04 ,2012
ユニバース 18
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かすかな甘い匂いが鼻先を掠め、腰丈の草むらの中で足が立ち止まる。
「桐羽(トウワ)?」 前をいく男が振り返り名前を呼んだ。
優美な眉のライン、涼しげな目元、しなやかな長躯の肢体。同じボディでありながら、中にいるパーソナリティが変われば全くの別人になる。冬の湖を思わせる青い眼差しが、「どうしたの」と訊いてきた。
「風の中に薔薇の匂いが・・・」
見渡しても、薔薇の木など一本も無い。昔は、それこそラボを埋め尽くすほどの勢いで植えられていた薔薇も疾うに枯れてしまっている。
美しい花を咲かせる木は、手を掛けすぎても、またその逆でも簡単に駄目になってしまう。そう教えてくれたのはレイだ。
――― 僕の薔薇を、枯らさないで
真っ青に澄んだ瞳を、愛が理解できないと淋しそうに曇らせた男はどこに行ってしまったのか。この状態のまま同期化をしてしまえば、TOI-零の機能は停止し、ふたりの男はこの世界から消える。
瞳の奥をレイの面影を探して覗き込むノアに、ルドガーは前髪を掻き揚げ顔を近づけた。小さな黒い瞳孔の中心から幾つもの細い光が放射状に走っては消える。
アンドロイドに人格を見つけ出そうとするノアの愚行を笑うように、眼孔を縁取る曲線が細まった。
「ルド、話がある」
聞いてくれないかとアイスブルーの瞳に焦点を結んだノアを、ルドガーは冷めた目で見返した。
ウイルスを世界にばら撒く仕掛けは、ウイルスに侵された感染者の身体そのものにあった。空気に触れると死滅した旧型ウイルスとは違い、ホーリーの死体から採取されたウイルスは、宿主が息絶え、空気に触れてなおも生き続けた。
現在世界に蔓延する変異ウイルスは、ルドガーの身体を使って祖父のヴィンセントが造りだしたものだ。ヴィンセントの死後も"進化"をし続けたウイルスは、いつしか本能で繋がった微生物のようにウイルス同士が連動し始めた。
ウイルスの頭脳が、ルドガーなのだとレイは言った。
言い換えれば司令塔であるルドガーを失えば、ウイルスは自滅の途を辿ることになる。
神の寵愛を受けたとしか思えぬほどの美と愛らしさを与えられながら、唯一の肉親である祖父にすら愛される事のなかった少年。少年の純粋な孤独が、排他的な破壊願望に変わり世界を壊そうとしていた。
桐羽以外の全てが要らない。
ふたりを引き離した大人たちも、祖父も、祖父の誘拐から自分を守ってくれなかった両親も、親に愛される世界中の子供たちも。ふたり以外の人間は地上から消し世界を浄化する。
アンドロイドの躰を手に入れ、悲しみも苦しみも消えた世界で桐羽と愛しあいながらふたりだけで生きる。いつか人間の桐羽の寿命が尽きる時が来れば、今度こそその傍で永遠の眠りにつく。
レイの語ったルドガーの世界は汚れがなさ過ぎて、バランスが大きく偏っている。世界中が人間の血で紅に染まろうと、ルドガーはその美しい口元を微笑みの形に綻ばせ、ブリリアントな瞳でノアに愛を語るのだろう。
自分を見つめる青い目に少年の濁りのない渇望を見つけ、言葉が出なくなる。
「話って、いまでないと駄目?」
指の背がノアの頬を愛しむように撫でた。子供でなくなったいま、ふたりは幼馴染の枠を超えて深く愛し合うことが出来る。レイと同じ指。同じ体温。だが自分を凝視めるのは、幼い日に大好きだった少年の瞳だ。
ルドガーとレイ。これから起こる悲劇を予想する胸が裂けそうになる。
同期化が終わった時点で、TOI-零の機能は停止すると真乃は言った。アンドロイドの完全なる停止。それは、ふたりの死を意味する。
頬を愛撫する指に、眩暈を覚えた。
「大丈夫かい?」 無意識にルドガーから身体が逃げた。
「その・・・急に人格が変わったし、少し混乱してるみたいだ」
鮮やかな印象の目がすっと細まる。
「君の混乱は、TOI-零に感情移入し過ぎたことにあるんじゃない?」
弾かれたようにノアは目を瞠った。
「セックスが出来たからって、愛憎が理解できないアンドロイドは人間にはなれない。彼も君に自分の事は忘れてくれって言っただろう。同情は、消えてゆくTOI-零にとって迷惑なだけだ」
臓腑がぎゅっと凍りついた気がした。
地底公園に墜落した衝撃で途切れたはずのリンクが、いまは完全に繋がっている。
