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紙魚

Author:紙魚
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長らくみなさまから頂戴した拍手コメント・メールへのお返事は、別ブログの”もんもんもん”にてさせて頂いていましたが、2016年4月より各記事のコメント欄でお返事させて頂くことにしました。今まで”もんもんもん”をご訪問くださり、ありがとうございました。く



    
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Category: ユニバース(全80話)

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ユニバース 6
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「桐羽さま。ここは私が見ておりますゆえ、どうぞお休みください」
 そう言ったエリオットの手には、紅茶のポットを乗せたトレイが用意されている。

 建物よりも古い時代に造られた地下貯蔵庫は、無数の石のアーチ柱がその空間を支えている。連日の茹だるような暑さに、大都市の気温は上昇する一方だが、空気調整のされていない地下室の空気は低めの室温で保たれている。
 食料や古いワインの壜が積まれた倉庫の一角が簡素な礼拝堂になっており、優雅なレリーフの彫られた祭壇の上にルドガーの眠る透明なケースは置かれていた。
その安らかな寝顔と肢体の造形の精緻さ。フェムト再生液の中で漂うルドガーは、神々しいまでに美しく、優れた芸術家の手によって造られた塑像のように思えた。
 完璧なる裸体に目を奪われながら、『そうだ、この男は造り物なのだ』と言い聞かせる声を聞く。
 
 時は深夜の3時。早朝と言ってもよい時間だが、エリオットはいつも通りの隙のない装いで、ノアに紅茶をを差し出した。
 ひんやりとした地下倉庫にふくよかな紅茶の香が漂う。口に含めば臓腑を伝う熱い液体が、心身の緊張を解いていく。
「彼は元通りになりますか?」
 礼拝用の簡素な木の椅子のひとつに腰掛けたノアが訊ねた。
「ルドガー様は、ボディに自己メンテナンス機能もお持ちでおられますゆえ、生身であられるあなた様の時よりは短時間での治癒が可能でございましょう。ただし、以前と全く同じかどうかは、完治されてみないとわかりません」
「あなたはアンドロイドだとわかっていて、人間に対するような物言いをする。いくらルドガーの影武者だからといって、TOI-零にも忠義を尽くすんですか?」
 ノアの顔に揺れる葛藤と苦悩を読み取った老人は、薄い唇に親愛を滲ませて笑った。

「ルドガー様が、これほどのダメージを受けられたのは初めてです。ルドガー様おひとりでしたら、きっとこのようなヘマは・・・失礼、大事になるようなことはなさらなかったでしょう」
 ノアを庇って、自分の躰を緩衝材代わりにしたルドガー。致命的なダメージはノアのせいだ。
 老人から、大きな刀を突きつけられたようにノアは目を伏せた。
「言葉が足りなかったようで、お許しください。わたくしは、桐羽さまを責めているわけではないのです」
 そう言うとエリオットは控えめにひとつ空けて、ノアの隣に腰を下ろした。

「科学技術の粋を結集して造られた躰であろうと、ご自分が万能な訳ではない事を、ルドガー様はよく承知されておられます。それをこの方は、自分の躰を犠牲にしても桐羽様をお守りになろうとした」
 若さは疾うに失った老人の声。
 抑揚も張りも無い淡々とした声はそれでも深く、そして重く、ノアの中に突き刺さってゆく。
「わたくしが言いたいのは、この方があなた様を命がけで愛されておられるということなのです」

 

「ジタン、喉は渇かないか?」
 窓を開けていると、陽に焼かれた空気と共に中庭のオレンジの香りが流れ込んでくる。 
 これといった反応は無いが、ジタンの顔色は前に訪れた時より、良くなっていた。ローザの話では、彼女の呼びかけに、時々小さく微笑むこもあるという。
 小さな聖域の中では、穏やかな時間が流れていた。

 だが、外界ではローズ・フィーバーの感染者の数が破竹の勢いで増えている。進化という変異を遂げた凶悪なウイルスは、ホーリーによってばら撒かれた。驚異的な感染力を携えたウイルスは、政府の出した外出禁止令を嘲笑うように、人々の中に染み広がっていた。
 刻々と到達点を知らず上り続ける感染者の数を見る度、悪戯にノアの焦燥感は募った。
 三千世界の鴉を殺し――と謡うルドガーの声は、常にノアの鼓膜の一部を蝕んでいる。
 そして迅が、抗体保持者であるノアとルドガーを探して、この治外法権地帯にある修道院を、突き止めるのも時間の問題だ。

