11 ,2008
翠滴 1-9 漆黒の間 1 (29)
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ここにいる間だけ?・・・・その先はどうなるのか?
祝言の日が、目の前に迫っていた。
もうすぐ、長い夏の休みが終わって、大学が始まる。
そして、元の生活に戻る。
期間限定の身体だけの関係。ありえない。
自分には、手に入れたい理想の家庭がある。答えは出ている。
式が終わったら、その足でここを出て、大学に戻りここで起こった全てをリセットする。
そして日常が再開する。それが自分の望みの筈、なのに・・・
高校の夏休みが終り、ティーンズは東京へと帰っていった。
2人が一足先に日常へと戻っていったことが、現実が急速に近付いていることを感じさせ更なる焦りをよぶ。
「享一、どうしたのですか?こんなところで」
暗い夜の縁側に1人で蹲っていた。
小煩いカシマシ娘たちの居なくなった屋敷は、静かになって気兼ねが無くなって清々したはずなのに、すごく寂しい。
少し涼しくなった夜風や微かに聞こえる虫の声も、もの寂しさに追い討ちをかける。
「ちょっと考え事、してた」艶のある声に、頭も上げずに答える。
風呂に入ってきたのか、微かにシャンプーの匂いが夜風に混じる。
ふっと香りが近付いて、周(あまね)に手を取られて立たされると、耳元に誘いの言葉を吹き込まれた。
「散歩に行きませんか」
湯で上気した肌が薄っすらとピンクに染まって、濡れ髪が色香をたてる。
こな些細な変化にも、なんて艶やかなのだろうと見蕩れてしまう。
周は、『容姿なんてすぐ見慣れて、見飽きるものですから』などと言っていたが、免疫なんて全然つかない。
周はズルい上に嘘つきだ。
「どこへ?」
「外」薄い唇が口角だけを上げて笑う。
頷いた。
前に落ち込んだ時も、こうやって周に連れ出されて酒を酌み交わした。周の後について門を出るといきなり目の前に暗闇が広がり、足許がおぼつかず立ち怯んだ。もとよりこのド田舎に街灯と呼べるようなものなど無い。遠くにポツリ、ポツリと電信柱に取り付けられた黄色い光の電燈があるだけだ。
それは、広い夜の海原の漁火を思わせる。
闇に踏み出すのを躊躇っていると、その手を周が引いた。手を繋いで、月も出ていない夜の、ともすれば隙間なく纏わりついてくる漆黒の闇の中に2人で分け入った。
秋の虫の音だけが、煩いくらいに耳についた。
指で掬えば滴り落ちそうな闇の中を、周に手を引かれながら歩いている。漆黒の闇は前後左右の感覚を奪う。唯一繋いだ手から伝わる周の体温だけが自分と周が繋がっていて、暗闇に独りではない事を教えてくれる。微風に混じるシャンプーの微かな匂いが鼻腔を擽った。
周の手が温かい、目を閉じてシャンプーの匂いを肺一杯に吸い込む。
周が好きだ。
そう思うと、心が滲んで瞳から涙がこぼれた。
満天の星が潤んだ瞳の中で享一の心の中と同じように、滲んで融けていった。
何も話さず、歩いた。
電信柱に取り付けられた電燈がポツンとあって、舗装されていない道に円い柔らかい卵色の光を落としている。泣いているのを見られたくなくて、明かりの環の中に入るのを躊躇った。
「享一?」
光の中に入った周が振り返った。
手を繋いだまま立ち止まり、翠の瞳が泣いている享一を見詰める。
周は何も言わない。狡い。こんなところも狡い。
「残れ」とも、「行くな」とも 「信じてくれ」とも。「帰れ」とも言わない。
無言で抱きしめ、何も言わず唇を合わせてくる。狡い。
では、周に引き止められたら、自分はここに残るのだろうか?答えは出ない。もし引き止める言葉を聴いたら、自分は変わるかもしれない。でも、周は何も言わない。「もし」と「でも」を何度も繰り返し、思考が仮想のループを描き始める。
このル-プを断ち切るかもしれない、唯一の言葉を持つ男は、享一を煽って捕えて『堕ちてこい』と自分の真直ぐな想いを伝え翠の闇の中に誘い込んだまま、その後の判断は享一に委ねている。
周の手を離した自分の手の中には、方向を示すコンパスなどは無く後ろ髪を引く後ろめたさや、ともすれば色褪せてしまいそうな理想の幸せの形があるのみだ。
