12 ,2011
Love or world 20
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ナイトブルーの瞳の中で、燃えるような紅い色が脈打っていた。光は瞳孔から放射状に走り、虹彩の縁で弾けやがて虹彩全体に染まって行く。
トキを殺そうとした殺戮者の顔がノアの目の前にあった。
張り詰めた気が辺りに満ち時間が止まったように全てが静止する。
庭に面した連窓ガラスの外で振る激しい雨と、稲光が耳を打ちルドガーの整った輪郭に閃く影を落とした。
危ない橋は、いくつも渡ってきた。
ターゲットの情報収集や潜入の為の段取りは複数の手によって行われるが、実際に敵陣に潜るときは我が身ひとつだ。つまり、単独であろうとパートナーと一緒であろうと、己の身を護るのは自分自身。最終的には、危機を嗅ぎ分ける嗅覚と状況を冷静に分析する頭脳、それに個人の身体能力が物をいう。
ノアは、とりわけ身体能力に・・・細身な体格を補う優れた動体視力と機敏さを駆使する格闘能力に、絶大なる自信があった。
赤く染まった眼光がひたりとノアに貼り付く。
今この時、自分が日ごろ携える自信が、なんの役にも立たないことをノアは悟る。
無機質で温度のない赤に凝視められ、呼吸ひとつ指一本動かすこともままならない。
目だけではない。闘争心も感情の端くれさえもない無表情はいっそ不気味で、迫る男の冷酷の度合いをノアに教えた。
獲物を定める獰猛な獣の眼ですらこの赤い眼よりは、まだ温かみがあるだろう。
客観的には、丸腰のルドガーより、背中に拳銃を隠し持った自分のほうが有利なはずだ。
だが、そんなささやかな有利など霧散させる冷徹さを、目の前の男は纏っていた。
異変はノアの強張った躰が緊迫に耐え切れず、バランスを崩した時に起こった。
「ルド!」
ガクと折った膝が床についた瞬間、間合いを詰めたルドガーに思わず放った叫びに、ルドガーの動きが止まった。
赤い眼光に金色が混ざり渋みのある碧に変る。
「ノ・・・ァ・・・・・ゥ」
突然ルドガーが頭を抑え、前傾の躰がぐらりと揺らす。
ノアは曲げた膝をばねに立ち上がり、身を翻した。
廊下の正面に飾られた大きな鏡に、全速力で走る自分と、体勢を立て直すルドガーが映った。緩慢な足取りで自分を追い始めたルドガーのゆとりのようなものに、腹の底から得体の知れない恐怖心が湧いてくる。
廊下を曲がり、目に付くドアの幾つかを開けながら走る。カムフラージュだ。そして、自分は、真っ暗でだだ広いメインホールに身を隠した。
巨大な蛇紋石の暖炉の陰に蹲り、呼吸を整えた。
ガラスを叩く雨音が、しんと静まった部屋の暗がりで息を潜めるノアを包んだ。
いま見た光景は何だったのか。
考察しようとするその一歩先で、頭が考えることを拒否していた。
分断されたレーザーガンも、赤く光る眼も完全に自分のキャパシティを逸脱している。
名前を叫んだ時のルドガーの変化。あれは、動揺だったのだろうか。
「ちくしょう。一体、何がどうなってる?」
耳を劈く雷鳴と稲妻の閃光が、暖炉やソファ、花梨のキャビネットを暗がりに浮かび上がらせた。青白い光がフラッシュし、光と闇が交互に部屋を照らす。
その光の中に佇む男の姿を見た瞬間、ノアはズボンの背中から銃を抜いた。
全ての音が消え、次に轟いた一際大きな雷鳴に被さるように銃声が響いた。
ルドガーの姿は粉々に飛び散った。
ガラスの粉砕される音と、稲光を受けキラキラと飛び散る破片。
鏡を撃ったことに気付き、振り返った場所、暖炉の反対側にはもうルドガーはいなかった。
幻ではない。
確かにルドガーは暖炉を挟んでノアの隣に立っていた。
鏡を通して暗がりで蹲るノアに微笑みかけ、隠微に動かした唇でキスをする仕草をしたのだ。
立ち上がり、愕然とルドガーのいた場所を見つめる。ふとその視界に、見覚えのあるものが入った。
ブロンズの燭台。
女神はやはり顔を背けている。
ノアの決意の表れとして、銃と入れ替わりでケースに置いてきた物だ。
幸せな時間を喚起させようという目論見か、それとも逃げても無駄だという忠告か。
項に温かい息がかかったような気がした。
咄嗟に振り返った背後には、誰もいない。閃光に射抜かれた自分の影だけが、壁と床の狭間で躍っている。
