06 ,2012
筐ヶ淵に佇む鬼は 4
鬼が来て、約束の身体の一部と祈願者の一番大切なものを奪ってゆく
独白に似た章俊の言葉は、まるで己に言い聞かせているような声音だった。
章俊は舞台を向いたまま、わたしを見もしない。わたしは章俊の腕を力いっぱい掴むと、ぐいぐい引っ張って歩き出した。
「ちょっ、けん坊? 待ってや。そんな引っ張られたら腕が痛いわ。けん坊?」
わたしは涙ぐんでいた。その涙を誤解した章俊が、わたしに歩調を合わせてついてきてくれる。
「堪忍、堪忍やで。怖がらせ過ぎてしもたわ。今のはただの言い伝えやから。本気にせんといてや」
もう遅い。平井口についても、わたしは章俊の手を離さなかった。
「けん坊、ここからはもう一人でも帰れるやろう? もう、手をお放し」
言われてもわたしは、章俊の腕を捕まえたまま放さない。
章俊が引き返せば、またあの淵の傍を通ることになる。わたしは章俊をあの淵に近づけたくなかった。
恐ろしい伝承を聞かされたからではない。
あの淵には、章俊を現界から引き離してしまう『過去』が沈んでいる。
「章俊さん、筐ヶ淵を通らないで帰れない?」
章俊はふわりと笑うと、顔を近づけてきて、指の節でわたしの額をコツンと弾いた。
不意打ちのように近づいた白い顎の黒子の艶めかしさに、心臓が騒ぐ。
「なに心配してるんか知らんけど、今は道がここしかないのは、けん坊かて知ってるやろ? さっきの話、まだ気にしてんのやったら、ほんまに堪忍やで。ただの言い伝えや、帰って風呂でも入ってはよ忘れてしまい。それとお祖母ちゃんに、いつも野菜もろてありがとうて伝えといてな」
そう言ってわたしの手をそっと解くと、暗闇が押し寄せる参拝路を引き返していった。
わたしには、参拝路に消えた章俊が昏い淵に佇み、放心したように舞台を凝視る様子が容易に想像できる。
章俊が見ているのは、舞台ではない。舞台に残る思い出だ。
筐ヶ淵の畔でひとり、章俊は過ぎ去りし日を懐から取り出し愛しんでいるに違いなかった。憧れだけではない、甘いような切ないような感情が膨らんで、わたしの内側から噴き出そうとする。
その感情の呼び名を、その時のわたしはまだ知らなかった。
◇ ◇ ◇
朱い紗の裾が、火の粉を伴に舞う。
底なしと伝えられる筐ヶ淵も、その日ばかりは黒い水面に映る提灯や篝火の賑やかな光を揺らめかせていた。
水面に張りだした舞台の背後に、筐ヶ明神の勾配のきつい石段が見える。石段は鳥居をくぐって少し上がったあたりで、暗がりになり、こんもりと茂った鎮守の杜の木々にのみ込まれる。
淵に向かって建つ鳥居の七五三縄は新しいものに取り替えられ、供え物の農作物、菓子、酒樽や米俵がずらりとその前に並んだ。
奉納舞が終わるのを合図に夏祭りが始まる。筐ケ淵をぐるりと囲む参道は、奉納舞をひと目見ようと繰り出した村人や露店であふれかえり、普段の静けさが嘘のように賑わっていた。
祖父や父母たちに連れられ、舞台に近い最前席を陣取ったわたしは、夢見心地で天上の楽に合わせて舞う優麗な舞人を目で追った。水面をわたる笙や笛の音も、煌やかな装束で舞う2人の舞手も、5歳の子供には到底この世のものとは思えず、ただぽかんと口を開けて幻想の世界に呑まれてるばかりだった。
迦陵頻(かりょうびん)※はこの地方では本来4人で舞う童舞(わらわまい)だ。
だが、舞人である少年が揃って怪我をしたとかで、その夜は残りの2人の舞手のみが舞台に上がっていた。
子供ながら共に凛々しく、はっと目を引くほど端正な容姿をした舞手は、雅楽の音と一体となって天空の舞を舞う。
美しい声を持ち極楽浄土に住むちう架空の鳥、迦陵頻伽(かりょうびんが)。色彩も鮮やかな鳥の羽を模した装束の、長く伸びた袍の布が少年たちが舞うごとに軽やかにひらめいた。華麗で荘厳な舞に、その場にいたすべての者が息をするのも忘れて見蕩れた。
ちょうどわたしの目の前に来た舞手が金色の銅拍子を打つ。わずか頭を傾げた少年の涼やかな眼と偶然目が合った瞬間、わたしは甘い毒が塗られた針で縫い付けられたように動けなくなった。
ひらりと背を向けた少年は、番のように舞う少年と銅拍子を打ち鳴らし舞のクライマックスを踊りあげた。
