12 ,2011
ユニバース 2
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「ルドは、消えるのか?」
「桐羽の好きだったルドは僕だ」
呟くノアを凝視める青い瞳が半眼になり、仄昏い翳りを濃くする。そして、口角だけを上げて醒めた笑みを作る。その顔は、まだ愛されることを諦めきれないなかった少年の顔と重なる。
少年の頃、ルドガーは寂しさや悲しみ、怒りを感じる度、この笑いを浮かべてやり過ごした。
ラボの小さな庭。薔薇の木の陰で、いつもの笑みを作ることすら出来ず、頬を濡らす年嵩の少年の姿を見た。そんな時、ノアは黙って庭の入り口のアーチの下でルドガーを待つ。
時には数時間も経って薔薇の陰から出てきた少年は、澄んだ青い瞳を更に透明にし何事も無かったようにノアに微笑みかけた。
天使のように美しい子供でありながら、大人たちに顧みられることも無く、実の祖父からも愛されることの無かった孤独な少年。
自分が凶悪なウイルスの宿主であろうと、そんなことは子供にとって一切関係のないことだ。
与えられるべく愛に育まれていたなら、ルドガーはこんな昏く寂しい目をした大人になどなっていなかったに違いない。
目の前にいるのは、子供の頃ノアが大好きだった少年、ルドガー・ヴィンセントなのだ。
「ノワ・・・」
再度、伸ばされる指先を、今度は避けることが出来なかった。
瞳を閉じたノアの頬に、ほんの少しノアの肌より冷たい指が触れる。赤く光る瞳と、この手で薙ぎ払っただけで分断された銃身。吐息が唇に触れた。頬や首筋が緊張が走る。
「怖がらないで。僕を成形する細胞は人造だけれど、その機能は生身の体なんかとは比べ物にならない。それは君にも実感できるはずだ」
言いながらルドガーは、そっとノアの下腹の脇に手を置く。トキに撃たれた場所だ。
ジェルによる治療の後、撃たれた側の足の動きが軽くなっていた。ガラスで切った足の裏の痛みも消えさている。
「まさか・・・」
「普通の治療では、間違いなく君は死んでいた。驚異的な再生機能と強靭な運動能力。フェムト細胞は適合さえすれば宿主の内臓でも筋肉でも、何にでも短時間で変異する」
傷を治癒したジェルのことを、秘匿すればジタンの消息を教えると、エリオットはノアに取引を持ちかけた。フェムト細胞は世界の覇者になろうとする者達が、血眼になって探している技術そのものだったのだ。
明らかにリズムの違う呼吸音が重なろうとしたその時、部屋に硬いノックの音が響いた。
「桐羽様、お加減はいかがでしょう」
飛び上がった心臓を宥めつつ、赤い顔で渡されたカップの中を見る。
「温めたミルクに砂糖とスコッチを溶かしてあります。今朝はわたくしの飼っている鰐がご迷惑を掛けしたようで、大変失礼いたしました」
それだけ詫びると、場の空気を察したエリオットは部屋から出て行った。
カップを口に運ぶと懐かしい味がする。子供の頃、ルドガーかノアのどちらかが風邪を引くと決まってエリオットはこのホットミルクを作ってくれた。
「オリジナルの、生身の身体はどこ?」
「知ってどうするの。もう一度、僕を撃つ?」
蒼白になるノアを、ルドガーは面白がるような蠱惑気な嗤いを浮かべて見下ろした。
軽く羽織ったシャツを捲って胸部をノアに見せる。そこには、教えてもらわないとわからないくらいの小さな摩擦傷。生身の体であるなら、間違いなく絶命している場所だった。
「TOI-零には、君を見つけたら僕の元に連れ帰るようにプログラミングしてある」
甘いミルクが残る唇を自分の唇で拭い、ルドガー青い瞳を細めた。
「世界が終焉を迎える日までに、僕たちの思い出の場所へ一緒に帰ろう」
額にキスをすると、ルドガーは部屋を出ていった。
発熱のせいか、アルコールの入ったミルクで身体が温まったせいなのか、急速に訪れた眠気にノアの身体は傾き、クッションの狭間に沈んだ。
深く、深く沈み、やがて躰は大きな鳥籠の底にゆっくりと落ちた。
大切だと思った男を撃ち抜いた衝撃が、いつまでも残る掌を胸に抱いて躰を丸めた。
籠の外では、世界が終ろうとしている。
無力な自分を世界中の人々が責めていた。
特殊ガラスを割る爆音で目が醒めた。
苦しい夢の波間を漂っていた黒い瞳は、ベッドの前に立ちはだかる男が一瞬、誰か判らず呆然と見上げた。
「ノア、起きろ」
「迅・・・、どうしてここに」
緩慢に体を起こし、片手で頭を押えながら細く長い息を吐く。
気怠るさが残る頭は、次の迅の言葉で一気に覚醒した。
「ブラックキューブ、須弥山を制圧した」
「制圧?」
「ルドガー・ヴィンセントが社主を騙る偽者だと判明したからな。すぐにここを出るぞ。お前はとにかくこれに着替えろ」
ベッドにノアの服が投げられた。
