06 ,2012
筐ヶ淵に佇む鬼は 5
四郎はその年の奉納舞の舞手のひとりだった。六人兄弟の四男だから、四郎。わかりやすい。先のふたりの舞手の片方を兄にもち、自分のことのように優秀な兄を自慢し散らかす。つまり後にいう、ブラコンというやつだった。
四郎が舞った奉納舞の感想を、「つまらなかった」の素直な一言でまとめたわたしは、めでたく転校初日から彼に目の敵にされた。
「健吉、重そうやな。なんやったら、オレらが運んだろか?」
小学生のくせに、やたら凄みのある嗤いを浮かべて見下ろしてくる。スイカを渡したら一体何が起こるか、想像に易い。
大事なスイカを抱え逃げることの出来ないわたしが、「そこを、どけよ」 と声を張り上げると、「そこを、どけよ」「そこを、どけよ」 と、四郎以外のガキどもが囃し立てる。
いつ何を言ってもこの調子で、わたしの関東弁は馬鹿にされていた。
わたしは、反論するより先に足を出した。手はスイカで塞がっていて、足しか使えないからだ。
囃し立てた一人にドカっと、蹴りを入れると、まさか足が飛んでくるとは思わず油断していた少年は簡単に転んで尻餅をついた。
「この……やったなっ」
それが合図になった。そこにいた5人に一斉に飛びかかられた。
昔から腕っ節は強くなかった。だが、四郎たちにやられ続けてきた悔しさや怒りが爆発した。衝動に引きずられるように、それまで押し込めていた感情、戦地で戦う父を思うやるせなさや母に会えない日々の寂しさまでもが、決壊した川の水のようにあふれ出てきた。
もう誰の足やら背中なのか、わからない。わたしは拳を何度も振り上げた。団子になって組んず解れつ、とにかく目の前に見えた背中や顔を夢中で殴った。
「こらっ! お前ら、なにやっとるんやっ」
いきなり割って入った怒声に、全員の動きがピタリと止まる。
烏帽子に似た帽子に国民服、膝から下にゲートルを巻いた着た高等学校の学生がふたり、自分たちを見下ろしていた。その内のひとりが、四郎の首根っこを掴んで立ち上がらせる。
「有一兄イ! おかえり」 首根っこを抑えられているくせに四郎の顔は嬉しそうだ。
「なにが、おかえりや。この様は一体なんや? またお前が原因なんやないやろな」
「なんで有一兄イは、すぐに俺が悪いって決め付けるんや。今日はこいつが先に足出したんやで」
わたしを指差した四郎に有一がゲンコツを見舞った。
「多勢に無勢で、どっちが先もあるわけないやろ。どうせお前が先に、けん坊にちょっかい掛けたんやろうが?」
隣に立っていた学生が、口を尖らせて有一を睨み上げる四郎を見て笑い出す。昨年より、中学校より上の学生も、男子の標準服である国民服を着用するよう文部省によって定められた。
軍服に似た国民服を、見目の良い多賀有一と東郷章俊の2人が纏えば、さらに凛々しく眼球が痺れるくらいに格好良い。
「あーあ、こんな怪我してもて。服も汚れてるし、みんな揃って、今晩はお母ちゃんから大目玉やな」
章俊のふわりと柔らかい口調に、全員がもじもじと下を向く。
もちろん、わたしも例外ではなかった。
五年前、迦陵頻を舞う章俊を見た時から、章俊はわたしにとって特別な存在になっていた。
舞台越しに眼が合った時の、章俊の艶やかな眼差しと顎の小さな黒子は郷里を離れている間も、わたし魅了し続けた。迦陵頻伽にもう一度会いたい。
わたしは成長した章俊と再会するまで、実は章俊は本物の天上人なのだと信じて疑わなかった。
「けん坊、もしかしてそのスイカ、うちに運んでくれようとしてたん違う?」
章俊が指差した方向を見ると、ぱっかりと割れたスイカが土にまみれて地面に転がっている。祖母が大切に育てたスイカの無残な姿に、わたしは我を忘れた自分の愚かさを後悔した。
章俊は、声を殺して悔し泣きするわたしを助け起こすと、指の腹で頬の涙を拭き洋服を整えてくれた。
「泣かんでもええで。ああやってぱかんと割れるんは、美味しいスイカなんやで。えろう大きいスイカやし切る手間が省けて助かったくらいや。あとは俺が貰って帰るから。な、もう泣かんとき」
「章俊さん、ずるいわ健吉ばっかり……った! 痛ったいなあ、有一兄イ何するん」