鎮守の森に、大気が割れんばかりの拍手が沸く。
網膜にわたしにだけ分かるように笑った少年の口許と、その下の小さな黒子が心に焼き付いていた。
2人の若き舞手は見事に息の合った典雅の舞で人々を魅了し、わたしの中に生涯消えることのない神聖で艶やかな残像を残した。
曾祖母の三回忌で帰省していたわたしはその数年後、今度は疎開という形で父の郷里に帰ることとなった。前年、父に召集令状が届いたのだ。戦局は激しくなる一方で、東京は度重なる空襲にあっていたが、ドのつく郷里の田舎はまだどこか長閑な雰囲気が漂っていた。
その年、夏祭りは自粛するものの神事だけは執り行うと聞いて、わたしは期待に胸ふくらませ筐ヶ明神にすっ飛んでいった。だが筐ヶ明神に奉納舞を納めたのは、以前とは別の少年たちで、記憶の迦陵頻伽とはまるで別物だった。同じ装束を纏い、同じ迦陵頻でも、あのふたり少年たちの華のある舞の足元にも及ばない。
童舞は稚児舞とも呼ばれる。この時17歳になっていたふたりの少年の奉納舞は、わたしが前に見たあれが最後だったのだと聞かされ、わたしはひどく落胆した。
イベントがなければ郷里の村は、実につまらない村だ。公園もなければ遊具のひとつも何もない。
だが、わたしが途方もなく無駄で退屈な理由は他にもあった。わたしには、友達がひとりもいなかった。関東のイントネーションで話すわたしの言葉を、地元の少年たちはこぞって笑いのネタにした。わたしの方も、垢抜けない田舎のガキどもなんかと一緒にされてたまるかと、一匹狼を気取って孤独に耐えた。
暇を持て余し退屈するわたしを気遣ってか、祖母や叔母はよく用事を頼んできた。
そのほとんどが、村の顔役である東郷家の屋敷へのお使いだ。
東郷家には祖父が長くに仕え、引退した今も叔父や従弟の仕事を世話をしてもらったやら、農地を借りたりやらで何かと世話になっている。村のどの家も何かしらで、東郷家の世話になり縁があった。
そんなこともあって、祖母は畑で良い作物が採れると、決まってわたしに東郷の屋敷に持って行かせた。これが退屈で自堕落な日々の唯一のメリハリだった。
その日は、大きなスイカを祖母に持たされた。
甘い果汁をふんだんに貯めこんだスイカは、子供がひとりで運ぶには重すぎた。吊り下げた紐は手の平に重たく食い込み指の先を痺れさせわたしを辟易させた。
いつもなら、学校の同級生たちがあまり通らない筐ヶ明神の道を選ぶ。だが、その日はスイカの重さに負けて、近道の新道を選んでしまった。
「おっ、ボクちゃんがでかいスイカもって歩いとるぞ!」
目敏くわたしを見つけたのは、同級生の中でも一番合いたくない少年だった。面白いものを発見したとき特有のはしゃいだ子供の声に、わたしは隠微に舌打ちをした。
「そんな藁みたいな腕でスイカなんか持ったら、ぽきーんて折れるんちゃうか?」
遠回りになっても筐ヶ淵を通れば良かったと後悔したが、後の祭りだ。
わたしを取り囲んだ悪ガキ共5人。退屈を持て余していたのはわたしだけではなかったようで、みな格好の餌食を見つけたとばかりに顔を輝かせ、じりじりと包囲網を縮めてくる。その中でも一等背が高くて、日焼けした少年がぐいとわたしの前に出て立ち塞がった。
それは国民小学校で同じクラスの、多賀四郎だった。
※ 迦陵頻:雅楽の演目。極楽浄土に住むという上半身は美女、下半身は鳥の
迦陵頻伽に扮した男児4人で舞う童舞。
舞手が手に持つ銅拍子の音は、迦陵頻伽の美しい鳴き声をあらわす。
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健吉は、幼いながらにも 艶やかな色気を感じ取たのでしょうか
章俊は、健吉の初恋人だったのかな~?
息の合った舞を見せた章俊の相手の人が、気になります...
あっもう一人 多賀四郎って子も!
迦陵頻伽を調べてみました!
上半身は美女で 下半身は鳥。極楽浄土に住み、比類なき美声で鳴く想像上の鳥。
紙魚さまは 前作の”須弥山”といい、調べたら 凄く興味引かれる事を よくご存知ですよね!
私が 物知らずなだけかもしれませんが。**(///▽///)**オハズカシ...byebye☆