきりとこたえた。まるで、すぐにでも戦地に駆けつけたいような口ぶりだ。章俊の一番守りたい人とは、誰なのか。章俊とわたしは、それきり口を噤んで歩いた。
 わたしは時々、隣を歩く章俊の顔を盗み見たが、章俊がわたしを振り向くことはない。心ここにあらずといった風情の章俊の横顔に、大切な兄を守るため頑なに口を噤む四郎の顔が重なる。わたしは歩きながら少し息が苦しくなった。
 
 2人がトンネルに差し掛かった時、背後からいきなりクラクションを鳴られ驚いた。脇に退いたわたしたちの前で止まった一台の車に、わたしは再び驚かされた。
 「くろがね4起*」 は大日本帝国陸軍が軍用車として登用している日本初の四輪駆動車だ。こんな田舎では、まずお目にかかれることのない車だった。
 舗装されていない田舎道の走行で白い砂埃のベールを被ってはいるが、先端の尖ったかまぼこ型のボンネットや、可動式の幌がかっこいい。わたしは、初めて見るくろがね4起に、全力で興味と羨望の眼差しを注いだ。
「章俊君、久し振りだな」
 思いがけず、車のドアが開いて降り立った若い軍人に、わたしは思わず後退った。
 男の肩や胸に下がる物々しい勲章や階級章で、子供の目にも軍の中でも階級の高い人だとわかる。だが、わたしが後退ったのは、偉い軍人の前で怖じけたからではなく、虫けらでも見るような冷めた目を男がわたしに投げたからだった。
 頭髪を後ろに撫で付けきっかりと整った顔はしているが、男の態度には他人を服従させることに慣れた者特有の傲慢さが覗いている。
「朔之介さん、お久しぶりです。今日は、東郷に用ですか」
「ああ、急遽 東京に戻ることになってな。その前に宗孝翁に頼んでおきたいことがあって、挨拶がてら立ち寄らせてもたうことにした」
 章俊を捕らえるその眼差しが、何か奸計を含んで細まるのを、わたしは見逃さなかった。
 品のある切れ長の眼と通った鼻梁は、どことなく章俊と似ている。だが、言動や性格が章俊とは真対照で、柔らかさの欠片も感じない。 

「屋敷に帰るところなら、乗って行くといい。君が望むなら、その子も一緒に乗せていってやるぞ」
 高圧的な言い方は気に食わなかったが、わたしの胸はくろがね4起に乗れるという期待で一気に膨らんだ。運転席では若い兵士がハンドルを握って、わたしたちが乗り込むのを待っている。
 章俊がウズウズと期待で目を輝かすわたしを見た。申し訳なさそうな章俊の表情に、わたしの期待はぷしゅんとしぼんだ。正直、朔之介も同乗するなら、ひとりで歩いたほうがいい。
「俺たちは歩いて帰ります。でも、朔之介さんには俺からもお話がありますので、後ほど伺わせてもらいます」
 てっきり章俊は乗っていくものと思って落胆していたわたしは、素気無く申し出を断った章俊を見上げた。
「随分とご立腹の模様だな」
 朔之介は、真剣な眼差しで睨む章俊を受け流すように鼻で笑った。
「入隊志願を却下したのがそんなに不服か?」
「俺は、自分の意志で志願したんや。朔之介さんに口を挟まれる謂われはないと思います」
「章俊君、前にも言ったが、日本はこの戦争で負ける。負け戦と知って、わざわざ死にに行くことはなかろう。今は感情に揺られて腹も立つかもしれないが、君は将来、まちがいなく私に感謝をするはずだ」
 この戦争は負ける。大人たちが人目を憚り声を潜めてする話を、まさか堂々と軍人の口から聞くとは思わず、わたしは驚いた。