近付くジ・エンドを前に、焦燥感のみが募ってゆく。
「周さんは、狡い・・」
周を狡いというのは卑怯だ。本当に狡いのは、自分だ。知ってる。
信じることを選ぶことを恐れて、一歩が踏み出せない事を周の所為にしている。
享一を抱きしめる腕に力が入ってキスが深くなった。
「僕は、享一に惚れました。他には何も無い。これだけでは駄目ですか?」
「そんな話し方、やめろよっ!」
周の腕を振り解いて闇の中へ逃れた。卵色の明かりの中に周がぽつんと独り佇む。
「享一」周の美しい顔に電燈の光が落ちて陰影を濃くする。なぜかその顔は心許なげで泣いているみたいに見えた。
「享一、姿を見せて」闇に向かって、投げられる声。初めて聞く頼りなげな響きにはっとする。差し出された手を取って明かりの環の中に入った。
「ごめん」声には出さず、『独りにしてゴメン・・』となぜか心の中で続けた。
再び繋がれた手が引かれ「帰ろう」と合図する。瞳で頷いた。
繋いだ手を一旦離され、スローモーションのような動作で「闇に紛れる前に」と、もう一度抱きしめられた。
周が髪に指を差込み、ゆるやかに愛撫しながら耳元に口を寄せると声に出さずに呟く。
『アイシテイル』
抱き込まれ周の肩に頭を預けた形の享一には、愛の言葉を載せた唇も声も何も知る事はできない。
言葉は濃厚な闇に吸い込まれて消えた。
ここにいる間だけ?・・・・その先はどうなるのか?
祝言の日が、目の前に迫っていた。
もうすぐ、長い夏の休みが終わって、大学が始まる。
そして、元の生活に戻る。
期間限定の身体だけの関係。ありえない。
自分には、手に入れたい理想の家庭がある。答えは出ている。
式が終わったら、その足でここを出て、大学に戻りここで起こった全てをリセットする。
そして日常が再開する。それが自分の望みの筈、なのに・・・
高校の夏休みが終り、ティーンズは東京へと帰っていった。
2人が一足先に日常へと戻っていったことが、現実が急速に近付いていることを感じさせ更なる焦りをよぶ。
「享一、どうしたのですか?こんなところで」
暗い夜の縁側に1人で蹲っていた。
小煩いカシマシ娘たちの居なくなった屋敷は、静かになって気兼ねが無くなって清々したはずなのに、すごく寂しい。
少し涼しくなった夜風や微かに聞こえる虫の声も、もの寂しさに追い討ちをかける。
「ちょっと考え事、してた」艶のある声に、頭も上げずに答える。
風呂に入ってきたのか、微かにシャンプーの匂いが夜風に混じる。
ふっと香りが近付いて、周(あまね)に手を取られて立たされると、耳元に誘いの言葉を吹き込まれた。
「散歩に行きませんか」
湯で上気した肌が薄っすらとピンクに染まって、濡れ髪が色香をたてる。
こな些細な変化にも、なんて艶やかなのだろうと見蕩れてしまう。
周は、『容姿なんてすぐ見慣れて、見飽きるものですから』などと言っていたが、免疫なんて全然つかない。
周はズルい上に嘘つきだ。
「どこへ?」
「外」薄い唇が口角だけを上げて笑う。
頷いた。
前に落ち込んだ時も、こうやって周に連れ出されて酒を酌み交わした。周の後について門を出るといきなり目の前に暗闇が広がり、足許がおぼつかず立ち怯んだ。もとよりこのド田舎に街灯と呼べるようなものなど無い。遠くにポツリ、ポツリと電信柱に取り付けられた黄色い光の電燈があるだけだ。
それは、広い夜の海原の漁火を思わせる。
闇に踏み出すのを躊躇っていると、その手を周が引いた。手を繋いで、月も出ていない夜の、ともすれば隙間なく纏わりついてくる漆黒の闇の中に2人で分け入った。
秋の虫の音だけが、煩いくらいに耳についた。
指で掬えば滴り落ちそうな闇の中を、周に手を引かれながら歩いている。漆黒の闇は前後左右の感覚を奪う。唯一繋いだ手から伝わる周の体温だけが自分と周が繋がっていて、暗闇に独りではない事を教えてくれる。微風に混じるシャンプーの微かな匂いが鼻腔を擽った。
周の手が温かい、目を閉じてシャンプーの匂いを肺一杯に吸い込む。
周が好きだ。
そう思うと、心が滲んで瞳から涙がこぼれた。
満天の星が潤んだ瞳の中で享一の心の中と同じように、滲んで融けていった。
何も話さず、歩いた。
