04 ,2012
トラブル・トラベル・トラブル 5
陽よけの白いキャンバス地を張ったデッキに、渓谷を流れる川の音が上がってくる。さらさらとバナナの葉を鳴らす風が、湯上り後の火照った皮膚に心地良い。
スパルームは、プルメリアの花を浮かべたジャグジー付きのペア用デッキをひとりで使うという贅沢ぶりで、男の自分がひとりで使うのを勿体なく思った。
マッサージと聞いて真っ先に思い出したのは、平沢だ。
職場の、そして大学の先輩でもある平沢は姿勢の悪さからか、肩凝り持ちでクイックマッサージに通っている。たかが10分、施術してもらうだけで、背中と肩の凝りがすっきり解消されるのだという。
本格的なマッサージが初めてな享一には、自分の体が凝っているのかさえいまいちよくわからない。
上質なタオルの敷かれた施術用の寝台の上で、どう力を抜けばいいのかわからず、何度もソニにリラックスしてくださいねと声をかけられた。
背中を大きな手が這う。
いい匂いのオイルで濡らされた手は、背骨の両サイド、肩甲骨のエッジを何度も行き来し、背筋を絶妙な力加減で押してゆく。リズミカルな手指の動きに、四肢が弛緩していく。周以外の人間に触れられる緊張感や強張りが次第に薄れ、あまりの気持ちの良さに、気を抜くとうとうとし始めてしまう。
「細身だと思ったのに、しっかりと筋肉がついていますね。何かスポーツでもされているんですか?」
「週に1~2回、水泳に。そういえば、最近は行けてなかったな」
「お仕事が忙しかった?」
「休暇のために前倒しで仕事を片付けたんで、時間が取れなかったんです」
自分の休暇中も現場を止めないため、担当物件の内装材を決め、2件分の基礎設計を終わらせと目の回る忙しさだった。平社員の自分でもこの忙しさだ。自分に合わせて休暇をとってくれた周は、どんなに大変だっただろう。
「どおりで、ガチガチに凝っているわけだ」
勢いをつけて背中を下方に滑った手が、尾骶骨を超えてタオルに隠れた下肢に到達する。
咄嗟に起き上がった背中を、上から押さえつけられた。
「背中から腰にかけて全体の筋肉が固まっています。これは昨日今日のものではないですよ。PCで仕事をする人特有の慢性的な凝り方だ。でも、本当に酷い。お仕事は設計でしたよね。目もかなり疲れているはずです」
言ったと同時にソニに項の一点を押され、鼻にかかった声が漏れ、咄嗟にうつ伏せたまま口を押えた。
「どうか、声は我慢しないで。どんどん出してください」
「でも……」
臀部の上でずれたタオルを元に戻そうとした手が、オイルに濡れた手に阻まれる。ぬるりと滑る指が手首の内側をクイクイと掻き回し、鼻から声が抜けた。
「恥ずかしがらないで。ここには私しかいませんから」
平沢もクイックマッサージで、こんな情けのない声を出しているんだろうか?
「出来れば通っていただきたいくらいですが、それは叶いませんので、今、できる限りで身体の凝りを取って差し上げます」
あくまでプロの施術者としての発言をするソニに逆らうのも変な気がして、声を出さないよう全身を強張らせた。きっちりと締まった背中が、タオルから覗く双丘へと繋がる。
オイル塗れの肢体がどれほど扇情的であろうと、当の本人にはわからない。
覚悟を決めたように寝台に張り付く享一の背中を見下ろし、ソニが口許を緩めて笑った。
「さあ、もっとリラックスしてください。そんなに緊張されては、効果が半減していまいます」
享一の耳に吹きこむように囁き、足首から一気に足の付根まで押し上げられる。尻の間に指が触れた瞬間、切羽詰まった短い声が上がった。
「滞ったリンパ液を流します。脚を開いて」
丁寧語にいつしか命令の語調が混ざるが、余裕のない享一にはそれに気が付かない。表面は礼儀正しいマッサージ師の指示通り、ゆっくり脚を開いた。
「ウッ!!……痛っ!」
「これくらい強くしないと、リンパはうまく流れてはくれません。少し痛いですが、後で信じられないくらい楽になりますので」
腿の内側に強く食い込んだソニの親指が、グリグリと円を描きながら会陰に向けて移動してゆく。重く固い痛みの、そのずっと奥に生まれた別の感覚に、頭より早く躰の方が反応した。
「ま……待ってくだっ……アッ」
脚と臀部の境目を指がなぞったところで声が途切れる。あっという間に昇り詰めた精射感を、息を止めて耐えた。
「大丈夫ですか?」
全然、大丈夫じゃない。
だが全身を桜色に染めた享一は、躊躇いながらも小さく頷いた。マッサージで反応してしまった躰を他人に見られるくらいなら、この苦行に耐えるほうがいい。
「すみません、初めてのマッサージなのに強すぎたようだ。力を緩めますから、苦しかったりしたら遠慮無く言ってください」
ソニの手が肩に戻った。さっきとは比較にならないほど、ゆっくり劣情にこわばった躰を宥めてゆく。早朝に見た海の、波のような規則正しさで首筋から肩先、背中へと何度も往復する。
くり返し。くり返し。
力が抜け正常時に戻った肢体は、やがて波間を漂い出す。
「トキミ様、終わりましたよ」
耳元の声に目が覚めた。
知らない間に眠ってしまったらしい。伏せていた躰は仰向けに寝かされ、肩までワッフル地のブランケットが掛けられている。
ソニに手を添えられて起こした自分の身体が嘘みたいに軽くて驚いた。素直に感想を口にする享一に、「それはよかった」 とソニは笑い、そして困った顔をした。
「実は、トキミ様にお詫びをしなくてはなりません」
一旦部屋に戻り、周のメモを見つけた。
ディナーの場所が、予約したメインダイニングから対岸のスゥイートに変わっている。
アグンも一緒に、と書かれた一文に我知らず唇を引き結んだ。
別に、アグンに悪意があるわけでも、嫌いなわけでもない。でも、限られた貴重な時間を、周は自分とではなくアグンと過ごしている。仕事がらみなのだから、子供のような拗ね方をする自分の方が悪い。
そうは思っても、やはり淋しい。
やがて肩を落とすと、鼻白んだ溜め息をメモと共にベッドに置き、享一は部屋を後にした。
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■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
へへへ、久しぶりに予約投稿失敗です。午後5時の予定が午前5時に…
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マッサージシーン、もう少し色っぽくなるかなーと思ったんですが、大人しかったです(≡∀≡)
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拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
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マッサージ!いいところで寝ちゃうなんて―――!享一!!!
寝てる間に、何されても覚えてないって事???
やっぱり、後で周さまのイラッ!バキッ!が待っている!
でも、そんな周さまもちょっと野暮ですね。せっかくの蜜月をお仕事がらみって…。
享一もイラ!バキッ!ってできるなら、また二人の関係も変わってくるのでしょうが、
これが時見享一くんなのだからしょうがない。
でも、その控えめな享一くんも好きです。