 トンネルにエンジン音を轟かせて去っていく車を、章俊は睨みつけていた。
「俺はあいつの側にすぐにでも行ったらなあかんのに、なんで邪魔するんや」 悔しげにつぶやいて、肩を慄わせ歯軋りをする。いつも温和な章俊の激しい怒りに、わたしは言葉をなくしただ立ちつくした。こんな時、章俊を慰める事ができる有一のような、長くて大きな腕を持っていない自分をわたしは責めた。
 章俊は肩の力を抜いて息を吐き、わたしを向いた。
「ごめんやで、けん坊。折角のチャンスやったのに。くろがねに乗りたかったんちゃう?」
 わたしは大きく首を横に振った。
「ほんまに?」
 久しぶりに見た章俊の微笑は、弱々しく寂しげで、わたしの胸は締め付けられるように痛んだ。
「それ、俺が貰っとくな」 章俊が野菜の籠を差す。
「でも……」
「早川の人間が来たら、どうせうちはそれどころやなくなるから。けん坊が行ったかて、きっと誰も受け取られへんよ。俺が台所に運んどいたるわ。いつも、ありがとうやで」


 あ……。
 わたしはシャボン玉が弾けたように蘇った記憶に、危うく口に咥えた二本目の煙草を落としそうになった。
 夕立は去り、角の蕎麦屋のオヤジが暖簾を手に出てきて豆腐売りと話している。中途半端な虹が、黄灰色の空に掛かっていた。
「そうか、あいつが早川…… 朔之介だったのか」
 三十年も前の記憶が過ぎ去った時間を超えて繋がり、過去と今を隔てる時間の分厚さに戸惑いを感じた。
 唇にへばりつく煙草を灰皿に突っ込み、新しい煙草に火をつける。
 ――― 『いつも、ありがとうやで』 
 章俊の柔らかい口調が耳に蘇る。わたしは章俊にそう言ってもらうのが、大好きだった。
 

 翌年、朔之介の言葉通り日本は敗戦した。戦争は終わった。
 復員した男たちが次々と村に帰ってきた。働き手が戻ったことで、村は俄に活気を取り戻した。だが、どれだけ家族や章俊が待っても有一は帰ってこなかった。
 終戦の次の年、村の景気づけにと、戦時中は控えていた夏祭りが執り行われることになった。
 村全体が祭の話題で沸き立つそんな時期、村ではちょっとした騒ぎが持ち上がった。
 筐ヶ明神の鳥居の七五三縄が誰かに切り落とされ、神殿に通づる石の階段の途中で神主の死体が見つかったのだ。この年の春、山崩れで埋まっていた新道が復旧したことで、筐ヶ明神のある旧道を通る者がめっきり減っていた。そのせいもあって発見が遅れたのだった。
 そして神主を最初に見つけたのは、他でもないわたしだった。
 

   ※  学徒動員は文学部の学生から先に招集された。
   ※  大日本帝国陸軍の小型軍用乗用車。
      ジープに先駆け日本で製造された、世界初の四輪駆動車 


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  ■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
  朔之介も登場です♪ 途中、時間がちょこっと戻りましたが読みにくくなかったでしょうか?
                 

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テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学

Comments

幼かった健吉の断片的な記憶を 繋ぎ合わせてみれば、
その当時 気づかなかった、分からなかったものが 見えてくるものがあります。
章俊の胸の内に抱える思い、有一の存在、大人特有の厭らしさ そして 自分の気持ちも...

神主の死体って!ありゃまぁ~Σ(O_O;)!
何の脈絡もなく 突発的に思える出来事ですが、これも 何かに繋がるのでしょうか?
コレガ…コウデ…σ(._. )(゜_゜;a)( σ。_。)エート?...byebye☆
けいったんさま、ようこそです!

子供の記憶は、薄れたり忘れたりして、大人になる頃には随分と淘汰されるのだと思います。
健吉はそれに加え、子供の頃の記憶に蓋をしてしまっていましたが
章俊に似た澤村の出現で、記憶の蓋が外れてきています。
子供の頃には見えなかったものが、大人になって俯瞰図で見えて…
けん坊に何が見えてくるのでしょう。

> 神主の死体って!ありゃまぁ~Σ(O_O;)!
> 何の脈絡もなく 突発的に思える出来事ですが、これも 何かに繋がるのでしょうか?
・けいったんさん、毎度ながらスルドイ!
そうなんです。神主さんはじめての登場で死体役……ごめんよう(笑)
ここで神主さんを語るとネタバレになりますので、お口チャーーーック!ということで♪

いつも素敵なコメントを、ありがとうございます!
コメント&ご訪問、感謝です♪

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