05 ,2012
トラブル・トラベル・トラブル 9
グラスの半分を蜂蜜色の液体で満たす。
大きな苺、翡翠のような葡萄に加え、パパイヤ、マンゴーなどのパッションフルーツの彩りに、瞳を輝やかせたかと思えば、目許を染め伏目がちになる。
目尻や頬と同じく、紅く熟れた唇が艶めく吐息を辛そうについた。
真っ暗な熱帯の渓谷に張り出したプールは、濃い漆黒の闇に真青なエッジを投げていた。
プールサイドに並ぶリクライニングベットの上に木製のトレイを置き、サファイアブルーのマットの上に膝頭が触れ合う距離で向かい合わせに座る。グラスを渡すと躊躇いがちな指先が受け取った。
「 ん……」
不意に享一が息を詰めて眼を閉じた。享一のグラスの中でシャンパンがゆらゆらと揺れる。
ゆっくりまぶたを上げ、見つめてくる瞳の願望に気づかぬふりでグラスを合わせれば、澄んだ硬質な高音が響く。グラスを掲げ微笑みかける周に、享一は切なそうに細めた目に小さく憤りを滲ませた。
この素直な反応が、享一に興味を覚える男にとって、どれほど甘いか享一は知らない。
正直で誠実で、たまにその生真面目さに身動きが取れなくなる。ルームサービスを待つ間、アグンとの会話の内容を聞かせてやると、享一はいたたまれぬ風情で、ものの見事に消沈した。
ソニの眼は難病を患っていた。このまま放っておけば近いうちに失明する。
医療先進国アメリカでの治療をするよう頑なに拒むソニのために、日本の専門医を探出し、スケジュールの調整をつけ、入院の手配をつけた。
いつまでも子供っぽいソニに手を焼くアグンだが、その目には肉親に対するものとは違った、羽詰まった愛情が隠せないでいる。聞くまでもなく、アグンの伏せた目蓋に二人の関係が透いて見えた。
別段、享一を萎縮させるためにアグンとの話の内容を聞かせたわけではい。ないが、 ソニが一緒にいたという事実には、狭量な心がのたうち荒れ狂った。
享一の身体に触れたと知った後であったなら、そんな目は潰れて当然だと言い放ってやるところだ。
自分の享一に対する執着や独占欲が度を越していることは百も承知している。だが、前科持ちの男は目を離すと、すぐに背後に余計なものを憑けくるのだから始末が悪い。
そして、この怒りの焔を沈火できるのも、前科持ちのこの男だけなのだから仕方がない。
柔らかく吹いていた夜風が途切れた。静寂に耳をすませば低いモーター音がまたリズムを変える。
「…ぅん……っ」
息を詰め、頬を紅潮させ熱波をやり過ごそうと固まる享一とグラス越しに目が合うや、潤んだ視線を横にそらされた。
怒っている。
淫具に免疫のない享一は、承諾もなしにローターを押し込まれたことに遅ればせながら腹を立てていた。そして、妙なところで発揮された享一の頑固さで、状況は思いがけずも持久戦の体をなしている。
勝負はとうに見えているのに、白旗を上げる気はまだないらしい。
小さなカプセルが生み出すかりそめの快感に屈しまいと、抵抗する肩がぐらりと揺れた。我は張っていても、しなる背中を支える脚の根本では欲望が喘ぎ、だらしなく依れた布を纏いつかせた脚は小刻みに慄えている。
どこもかしこも朱に染め、天を仰ぎ熱い吐息を吐く。ゆっくり閉じられた目尻から涙がひとつ落ちた。
可愛くて、いやらしい。
扇情的な享一の姿に興奮が抑えられず、危うくこちらが先に暴走しそうになる。
「あつい……」
吐息と共に呟き、慄える指先で冷たいグラスの脚を捉えるや、享一は条件反射のようにグラスを煽った。
勢い余ってグラスの隅から零れた蜜色の液体は、顎から喉仏の横を伝いスタンドカラーの襟の中に消える。肌を伝う液体の冷たさに躰を身悶えさせ、甘く潤んだ妖しげな瞳が縋ってくる。
心臓が内側から爆風を受けたみたいに熱く膨れあがった。
瞬殺の危機に頭の中で信号が点滅する。
まだ享一をどうやって堕そうかと画策していた頃、酔っ払った享一の微笑みひとつで悩殺されかかったことを思い出す。そういえば、あの時も享一は吟醸酒で深酒をしていた。
