01 ,2012
ユニバース 9
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風の音とスピード、唸りを上げるジェットエンジンの振動だけがノアの全てになる。
振り返ると、新世界の灯が夜の彼方へと光速の勢いで離れてゆく。
広大な都市の上空に架かる上弦の月。その三日月は死神の持つ大きな鎌にも似て、今にも尖った切っ先を、薔薇の毒に侵された世界に振り下ろそうとしている。
思わず男の胴に回した腕に力を篭めた。
「寒くない?」
タンデムでドライバーシートに跨る男が、死神と同じ横顔を見せて振り向いた。
眼下には広大な荒地が、天空には満天の星が輝く。摩天楼の光の洪水に呑まれて暮らす生活の中で、これほどの星が天にあることをすっかり忘れていた。
「大丈夫だ、寒くはない」
ノアが腕を回す靱やかな背中は、冷たい風を受けたシャツが膨らんではためいている。
エアフライに収納されていた自分のライダースーツとヘルメットを、レイはノアに着けさせた。
「僕には必要がないから」
そう言って笑ったレイは、カタコンブで頭蓋骨を見ていたときと同じ目をしていた。
セントラルアジアまでは、最高速度で飛び続けても丸2日。日中は移動できないとすれば、その倍はかかるだろう。
ローズ・フィーバーのパンデミック(感染爆発)の影響で国家間を結ぶ交通機関は暫定的にストップしていた。よしんば、動いていたところで二人が空港に降りた時点で、捕まっていただろうが。
首尾よく真乃を奪還したとしても、ラボに着くまでにはまだ数日。
美しい死神は、自分が行くまで世界を破壊するのを待ってくれるだろうか。
荒野が砂漠になり、海原になる。
月は地平に消え、東の空が高く透き通り始めた。
盛り上がった積乱雲の頂きを薔薇色の光が焦がしてゆく。
夜明け前のひんやりとした潮風が海面に白い波を立てる。想像もつかない程の数の波が海原に生まれ人知れず消えてゆく。誕生と消滅。あっという間に消えてしまう命だ。虚しさもあるが、そこにはどんな苦しみもいつかは消えるという安心感もある。
心層に刻まれてゆくこの波の数ほどもある記憶や思い出を引きずって生きてゆくには、永遠という時間は長すぎる。
「疲れた? 次に島か陸を見つけたら少し休ませてあげるからね」
「休まなくたっていい。フリーエリアは危険だし、日が昇るまでにもっと先に行きたい」
強風に晒される生身の身体は著しく体力を消耗する。化学物質で汚染されたフリーエリアの上空を飛ぶとなるとなおさらだ。本当は、レイの背中にしがみ付いているだけで精一杯だが少しでも前に進みたかった。
「無理はダメだよ。明け方になれば気温もまだ下がるし、ラボに着くまでにはまだ相当掛かるよ」
「大丈夫だから」
体温と体力を奪う風はレイの躰が受け止めてくれている。お陰で背後のノアにはほとんど影響がない。だが須弥山を出てから睡眠もろくに取っていない身体は極限を感じ始めていた。
レイもマシンもまだまだ先に行けるのに、生身の体が恨めしいと初めて思った。
「早く、早くルドガーに会わなければ、だから」
ノアの呟きをを受けて、エンジンが火を吹いた。
太陽が顔を出した。
空に放たれたいくつもの閃光が、眩しい光が空を焼き、長い影を海面に落としながら波の上を高速で飛ぶ二人を薔薇色に射抜く。
レイが見ろとか綺麗だとか言ったようだが、薄めを開けることも出来なかった。
「ノア、起きてる?」
「う……ん」
意識が遠のいたノアの腕が、ずるりとレイの胴体から滑り落ちた。支えを失い、スピードに攫われそうになる躰を、レイの片腕が捕まえる。前面に感じていた体温に背中かから抱き込まれ、完全に意識を失った。
荒立つ波間に、青く澄んだ目を暗く沈ませて佇む男がいる。