「一体いつから・・・・」
「TOI-零の一部の機能は、リンクしたままだと酷く低下する。君を効率よくここに連れてくるよう、しばらく好きにさせてあげけど、TOI-零も”随分”と君を気に入ったみたいだね」
長い指が風に遊ばれる黒い髪の間をすべり、子供の頃にしてくれたように何度もなでた。
「でも、勘違いしては駄目だよノワ。TOI-零が君を好きになったのは、僕が与えた記憶があったからだ。言い換えれば、僕の記憶がなかったら彼は君に好意など持ったりはしない」
ノアに愛を告げた同じ唇が、優しい口調で残酷なセリフを吐く。甘い匂いを孕ませた風の渡る草むらで抱き締められた。言葉をなくしたノアの唇を、優しい微笑を浮かべたルドガーが啄ばむ。
「間違えないで、ノワ。今も昔も、君を愛しているのはこの世界で僕だけだ」
「・・・わかってるよ」
耳を当てた胸から聞こえるのは鼓動の音ではない。好き、大好きと、真っ直ぐに告げてくる男の声だ。
「わかってるから」
繋いだ手を引かれ、蔦が密生したラボの高い壁に沿って歩き出す。
『ノア、レイ!』
耳に嵌めた通信機に声が飛び込んできた。
振り向けば、離れた木立からトキがノアたちに戻れと合図をしながら向かってくる。トキの背後の林の中や、扉の閉ざされたラボの正面ゲート付近で、男達が緊迫した様子で駆け回っている。
「なにかあったのか?」
『西の入り江でクロストたちのマシンが見つかった。連中は絶対にこの辺にいるはずだ、お前らも俺たちから離れない方がいい』
トキがどんどん近付いてくる。ノアの横に立つのが、レイではなく無差別に人類を抹殺しようとしているルドガーだということに、トキが気付くはずがない。
横目でルドガーを見る。トキを見つめる横顔は、罠に近づく獲物に興奮を隠しきれない狩人の貌だ。
ノアの視線に気づき、愉悦の笑を浮かべるルドガーに、あたりを漂う甘い匂いの原因が何か頭の中で確信に変わる。
「トキ、来るな」
ノアの鋭い声に、トキの足が止まる。間をおいて緊張した声が訊いてきた。
『どうした? ・・・そこに奴らがいるのか?』
「いや、そうじゃない」
トキによく見えるように、ルドガーの肩に両腕を回した。ノアの意図をどう汲み取ったか、ルドガーの腕がノアの腰を軽く抱き寄せた。
「気を利かせろって」
背中越しに振り返り、悪戯に笑ってみせる。
細かい表情はわからなくても、トキが呆れるのが遠目からでもわかった。勝手にしろとでも言うように空中で手のひらを一振りして、他の男達の元に戻っていく。その背中に声をかけた。
「トキ、俺とレイは裏から先にラボの中に入る。中の状況を報告するから、突入はそれからにするよう夏に伝えてくれ」
トキが振り向いた。少し考える仕草を見せたあと返事してきた。
『わかった。お前らのホームグランドみたいな場所だしな。銃は持っているな?けど、もし新世界の奴等を見つけても多勢に無勢だ、手出しはせずに戻って来い』
「了解」
多少下品なところもあるが、それなりに頼もしく、任務には忠実という男だ。ルドガーのボディガードとして一緒に働いた時間は短かったが、散々な目に合わされた経緯があっても、どこか憎みきれない。
「案内しよう」 ノアの腰を抱く手に力が入る。
笑みを消したルドガーは、ノアに向けたひややかな目を前に戻し、口の片端を上げた。
「ふたりで先に中に入るんだろう?賛成だ。早く同期化を済ませてしまおう」
中に入った途端、薔薇の匂いが濃度を増す。込み上げる嘔吐感にノアはからだを折った。原因は甘い匂いに混ざった血の匂いだ。
思ったより早く、迅たちは研究所にたどり着いていたらしい。
夥しい数の男たちが様々な格好で床に倒れている。
目や鼻、耳から流れ出た大量の血液は、テーパーのついた床の上を流れ細い側溝をとくとくと流れ行く。床に倒れた男たちの中には小さく呻き声を上げている者もいるが、大半の男は力尽き、血に染まった虚ろな目で死をの訪れを待っていた。
その中に、迅のリムジンでレイを撃った男の白目を剥いた顔を見つけ吐きそうになった。
迅もいるのだろうか? 見回しても血で汚れた床と、折り重なるように倒れた男たちの黒い軍服で個人を識別出来る状況ではない。
「ノア、そこは靴が汚れるから、こっちにおいで」
ルドガーが笑って手招きする。醜悪な血肉の塊と化した男の横で、靴の汚れなど気にしながら平然と笑う男の優美な姿に、また臓腑がせり上がってきた。