だが今晩享一の飲んだシャンパンの量は大したことはない。
問題は量ではなく興奮で血行が良くなり、酒の回りが早くなったのであろう。
意識がローターの生み出す熱に粉砕されつつある男は、シャンパンに濡れた艶めかしい口許を拭おうともせず無言でグラスを差し出した。
「まだ飲むのか?」
まさか、酔いつぶれる作戦じゃなかろうな?疑いの目を向ける周に、蕩けた顔がクスリと笑う。
「しんぱいむよーら。おれは、まぜなきゃぁーれんれんへいきら…ふぁ……ん!」
言語も一緒に粉砕されたらしい。いきなり享一の首が、かくんと前に倒れた。
危うく指から滑り落ちたグラスを受け止める。
「享一」
「あつい……」
同じ言葉を繰り返し、今度はグラスではなくクーラーに沈むボトルに手を伸ばそうとする。
「享一!」
手首を押さえて止めると、矜持の崩壊した表情がどうして止めるのだと泣きそうな顔で凝視めてくる。
あどけないくらいに素直な瞳は熱っぽく淫欲を湛え、少し隙間の開いた唇は弥が上にも情欲を唆る。
熱く乱れた吐息が、忍耐をかき混ぜた。
「周……喉がカラカラなんだ。熱くて…もどかしくて、冷やさないと死にそう……」
どこか舌足らずな口調で甘えた声を出す。
酒の代わりに、氷の中から苺を摘んでやる。
「今夜はもう、アルコールは終いだ」
享一は納得のいかぬ顔で暫し苺を眺めていたが、手を差し伸ばしてそのガーネットのような果実ではなく、周の腕に手を添え、赤い実を摘む指先ごと唇に招いた。
揃いの指輪を嵌めた指が周の手首に巻き付き、熱くぬめった舌と唇が、周の指の表面で蠢く。
享一は、躰の奥の暴動から逃れるように夢中で冷たい果実を貪り、啜った。
顎を滴る果汁は白い婚礼衣装の胸に落ちて、享一の胸を赤く染めてゆく。
大きな実を食べ尽くすと享一は淫靡な獣のように舌を出し、指から苺の残骸と果汁もきれいになめとった。
これだけ脳内を爛れさせるようなエロティックな姿を曝しておきながら、最後に指の先を愛しそうに舌で舐めねぶり、切な色に染めあげた誠実な瞳で見上げてくる。
眉間を寄せ、享一を睥睨する周から舌打ちが漏れた。
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■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
今回の課題の「舌打ち」を入れてみましたけれど、これで正解だったのかは微妙です~。
GW中に怪我をしたり、リアル生活でダメージがあったりと、浮上が遅れてしまいました。
「トラブル~」 次話で完結です(*^▽^*) 明日の同じ時間にUP出来ればよいなーと思っています。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪
今回の課題の「舌打ち」を入れてみましたけれど、これで正解だったのかは微妙です~。
GW中に怪我をしたり、リアル生活でダメージがあったりと、浮上が遅れてしまいました。
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結局は、周が享一にする”お仕置き”は 自分へと跳ね返って来ちゃうって事だよね~ダヨネェ(oゝД・)b
享一が、何度も 要らぬ者を惹きつけて 懲りずに周を怒らせてますが、
私にすれば 周だって お仕置きしてる筈の享一の欲望に素直な姿態に 我慢の限界に何度も挑戦して 敗れたことか... と、思うんだけど(笑)
これはこれで 2人の関係には ”マンネリ”と言う倦怠期は 永遠に来ないから まぁいいか!?(Y@ω@Y)お手上げだーい
紙魚さま、GWの間に怪我したの?リアル生活でダメージがあったの?
大変でしたね。
浮上されたのは 今は もう大丈夫なんですよね!?
心も体も くれぐれも無理の無い様に お過ごし下さいませね。
どんまい (o・ω・)ノ”(ノ_<。)...byebye☆