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紙魚

Author:紙魚
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Category: 筐ヶ淵に佇む鬼は(全16話)

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筐ヶ淵に佇む鬼は 3
 広間で見たのとは打って変わった、いつもの穏やかで優しげな章俊の表情にほっと安堵する。
「耳が赤いな、どないしたんや?」
「小百合ネエが、男妾って何?って訊いたら、いきなり引っ張って……あ」
 言ってすぐに誰にも言うなと口止めされたことを思い出し、気不味さに自分の口を塞いだ。
「やれやれ、人の口に戸は立てられんって言うけれど、特に女性の口には……やな」
 章俊は何が可笑しいのか、くつくつと笑い出した。
「章俊さん、男妾が何か知ってるの?」
「さあね。ところで、けん坊っはいくつになったん?」
「12」
「12歳か。やっぱり、教えられへんな。もっと大人になったら、小百合さんにでも教えてもらい。それよりもう帰るんやったら、筐ヶ淵の外れの平井口まで送ったるで」
 山の起伏にそった村は昨年暮れに嵐に見舞われた。それまで使っていたメインの道が山崩れの土砂で埋まってしまい、いまも通れないままだ。
 瓢箪のような形で分断された村を行き来するには、筐ヶ明神のある筐ヶ淵脇の旧道を通らなければならない。昼間でも薄暗いこの道が、わたしは苦手だった。春が近いとはいえ、日が傾き始めたら直ぐに暗くなってしまう。
 舗装もされていない田舎道には当たり前のように街灯はなく、夜は明神様の朱色のはげた鳥居を照らす鬼火のような灯籠が灯る。夕刻時にここを通りかかり、あまりの不気味さに引き返し、小百合ネエが帰るまで東郷の家で待たせてもらったことが幾度もあった。

 陽はまだ沈みきってはないというのに、山陰になった参拝路に入った途端、薄闇が辺りを包む。
 章俊は歩き出してからずっと物思いに耽っている様子で、黙ったままだった。
「なあ、早川って誰?」
 章俊は不意を衝かれた顔でわたしを見、目を瞬かせてから困った風に笑った。
「ははあ。さてはけん坊、広間の話を立ち聞きしたな?」
「早川ってどこの人? 章俊さん、なにを承諾したの?」 
 別に叱る風でもない章俊に、わたしは図に乗って立ち入った質問を続けて投げた。
「まったくけん坊は、女性陣より質が悪いんちゃうか」
 そう呆れながら笑って、章俊はわたしの頭をコツンと弾く。
「早川っていうのは東京にある遠縁の家で、俺は今度その家の世話になんねん」
「章俊さん、東京に行くの?」
 東京といえば、わたしの両親の家がある。とはいっても、空襲でもう跡形も無くなって今は埼玉に移っているのだが。父の仕事が軌道に乗れば、わたしを呼び戻してくれることになっていた。
 父母のもとに戻っても、章俊と会える。わたしは嬉しくて、章俊を振り返って言葉を飲んだ。
 山の木々から流れだした闇が、章俊の表情を曖昧にする。わたしは章俊であろう顔を見つめながら、得体のしれない恐怖を感じた。
 章俊の白い手が伸びてきて、わたしの手を握る。咄嗟に手を引っ込めそうになった。
「今すぐやないで。大学もあるし、もう少し先の話や。ほら筐ヶ淵や、急ご」
 筐ヶ淵まで来ると、夕暮れの空の明るさが戻ってきてほっとした。だが、参拝路に灯籠の灯火がやはり鬼火に見えて、私は無意識に離れようとする章俊の手を握りしめた。