吹き飛ばされた窓から庭を見ると、リムジン仕様のエアフライが1台と大型のエアフライが停まっている。薔薇の木々はマシンの下敷きになり、美しかった庭は無残に荒らされていた。
大勢の黒い軍の制服を着た男達が、庭や周りの回廊を忙しそうに行きかっていた。
その中でひとり、白いシャツに金の髪を戴く長躯のシルエットが後ろ手に縛られ、男達に囲まれて立っている。後ろに立つ男が輪っか状になったものを頭に翳すと、その身体は関節のない人形のように崩れ落ちた。
「ルド!」
ベッドから飛び降りようとした身体を、迅に抱き捕まえられた。
迅はノアをクッションの中に押し戻すと、素早く両手を拘束し被さるようにノアに跨った。
「お前の任務はここまでだ。よくやったな」
「ゥ・・・ンン・・・ッ!」
褒美のように接吻けが与えられ、ノアは自分を貼り付ける身体の下でもがいた。
人体工学に基づいてデザインされたシートは、背中でクロスした手首を拘束された人間には全く親切ではない。
ノアは背中を斜めにし、向かいのシートで優雅に足を組んで座る迅を睨んだ。
迅は部下から送られてくる報告を読む合間に、瞼を上げて自分を睨むノアを見る。
「熱があるようだな。あいにく家に戻っている時間はないから、どこかで薬を買ってこさせよう」
「それはどうも。出来たらアスクレピオス製薬以外の薬で頼む」
不機嫌を態度でも表すように、斜になった姿勢のままシートにふんぞり返り、ドスッと片足を乗せる。迅は灰色の目でノアを一瞥すると、薄く笑って「伝えておこう」と言った。
トキに撃たれて半身不随になったと思った時、迅を呼べとしつこく言ったのはノアだった。
須弥山に現れた迅は、ルドガーの部屋と八角形のエントランスホールに、小型のカメラと盗聴器を仕掛けて帰った。
迅とヴィンセントの関係は良好ではない。
いわば敵地に放ったスパイひとりを総帥自ら迎えに行くなど、普通はありえない。迅の性格ならばなおさらだ。
しかも、須弥山に残ると言い出したノアの希望をあっさり承諾した。
こういう裏があったからだ。
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「ルドは、消えるのか?」
「桐羽の好きだったルドは僕だ」
呟くノアを凝視める青い瞳が半眼になり、仄昏い翳りを濃くする。そして、口角だけを上げて醒めた笑みを作る。その顔は、まだ愛されることを諦めきれないなかった少年の顔と重なる。
少年の頃、ルドガーは寂しさや悲しみ、怒りを感じる度、この笑いを浮かべてやり過ごした。
ラボの小さな庭。薔薇の木の陰で、いつもの笑みを作ることすら出来ず、頬を濡らす年嵩の少年の姿を見た。そんな時、ノアは黙って庭の入り口のアーチの下でルドガーを待つ。
時には数時間も経って薔薇の陰から出てきた少年は、澄んだ青い瞳を更に透明にし何事も無かったようにノアに微笑みかけた。
天使のように美しい子供でありながら、大人たちに顧みられることも無く、実の祖父からも愛されることの無かった孤独な少年。
自分が凶悪なウイルスの宿主であろうと、そんなことは子供にとって一切関係のないことだ。
与えられるべく愛に育まれていたなら、ルドガーはこんな昏く寂しい目をした大人になどなっていなかったに違いない。
目の前にいるのは、子供の頃ノアが大好きだった少年、ルドガー・ヴィンセントなのだ。
「ノワ・・・」
再度、伸ばされる指先を、今度は避けることが出来なかった。
瞳を閉じたノアの頬に、ほんの少しノアの肌より冷たい指が触れる。赤く光る瞳と、この手で薙ぎ払っただけで分断された銃身。吐息が唇に触れた。頬や首筋が緊張が走る。
「怖がらないで。僕を成形する細胞は人造だけれど、その機能は生身の体なんかとは比べ物にならない。それは君にも実感できるはずだ」
言いながらルドガーは、そっとノアの下腹の脇に手を置く。トキに撃たれた場所だ。
ジェルによる治療の後、撃たれた側の足の動きが軽くなっていた。ガラスで切った足の裏の痛みも消えさている。
「まさか・・・」
「普通の治療では、間違いなく君は死んでいた。驚異的な再生機能と強靭な運動能力。フェムト細胞は適合さえすれば宿主の内臓でも筋肉でも、何にでも短時間で変異する」
傷を治癒したジェルのことを、秘匿すればジタンの消息を教えると、エリオットはノアに取引を持ちかけた。フェムト細胞は世界の覇者になろうとする者達が、血眼になって探している技術そのものだったのだ。
明らかにリズムの違う呼吸音が重なろうとしたその時、部屋に硬いノックの音が響いた。
「桐羽様、お加減はいかがでしょう」
飛び上がった心臓を宥めつつ、赤い顔で渡されたカップの中を見る。
「温めたミルクに砂糖とスコッチを溶かしてあります。今朝はわたくしの飼っている鰐がご迷惑を掛けしたようで、大変失礼いたしました」