特殊な金属で仕切られた隣室は、別世界だった。
血生臭さも、死体もない。全てが白で統一された部屋は染み一つなく、遠近感覚が狂いそうになる。エレベーターのドアと大きな白いソファしかない室内は部屋と言うより、巨大なクリーンルームとでも呼ぶ方が相応しい。室内を満たす浄化された空気がノアにまとわりつく血と薔薇の匂いを流してゆく。
子供の頃は研究施設に入ることは許されていなかった。初めての光景にノアの目が泳いだ。
「用意ができたら呼びに来るから、ここで少し休んでおくといい」
ソファに座らせたノアを残してルドガーはエレベーターに乗り込んだ。点滅する光が下に向かって降下してゆく。点滅の速度と長さから200Mは深く潜ったように思えた。
それだけ重要なものを、地下に保有しているということだ。
「なるほど、やはりウイルスの本体はあの下ということだな。丁度、お前の網膜が必要だと思っていたところだ」
聞き覚えのある声に弾かれたようにソファから立ち上がった。
入れ違いで、背後から回り込んだ男がソファに座る。
白人の血に東洋のテイストがプラスされた端正な貌が銃を手に薄い笑みを作る。
「座れよ。愚息」
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かすかな甘い匂いが鼻先を掠め、腰丈の草むらの中で足が立ち止まる。
「桐羽(トウワ)?」 前をいく男が振り返り名前を呼んだ。
優美な眉のライン、涼しげな目元、しなやかな長躯の肢体。同じボディでありながら、中にいるパーソナリティが変われば全くの別人になる。冬の湖を思わせる青い眼差しが、「どうしたの」と訊いてきた。
「風の中に薔薇の匂いが・・・」
見渡しても、薔薇の木など一本も無い。昔は、それこそラボを埋め尽くすほどの勢いで植えられていた薔薇も疾うに枯れてしまっている。
美しい花を咲かせる木は、手を掛けすぎても、またその逆でも簡単に駄目になってしまう。そう教えてくれたのはレイだ。
――― 僕の薔薇を、枯らさないで
真っ青に澄んだ瞳を、愛が理解できないと淋しそうに曇らせた男はどこに行ってしまったのか。この状態のまま同期化をしてしまえば、TOI-零の機能は停止し、ふたりの男はこの世界から消える。
瞳の奥をレイの面影を探して覗き込むノアに、ルドガーは前髪を掻き揚げ顔を近づけた。小さな黒い瞳孔の中心から幾つもの細い光が放射状に走っては消える。
アンドロイドに人格を見つけ出そうとするノアの愚行を笑うように、眼孔を縁取る曲線が細まった。
「ルド、話がある」
聞いてくれないかとアイスブルーの瞳に焦点を結んだノアを、ルドガーは冷めた目で見返した。
ウイルスを世界にばら撒く仕掛けは、ウイルスに侵された感染者の身体そのものにあった。空気に触れると死滅した旧型ウイルスとは違い、ホーリーの死体から採取されたウイルスは、宿主が息絶え、空気に触れてなおも生き続けた。
現在世界に蔓延する変異ウイルスは、ルドガーの身体を使って祖父のヴィンセントが造りだしたものだ。ヴィンセントの死後も"進化"をし続けたウイルスは、いつしか本能で繋がった微生物のようにウイルス同士が連動し始めた。
ウイルスの頭脳が、ルドガーなのだとレイは言った。
言い換えれば司令塔であるルドガーを失えば、ウイルスは自滅の途を辿ることになる。
神の寵愛を受けたとしか思えぬほどの美と愛らしさを与えられながら、唯一の肉親である祖父にすら愛される事のなかった少年。少年の純粋な孤独が、排他的な破壊願望に変わり世界を壊そうとしていた。
桐羽以外の全てが要らない。
ふたりを引き離した大人たちも、祖父も、祖父の誘拐から自分を守ってくれなかった両親も、親に愛される世界中の子供たちも。ふたり以外の人間は地上から消し世界を浄化する。
アンドロイドの躰を手に入れ、悲しみも苦しみも消えた世界で桐羽と愛しあいながらふたりだけで生きる。いつか人間の桐羽の寿命が尽きる時が来れば、今度こそその傍で永遠の眠りにつく。
レイの語ったルドガーの世界は汚れがなさ過ぎて、バランスが大きく偏っている。世界中が人間の血で紅に染まろうと、ルドガーはその美しい口元を微笑みの形に綻ばせ、ブリリアントな瞳でノアに愛を語るのだろう。
自分を見つめる青い目に少年の濁りのない渇望を見つけ、言葉が出なくなる。
