02 ,2012
ユニバース 11
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「パパ!」
大型犬が飼い主にじゃれつくように、レイが真乃に飛びつく。
再会を喜び合う2人は肌や髪の色の違いこそあれ、本物の親子か、またはそれより深い絆で繋がっているように思えた。
世界的なロボット工学の権威を捕まえておきながら、真乃は無理から働かされている様子でもない。
客人を迎えるための瀟洒な離れに軟禁されている真乃の待遇は、捕らえられているというよりは、むしろ手厚くもてなされているように見えた。
ひとしきりレイを甘やかして、真乃はノアを振り返った。
「桐羽、こんなところまで来させてしまって、すまなかった。大人になったね。12年前、君を見つけてあげることが出来なかった私を許してくれ」
齢70を越えているはずだが、真乃はノアの記憶に残る姿とさほど変らない。
幾分張りのなくなった目許に、昔と変らぬ優しさを湛えノアに微笑みかける。ふと、真乃が父親であった無邪気な時代が蘇り、泣きたい気持ちになる。
レイと同じように「パパ」と呼ぶには時間が隔たりすぎていて、ノアはただ首をふった。
纏わりつくレイに、真乃が軽く顰め面を作る。
「さて、エリオットから聞いたよ。随分と無茶をしたそうじゃないか。久しぶりに私がメンテナンスをしてあげるから、そこにお座り」
叱るようでいて、レイを見る目も口調も、どこまでも優しい。
この優しい目をした男が、自分を父と慕うレイをルドガーに提供し、消してしまえる冷徹さを持っていることが信じられない。
メンテナンスの申し出に、ぱっとレイの腕がノアの肩に移動する。
「もうセルフメンテナンスもしたし、全然問題ないよ。だから、パパのメンテナンスはなくても大丈夫」
見た目は肩に手を軽く添えている風だが、手の形で肩を固定されたノアは、身動ぎ一つ出来ない。苛立ちを押さえ込んだ溜息をひとつ吐いて、ノアの黒い瞳がレイを見上げる。
「レイ、見てもらったほうがいい。ルドガーとのリンクが切れたままってことは、他にもきっと不具合はあると思うし。一度、ちゃんと見てもらっておけよ」
大丈夫だよと、疑り深くなった目で扉の外を流し見る。
夏のプライベート機を降ろされて屋敷に連行されるまでの間、レイは疲れを知らないアンドロイドの執拗さで、夏との経緯を半ば強制的にノアに話させた。
セントラル・アジアの重鎮、夏は不用意に近付くには危険すぎる相手だった。
古い因習を踏襲する一族の出自のせいか、自分の統治下にある者は手厚く保護するが、外的因子には冷酷なまでに情けがない。これまでに、セントラル・アジアの特産である特殊繊維や薬品の技術、中央政府の動向を探りに放たれた間諜は一人残らず粛清され、無残な骸が国家または団体に送り返された。
アスクレピオス製薬と同じく、ローズ・フィーバーウイルスを追う夏の内情を探る。
これまでのスパイたちとは違う、夏本人に接触するという任務に、ノアは徹底的に夏と周辺を調べ上げた。そして浮上したのが、夏の性癖だった。
女同様、男も遊び相手にする夏であったが、婚姻はしていない。
夏と関係をもった男達の共通点はノアにも当てはまった。細身の東洋系の男。どの相手も、一度きりの関係で切れている。
つまり、チャンスは一度きりということだ。しくじれば、無残な骸になって迅と対面することになる。
準備期間も工作期間も異例の短さだったが、迅の役に立ちたい一心で舞踊と漢詩を覚え、臣下の男を抱きこみ、高級男娼に身をやつして夏に近付いた。
夏にはノアが即興で身につけた付け焼刃の教養など、最初からお見通しだったのかもしれない。
夏はノアが近づくことを赦し、セントラル・アジアの高楼の豪奢なベッドに上げた。喘ぎを上げながらほくそ笑んだノアは、夏に接吻け睡眠薬を呑ませた。
すべては夏の罠だった。
夏と同期化したノアの心理層に、夏はスイッチと呼ばれる自動発火爆弾のようなトラップを仕掛けた。
レイのしつこさに辟易したノアが、腹立ち半分で暴露したかつての任務に、トキはノアの大胆さに毒気を抜かれ、レイは物騒な光をその目の裡に宿して沈黙した。
ふと、なぜあの時、夏は自分を殺してしまわなかったのだろうかと、疑問が湧き起こる。
あの高楼のベッドで他の刺客や間諜と同じように殺されていれば、ノアはルドガーと悲しい再会をすることはなかったかもしれない。これを運命と言うのだろうか。
愛情と憎悪の歯車が世界の終末に向け、軋みながら回っている。
新世界より北に位置するセントラル・アジアの夜は肌寒い。
運命に背負わされた重責の重さか、それとも透かし扉から流れ込む冷気のせいか。ノアは言いようのない悪寒に襲われ、レイの大きな手に抱かれた肩をそっと震わせた。