男は手をまっすぐに差し出して何かを言ったが、声は聞こえない。その手を取った途端、世界が歪んだ。
視界を埋め尽くしたのは、生命力に溢れる濃厚な緑だった。
柔らかい草の褥で飛び起きたノアは、怯えたように辺りを見回した。時間が遡り、自分はまだあの森の中に囚われているような錯覚に、頭がパニックを起こしそうになった。
水の音がする。
青く輝く泉と、中に入って楽しそうに水と戯れる男の姿をみつけて、安堵の溜息をついた。
夢なら見た。
波間に立って手招きする男。
そして、その男と同じ顔をした男と鳥籠の中で抱き合う夢。
薔薇の匂いと月の光。泣きたくなるような甘いうねりに呑みこまれ、何度も愛していると呟いた。
愛しいと腕の中の男に囁きながら頭の中で、夜の向こうから、波の狭間から低くほんの少し掠れた男の声を聞いている。
三千世界の烏を ―――
「ノア、見て。魚が獲れたよ!」
「馬鹿! 無闇にフリーエリアの水の中なんかに入るな。汚染されていたらどうするんだ」
服のまま、青い泉の中に立つレイが魚を片手に嬉しそうに手を振っている。
「大丈夫だよ。たくさん取ったから、コレお昼にしよう」
「そんな安全の確認も出来ていないもの、食べれるわけないだろ。バカっ!」
そう啖呵を切った尻から、賑やかに腹が鳴り、ごくっと唾を呑み込音まで加わる。
目の前に差し出された魚の焼けた香ばしい匂いは、空っぽの胃を狙い定めて直撃してきた。
最後に食べ物を口にしたのは、修道院で出してもらった鳥のパテにスープとパンだったが、心労でほとんど喉を通らなかった。
今この状態で食い物を目の前にするのは、拷問に近い。いや、これは拷問だ。
ノアは優しげな笑顔で、魚や木の実を勧めてくる男を恨めしげに睨んだ。
「大丈夫だよ。政府が宣布しているフリーエリアの汚染の話は嘘っぱちだもの」
「何言ってるんだ。世界科学平和委員会が正式発表してるんだぞ」
「そんなの、人を都市に集めて管理するのと、手付かずの土地に眠る資源に誰も手をつけさせないよう牽制するための詭弁だよ。ノアだって、森だ彷徨った時、木の実や湧き水を口にしてたって言ってたじゃない」
「そうだけど」
森で発見された時、ノアに森のものを口にしていないか、しつこく尋ねてきた男がいた。子供だったノアは怖くなり、怯えながら頷いた。あの時、ノアが森の水を飲み、木の実を食べていた事を見破った迅が何も言わなかったのは、害がなかったからか。
空腹に負けて、受け取った魚を恐る恐る口にする。
ほろりと柔らかく骨から外れた肉は弾力も絶妙で、舌の上に野趣溢れる旨味が広がる。
「・・・・美味い」
「こっちのも、美味しいと思うよ」
次の魚を出しレイは、精力的に魚を頬張るノアを、嬉しそうに眺めている。
「レイは? 食べない・・・」
最後の音は、口の中で途絶えた。
「僕は食べない」
必要がないからと、音にならない声を聞いた気がした。
微笑みの消えた目で自分を凝視める視線は熱を孕み出し、目の前で燻り出した焚火の焔のようにじりじりとノアを焼く。
さっきまでの穏やかだった空気が一気に張りつめ、呼吸が苦しくなった。
「水、汲んでくるね」
「レイ・・・」
立ち上がったレイの手を、咄嗟にノアの手指が捕まえた。
ゆっくり振り返ったレイは、欲望と懊悩を殺した目で静かにノアを見下ろす。
何か言わなくてはと思ったのに、振り返ったレイの視線に射竦められ言葉が出なくなった。
怯えに似た戸惑いをノアの黒い瞳に見たレイの目が眇められる。
いままで聞いたことがないような、冷ややかな声音がノアの耳を打った。
「どうしたの?」
「何でもない。ごめん・・・」
手を離した次の場面では、もうレイに押し倒されていた。