ノアは、弾かれたように走り出した。
ソファの間を駆け抜けると、ホールのドアではなくガラス扉を開け、外に出た。
激しい雨に迎えられ、乾きかけたノアの服は、すぐにずぶ濡れに戻った。
低い雷雲が摩天楼の光を反射して、辺りはどうにか識別できるくらいに明るい。
屋敷内は、完全に監視されている。
武器庫に入ったことも、ホールに潜んでいたことも。ジタンのホログラムを再生していたのも全て筒抜けだったに違いない。
エリオットが起きていて、ノアのいる場所や行動をルドガーに知らせているのだとしたら。
脱出に成功した者はいないという、迷路のような庭を突っ切って逃げるしか途はない。
別に脱出の為の妙案があるわけではなかった。
だが、自分の躰がワクチンになるとわかった以上、いま自分を死なせるわけにも、ルドガーに捕まる訳にもいかない。
どうにかしてこの須弥山を脱出し、世にローズ・フィーバーの真相を伝える。
ノアの足が止まった。
それは、ルドガーを裏切り、対立を意味する。
鳥籠の形をした温室の前に完璧なシルエットの男が立っていた。
男の金の髪も頬もノア同様、すっかり濡れそぼり髪の先からは水が滴り落ちている。
ルドガーはホールを出て真っ直ぐここに来、ノアを待ち伏せていたらしい。
無意識に足を温室に向けた自分をノアは心中で呪った。
「ノア」
長い両腕をいっぱいに広げ、ノアに伸ばす空色の瞳は濡れている。
ルド・・・。
思わず踏み出した裸足の足を、奥歯を噛み締めて思いとどまらせた。
ルドガーはノアが構えた拳銃を見ると、伸ばした腕を横に伸ばし肘から先を上に上げた。
「ノア、お願い。僕の話を聞いて」
恋しい瞳、子供っぽいしゃべり方。
躰の奥底から派生する甘いうねりと、我が身を引き裂くような悲しさが絡まりながら一本の太いロープとなって、ノアを縛ってゆく。
殺せない。
足が後ずさった。危険を承知で、ルドガーに背中を晒しながら薔薇の小径を走り去る。
「ノア、待って!!」
無計画に走るノアをルドガーが追ってくる。
その足取は、ノアを追うというより付いて来るといった早さだ。それでも、逃がすつもりはないのか、少ずつ縮まる距離にノアは足を速めた。
だが、実際はノアが思っているほど速度も上がっていない。冷えた躰は徐々に体力を失い、重くなった足は却って遅くなったくらいだ。行く手を薔薇の茂みが遮る。
「ノア!そっちはダメだよ!」
駄目だと言うルドガーの声が、ノアの進路を決めさせた。
抜け道だと確信し、茂みの中に突進した。
「うわーーーーっ!!」
盛大に水しぶきが上がり、泥濘んだ泥に足を捕られ動けなくなる。
「な・・・沼!?」
「ノア!」
振り返ったノアの目に、薔薇の木の上を跳躍してくる影が入る。
動けなくなった躰の上に躍る影を、ノアはほとんど反射的に撃った。
1発 2発。
滞空する躰の無防備な胸部を、2発の弾丸は撃ち抜いた。
落ちてきた躰はノアを避けるように伸ばした腕を沼の中につくと、そのまま派手に泥を跳ね上げ、転がった。衝撃で沼の水面が大きく揺れる。
「ルド!!」
沈みそうになるルドガーの頭を助け起こすと、弱々しい腕が背中に回された。
泣きそうな顔で笑う瞳は空の色だ。
半分閉じかけている目をもう一度開けさせようと、頬をさする。
「ノア、怪我はなかった?」
「なかった、なかったから。俺は大丈夫だから。ああ・・・ルド、駄目だ目を閉じるな」
「よかった・・・・」
ノアが何度も頷くと、ルドガーは安心したように瞳を閉じた。
「いやだ、ルド。起きろ。ルド、ルドガーー!!」
雨が、目を閉じたルドガーの顔の泥を洗ってゆく。
ノアは、ルドガーの頭を抱きしめながら咆哮を上げて泣いた。
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ナイトブルーの瞳の中で、燃えるような紅い色が脈打っていた。光は瞳孔から放射状に走り、虹彩の縁で弾けやがて虹彩全体に染まって行く。
トキを殺そうとした殺戮者の顔がノアの目の前にあった。
張り詰めた気が辺りに満ち時間が止まったように全てが静止する。
庭に面した連窓ガラスの外で振る激しい雨と、稲光が耳を打ちルドガーの整った輪郭に閃く影を落とした。
危ない橋は、いくつも渡ってきた。
