12 ,2011
Love or world 16
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熱い湯が皮膚の上を滑り落ちてゆく。
大きな手が捏ね回し、探り、唇と長い舌で肌の奥に植え付けられた官能がなかなか流れ去ってくれない。濡羽色の髪は長い指が愛しげに乱す度に、従順に絡まって解け、しなやかな肢体は求められるままに熱を帯びていった。
中毒になりそうな快感は、純粋な欲望と愛情が生み出す、極めて純度の高い麻薬のようだ。
甘い薔薇の毒に躰も心も何もかもが侵され、気怠い思考はこれまで味わったことのない幸福感の中を漂う。
幾度目かの熱い溜息を吐き、湯を水に切り替えて何とか中身を立て直しバスルームを出た。
一旦ベッドに戻り、シーツに片膝を突き、伏せて微睡む背中に接吻ける。
「ノア?もう、朝?まだ暗いよ」
「起こしてゴメン。すぐ戻る」
身体を起こして引き掛けた手首を捕まえられた。不安定な体勢が崩れ、寝返りを打った胸に抱き込まれる。半分寝ぼけた唇が重なり何度も啄ばまれた。
「好き。大好き、ノア。僕もミズ・ジャスティスたちみたいに君と結婚したい」
一月後のダンテ結婚式に2人で出る約束をした。眠たげな声が何度も好きだと繰り返す。
無し崩しに、ルドガーのペースに巻き込まれそうになるのを、自制心フル稼働で抑え長い腕を振り解いてそっと身体を離した。
「知ってるよ。おやすみ」
額にキスしてやるとルドガーは幸せそうに唇を緩ませ、瞳を閉じた。
みごとな裸身にシーツを巻きつけ締りのない顔で眠る男を眺め、ノアも切なげな息を吐いた。
この甘ったるい幸福感を味わう度、ルドガーがどこで麻薬のような愛し方を覚えたのか、邪推せずにいられなくなってしまう。
何か思案するようにもう一度黒い視線を眠る男に流すと、ノアは音を立てないように部屋を出ていった。
眠気覚ましにライムを絞ったソーダのグラスを傍に置き、ホログラムを再生する。
ジタンがジャケットに隠したチップはすぐに見つかった。
全てのキーワードは「スペア」という言葉にあった。
1着をスペアとして作った2着のジャケット。
そして、ジャケットの内側に縫い付けられたスペアボタンは小さな容器になっており、その中からジタンの本物の「伝言」が見つかった。
ジタンはあの教会のすぐ傍で銃撃され、運び込まれたのだとシスターローザから聞いた。
なぜ、ひとりであの場所を訪れたのか。
まさか5ミリ四方のチップが、世界を丸ごとひっくり返すような驚愕をもたらすとは。ノアは夢にも思わず、足を組んで椅子にもたれソーダを口に運んだ。
画面に見覚えのあるモノクロのリトグラフが映る。
照準がその前に立つ懐かしい同僚の姿に合うとリトグラフは消え、ジタンだけがクローズアップされた。ノアは気持ちを静めるために目を閉じた。
『ようこそ!ところで、あんた誰だ?おっと・・・』
冗談っぽくあや眉を挙げ、おどけた仕草で別に答えなくてもいいとゼスチャーする。
『このメッセージを聞いているのが誰かはわからないが、親愛なる俺の相棒ノア・クロストであることを祈るね。違っているなら、このチップはトイレで糞と一緒にでも流しちまった方がいい。あんたのためだ』
教会にいる本人が失った鋭い眼光を放つ瞳で軽くウィンクする。
それから、少し間が開いた。ジタンは視線をあたりに漂わせ、落ちつかなげに何度か唇を舐めた。
ジタンが迷っているときの癖だ。ジタンが話すことを躊躇っているのが、手に取るようにわかり、ノアにもジタンが感じている焦燥や緊張が伝播してくる気がした。
『なあノア、お前がこのメッセージを見てるって事はさ、俺はあの世でムチムチねえちゃんの弾む膝枕で一杯飲んでるか、どっかの病院でくたばりかけてるってことだよな』
ジタンからいつもの軽口が飛び出して、少し安堵する。
「残念ながら、あんたの世話をしているのは純潔が売りの尼さんだけどな」
苦笑交じりに呟いてノアは革張りのアームチェアーに座った。軽く足を組んで、自分の緊張を解くように力を抜く。
ソーダを口に含むと、柑橘系の爽やかな気泡が口の中で弾け、気持ちも少し軽くなる。
『俺としては、あの世でムチムチ美女コース希望なんだから、くたばり掛けてんなら延命処置なんか要らないぜ』
「何、バカ言ってんだ」
独り言で受け流し、どこか惚けた顔で好き勝手な事を言う男を軽く睨む。