柔らかい草の上に両手首を押しつけられ、自分に被さったレイを見上げる。
「アンドロイドだと理解した途端、僕のことが怖くなった?」
以前に感じたような、レイに対する恐怖は自分の中のどこにもない。
自分の中にある蟠りを突き止めると、一途なレイの想いを受け止める自信のない自分が浮き彫りになる。時間の流れとは別の場所にある、永遠の命。滅びのない人造の躰に宿る優しい心。
レイに惹かれている。確かに愛しいと感じている。なのに、躊躇いが消せない。
「怖くない。でも自信が無い」
「ルドガーではない僕は・・・人でない僕は、愛せない?」
ノアの上から、光を吸い込んで揺れる深い海のような青い瞳を近づける。
「僕の中にダイブして。僕の気持ちを全部見せてあげる。そうしたら、僕がどれだけノアを好きかわかるはずだよ」
膨大なメモリーと高度な集積回路で造られたアンドロイドの心理。当然、跳ぶ事も、読むことも出来ない。
だが見なくとも、読めなくとも、知ることができる心がある。
不意に、何かが自分の中で閃いた気がした。
なまじ心が読めてしまうことで、相手の心にばかり振り回されて、盲目になっていたのは自分の心の目なのかもしれない。
自分の気持ちではなく、相手の心を読むことで自分の立ち位置を決めていた。
「そうじゃない。俺が愛しているのはルドガーじゃなくてレイだ」
青い海を思わせる眼孔の周りを縁取る睫が上下に広がり、頬が生き生きとした薔薇色に染まる。
ノアの顔を見詰める青い虹彩が弾けるような鮮やかな色を放ち始めた。
「本当?」
「あ・・・」
するりと出た言葉に自分が驚いた。
今まで、面と向かって「愛している」どころか、「好き」とすら言った事すら無い。
ノアの瞳が瞬き、唇を突いて出た言葉を捜すように、レイのシャツの皺や背後の青い空を泳ぐ。
「いや、あの・・今のは」
「駄目だよ、ノア。僕の聴力はね、蟻が小石に蹴躓く音だって拾うことができるよ。だから、撤回は諦めて」
近付いた吐息が、そっと下りてきて唇を啄ばんだ。
力の加減ひとつで、いとも簡単に自分を押し潰してしまえる腕が胸の上に載せられた。
その下で胸が鮮やかな青に満たされていく。
「この腕が僕のものだと言えるうちに、ノアをたくさん抱きしめたい」
胸の中の青が渦を巻く。
「大好きなノア。僕はもっと愛してる」
レイの手が黒いライダースーツのフロントを開いてゆく。皮の擦れるかすかな音や、木々を揺らす風の音が、ノアの躊躇いを払拭してゆく。
スーツとその下のシャツも一緒に左右に開かれ、青い瞳に晒された肌が心の鎖から解放されてゆく。露出した肌に這わされる指に体温が上がった。
「黒(ノワール)のノア。とても綺麗」
うっとりと綻ばせて微笑む唇に、唇の端から端まで隙間なくキスで埋められる。
世界が変わる。予感は、見つめ合う2人の睫毛を揺らす微風に乗ってやってきた。
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風の音とスピード、唸りを上げるジェットエンジンの振動だけがノアの全てになる。
振り返ると、新世界の灯が夜の彼方へと光速の勢いで離れてゆく。
広大な都市の上空に架かる上弦の月。その三日月は死神の持つ大きな鎌にも似て、今にも尖った切っ先を、薔薇の毒に侵された世界に振り下ろそうとしている。
思わず男の胴に回した腕に力を篭めた。
「寒くない?」
タンデムでドライバーシートに跨る男が、死神と同じ横顔を見せて振り向いた。
眼下には広大な荒地が、天空には満天の星が輝く。摩天楼の光の洪水に呑まれて暮らす生活の中で、これほどの星が天にあることをすっかり忘れていた。
「大丈夫だ、寒くはない」
ノアが腕を回す靱やかな背中は、冷たい風を受けたシャツが膨らんではためいている。