ターゲットの情報収集や潜入の為の段取りは複数の手によって行われるが、実際に敵陣に潜るときは我が身ひとつだ。つまり、単独であろうとパートナーと一緒であろうと、己の身を護るのは自分自身。最終的には、危機を嗅ぎ分ける嗅覚と状況を冷静に分析する頭脳、それに個人の身体能力が物をいう。
ノアは、とりわけ身体能力に・・・細身な体格を補う優れた動体視力と機敏さを駆使する格闘能力に、絶大なる自信があった。
赤く染まった眼光がひたりとノアに貼り付く。
今この時、自分が日ごろ携える自信が、なんの役にも立たないことをノアは悟る。
無機質で温度のない赤に凝視められ、呼吸ひとつ指一本動かすこともままならない。
目だけではない。闘争心も感情の端くれさえもない無表情はいっそ不気味で、迫る男の冷酷の度合いをノアに教えた。
獲物を定める獰猛な獣の眼ですらこの赤い眼よりは、まだ温かみがあるだろう。
客観的には、丸腰のルドガーより、背中に拳銃を隠し持った自分のほうが有利なはずだ。
だが、そんなささやかな有利など霧散させる冷徹さを、目の前の男は纏っていた。
異変はノアの強張った躰が緊迫に耐え切れず、バランスを崩した時に起こった。
「ルド!」
ガクと折った膝が床についた瞬間、間合いを詰めたルドガーに思わず放った叫びに、ルドガーの動きが止まった。
赤い眼光に金色が混ざり渋みのある碧に変る。
「ノ・・・ァ・・・・・ゥ」
突然ルドガーが頭を抑え、前傾の躰がぐらりと揺らす。
ノアは曲げた膝をばねに立ち上がり、身を翻した。
廊下の正面に飾られた大きな鏡に、全速力で走る自分と、体勢を立て直すルドガーが映った。緩慢な足取りで自分を追い始めたルドガーのゆとりのようなものに、腹の底から得体の知れない恐怖心が湧いてくる。
廊下を曲がり、目に付くドアの幾つかを開けながら走る。カムフラージュだ。そして、自分は、真っ暗でだだ広いメインホールに身を隠した。
巨大な蛇紋石の暖炉の陰に蹲り、呼吸を整えた。
ガラスを叩く雨音が、しんと静まった部屋の暗がりで息を潜めるノアを包んだ。
いま見た光景は何だったのか。
考察しようとするその一歩先で、頭が考えることを拒否していた。
分断されたレーザーガンも、赤く光る眼も完全に自分のキャパシティを逸脱している。
名前を叫んだ時のルドガーの変化。あれは、動揺だったのだろうか。
「ちくしょう。一体、何がどうなってる?」
耳を劈く雷鳴と稲妻の閃光が、暖炉やソファ、花梨のキャビネットを暗がりに浮かび上がらせた。青白い光がフラッシュし、光と闇が交互に部屋を照らす。
その光の中に佇む男の姿を見た瞬間、ノアはズボンの背中から銃を抜いた。
全ての音が消え、次に轟いた一際大きな雷鳴に被さるように銃声が響いた。
ルドガーの姿は粉々に飛び散った。
ガラスの粉砕される音と、稲光を受けキラキラと飛び散る破片。
鏡を撃ったことに気付き、振り返った場所、暖炉の反対側にはもうルドガーはいなかった。
幻ではない。
確かにルドガーは暖炉を挟んでノアの隣に立っていた。
鏡を通して暗がりで蹲るノアに微笑みかけ、隠微に動かした唇でキスをする仕草をしたのだ。
立ち上がり、愕然とルドガーのいた場所を見つめる。ふとその視界に、見覚えのあるものが入った。
ブロンズの燭台。
女神はやはり顔を背けている。
ノアの決意の表れとして、銃と入れ替わりでケースに置いてきた物だ。
幸せな時間を喚起させようという目論見か、それとも逃げても無駄だという忠告か。
項に温かい息がかかったような気がした。
咄嗟に振り返った背後には、誰もいない。閃光に射抜かれた自分の影だけが、壁と床の狭間で躍っている。
ノアは、弾かれたように走り出した。
ソファの間を駆け抜けると、ホールのドアではなくガラス扉を開け、外に出た。
激しい雨に迎えられ、乾きかけたノアの服は、すぐにずぶ濡れに戻った。
低い雷雲が摩天楼の光を反射して、辺りはどうにか識別できるくらいに明るい。
屋敷内は、完全に監視されている。
武器庫に入ったことも、ホールに潜んでいたことも。ジタンのホログラムを再生していたのも全て筒抜けだったに違いない。
エリオットが起きていて、ノアのいる場所や行動をルドガーに知らせているのだとしたら。