怯えたように震えたノアの躰を、レイが胸に抱き込み、耳もとに唇を寄せる。
「リンクは切れててもラボには行けるよ。それより、早くここから出たい。脱出の方法を考えようよ」
甘えるように囁きながらレイが睨む扉の外には、夏の使いの男がノアを待っている。
何とかこの屋敷を脱出したとしても、迅と夏の両方から追われたのでは、先は見えている。有利に事を運べるのなら、いかなる手を使うことも厭う気はない。だから、交渉の場にはひとりで行きたかった。
それに、ここに来て夏もノアの運命を回す歯車のひとつなのだという気持ちが強くなった。
もしかしたら、夏は明確な答えを持っていないかもしれない。だが会って、自分を生かした理由を確かめたかった。
「お前は本当に桐羽が好きなんだね」
勢いよく肯定するレイに、真乃が微笑みながら手を伸ばす。金の前髪を掻き揚げる手を、背後にすべらせた途端、ノアを抱く腕が解けレイの身体が崩れ落ちた。
レイ?と足元で人形のように横たわる男に、ノアが目を丸くする。
「これは・・・・」
「一時停止ボタンだよ。より人に近づけるために付けないつもりだったが、こんなところで役に立つとは」
後悔とも悲しみともつかない言葉をこぼした真乃の顔からは笑いが消えていた。
「停止時間は最長で150分だ。時間が来れば自動的に起動する。それまでに戻ってきなさい。その間にメンテナンスも済ませておくよ」
承諾したように立ち去りかけたノアの足が止まる。
レイの前では訊けなかった事を聞くには絶好のチャンスだった。
「レイ・・・TOI‐零は、ルドガーとの同期化が終わったらどうなるんだ。本当に消えてしまうのか?こいつの中には完全な人格が出来ている。ここまでこいつを育てといて今更消すなら、それは殺人と同じだ。真乃は、自分の子供を・・・レイを殺すのか?」
早口で捲し立てるように問いかけるノアに、真乃は痛みの伴った表情を向けると祈るように目を閉じた。
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「パパ!」
大型犬が飼い主にじゃれつくように、レイが真乃に飛びつく。
再会を喜び合う2人は肌や髪の色の違いこそあれ、本物の親子か、またはそれより深い絆で繋がっているように思えた。
世界的なロボット工学の権威を捕まえておきながら、真乃は無理から働かされている様子でもない。
客人を迎えるための瀟洒な離れに軟禁されている真乃の待遇は、捕らえられているというよりは、むしろ手厚くもてなされているように見えた。
ひとしきりレイを甘やかして、真乃はノアを振り返った。
「桐羽、こんなところまで来させてしまって、すまなかった。大人になったね。12年前、君を見つけてあげることが出来なかった私を許してくれ」
齢70を越えているはずだが、真乃はノアの記憶に残る姿とさほど変らない。
幾分張りのなくなった目許に、昔と変らぬ優しさを湛えノアに微笑みかける。ふと、真乃が父親であった無邪気な時代が蘇り、泣きたい気持ちになる。
レイと同じように「パパ」と呼ぶには時間が隔たりすぎていて、ノアはただ首をふった。
纏わりつくレイに、真乃が軽く顰め面を作る。
「さて、エリオットから聞いたよ。随分と無茶をしたそうじゃないか。久しぶりに私がメンテナンスをしてあげるから、そこにお座り」
叱るようでいて、レイを見る目も口調も、どこまでも優しい。
この優しい目をした男が、自分を父と慕うレイをルドガーに提供し、消してしまえる冷徹さを持っていることが信じられない。
メンテナンスの申し出に、ぱっとレイの腕がノアの肩に移動する。
「もうセルフメンテナンスもしたし、全然問題ないよ。だから、パパのメンテナンスはなくても大丈夫」
見た目は肩に手を軽く添えている風だが、手の形で肩を固定されたノアは、身動ぎ一つ出来ない。苛立ちを押さえ込んだ溜息をひとつ吐いて、ノアの黒い瞳がレイを見上げる。
「レイ、見てもらったほうがいい。ルドガーとのリンクが切れたままってことは、他にもきっと不具合はあると思うし。一度、ちゃんと見てもらっておけよ」
大丈夫だよと、疑り深くなった目で扉の外を流し見る。
夏のプライベート機を降ろされて屋敷に連行されるまでの間、レイは疲れを知らないアンドロイドの執拗さで、夏との経緯を半ば強制的にノアに話させた。
セントラル・アジアの重鎮、夏は不用意に近付くには危険すぎる相手だった。
古い因習を踏襲する一族の出自のせいか、自分の統治下にある者は手厚く保護するが、外的因子には冷酷なまでに情けがない。これまでに、セントラル・アジアの特産である特殊繊維や薬品の技術、中央政府の動向を探りに放たれた間諜は一人残らず粛清され、無残な骸が国家または団体に送り返された。