だが現在より過去に撮られた映像は、ノアの視線とは関係なく表情を曇らせ、声のトーンを下げた。
『ノア、無事に生きて今回の仕事を終えることが出来たら、俺は引退するつもりだった。わかるだろう、ダイブの仕事は自分の精神もおかしくする。もう8年だ。いい加減、疲れたんだ』
他人の心を無闇に侵せば、弥が上にも見なくてもいい他人の心の闇を見ることになる。手に入れた情報は会社のものだが、汚泥のような闇はダイバーの心に深く沈んで重く固い層となる。
『だが俺は、須弥山への潜入で、開けてはいけないパンドラの箱をひとりで覗き見ちまった。もし生き延びても、そのうち迅・クロストか機密を狙う他国の密偵か、そのうち世界に充満するウイルスに殺される運命だ。俺がいま死に掛けているのなら、そのまま死ぬ道を選ばせて欲しい』
死を望んだジタンの唇から飛び出した男の名前に、ノアは息を殺した。
グラスの中でソーダの弾ける音がする。パチパチという微かな気泡の音が、ノアの胸を不穏にざわめかせる。
『その中身をお前に、しかも迅・クロストの養子であるお前に告げようとしている俺は、頭がどうかしているのかもしれないな。だがこの秘密を俺一人の中に納めて闇に葬るなんてことは、俺には出来ない。俺は、お前を信じている。後はお前の判断に委ねるから、聞いてくれ・・・』
それは、俄かに受け止めがたい内容だった。
ノアと同じく、ルドガーの祖父の研究所があった場所を探れと指令をうけたジタンは、須弥山の警備員として須弥山に潜り込んだ。
研究施設の警備とルドガーの警護を兼任する。これは、トキと同じ立場だ。
ジタンは任務と平行して、ノアとスパーボールのチケットを賭けた「須弥山の秘密を暴く」ゲームも遂行した。
研究所の所長をつけ、自宅で頭の中にダイブしたのだ。
『何もかも、信じられないことばかりだった。須弥山の正式名称はブラックキューブ。アスクレピオス製薬の第4研究所となっているが、実態は政府も絡んだ軍事兵器の研究施設だ』
ノアはもう、ソーダに口をつけようとは思わなかった。
須弥山を兵器工場だと言い切ったトキの顔と言葉が、暗がりからすっと浮上して沈んだ。
『所長はある男をずっと捜していた。ロボット工学の第一人者で、現在は行方不明の真乃維頼(いらい)という男だ。それが何を意味するかわかるか?アスクレピオスは兵士の代わりになる人型の兵器を開発していたんだ』
思わぬところで飛び出した、最初の養父である真乃の名と、兵器。
ノアは、軋みを上げて廻り出した世界の音を再び聞いた気がした。
『死なない兵士・・・そんなもんで攻め込まれたら、どこの国だって降伏するさ。アスクレピオスは、政府のみならず、他国にまでその兵器を売りつけるつもりだ』
低く、どこか調子の外れた重苦しい音。それは足の下にある研究施設から不愉快な振動を伴い、ノアの骨や臓腑に直接響いてきた。
『だがノア、目に見える兵器よりもっと怖いものを、迅は手に入れようとしている。迅に騙されるなノア。身内なんて関係ない。あいつは、欺けるなら神でも悪魔でも、平気で利用できる男だ。』
耳の奥か、脳の片隅か。
ノアは耳鳴りとなった軋みの音を掻き分け、ジタンの声を追った。
『奴が手に入れようとしているのは、ローズ・フィーバーウイルスのワクチンだ。ヴィンセント博士が秘密のラボで研究していたのは新薬なんかじゃない。自分の孫を使っての人体実験だったんだ』
耳鳴りが止み、世界が停止する。
真っ白な砂浜で、少年がまた砂の城を蹴り崩した。
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熱い湯が皮膚の上を滑り落ちてゆく。
大きな手が捏ね回し、探り、唇と長い舌で肌の奥に植え付けられた官能がなかなか流れ去ってくれない。濡羽色の髪は長い指が愛しげに乱す度に、従順に絡まって解け、しなやかな肢体は求められるままに熱を帯びていった。
中毒になりそうな快感は、純粋な欲望と愛情が生み出す、極めて純度の高い麻薬のようだ。
甘い薔薇の毒に躰も心も何もかもが侵され、気怠い思考はこれまで味わったことのない幸福感の中を漂う。
幾度目かの熱い溜息を吐き、湯を水に切り替えて何とか中身を立て直しバスルームを出た。
一旦ベッドに戻り、シーツに片膝を突き、伏せて微睡む背中に接吻ける。
「ノア?もう、朝?まだ暗いよ」
「起こしてゴメン。すぐ戻る」