エアフライに収納されていた自分のライダースーツとヘルメットを、レイはノアに着けさせた。
「僕には必要がないから」
そう言って笑ったレイは、カタコンブで頭蓋骨を見ていたときと同じ目をしていた。
セントラルアジアまでは、最高速度で飛び続けても丸2日。日中は移動できないとすれば、その倍はかかるだろう。
ローズ・フィーバーのパンデミック(感染爆発)の影響で国家間を結ぶ交通機関は暫定的にストップしていた。よしんば、動いていたところで二人が空港に降りた時点で、捕まっていただろうが。
首尾よく真乃を奪還したとしても、ラボに着くまでにはまだ数日。
美しい死神は、自分が行くまで世界を破壊するのを待ってくれるだろうか。
荒野が砂漠になり、海原になる。
月は地平に消え、東の空が高く透き通り始めた。
盛り上がった積乱雲の頂きを薔薇色の光が焦がしてゆく。
夜明け前のひんやりとした潮風が海面に白い波を立てる。想像もつかない程の数の波が海原に生まれ人知れず消えてゆく。誕生と消滅。あっという間に消えてしまう命だ。虚しさもあるが、そこにはどんな苦しみもいつかは消えるという安心感もある。
心層に刻まれてゆくこの波の数ほどもある記憶や思い出を引きずって生きてゆくには、永遠という時間は長すぎる。
「疲れた? 次に島か陸を見つけたら少し休ませてあげるからね」
「休まなくたっていい。フリーエリアは危険だし、日が昇るまでにもっと先に行きたい」
強風に晒される生身の身体は著しく体力を消耗する。化学物質で汚染されたフリーエリアの上空を飛ぶとなるとなおさらだ。本当は、レイの背中にしがみ付いているだけで精一杯だが少しでも前に進みたかった。
「無理はダメだよ。明け方になれば気温もまだ下がるし、ラボに着くまでにはまだ相当掛かるよ」
「大丈夫だから」
体温と体力を奪う風はレイの躰が受け止めてくれている。お陰で背後のノアにはほとんど影響がない。だが須弥山を出てから睡眠もろくに取っていない身体は極限を感じ始めていた。
レイもマシンもまだまだ先に行けるのに、生身の体が恨めしいと初めて思った。
「早く、早くルドガーに会わなければ、だから」
ノアの呟きをを受けて、エンジンが火を吹いた。
太陽が顔を出した。
空に放たれたいくつもの閃光が、眩しい光が空を焼き、長い影を海面に落としながら波の上を高速で飛ぶ二人を薔薇色に射抜く。
レイが見ろとか綺麗だとか言ったようだが、薄めを開けることも出来なかった。
「ノア、起きてる?」
「う……ん」
意識が遠のいたノアの腕が、ずるりとレイの胴体から滑り落ちた。支えを失い、スピードに攫われそうになる躰を、レイの片腕が捕まえる。前面に感じていた体温に背中かから抱き込まれ、完全に意識を失った。
荒立つ波間に、青く澄んだ目を暗く沈ませて佇む男がいる。
男は手をまっすぐに差し出して何かを言ったが、声は聞こえない。その手を取った途端、世界が歪んだ。
視界を埋め尽くしたのは、生命力に溢れる濃厚な緑だった。
柔らかい草の褥で飛び起きたノアは、怯えたように辺りを見回した。時間が遡り、自分はまだあの森の中に囚われているような錯覚に、頭がパニックを起こしそうになった。
水の音がする。
青く輝く泉と、中に入って楽しそうに水と戯れる男の姿をみつけて、安堵の溜息をついた。
夢なら見た。
波間に立って手招きする男。
そして、その男と同じ顔をした男と鳥籠の中で抱き合う夢。
薔薇の匂いと月の光。泣きたくなるような甘いうねりに呑みこまれ、何度も愛していると呟いた。
愛しいと腕の中の男に囁きながら頭の中で、夜の向こうから、波の狭間から低くほんの少し掠れた男の声を聞いている。
三千世界の烏を ―――
「ノア、見て。魚が獲れたよ!」