 前日の早朝、地下礼拝堂でエリオットと話して以来、地下には降りていない。
 フェムト再生液に浸されたルドガーの裸体は、肌を合わせた時間を思い出させ、ノアを混乱させた。
 ノアの手を捕まえ、その胸に抱き一緒に天から墜落した男はTOI-零だ。
 恋をするアンドロイド。

 いろんな事が一斉に起こったせいで感情だけが走り、今まで冷静に考えることが出来なかった。
 生身の人間である自分と、アンドロイドのTOI-零。
 感情だけをクローズアップすれば、まだ好きだという気持ちは充分過ぎるほどに残っている。だが、機械を相手に恋をする自分を、ノアは考えられない。
 エリオットは、ルドガーはノアを『命がけで愛している』と言った。
 だが、その命はたったひとつしかない人間のものとは尊さも価値も違うのだ。
 
 陽が傾いて、ほんの少し熱さを忘れたそよ風が薄いカーテンを揺らした。
 午後の休みに入った子供たちの元気な声が中庭から上がってくる。
 石に囲まれた小さな窓だが、カーテンを開けると部屋の中がまた明るくなる。
「美人にばっか反応してないで、俺にも笑えって」
 文句を言うノアにベッドに座る男は一瞥すらくれはしない。
 階段を上がってくる足音に、ふと男の顔が柔らかく緩んだ。だが、ローザが顔を出した瞬間、澄ました顔に戻る。格好つけなのは、ジタンの元の性格だ。自失しているくせに、余計な癖だけが残ったらしい。
「あんた、救いがたいツンデレだな」
 部屋に入ったローザは、ベッドに腰掛けて安心させるようにジタンの手を触るとノアに向き直った。無表情だったジタンの顔がまた柔らかくなる。ふたりは長年連れ添った夫婦のように見えた。

「ねえ、そういえば、この人の残した”スペア”の意味はわかりました?」
 スペアはジタンが正気であった時に口にした最後の言葉だった。
 ――― 『ノア、スペアだ』
 ジタンは、自分のジャケットの事を伝えたかったのだろう。
 現実には思わぬスペアの存在が発覚した。皮肉な符号の合致に気持ちは沈む。
「うん、その件は解決したんだ。ありがとう」
「よかったですね」
 詳細を語ろうとしないノアに、ローザは少しがっかりしたようだった。だが、身の毛もよだつルドガー・ヴィンセントの人類消滅の計画も、最新殺人兵器の話も、他人に語れるような話は何もなかった。
 
「ローザは、この修道院の持ち主がアンドロイドだと知っても、あまり驚かないね。反感とか覚えたりはしない?」
「そりゃ、最初は吃驚したわ。でも、どうして反感を?彼は何か悪いことをしたかしら」
 善悪の問題ではなく・・・、と言いかけたノアをローザは微笑みで制した。
「彼は、ローズ・フィーバーで職を失った人々の救済の場としてこの教会を開放し、両親を失った子供を保護し、荒廃し貧困化が進むマレ区に住む人間に手を差し伸べてくれた唯一の人だわ。生まれや、その躰が尊いのではありません。慈愛を持った彼の魂がこそ崇高であり、成した行いこそが尊いのです」

 中庭に下りる狭い階段を一人で下りた。
 崇高なる、命と魂。
 だが、ノアの心理の奥底では、もっと原始めいた畏怖と血肉の繋がりを欲する何かが蠢いている。自分を嫌悪するように顰めた視界に、中庭を走り回る子供たちの姿が映る。
 大声で笑い、裸足で走る子供たちは生命のそのものだ。強く強く伸びてゆくエネルギーの塊。
 思わず浮かんだ笑みが振り返った瞬間、凍りついた。
 回廊にルドガーが立っていた。ノアの顔に動揺が走る。

 目覚めたルドガーがTOI-零でなかった時のことを、まるっきり考えていなかった事に今頃気がついた。
 自分を睨み立ち尽くしたノアに、ルドガーが申し訳なさそうに笑った。
「ノア・・・あの・・ええとね、ルドガーじゃなくて、僕なんだ。がっかりさせちゃった?」
 ノアは首を横に振った。
「がっかりって・・・馬鹿」 すぐには言葉は続かず、黒い瞳からぼろりと涙が零れた。
「背中は?」
「うん、再生しちゃった」 
 らしくない寂しそうな顔に「ルド?」と呼びかけると、ルドガーは泣きそうな顔で笑った。

 

   
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テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学

Comments

鍵コメントさま、ようこそです~~!