電信柱に取り付けられた電燈がポツンとあって、舗装されていない道に円い柔らかい卵色の光を落としている。泣いているのを見られたくなくて、明かりの環の中に入るのを躊躇った。
「享一?」
光の中に入った周が振り返った。
手を繋いだまま立ち止まり、翠の瞳が泣いている享一を見詰める。
周は何も言わない。狡い。こんなところも狡い。
「残れ」とも、「行くな」とも 「信じてくれ」とも。「帰れ」とも言わない。
無言で抱きしめ、何も言わず唇を合わせてくる。狡い。
では、周に引き止められたら、自分はここに残るのだろうか?答えは出ない。もし引き止める言葉を聴いたら、自分は変わるかもしれない。でも、周は何も言わない。「もし」と「でも」を何度も繰り返し、思考が仮想のループを描き始める。
このル-プを断ち切るかもしれない、唯一の言葉を持つ男は、享一を煽って捕えて『堕ちてこい』と自分の真直ぐな想いを伝え翠の闇の中に誘い込んだまま、その後の判断は享一に委ねている。
周の手を離した自分の手の中には、方向を示すコンパスなどは無く後ろ髪を引く後ろめたさや、ともすれば色褪せてしまいそうな理想の幸せの形があるのみだ。
近付くジ・エンドを前に、焦燥感のみが募ってゆく。
「周さんは、狡い・・」
周を狡いというのは卑怯だ。本当に狡いのは、自分だ。知ってる。
信じることを選ぶことを恐れて、一歩が踏み出せない事を周の所為にしている。
享一を抱きしめる腕に力が入ってキスが深くなった。
「僕は、享一に惚れました。他には何も無い。これだけでは駄目ですか?」
「そんな話し方、やめろよっ!」
周の腕を振り解いて闇の中へ逃れた。卵色の明かりの中に周がぽつんと独り佇む。
「享一」周の美しい顔に電燈の光が落ちて陰影を濃くする。なぜかその顔は心許なげで泣いているみたいに見えた。
「享一、姿を見せて」闇に向かって、投げられる声。初めて聞く頼りなげな響きにはっとする。差し出された手を取って明かりの環の中に入った。
「ごめん」声には出さず、『独りにしてゴメン・・』となぜか心の中で続けた。
再び繋がれた手が引かれ「帰ろう」と合図する。瞳で頷いた。
繋いだ手を一旦離され、スローモーションのような動作で「闇に紛れる前に」と、もう一度抱きしめられた。
周が髪に指を差込み、ゆるやかに愛撫しながら耳元に口を寄せると声に出さずに呟く。
『アイシテイル』
抱き込まれ周の肩に頭を預けた形の享一には、愛の言葉を載せた唇も声も何も知る事はできない。
言葉は濃厚な闇に吸い込まれて消えた。
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いつも、お読みいただき、ありがとうございます!!
今回、予告指定してたサブタイトル変えました。アタクシ、ここまで来て後悔しています(´A`;)
サブタイトルつけなきゃよかったって。。最初は便宜上だったんですけど
ここんトコ、いいのが浮かびません。ん~、止めちゃおっかな。それも中~途半端かな。
思案中です(-д-;)う~ん。ちなみに、今回のタイトルは「漆黒の間(はざま)」でっす♪
皆さま数日前から、ぐ~っと寒さが増してきました。どうぞご自愛くださいませ(LOVE!)

いつも、お読みいただき、ありがとうございます!!
今回、予告指定してたサブタイトル変えました。アタクシ、ここまで来て後悔しています(´A`;)
サブタイトルつけなきゃよかったって。。最初は便宜上だったんですけど
ここんトコ、いいのが浮かびません。ん~、止めちゃおっかな。それも中~途半端かな。
思案中です(-д-;)う~ん。ちなみに、今回のタイトルは「漆黒の間(はざま)」でっす♪
皆さま数日前から、ぐ~っと寒さが増してきました。どうぞご自愛くださいませ(LOVE!)

ですよね?
あれ?
まあいいですが(笑)
紙魚さんほんとサブのことでこまってますね~
でもこれまでつけられたサブタイトル、みんなすてきな印象的なものですよ。
サブがあると小説がより忘れがたいものになると思います。
ただ、長編になればなるほど、つぎはどんなのつけようってほんとに四苦八苦するでしょうね。
「外」
どこにいくのかと問われて、こう短く答えたくだりが好き!
すてきな文章。