03 ,2012
ユニバース 17
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「今朝、ヨーロッパ・ギルドとサウスパブリックの代表から、返事があった。ヴィンセントのラボ探索から手を引き、ワクチンの開発をセントラル・アジアが一任する。じきに周辺の小規模国も追随してくるはずだ。次の議会では、フリーエリアの開放も評議の議題にあがる」
ローズ・フィーバーだけが原因ではない。人口の自然減少に歯止めの利かない状況に人類は、生き残りの道を模索し始めた。
もはや資源の利権をめぐり、国同士がいがみ合っている場合ではないと気がついたのだ。
都市機能に擁護された生活は人間本来の機能を低下させ、ついては免疫さえも奪い去った。
中でも比較的ローズ・フィーバーの感染者が少ないセントラル・アジアは、広い国土の中で旧時代スタイルの生活を営むものも多い。外的なストレスに対する人本来の抵抗力が、昔ながらの生活の中で培われていくのだと言う。
夏は他国に向け、都市に人を集め完全に管理する社会の歪さを指摘し続けてきた。
採血を終わらせたノアを開放した夏は、深夜から朝にかけ、延々各国の代表に働きかけ折衝を続けた。
国と汚染神話が残るフリーエリアの開放を渋る各国の代表を、夏はワクチンを餌に議会へと引きずり出すことに成功した。
早朝、ことの顛末をノアに告げた夏は疲労ひとつ見せず、笑う眼にぎらついた生気を漲らせていた。
ひとつの時代が切り替わる。そんな予感に、夏の興奮が伝播してきてノアの臓腑を揺るがす。
――― 生まれながらに、大陸の覇者になるべく運命を持った男。
雲英の言った大陸という言葉にもっと大きな響きを感じたノアは、目の前で悠然と構える巨躯をもう一度見た。
「新世界は?」
「言わずもがなだ。ワクチンという餌に靡きもしない、自分たちは独自のやり方でいくとほざいてきた。・・・クロストは既にラボの位置を割り出していると見て間違いないだろうよ。冷血人間の賑やかな歓迎を受けることになるだろうから、覚悟しておけよ」
セントラル・アジアと対を成す大国である新世界。真っ向から対峙すれば、互いの同盟国を巻き込んで世界が割れかねない。
もし、迅が先に宿主であるルドガーの躰を手に入れ、ヴィンセントに強制的に”変異”をさせられたウイルスを手に入れたら。
変異ウイルスを相手に、ノアの抗体がワクチンとして効果を発揮する確証はどこにも無い。
いま現在ルドガーが覚醒しているのは、変異ウイルスに侵されていない脳だけだ。
迅たちが先にコールドスリープ状態にあるルドガーを見つけたら。無理矢理 覚醒させたなら、ルドガーの体内で勢いを取り戻したウイルスは、ルドガーの躰をあっという間に食い尽くすだろう。
感傷を引きずる頭で考える未来には、救いが見えない。
地球の裏まで、半時間で空を突き抜ける超高速機も、時間には追いつけない。焦り出した掌を無意識に握り締めた。
「ノア、心配しないで。ルドガーなら大丈夫だから」
苦しげに息を吸い込んだ肩を抱き寄せ、耳元で優しい声が囁く。
「クロスト達は、ルドガーの眠るコアエリアには入れない。入り口はノアの生体反応が感知されないと開かない仕組みになってるし、室内の空気には濃密度でローズ・フィーバーウイルスが充填されているもの」
ノアとレイ、トキと夏が並んで向かい合わせの機内がシンとする。
「えげつないな」
ぼそりとトキが漏らした。
「頭いいでしょ。ルドガーが考えたんだよ」
ふふふと笑いながらレイが答えた。
ノアの隣に座るレイは、朝からノアのそばを片時も離れない。片や、人前でベタベタされることが嫌いなノアは、好き勝手に髪や耳を弄るレイの手を払いもせず、時々心ここにあらずといった調子で意識を留守にする。
「一体誰の自慢だ?寝ながら毒を振り撒く怠慢な野郎だぞ。オツムがいいんじゃなくて、冷凍で脳味噌がクラッシュしてイカれたしか思えねえ」
侮蔑しきったようなトキの声にノアが顔を上げる。