「話って、いまでないと駄目?」
指の背がノアの頬を愛しむように撫でた。子供でなくなったいま、ふたりは幼馴染の枠を超えて深く愛し合うことが出来る。レイと同じ指。同じ体温。だが自分を凝視めるのは、幼い日に大好きだった少年の瞳だ。
ルドガーとレイ。これから起こる悲劇を予想する胸が裂けそうになる。
同期化が終わった時点で、TOI-零の機能は停止すると真乃は言った。アンドロイドの完全なる停止。それは、ふたりの死を意味する。
頬を愛撫する指に、眩暈を覚えた。
「大丈夫かい?」 無意識にルドガーから身体が逃げた。
「その・・・急に人格が変わったし、少し混乱してるみたいだ」
鮮やかな印象の目がすっと細まる。
「君の混乱は、TOI-零に感情移入し過ぎたことにあるんじゃない?」
弾かれたようにノアは目を瞠った。
「セックスが出来たからって、愛憎が理解できないアンドロイドは人間にはなれない。彼も君に自分の事は忘れてくれって言っただろう。同情は、消えてゆくTOI-零にとって迷惑なだけだ」
臓腑がぎゅっと凍りついた気がした。
地底公園に墜落した衝撃で途切れたはずのリンクが、いまは完全に繋がっている。
「一体いつから・・・・」
「TOI-零の一部の機能は、リンクしたままだと酷く低下する。君を効率よくここに連れてくるよう、しばらく好きにさせてあげけど、TOI-零も”随分”と君を気に入ったみたいだね」
長い指が風に遊ばれる黒い髪の間をすべり、子供の頃にしてくれたように何度もなでた。
「でも、勘違いしては駄目だよノワ。TOI-零が君を好きになったのは、僕が与えた記憶があったからだ。言い換えれば、僕の記憶がなかったら彼は君に好意など持ったりはしない」
ノアに愛を告げた同じ唇が、優しい口調で残酷なセリフを吐く。甘い匂いを孕ませた風の渡る草むらで抱き締められた。言葉をなくしたノアの唇を、優しい微笑を浮かべたルドガーが啄ばむ。
「間違えないで、ノワ。今も昔も、君を愛しているのはこの世界で僕だけだ」
「・・・わかってるよ」
耳を当てた胸から聞こえるのは鼓動の音ではない。好き、大好きと、真っ直ぐに告げてくる男の声だ。
「わかってるから」
繋いだ手を引かれ、蔦が密生したラボの高い壁に沿って歩き出す。
『ノア、レイ!』
耳に嵌めた通信機に声が飛び込んできた。
振り向けば、離れた木立からトキがノアたちに戻れと合図をしながら向かってくる。トキの背後の林の中や、扉の閉ざされたラボの正面ゲート付近で、男達が緊迫した様子で駆け回っている。
「なにかあったのか?」
『西の入り江でクロストたちのマシンが見つかった。連中は絶対にこの辺にいるはずだ、お前らも俺たちから離れない方がいい』
トキがどんどん近付いてくる。ノアの横に立つのが、レイではなく無差別に人類を抹殺しようとしているルドガーだということに、トキが気付くはずがない。
横目でルドガーを見る。トキを見つめる横顔は、罠に近づく獲物に興奮を隠しきれない狩人の貌だ。
ノアの視線に気づき、愉悦の笑を浮かべるルドガーに、あたりを漂う甘い匂いの原因が何か頭の中で確信に変わる。
「トキ、来るな」
ノアの鋭い声に、トキの足が止まる。間をおいて緊張した声が訊いてきた。
『どうした? ・・・そこに奴らがいるのか?』
「いや、そうじゃない」
トキによく見えるように、ルドガーの肩に両腕を回した。ノアの意図をどう汲み取ったか、ルドガーの腕がノアの腰を軽く抱き寄せた。
「気を利かせろって」
背中越しに振り返り、悪戯に笑ってみせる。
細かい表情はわからなくても、トキが呆れるのが遠目からでもわかった。勝手にしろとでも言うように空中で手のひらを一振りして、他の男達の元に戻っていく。その背中に声をかけた。
「トキ、俺とレイは裏から先にラボの中に入る。中の状況を報告するから、突入はそれからにするよう夏に伝えてくれ」
トキが振り向いた。少し考える仕草を見せたあと返事してきた。
『わかった。お前らのホームグランドみたいな場所だしな。銃は持っているな?けど、もし新世界の奴等を見つけても多勢に無勢だ、手出しはせずに戻って来い』
「了解」
多少下品なところもあるが、それなりに頼もしく、任務には忠実という男だ。ルドガーのボディガードとして一緒に働いた時間は短かったが、散々な目に合わされた経緯があっても、どこか憎みきれない。