おお、惚れ直してくださったんですね!!
相思相愛で、このまま共に老いるまで仲良くいたしましょう(どこの熟年夫婦なんでしょう

> 束の間の穏やかな時間のような気がしますね。
・まさに、束の間の休息です。この後は一気にラスト行き(希望)です。

> それに、なんて可愛いんだ、ルド君。
> アンドロイドと言うことに小さくないショックを受けてはいても、お花ちゃんモードのルド君を前にしたら、愛することは止められないと思います。
・ハイ、再生したのは、お花ちゃんのほうでしたv
今回はSFに加え、ワンコ(攻)も課題だったので、そう言って頂けると嬉しいです。
普段書きつけないものを書くのは、難しいですね~~。
お花ちゃんの真っ直ぐな心は愛してくれると思いますが、アチラの方はどうでしょう。
ノアにとって、垣根はまだ高そうです(;^_^A

鍵コメさんの新作、すごくすごく楽しみにしております。
もう、設定だけで妄想が爆走しそうなくらい(笑)
待つ時間がもどかしくて、両足すり合わせてモジモジしてしまいます~~。
> いいの、もう。・・・
・(爆)ええ、右に同じで自分が楽しければ・・・(それはまた違います?・笑

コメント&ご訪問、ありがとうございます!
Re: 再生しちゃった
鍵コメントさま、ようこそおいでくださりました!

> 恋をするアンドロイド
> ルドガ―の再登場で私もまた彼に恋をしてしまったようです。
・ありがとうございます~~。
気は優しくて、力持ちな彼ですけれど、一途な恋は成就できるのか。
最終章なので、もっとBLしたいのですけれど、
なかなかそれっぽくならず四苦八苦しております。

修道院のシーンは、たぶん次の更新分で終わります。
ロマンチックな背景があるうちに、あんな事やこんな事を済ましてしまいたいのですが(笑)
ノアの踏ん切りがつかないので持ち越しになりそうです。

> 設定もセリフも痺れるほどに素敵です。
・このような地味なお話に、私が痺れてしまうようなコメントをありがとうございます!!

コメント&ご訪問、感謝です。
本当に ルドなのか、TOI-零なのか!?
時々分からなくなっちゃいますね私なら(´>∀<`)ゝ))エヘヘ
ノアなら 絶対に 間違わないでしょうけどね♪

ルドが、完全形になった時に 消える人格(て言っていいのかな?)TOI-零
彼は それを知っているの?
もし知っているなら 己の悲嘆な未来を知りながらもノアに恋してる彼は、どんな気持ちなんだろう...

ここ数日の寒さったら~~!
今日は、安いくて簡単なのに 野菜もいっぱい食べられる鍋料理でした!これも ある意味で防寒対策ですよね♪
(((p(>◇<)q))) サムイー!!byebye☆

けいったんさま、ようこそ~~!!

> 本当に ルドなのか、TOI-零なのか!?
> 時々分からなくなっちゃいますね私なら(´>∀<`)ゝ))エヘヘ
・ええ、私も時々わからなくなっちゃうので←
みなさんにも(私にも)わかりやすいようにするにはどうしたらいいのか
試行錯誤の真っ最中です。

> ノアなら 絶対に 間違わないでしょうけどね♪
・情けない感じと、そうでないの・・・っていう分け方だったら悲しいかも~(笑) 

> ルドが、完全形になった時に 消える人格(て言っていいのかな?)TOI-零
> 彼は それを知っているの?
・もちろん、知っています。
アンドロイド相手に気は遣ってもらえないのです。
ですので、期間限定という感じでノアに恋している彼はめっちゃ切ないと思います。

> ここ数日の寒さったら~~!
> 今日は、安いくて簡単なのに 野菜もいっぱい食べられる鍋料理でした!これも ある意味で防寒対策ですよね♪
・寒いですよね~~~!
我が家も、手を替え品を替えで鍋の登場回数がぐぐーっと上がっています。
温まりますし、お野菜ベースだからダイエットにもいいですし、
マルチなメニューではないでしょうかv

コメント&ご訪問、ありがとうございます!

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