脱出に成功した者はいないという、迷路のような庭を突っ切って逃げるしか途はない。
別に脱出の為の妙案があるわけではなかった。
だが、自分の躰がワクチンになるとわかった以上、いま自分を死なせるわけにも、ルドガーに捕まる訳にもいかない。
どうにかしてこの須弥山を脱出し、世にローズ・フィーバーの真相を伝える。
ノアの足が止まった。
それは、ルドガーを裏切り、対立を意味する。
鳥籠の形をした温室の前に完璧なシルエットの男が立っていた。
男の金の髪も頬もノア同様、すっかり濡れそぼり髪の先からは水が滴り落ちている。
ルドガーはホールを出て真っ直ぐここに来、ノアを待ち伏せていたらしい。
無意識に足を温室に向けた自分をノアは心中で呪った。
「ノア」
長い両腕をいっぱいに広げ、ノアに伸ばす空色の瞳は濡れている。
ルド・・・。
思わず踏み出した裸足の足を、奥歯を噛み締めて思いとどまらせた。
ルドガーはノアが構えた拳銃を見ると、伸ばした腕を横に伸ばし肘から先を上に上げた。
「ノア、お願い。僕の話を聞いて」
恋しい瞳、子供っぽいしゃべり方。
躰の奥底から派生する甘いうねりと、我が身を引き裂くような悲しさが絡まりながら一本の太いロープとなって、ノアを縛ってゆく。
殺せない。
足が後ずさった。危険を承知で、ルドガーに背中を晒しながら薔薇の小径を走り去る。
「ノア、待って!!」
無計画に走るノアをルドガーが追ってくる。
その足取は、ノアを追うというより付いて来るといった早さだ。それでも、逃がすつもりはないのか、少ずつ縮まる距離にノアは足を速めた。
だが、実際はノアが思っているほど速度も上がっていない。冷えた躰は徐々に体力を失い、重くなった足は却って遅くなったくらいだ。行く手を薔薇の茂みが遮る。
「ノア!そっちはダメだよ!」
駄目だと言うルドガーの声が、ノアの進路を決めさせた。
抜け道だと確信し、茂みの中に突進した。
「うわーーーーっ!!」
盛大に水しぶきが上がり、泥濘んだ泥に足を捕られ動けなくなる。
「な・・・沼!?」
「ノア!」
振り返ったノアの目に、薔薇の木の上を跳躍してくる影が入る。
動けなくなった躰の上に躍る影を、ノアはほとんど反射的に撃った。
1発 2発。
滞空する躰の無防備な胸部を、2発の弾丸は撃ち抜いた。
落ちてきた躰はノアを避けるように伸ばした腕を沼の中につくと、そのまま派手に泥を跳ね上げ、転がった。衝撃で沼の水面が大きく揺れる。
「ルド!!」
沈みそうになるルドガーの頭を助け起こすと、弱々しい腕が背中に回された。
泣きそうな顔で笑う瞳は空の色だ。
半分閉じかけている目をもう一度開けさせようと、頬をさする。
「ノア、怪我はなかった?」
「なかった、なかったから。俺は大丈夫だから。ああ・・・ルド、駄目だ目を閉じるな」
「よかった・・・・」
ノアが何度も頷くと、ルドガーは安心したように瞳を閉じた。
「いやだ、ルド。起きろ。ルド、ルドガーー!!」
雨が、目を閉じたルドガーの顔の泥を洗ってゆく。
ノアは、ルドガーの頭を抱きしめながら咆哮を上げて泣いた。
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■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
ああ、今日も5時に間に合いませんでした。5時にいらしてくださった方、すみません。
ルドくん、えらい事になりました。でも、お話は続くんです。
次は最終章です。タイトル何にしよう~(悩
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪

ああ、今日も5時に間に合いませんでした。5時にいらしてくださった方、すみません。
ルドくん、えらい事になりました。でも、お話は続くんです。
次は最終章です。タイトル何にしよう~(悩
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幼い桐羽が知っている彼、強靭な殺人鬼と豹変した彼
ただ根底にあるのは ノアへの揺るがない愛だけ・・・か
ノアが、ルドを撃っちゃったよ~!どうなっちゃうの~~!
。・゚'゚(*/□\*)゜'゚・。 ウワァーン!!...byebye☆