「案内しよう」 ノアの腰を抱く手に力が入る。
笑みを消したルドガーは、ノアに向けたひややかな目を前に戻し、口の片端を上げた。
「ふたりで先に中に入るんだろう?賛成だ。早く同期化を済ませてしまおう」
中に入った途端、薔薇の匂いが濃度を増す。込み上げる嘔吐感にノアはからだを折った。原因は甘い匂いに混ざった血の匂いだ。
思ったより早く、迅たちは研究所にたどり着いていたらしい。
夥しい数の男たちが様々な格好で床に倒れている。
目や鼻、耳から流れ出た大量の血液は、テーパーのついた床の上を流れ細い側溝をとくとくと流れ行く。床に倒れた男たちの中には小さく呻き声を上げている者もいるが、大半の男は力尽き、血に染まった虚ろな目で死をの訪れを待っていた。
その中に、迅のリムジンでレイを撃った男の白目を剥いた顔を見つけ吐きそうになった。
迅もいるのだろうか? 見回しても血で汚れた床と、折り重なるように倒れた男たちの黒い軍服で個人を識別出来る状況ではない。
「ノア、そこは靴が汚れるから、こっちにおいで」
ルドガーが笑って手招きする。醜悪な血肉の塊と化した男の横で、靴の汚れなど気にしながら平然と笑う男の優美な姿に、また臓腑がせり上がってきた。
特殊な金属で仕切られた隣室は、別世界だった。
血生臭さも、死体もない。全てが白で統一された部屋は染み一つなく、遠近感覚が狂いそうになる。エレベーターのドアと大きな白いソファしかない室内は部屋と言うより、巨大なクリーンルームとでも呼ぶ方が相応しい。室内を満たす浄化された空気がノアにまとわりつく血と薔薇の匂いを流してゆく。
子供の頃は研究施設に入ることは許されていなかった。初めての光景にノアの目が泳いだ。
「用意ができたら呼びに来るから、ここで少し休んでおくといい」
ソファに座らせたノアを残してルドガーはエレベーターに乗り込んだ。点滅する光が下に向かって降下してゆく。点滅の速度と長さから200Mは深く潜ったように思えた。
それだけ重要なものを、地下に保有しているということだ。
「なるほど、やはりウイルスの本体はあの下ということだな。丁度、お前の網膜が必要だと思っていたところだ」
聞き覚えのある声に弾かれたようにソファから立ち上がった。
入れ違いで、背後から回り込んだ男がソファに座る。
白人の血に東洋のテイストがプラスされた端正な貌が銃を手に薄い笑みを作る。
「座れよ。愚息」
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■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
更新途絶えまして、申し訳ありませんでした。リアルもなんとなく落ち着き、更新再開です。
ワタシ的には、非常にとても珍しいことなのですが(これもどうかと)、最後まで書き上げています。
これから、3日間連日で更新します。時間は17:00です。よろしくお願いいたします。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪

更新途絶えまして、申し訳ありませんでした。リアルもなんとなく落ち着き、更新再開です。
ワタシ的には、非常にとても珍しいことなのですが(これもどうかと)、最後まで書き上げています。
これから、3日間連日で更新します。時間は17:00です。よろしくお願いいたします。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
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ルドが、恐ろしくて妖しくて なのに惹かれるぅ!
だけど レイの あの素直な表情や言葉が懐かしいと感じるのよね...(´。_。`)ゞぅぅぅ…
ノアとルドしか存在しない二人だけの世界に固執するルドは、幼き頃に思い描いた理想の世界を築こうとしているのでしょうか。
邪魔者は排除して作り上げようとする御伽噺は、所詮 空想の物語でしかないのに・・・
レイの絆され ルドに戸惑うノア前に
キタ━━☆゚・*:。.:(゚∀゚)゚・*:..:☆━━━!迅さまだぁ~♪
やっと登場した迅は この切なくて悲しくて愛しい ルドガーを どうするのでしょうか?
ウル(T-T*)ウル...byebye☆