「けん坊、なんで明神さんに筐っていう名前がついたか、知ってる?」
 筐 (かたみ) というのは竹で編んだ細かい目の籠のことだ。
「昔、この辺は竹やぶで、竹籠を作って村の人は暮らしていたから、筐って地名がついたって、おばあちゃんに聞いた」
「うん、明神さんの平行四辺形が3つ並んだような徴は、編まれた竹やて云われてるな。これは、あまり人に知られとらんねんけど、もうひとつ言い伝えが残っててな、筐(かたみ)は 『形見』、『片身』 の変形した言葉やとも言われてるんやて」
「形見? 形見って、あの死んだ人の思い出にもらうあれ?」
「そう、それと 『片身』 や」
 今しがた話に出た、筐ヶ明神の徴の書かれた灯籠が、水面に点々と昏い光を投げていた。
 明るさが戻って安堵したのも束の間。筐ヶ淵は刻々と薄闇を重ねてゆく。
 対面にある鎮守の森はすっかり山陰に呑まれ、ところどころ朱の剥げた鳥居の異様さだけが目立つ。筐ヶ明神の鳥居の二本の柱の間には、大人の腰の高さで七五三縄が幾重にも巻かれ、神主以外それより奥に入れなくなっていた。お参りに来た人は、この綱の前に置かれた賽銭箱に賽銭を投げ、手を合わせる。こんな変な七五三縄の巻き方をした鳥居は、他では見たことがない。
 風雨に晒された綱と、綱にこびり付いた無数の御札が訪れる者の入山を拒む。筐ヶ明神は子供の目にも奇っ怪な神社だった。

「この明神さん、いつ建立されたんか詳細は誰も知らんねんけど、とにかく古いらしくて、昔は遠くからも願掛けにこの神社を訪れたんやて」
「こんな、地味でちっぽけな神社に?」
 章俊は小さく吹き出した。
「けん坊、ご利益に神社の大きさと地味派手は関係ないんとちゃうやろか」 
「そうかなあ、大きくて立派な方がご利益も大きそうだけどな」
「確かに心の広い神さんやあらへんかったらしいけどな。掛けた願いが叶ったら、お返しが必要やったゆうし」
「お礼がいるなんて、ぜんぜん神様っぽくないよ。叶った人は、なにを返すの? お布施とか、お酒? 僕なら甘いお菓子がうれしいけれどな」
 章俊は勿体ぶるように横目で薄く笑って、「知りたい?」 と訊いた。
 わたしは章俊の婀娜っぽい微笑みにゆるゆる胸をかき回されながら、ゆっくり頷いだ。
「カラダ……の、一部」
「ほんまに!?」
「あ、けん坊、こっちの言葉が伝染っとる」
 勢いで飛び出した方言に苦い顔をするわたしに、章俊は楽しそうに笑った。
 わたしは、この地の方言が使えないと地元の子供たちに虐められたことで、意地でも使うものかと決めていたのに。章俊が相手で、つい気が緩んでしまった。

「章俊さん、僕をからかってるでしょ?」
「違う、違う、揶揄ったりなんかしてないで。ほんまに昔の人は、願いがかなったら、身体の一部をお返しとして切り落として、筐ヶ淵に沈めたてゆう伝承が残っとるんや。子供に重い病が治れば、母親は自分の乳房や手首を。商売の成功を祈願して片足奉納した商人もいたらしい。叶えられる願い事が大きくなれば、お礼として奉納する部分も大きくなる。そやから、昔は片身明神とか形見明神って言われてたらしい」
 目の前の暗い淵の底には、切り取られた人の脚や腕の骨が朽ちて堆積している。
 そんな水底の光景を想像して、わたしは背筋に悪寒を覚えた。こんな気持ちの悪い場所に、一刻だっていたくない。
「章俊さん、もう行こうよ」
 急かしても章俊は動こうとしない。どうしたのかと見上げると、章俊は明神の鳥居前に水面に張りだして造られた能舞台をぼんやり見ていた。過去に章俊が迦陵頻迦に扮し、絢爛なる天上の舞を舞ったあの舞台だ。
 能舞台といっても、屋根もない吹きさらしの水上に木板を渡しただけの素朴ものだ。いまは篝火も祭りの飾り付けもない、ただただ物寂しいだけのその舞台を、章俊は放心したような眼差しでじっと凝視めていた。
 闇に映える横顔の輪郭、切れ長の目も唇も、何をとっても品のある造りの顔に、口許の黒子だけが艶やかな色香を添える。
 わたしはなぜか隣にいる章俊に置いていかれたような不安を覚え、無理やり口を開いた。
「もしお礼をしなかったら、どうなるの?」