アスクレピオス製薬と同じく、ローズ・フィーバーウイルスを追う夏の内情を探る。
これまでのスパイたちとは違う、夏本人に接触するという任務に、ノアは徹底的に夏と周辺を調べ上げた。そして浮上したのが、夏の性癖だった。
女同様、男も遊び相手にする夏であったが、婚姻はしていない。
夏と関係をもった男達の共通点はノアにも当てはまった。細身の東洋系の男。どの相手も、一度きりの関係で切れている。
つまり、チャンスは一度きりということだ。しくじれば、無残な骸になって迅と対面することになる。
準備期間も工作期間も異例の短さだったが、迅の役に立ちたい一心で舞踊と漢詩を覚え、臣下の男を抱きこみ、高級男娼に身をやつして夏に近付いた。
夏にはノアが即興で身につけた付け焼刃の教養など、最初からお見通しだったのかもしれない。
夏はノアが近づくことを赦し、セントラル・アジアの高楼の豪奢なベッドに上げた。喘ぎを上げながらほくそ笑んだノアは、夏に接吻け睡眠薬を呑ませた。
すべては夏の罠だった。
夏と同期化したノアの心理層に、夏はスイッチと呼ばれる自動発火爆弾のようなトラップを仕掛けた。
レイのしつこさに辟易したノアが、腹立ち半分で暴露したかつての任務に、トキはノアの大胆さに毒気を抜かれ、レイは物騒な光をその目の裡に宿して沈黙した。
ふと、なぜあの時、夏は自分を殺してしまわなかったのだろうかと、疑問が湧き起こる。
あの高楼のベッドで他の刺客や間諜と同じように殺されていれば、ノアはルドガーと悲しい再会をすることはなかったかもしれない。これを運命と言うのだろうか。
愛情と憎悪の歯車が世界の終末に向け、軋みながら回っている。
新世界より北に位置するセントラル・アジアの夜は肌寒い。
運命に背負わされた重責の重さか、それとも透かし扉から流れ込む冷気のせいか。ノアは言いようのない悪寒に襲われ、レイの大きな手に抱かれた肩をそっと震わせた。
怯えたように震えたノアの躰を、レイが胸に抱き込み、耳もとに唇を寄せる。
「リンクは切れててもラボには行けるよ。それより、早くここから出たい。脱出の方法を考えようよ」
甘えるように囁きながらレイが睨む扉の外には、夏の使いの男がノアを待っている。
何とかこの屋敷を脱出したとしても、迅と夏の両方から追われたのでは、先は見えている。有利に事を運べるのなら、いかなる手を使うことも厭う気はない。だから、交渉の場にはひとりで行きたかった。
それに、ここに来て夏もノアの運命を回す歯車のひとつなのだという気持ちが強くなった。
もしかしたら、夏は明確な答えを持っていないかもしれない。だが会って、自分を生かした理由を確かめたかった。
「お前は本当に桐羽が好きなんだね」
勢いよく肯定するレイに、真乃が微笑みながら手を伸ばす。金の前髪を掻き揚げる手を、背後にすべらせた途端、ノアを抱く腕が解けレイの身体が崩れ落ちた。
レイ?と足元で人形のように横たわる男に、ノアが目を丸くする。
「これは・・・・」
「一時停止ボタンだよ。より人に近づけるために付けないつもりだったが、こんなところで役に立つとは」
後悔とも悲しみともつかない言葉をこぼした真乃の顔からは笑いが消えていた。
「停止時間は最長で150分だ。時間が来れば自動的に起動する。それまでに戻ってきなさい。その間にメンテナンスも済ませておくよ」
承諾したように立ち去りかけたノアの足が止まる。
レイの前では訊けなかった事を聞くには絶好のチャンスだった。
「レイ・・・TOI‐零は、ルドガーとの同期化が終わったらどうなるんだ。本当に消えてしまうのか?こいつの中には完全な人格が出来ている。ここまでこいつを育てといて今更消すなら、それは殺人と同じだ。真乃は、自分の子供を・・・レイを殺すのか?」
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■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
どの部分をとっても、BLではないですね。
更新は遅いわ、BL要素は無いわで本当にすみません。
当たり前なんですけれど、書けば完結できるんだと思います。頑張ります。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪

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ノアの印象からしか情報は無いので 夏の登場する日が楽しみでしょうがないですo(@^‐ ^@ )O ワクワク
はたして 実像の夏って ・・・(。´・_・`)ゞ。oO?
そして 気になるレイの行く末が!!
真乃パパの答えは・・・┣¨‡o(;-_-;)o┣¨‡...byebye☆