「レイはルドガー本人の影になるべくしてプログラムされているんだ、仕方ないだろう」
ぼんやりとした無防備な瞳を向けられ、トキが息を呑む。一呼吸置いて、弾かれたようにノアから視線を逸らした。
トキの明け透けな態度に、思考が浮上したらしいノアが眉をひそめた。
「なんだよ、今朝から俺の顔見るたび目を逸らして、気分悪い。それより夏のパシリのお前が、なんでここにいんの?」
調子を戻したノアに今度はトキが目尻を吊り上げる。
お互い散々な目に遭い、遭わせながら実は同じ年齢同士だったこともわかり、ふたりの間に妙な気安さがある。
「まあ、そう苛めんな。朱鷺は古くから夏に関わる家の出だ。今回の件で、本格的に俺につくことになった」
「今回って、俺(抗体)を捕まえた功績かよ?」
「それもある。だが、大半は俺の心情で決めた」
トキは、夏の隣で軽く目を伏せ背筋を正す。
鋭く眦のきっかりとあがった強い視線を、夏は緩めた。
夏がノアを透して誰を見ているのか。察してしまったノアは夏の視線に、身の置き所をなくして落ち着かなくなる。
勘違いするなと、悪態を吐こうと上げた顔の前に、大きな手のひらが翳された。
「これ以上、いやらしい目で僕の恋人を見たら、機体に穴を開けるけど?」
至極真面目に言い放ったレイに、夏が豪快に笑った。
「そう言えば、庭の回廊の壁も見事な破壊っぷりだったな。どうせなら、長衣をひん剥く前に壊せばいいものを。おかげで朱鷺をはじめ、警備センターでモニター監視をしていた奴らが朝から使い物にならん」
そういうことか。トキの戸惑いの意味を知ったノアの顔から血の気が引く。代わりに身体の中をゴゴゴと轟音を上げる勢いで憤怒の血が躍り、競りあがってきた。
どいつから血祭りに上げようかとシートから浮いた背中を、翳した手と背中に回っていた手がわっかを作ってぎゅっと抱き締めた。
こめかみに密着したレイの頬が、うふふと笑う。
ハネムーンの新婦の穢れのない甘さの裏に、奸計に富んだ悪女を潜ませたような毒のある甘い声だ。
「どうしようかなって迷ったけど、やっぱり牽制しておこうと思ってさ。でも逆効果だったかな」
氷のようなブルーアイに静かに見詰められ、トキは感電したみたいに息を詰めた。
「なかなか、刺激的な光景ではあったがな」
ニヤニヤ面白がって笑っている夏の隣で、冷凍ビームを浴びたトキは真っ白になって固まった。
木々の間から海が見える。
「クロストが来ているはずだ。現状が把握できるまであまり動き回るな」
ふらりと海に続く小径に踏み出したノアに声が掛かった。振り返れば、夏が保護色の戦闘スーツに身を包んだ男達と話している。
ラボに人が訪れた形跡はなかった。訝しんだ夏の指示で、後続機で到着したセントラル・アジア軍の精鋭陣がラボの周辺と内部を捜索して回っている。
この地域は年に数回、激しい台風に襲われる。
人も去り、長いあいだ風雨に曝されたラボは、、鬱蒼と生い茂った緑に今にも呑みこまれようとしている。それはまるで、人々に忘れ去られて朽ちてゆく遺跡のようだった。
施設と少し離れた場所に、研究員が暮らしていた家が廃墟となって立ち並ぶ。何軒かはラボと同じく太い根を持つ蔦に覆われてしまっているが、懐かしいその姿をノアに晒している。
その中の一等大きな白い家の前で佇むレイの姿があった。見事な金の髪を潮風が遊ぶ。
「中に入ろう、真乃は鍵を掛けたことがなかったし、きっとあいてる」
近づいて例え施錠されていても鍵など必要ないことに気がついた。家のほぼ全部の窓ガラスが割れていた。どこからでも出入り自由だ。
手を繋いできたレイを引っ張って、玄関のドアを開ける。中は外から想像するよりも荒れていた。
青とベージュのストライプが美しかった壁紙は色褪せて剥がれ、隙間なく・・・外れて傾いたリビングのドアの上にさえ大量の砂塵が積もっている。
当時から遠目に綺麗でも、近くに寄れば年代と比例して老朽しており相当にボロい家だった。雨漏りの日には、バケツを抱えてルドガーとふたりで互いの家を走り回る。子供だったノアは、オンボロでロマンチックなオールドスタイルのこの家が大好きだった。