それだけ詫びると、場の空気を察したエリオットは部屋から出て行った。
カップを口に運ぶと懐かしい味がする。子供の頃、ルドガーかノアのどちらかが風邪を引くと決まってエリオットはこのホットミルクを作ってくれた。
「オリジナルの、生身の身体はどこ?」
「知ってどうするの。もう一度、僕を撃つ?」
蒼白になるノアを、ルドガーは面白がるような蠱惑気な嗤いを浮かべて見下ろした。
軽く羽織ったシャツを捲って胸部をノアに見せる。そこには、教えてもらわないとわからないくらいの小さな摩擦傷。生身の体であるなら、間違いなく絶命している場所だった。
「TOI-零には、君を見つけたら僕の元に連れ帰るようにプログラミングしてある」
甘いミルクが残る唇を自分の唇で拭い、ルドガー青い瞳を細めた。
「世界が終焉を迎える日までに、僕たちの思い出の場所へ一緒に帰ろう」
額にキスをすると、ルドガーは部屋を出ていった。
発熱のせいか、アルコールの入ったミルクで身体が温まったせいなのか、急速に訪れた眠気にノアの身体は傾き、クッションの狭間に沈んだ。
深く、深く沈み、やがて躰は大きな鳥籠の底にゆっくりと落ちた。
大切だと思った男を撃ち抜いた衝撃が、いつまでも残る掌を胸に抱いて躰を丸めた。
籠の外では、世界が終ろうとしている。
無力な自分を世界中の人々が責めていた。
特殊ガラスを割る爆音で目が醒めた。
苦しい夢の波間を漂っていた黒い瞳は、ベッドの前に立ちはだかる男が一瞬、誰か判らず呆然と見上げた。
「ノア、起きろ」
「迅・・・、どうしてここに」
緩慢に体を起こし、片手で頭を押えながら細く長い息を吐く。
気怠るさが残る頭は、次の迅の言葉で一気に覚醒した。
「ブラックキューブ、須弥山を制圧した」
「制圧?」
「ルドガー・ヴィンセントが社主を騙る偽者だと判明したからな。すぐにここを出るぞ。お前はとにかくこれに着替えろ」
ベッドにノアの服が投げられた。
吹き飛ばされた窓から庭を見ると、リムジン仕様のエアフライが1台と大型のエアフライが停まっている。薔薇の木々はマシンの下敷きになり、美しかった庭は無残に荒らされていた。
大勢の黒い軍の制服を着た男達が、庭や周りの回廊を忙しそうに行きかっていた。
その中でひとり、白いシャツに金の髪を戴く長躯のシルエットが後ろ手に縛られ、男達に囲まれて立っている。後ろに立つ男が輪っか状になったものを頭に翳すと、その身体は関節のない人形のように崩れ落ちた。
「ルド!」
ベッドから飛び降りようとした身体を、迅に抱き捕まえられた。
迅はノアをクッションの中に押し戻すと、素早く両手を拘束し被さるようにノアに跨った。
「お前の任務はここまでだ。よくやったな」
「ゥ・・・ンン・・・ッ!」
褒美のように接吻けが与えられ、ノアは自分を貼り付ける身体の下でもがいた。
人体工学に基づいてデザインされたシートは、背中でクロスした手首を拘束された人間には全く親切ではない。
ノアは背中を斜めにし、向かいのシートで優雅に足を組んで座る迅を睨んだ。
迅は部下から送られてくる報告を読む合間に、瞼を上げて自分を睨むノアを見る。
「熱があるようだな。あいにく家に戻っている時間はないから、どこかで薬を買ってこさせよう」
「それはどうも。出来たらアスクレピオス製薬以外の薬で頼む」
不機嫌を態度でも表すように、斜になった姿勢のままシートにふんぞり返り、ドスッと片足を乗せる。迅は灰色の目でノアを一瞥すると、薄く笑って「伝えておこう」と言った。
トキに撃たれて半身不随になったと思った時、迅を呼べとしつこく言ったのはノアだった。
須弥山に現れた迅は、ルドガーの部屋と八角形のエントランスホールに、小型のカメラと盗聴器を仕掛けて帰った。
迅とヴィンセントの関係は良好ではない。
いわば敵地に放ったスパイひとりを総帥自ら迎えに行くなど、普通はありえない。迅の性格ならばなおさらだ。
しかも、須弥山に残ると言い出したノアの希望をあっさり承諾した。
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■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
今日も更新できてよかったです・・・(T_T)
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
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今更 ノアを救出って感じでもないし、任務終了って事なのかな。
だけどだけど ルドがぁー捕らわれの身にぃーなったしー!
もう一人のルド、”TOI-零”の存在も気になるし!
益々 面白いわぁ~ヽ(*^ω^*)ノ...byebye☆