「馬鹿! 無闇にフリーエリアの水の中なんかに入るな。汚染されていたらどうするんだ」
服のまま、青い泉の中に立つレイが魚を片手に嬉しそうに手を振っている。
「大丈夫だよ。たくさん取ったから、コレお昼にしよう」
「そんな安全の確認も出来ていないもの、食べれるわけないだろ。バカっ!」
そう啖呵を切った尻から、賑やかに腹が鳴り、ごくっと唾を呑み込音まで加わる。
目の前に差し出された魚の焼けた香ばしい匂いは、空っぽの胃を狙い定めて直撃してきた。
最後に食べ物を口にしたのは、修道院で出してもらった鳥のパテにスープとパンだったが、心労でほとんど喉を通らなかった。
今この状態で食い物を目の前にするのは、拷問に近い。いや、これは拷問だ。
ノアは優しげな笑顔で、魚や木の実を勧めてくる男を恨めしげに睨んだ。
「大丈夫だよ。政府が宣布しているフリーエリアの汚染の話は嘘っぱちだもの」
「何言ってるんだ。世界科学平和委員会が正式発表してるんだぞ」
「そんなの、人を都市に集めて管理するのと、手付かずの土地に眠る資源に誰も手をつけさせないよう牽制するための詭弁だよ。ノアだって、森だ彷徨った時、木の実や湧き水を口にしてたって言ってたじゃない」
「そうだけど」
森で発見された時、ノアに森のものを口にしていないか、しつこく尋ねてきた男がいた。子供だったノアは怖くなり、怯えながら頷いた。あの時、ノアが森の水を飲み、木の実を食べていた事を見破った迅が何も言わなかったのは、害がなかったからか。
空腹に負けて、受け取った魚を恐る恐る口にする。
ほろりと柔らかく骨から外れた肉は弾力も絶妙で、舌の上に野趣溢れる旨味が広がる。
「・・・・美味い」
「こっちのも、美味しいと思うよ」
次の魚を出しレイは、精力的に魚を頬張るノアを、嬉しそうに眺めている。
「レイは? 食べない・・・」
最後の音は、口の中で途絶えた。
「僕は食べない」
必要がないからと、音にならない声を聞いた気がした。
微笑みの消えた目で自分を凝視める視線は熱を孕み出し、目の前で燻り出した焚火の焔のようにじりじりとノアを焼く。
さっきまでの穏やかだった空気が一気に張りつめ、呼吸が苦しくなった。
「水、汲んでくるね」
「レイ・・・」
立ち上がったレイの手を、咄嗟にノアの手指が捕まえた。
ゆっくり振り返ったレイは、欲望と懊悩を殺した目で静かにノアを見下ろす。
何か言わなくてはと思ったのに、振り返ったレイの視線に射竦められ言葉が出なくなった。
怯えに似た戸惑いをノアの黒い瞳に見たレイの目が眇められる。
いままで聞いたことがないような、冷ややかな声音がノアの耳を打った。
「どうしたの?」
「何でもない。ごめん・・・」
手を離した次の場面では、もうレイに押し倒されていた。
柔らかい草の上に両手首を押しつけられ、自分に被さったレイを見上げる。
「アンドロイドだと理解した途端、僕のことが怖くなった?」
以前に感じたような、レイに対する恐怖は自分の中のどこにもない。
自分の中にある蟠りを突き止めると、一途なレイの想いを受け止める自信のない自分が浮き彫りになる。時間の流れとは別の場所にある、永遠の命。滅びのない人造の躰に宿る優しい心。
レイに惹かれている。確かに愛しいと感じている。なのに、躊躇いが消せない。
「怖くない。でも自信が無い」
「ルドガーではない僕は・・・人でない僕は、愛せない?」
ノアの上から、光を吸い込んで揺れる深い海のような青い瞳を近づける。
「僕の中にダイブして。僕の気持ちを全部見せてあげる。そうしたら、僕がどれだけノアを好きかわかるはずだよ」
膨大なメモリーと高度な集積回路で造られたアンドロイドの心理。当然、跳ぶ事も、読むことも出来ない。
だが見なくとも、読めなくとも、知ることができる心がある。