階段を上がる足裏がジャリジャリと小石を砕く。
ノアが使っていた部屋のドアを開けると、ガラスの割れた窓から穏やかな海風が吹き込んできた。
子供用の机やベッドに、お気に入りだった土星の形のラグマット。懐かしいと思うには何もかもが朽ちすぎて、自分が使っていた実感すら戻ってこない。
「あ、これ」
マットの端に、螺旋状に肋骨が突き出たような形の巻貝が落ちているのを見つけてしゃがみ込む。
長い骨の一本を抓んで白い貝を持ち上げた。
「捜してたやつだ。こんなところに落ちていたのか」
あの日。あの森で事故が起こった日、ノアは出発の間際までルドガーから貰ったこの貝殻を必死で捜していた。
「ああ、僕が海岸で拾って、君にあげたやつだ」
背後から覗き込むレイの声にノアの背中が凍りついた。
油の切れたロボットよりぎこちない動きで振り返る。理想的な厚みをもつ唇が、ノアと目をあわせ薄い弧を描いて微笑んだ。
一歩後ずさったノアを、アイスブルーの瞳が捕獲する。
「中にいたヤドカリが逃げて、君と部屋中探し回ったよね。薬のパッケージに引越ししていたヤドカリを見つけた君は、凄い凄いってはしゃいで大喜びしたっけ」
「ルド・・・」
長い指が頬を捉え、愛しそうに輪郭を滑る。
窓から見える紺碧の海は昔のままだ。見つめあう視線の狭間で、一気に時間が遡る。
「ルドガー」
「お帰り、桐羽」
手を伸ばしてルドガーの腕の中に収まる。
遠い波の音を聞きながら唇を重ねた。
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「今朝、ヨーロッパ・ギルドとサウスパブリックの代表から、返事があった。ヴィンセントのラボ探索から手を引き、ワクチンの開発をセントラル・アジアが一任する。じきに周辺の小規模国も追随してくるはずだ。次の議会では、フリーエリアの開放も評議の議題にあがる」
ローズ・フィーバーだけが原因ではない。人口の自然減少に歯止めの利かない状況に人類は、生き残りの道を模索し始めた。
もはや資源の利権をめぐり、国同士がいがみ合っている場合ではないと気がついたのだ。
都市機能に擁護された生活は人間本来の機能を低下させ、ついては免疫さえも奪い去った。
中でも比較的ローズ・フィーバーの感染者が少ないセントラル・アジアは、広い国土の中で旧時代スタイルの生活を営むものも多い。外的なストレスに対する人本来の抵抗力が、昔ながらの生活の中で培われていくのだと言う。
夏は他国に向け、都市に人を集め完全に管理する社会の歪さを指摘し続けてきた。
採血を終わらせたノアを開放した夏は、深夜から朝にかけ、延々各国の代表に働きかけ折衝を続けた。
国と汚染神話が残るフリーエリアの開放を渋る各国の代表を、夏はワクチンを餌に議会へと引きずり出すことに成功した。
早朝、ことの顛末をノアに告げた夏は疲労ひとつ見せず、笑う眼にぎらついた生気を漲らせていた。
ひとつの時代が切り替わる。そんな予感に、夏の興奮が伝播してきてノアの臓腑を揺るがす。
――― 生まれながらに、大陸の覇者になるべく運命を持った男。
雲英の言った大陸という言葉にもっと大きな響きを感じたノアは、目の前で悠然と構える巨躯をもう一度見た。
「新世界は?」
「言わずもがなだ。ワクチンという餌に靡きもしない、自分たちは独自のやり方でいくとほざいてきた。・・・クロストは既にラボの位置を割り出していると見て間違いないだろうよ。冷血人間の賑やかな歓迎を受けることになるだろうから、覚悟しておけよ」
セントラル・アジアと対を成す大国である新世界。真っ向から対峙すれば、互いの同盟国を巻き込んで世界が割れかねない。
もし、迅が先に宿主であるルドガーの躰を手に入れ、ヴィンセントに強制的に”変異”をさせられたウイルスを手に入れたら。
変異ウイルスを相手に、ノアの抗体がワクチンとして効果を発揮する確証はどこにも無い。
いま現在ルドガーが覚醒しているのは、変異ウイルスに侵されていない脳だけだ。