反論した四郎の頭を、有一がもう一度はたいた。
「なにがずるいや。おまえが悪いんやろう。自覚せんか」
またはたかれて、さすがに四郎も涙目だ。
「有一、もうやめたりや。そんな叩いたったら、お前の可愛い弟がアホになるで」
「アキ、こいつはもう十分アホやから、これ以上はならん。大丈夫や」
有一、アキ。
互いの名前を呼び捨てにするふたりの対等な関係が、わたしは羨ましかった。いや、正しく言うと章俊を 「アキ」 と親しく呼び捨てる有一が、羨ましくて仕方がなかった。
ふたりは幼馴染で、幼い頃からいつも一緒にいる。親友同士だ。
「酷いわ、有一兄イ」
「ほんまやで。そんな酷いこと、大事な弟によう言うわ。ほんま悪い兄ちゃんや」
言葉面は軽く諌めているが、声には優しい韻がある。
「ああ、アキそれは俺が運ぶわ」
「ええよ、これくらい」
割れたスイカを持ちあげようとした章俊から有一が取り上げた。
「不肖の弟のしでかした後始末や。俺が運ぶ」
「ふふ、構へんのに。まあ、有一がそう云うんやったら頼もかな」
わたしにはその会話が、有一が章俊を送っていく、章俊が有一に送ってもらうための口実に聞こえた。迦陵頻を舞うふたりに感じた一体感は、呼吸となり絆となって今もふたりを繋いでいる。
「さ、みんなもはよお帰り。喧嘩のこと俺は黙っとくけど……、まあこんだけ派手に汚れたら、隠すのは無理やなあ。せいぜい気張って言い訳しいや」
章俊が笑うと、胸の中に艶やかな花が咲く。それは、わたしに限ったことではなく。
「有一兄イ、章俊さん送ってくんやったら俺も行く。行きたい」
「おまえは、これ持って先帰っとけ」
道先のトンネルに入った二人の背中は、出口の向こうを埋める鮮やかな木々の緑のなかでシルエットになる。
有一の言葉に笑う章俊の軽やかな笑い声が、トンネルの中を響いてきた。それに残念そうな舌打ちが重なる。振り向くとバツの悪そうな顔をした四郎が顔を逸らす。
「ホンマ……」
押し付けられた有一の空手の道衣を抱えた四郎は、これみよがしに額のタンコブを押さえた。
「おまえ、ホンマに気に食わんわ」
ひとこと低く言い捨てると、四郎は他の者をを引き連れ帰っていった。どいういう風の吹き回しか、その翌日から四郎はわたしにちょっかいを出してこなくなった。
翌年の9月、国の定めにより半年早く章俊と有一の2人は高等学校を卒業した。
戦局はますます悪化の一途を辿り、学徒動員が始まった。戦争とは隔たりのあるように思えた村にも、重苦しい空気が立ち込めてはじめていた。
有一にわたしの父と同じ召集令状、いわゆる赤紙が届いたのは、その年の暮れのことだった。
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■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
いつもの事ですが、思っていたより長くなりそうな予感がしてきました (´・ω・`;)
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪
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呼吸するが如くの ぴったりな息に この二人の仲の良さが 伺い知れます。
有一の弟、四郎が ガキ大将な感じが可愛い♪
きっと 東京もんの健吉に どう接していいか分からないのでしょうね。
章俊が話す 名家のぼんぼん特有の はんなりとした上品な大阪弁が、彼の人柄を表していて すごくいいです(〃▽〃)ポッ
有一や四郎が話す 庶民の ちょっと ガサツな大阪弁と 上手く区別されていて 素晴らしい!(=´∀`ノノ゙☆パチパチパチ
健吉が 割れたスイカを見て 悔し泣きする所は、健吉の章俊への気持ちを 如実表していて この場面は 私は 胸キュンとなって 大好き~♪
厳しい世情の下 翻弄されながらも それでも 必死に生きる人々
そこに 見えるのは 優しさと 悲しさと・・・笑顔♪(o^―^o)...byebye☆