不意に、何かが自分の中で閃いた気がした。
なまじ心が読めてしまうことで、相手の心にばかり振り回されて、盲目になっていたのは自分の心の目なのかもしれない。
自分の気持ちではなく、相手の心を読むことで自分の立ち位置を決めていた。
「そうじゃない。俺が愛しているのはルドガーじゃなくてレイだ」
青い海を思わせる眼孔の周りを縁取る睫が上下に広がり、頬が生き生きとした薔薇色に染まる。
ノアの顔を見詰める青い虹彩が弾けるような鮮やかな色を放ち始めた。
「本当?」
「あ・・・」
するりと出た言葉に自分が驚いた。
今まで、面と向かって「愛している」どころか、「好き」とすら言った事すら無い。
ノアの瞳が瞬き、唇を突いて出た言葉を捜すように、レイのシャツの皺や背後の青い空を泳ぐ。
「いや、あの・・今のは」
「駄目だよ、ノア。僕の聴力はね、蟻が小石に蹴躓く音だって拾うことができるよ。だから、撤回は諦めて」
近付いた吐息が、そっと下りてきて唇を啄ばんだ。
力の加減ひとつで、いとも簡単に自分を押し潰してしまえる腕が胸の上に載せられた。
その下で胸が鮮やかな青に満たされていく。
「この腕が僕のものだと言えるうちに、ノアをたくさん抱きしめたい」
胸の中の青が渦を巻く。
「大好きなノア。僕はもっと愛してる」
レイの手が黒いライダースーツのフロントを開いてゆく。皮の擦れるかすかな音や、木々を揺らす風の音が、ノアの躊躇いを払拭してゆく。
スーツとその下のシャツも一緒に左右に開かれ、青い瞳に晒された肌が心の鎖から解放されてゆく。露出した肌に這わされる指に体温が上がった。
「黒(ノワール)のノア。とても綺麗」
うっとりと綻ばせて微笑む唇に、唇の端から端まで隙間なくキスで埋められる。
世界が変わる。予感は、見つめ合う2人の睫毛を揺らす微風に乗ってやってきた。
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■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
予告もなく更新が開いてしまい、申し訳ありません。
手が遅いのと、押し寄せるリアルの行事で、容量の小さな鶏脳がオーバーフロー状態です_ノ乙(、ン、)_
潜っているのと変らないですね。。この一年が透けて見えた気がいたします。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪

予告もなく更新が開いてしまい、申し訳ありません。
手が遅いのと、押し寄せるリアルの行事で、容量の小さな鶏脳がオーバーフロー状態です_ノ乙(、ン、)_
潜っているのと変らないですね。。この一年が透けて見えた気がいたします。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
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ひぎゅやぁぁぁーーーー!!
すみません、訳の分らない叫び声で(焦
例の文は消し忘れでした。即行抹殺しました。
早い時間に教えて頂けてよかったです!
ありがとうございました!!
素敵なご感想を、ありがとうございます~~。
全てを知った上でノアはレイを受け入れることが出来るのか・・・
考えれば、考えるほど無理っぽい。だから、考えないでおきます(笑)
切れ切れで書いているので、イマイチ纏りのない流れでお恥ずかしいです(////)
鍵コメさんは私なんかの比ではないくらい、お忙しいと思います。
どうか、健康には気をつけて風邪など召されませんよう。。
コメント&ご訪問、ご指摘、感謝です!