迅たちが先にコールドスリープ状態にあるルドガーを見つけたら。無理矢理 覚醒させたなら、ルドガーの体内で勢いを取り戻したウイルスは、ルドガーの躰をあっという間に食い尽くすだろう。
感傷を引きずる頭で考える未来には、救いが見えない。
地球の裏まで、半時間で空を突き抜ける超高速機も、時間には追いつけない。焦り出した掌を無意識に握り締めた。
「ノア、心配しないで。ルドガーなら大丈夫だから」
苦しげに息を吸い込んだ肩を抱き寄せ、耳元で優しい声が囁く。
「クロスト達は、ルドガーの眠るコアエリアには入れない。入り口はノアの生体反応が感知されないと開かない仕組みになってるし、室内の空気には濃密度でローズ・フィーバーウイルスが充填されているもの」
ノアとレイ、トキと夏が並んで向かい合わせの機内がシンとする。
「えげつないな」
ぼそりとトキが漏らした。
「頭いいでしょ。ルドガーが考えたんだよ」
ふふふと笑いながらレイが答えた。
ノアの隣に座るレイは、朝からノアのそばを片時も離れない。片や、人前でベタベタされることが嫌いなノアは、好き勝手に髪や耳を弄るレイの手を払いもせず、時々心ここにあらずといった調子で意識を留守にする。
「一体誰の自慢だ?寝ながら毒を振り撒く怠慢な野郎だぞ。オツムがいいんじゃなくて、冷凍で脳味噌がクラッシュしてイカれたしか思えねえ」
侮蔑しきったようなトキの声にノアが顔を上げる。
「レイはルドガー本人の影になるべくしてプログラムされているんだ、仕方ないだろう」
ぼんやりとした無防備な瞳を向けられ、トキが息を呑む。一呼吸置いて、弾かれたようにノアから視線を逸らした。
トキの明け透けな態度に、思考が浮上したらしいノアが眉をひそめた。
「なんだよ、今朝から俺の顔見るたび目を逸らして、気分悪い。それより夏のパシリのお前が、なんでここにいんの?」
調子を戻したノアに今度はトキが目尻を吊り上げる。
お互い散々な目に遭い、遭わせながら実は同じ年齢同士だったこともわかり、ふたりの間に妙な気安さがある。
「まあ、そう苛めんな。朱鷺は古くから夏に関わる家の出だ。今回の件で、本格的に俺につくことになった」
「今回って、俺(抗体)を捕まえた功績かよ?」
「それもある。だが、大半は俺の心情で決めた」
トキは、夏の隣で軽く目を伏せ背筋を正す。
鋭く眦のきっかりとあがった強い視線を、夏は緩めた。
夏がノアを透して誰を見ているのか。察してしまったノアは夏の視線に、身の置き所をなくして落ち着かなくなる。
勘違いするなと、悪態を吐こうと上げた顔の前に、大きな手のひらが翳された。
「これ以上、いやらしい目で僕の恋人を見たら、機体に穴を開けるけど?」
至極真面目に言い放ったレイに、夏が豪快に笑った。
「そう言えば、庭の回廊の壁も見事な破壊っぷりだったな。どうせなら、長衣をひん剥く前に壊せばいいものを。おかげで朱鷺をはじめ、警備センターでモニター監視をしていた奴らが朝から使い物にならん」
そういうことか。トキの戸惑いの意味を知ったノアの顔から血の気が引く。代わりに身体の中をゴゴゴと轟音を上げる勢いで憤怒の血が躍り、競りあがってきた。
どいつから血祭りに上げようかとシートから浮いた背中を、翳した手と背中に回っていた手がわっかを作ってぎゅっと抱き締めた。
こめかみに密着したレイの頬が、うふふと笑う。
ハネムーンの新婦の穢れのない甘さの裏に、奸計に富んだ悪女を潜ませたような毒のある甘い声だ。
「どうしようかなって迷ったけど、やっぱり牽制しておこうと思ってさ。でも逆効果だったかな」
氷のようなブルーアイに静かに見詰められ、トキは感電したみたいに息を詰めた。
「なかなか、刺激的な光景ではあったがな」
ニヤニヤ面白がって笑っている夏の隣で、冷凍ビームを浴びたトキは真っ白になって固まった。
木々の間から海が見える。
「クロストが来ているはずだ。現状が把握できるまであまり動き回るな」
ふらりと海に続く小径に踏み出したノアに声が掛かった。振り返れば、夏が保護色の戦闘スーツに身を包んだ男達と話している。