 波一つない暗色の筐ヶ淵はひたりと静まり返り、どこか現実離れした異様な静寂に包まれていた。章俊はもう舞台を見ておらず、縄が張られた鳥居の奥を睨むように見据えている。
 わたしが章俊のこんな怖い顔を見たのは、後にも先にもこの一度きりだった。

「鬼が、取りに来る」

 仄暗い闇の中で、章俊の端正な顔がより引き立つ。
 わたしには暗闇に冴える章俊の美しさが、現世のものではない何か禍々しいものに変えられそうな気がして、恐ろしくなった。





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テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学

Comments

怖くて 書くのが楽しいって~!
紙魚さまは、もしかしたら 筐ヶ淵の鬼よりも 恐ろしいかも~~ガクブル((ノ)゚Д゚(ヽ))ガクブル

形見、片身、どちらの名で呼んでも あまり気持ちの良い神社の名ではありませんね。

幼い健吉に話す傍らから 章俊は何を思い耽っていたのでしょう
その時 既に 心は鬼に囚われていたのか、
それとも 章俊が 鬼となりつつあったのか...

時季は とっくに過ぎたけど 何となく言ってみたかったので・・・
鬼は外~゚。゚。ヾ(-ω・+ヾ 三 ノ+・ω-)ノ。゚。゚ 福は内~...byebye☆
けいったんさま、ようこそです!

> 怖くて 書くのが楽しいって~!
・ふっふっふ、初めての怖い系なので楽しいです(笑)
自分でも、こういうの楽しいと思う人だったのかと…実は意外でした。
ただ、苦手な方もたくさんいらっしゃると思いますので、
描写は控えめに心がけますね。

> 形見、片身、どちらの名で呼んでも あまり気持ちの良い神社の名ではありませんね。
・この呼び名だけで充分ホラーですよね、この神社は(笑)

> それとも 章俊が 鬼となりつつあったのか...
> その時 既に 心は鬼に囚われていたのか、
・うう、けいったんさんいつも鋭いです、そして深い。
次話は、少しだけ怖さが減って、BL路線に修正していきます。

> 鬼は外~゚。゚。ヾ(-ω・+ヾ 三 ノ+・ω-)ノ。゚。゚ 福は内~...byebye☆
・ぎゃーっ、ヤラれたっ!!(私が逃げてどうする

コメント&ご訪問、ありがとうございます!
怖い話が苦手な私ですが、なんとも癖になる怖さです~。
でも、朝、ひっそりと一人で読みたい・・・。
ホラーは初めなんですか?
とてもそんな風に思えない思えない、重厚なしっとり感。
こういうの、書きたいけど書けないのですよね。軽くなってしまって。

この章俊と、冒頭の彼・・・・どうつながるのか。ワクワクです!
limeさま、ようこそです!

怖い話、苦手だったのですね~(;^_^A
癖になる…そう言っていただけて救われます。

怖い系は初めて書きますが、書いていて楽しいので
要素はあったかもしれません(笑)

> こういうの、書きたいけど書けないのですよね。軽くなってしまって。
・さらっと表現されているのに、limeさんの書かれる人物の心情描写は秀逸過ぎます。
文字を追うごとに、はっとさせられることの連続です。
もう、目から鱗がバラバラと音を立てて落ちてゆくので掃除が大変です(笑)

> この章俊と、冒頭の彼・・・・どうつながるのか。ワクワクです!
・え~、こうくんのかよ!ってなられるかもしれませんです。
シリアスっぽく書いていますけれど、ファンタジーなので笑って許して下さいね(笑)

コメント&ご訪問、ありがとうございます!

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