ラボに人が訪れた形跡はなかった。訝しんだ夏の指示で、後続機で到着したセントラル・アジア軍の精鋭陣がラボの周辺と内部を捜索して回っている。
この地域は年に数回、激しい台風に襲われる。
人も去り、長いあいだ風雨に曝されたラボは、、鬱蒼と生い茂った緑に今にも呑みこまれようとしている。それはまるで、人々に忘れ去られて朽ちてゆく遺跡のようだった。
施設と少し離れた場所に、研究員が暮らしていた家が廃墟となって立ち並ぶ。何軒かはラボと同じく太い根を持つ蔦に覆われてしまっているが、懐かしいその姿をノアに晒している。
その中の一等大きな白い家の前で佇むレイの姿があった。見事な金の髪を潮風が遊ぶ。
「中に入ろう、真乃は鍵を掛けたことがなかったし、きっとあいてる」
近づいて例え施錠されていても鍵など必要ないことに気がついた。家のほぼ全部の窓ガラスが割れていた。どこからでも出入り自由だ。
手を繋いできたレイを引っ張って、玄関のドアを開ける。中は外から想像するよりも荒れていた。
青とベージュのストライプが美しかった壁紙は色褪せて剥がれ、隙間なく・・・外れて傾いたリビングのドアの上にさえ大量の砂塵が積もっている。
当時から遠目に綺麗でも、近くに寄れば年代と比例して老朽しており相当にボロい家だった。雨漏りの日には、バケツを抱えてルドガーとふたりで互いの家を走り回る。子供だったノアは、オンボロでロマンチックなオールドスタイルのこの家が大好きだった。
階段を上がる足裏がジャリジャリと小石を砕く。
ノアが使っていた部屋のドアを開けると、ガラスの割れた窓から穏やかな海風が吹き込んできた。
子供用の机やベッドに、お気に入りだった土星の形のラグマット。懐かしいと思うには何もかもが朽ちすぎて、自分が使っていた実感すら戻ってこない。
「あ、これ」
マットの端に、螺旋状に肋骨が突き出たような形の巻貝が落ちているのを見つけてしゃがみ込む。
長い骨の一本を抓んで白い貝を持ち上げた。
「捜してたやつだ。こんなところに落ちていたのか」
あの日。あの森で事故が起こった日、ノアは出発の間際までルドガーから貰ったこの貝殻を必死で捜していた。
「ああ、僕が海岸で拾って、君にあげたやつだ」
背後から覗き込むレイの声にノアの背中が凍りついた。
油の切れたロボットよりぎこちない動きで振り返る。理想的な厚みをもつ唇が、ノアと目をあわせ薄い弧を描いて微笑んだ。
一歩後ずさったノアを、アイスブルーの瞳が捕獲する。
「中にいたヤドカリが逃げて、君と部屋中探し回ったよね。薬のパッケージに引越ししていたヤドカリを見つけた君は、凄い凄いってはしゃいで大喜びしたっけ」
「ルド・・・」
長い指が頬を捉え、愛しそうに輪郭を滑る。
窓から見える紺碧の海は昔のままだ。見つめあう視線の狭間で、一気に時間が遡る。
「ルドガー」
「お帰り、桐羽」
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■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
ええ?レイは??
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪

ええ?レイは??
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時間通りにすっとんで来てくださったのに、お見苦しいところをお見せしてすみませんでした!
思っていたより、未完成度が高すぎてガツガツ手を入れたんですけれど、
振り返れば苦労の甲斐もあまりなかったような・・・(苦っ
> ルドガ―になった!
> うわっ18話!!はやくー
・ええ、レイはどうなってしまったのでしょう。
ノアは乗り換えた?(*^▽^*)b
残り3話で収拾がつくのか不安を引きずりつつ、次に続くです。
コメント&ご訪問、ご指摘、ありがとうございます。