身体を起こして引き掛けた手首を捕まえられた。不安定な体勢が崩れ、寝返りを打った胸に抱き込まれる。半分寝ぼけた唇が重なり何度も啄ばまれた。
「好き。大好き、ノア。僕もミズ・ジャスティスたちみたいに君と結婚したい」
一月後のダンテ結婚式に2人で出る約束をした。眠たげな声が何度も好きだと繰り返す。
無し崩しに、ルドガーのペースに巻き込まれそうになるのを、自制心フル稼働で抑え長い腕を振り解いてそっと身体を離した。
「知ってるよ。おやすみ」
額にキスしてやるとルドガーは幸せそうに唇を緩ませ、瞳を閉じた。
みごとな裸身にシーツを巻きつけ締りのない顔で眠る男を眺め、ノアも切なげな息を吐いた。
この甘ったるい幸福感を味わう度、ルドガーがどこで麻薬のような愛し方を覚えたのか、邪推せずにいられなくなってしまう。
何か思案するようにもう一度黒い視線を眠る男に流すと、ノアは音を立てないように部屋を出ていった。
眠気覚ましにライムを絞ったソーダのグラスを傍に置き、ホログラムを再生する。
ジタンがジャケットに隠したチップはすぐに見つかった。
全てのキーワードは「スペア」という言葉にあった。
1着をスペアとして作った2着のジャケット。
そして、ジャケットの内側に縫い付けられたスペアボタンは小さな容器になっており、その中からジタンの本物の「伝言」が見つかった。
ジタンはあの教会のすぐ傍で銃撃され、運び込まれたのだとシスターローザから聞いた。
なぜ、ひとりであの場所を訪れたのか。
まさか5ミリ四方のチップが、世界を丸ごとひっくり返すような驚愕をもたらすとは。ノアは夢にも思わず、足を組んで椅子にもたれソーダを口に運んだ。
画面に見覚えのあるモノクロのリトグラフが映る。
照準がその前に立つ懐かしい同僚の姿に合うとリトグラフは消え、ジタンだけがクローズアップされた。ノアは気持ちを静めるために目を閉じた。
『ようこそ!ところで、あんた誰だ?おっと・・・』
冗談っぽくあや眉を挙げ、おどけた仕草で別に答えなくてもいいとゼスチャーする。
『このメッセージを聞いているのが誰かはわからないが、親愛なる俺の相棒ノア・クロストであることを祈るね。違っているなら、このチップはトイレで糞と一緒にでも流しちまった方がいい。あんたのためだ』
教会にいる本人が失った鋭い眼光を放つ瞳で軽くウィンクする。
それから、少し間が開いた。ジタンは視線をあたりに漂わせ、落ちつかなげに何度か唇を舐めた。
ジタンが迷っているときの癖だ。ジタンが話すことを躊躇っているのが、手に取るようにわかり、ノアにもジタンが感じている焦燥や緊張が伝播してくる気がした。
『なあノア、お前がこのメッセージを見てるって事はさ、俺はあの世でムチムチねえちゃんの弾む膝枕で一杯飲んでるか、どっかの病院でくたばりかけてるってことだよな』
ジタンからいつもの軽口が飛び出して、少し安堵する。
「残念ながら、あんたの世話をしているのは純潔が売りの尼さんだけどな」
苦笑交じりに呟いてノアは革張りのアームチェアーに座った。軽く足を組んで、自分の緊張を解くように力を抜く。
ソーダを口に含むと、柑橘系の爽やかな気泡が口の中で弾け、気持ちも少し軽くなる。
『俺としては、あの世でムチムチ美女コース希望なんだから、くたばり掛けてんなら延命処置なんか要らないぜ』
「何、バカ言ってんだ」
独り言で受け流し、どこか惚けた顔で好き勝手な事を言う男を軽く睨む。
だが現在より過去に撮られた映像は、ノアの視線とは関係なく表情を曇らせ、声のトーンを下げた。
『ノア、無事に生きて今回の仕事を終えることが出来たら、俺は引退するつもりだった。わかるだろう、ダイブの仕事は自分の精神もおかしくする。もう8年だ。いい加減、疲れたんだ』
他人の心を無闇に侵せば、弥が上にも見なくてもいい他人の心の闇を見ることになる。手に入れた情報は会社のものだが、汚泥のような闇はダイバーの心に深く沈んで重く固い層となる。
『だが俺は、須弥山への潜入で、開けてはいけないパンドラの箱をひとりで覗き見ちまった。もし生き延びても、そのうち迅・クロストか機密を狙う他国の密偵か、そのうち世界に充満するウイルスに殺される運命だ。俺がいま死に掛けているのなら、そのまま死ぬ道を選ばせて欲しい』
死を望んだジタンの唇から飛び出した男の名前に、ノアは息を殺した。
グラスの中でソーダの弾ける音がする。パチパチという微かな気泡の音が、ノアの胸を不穏にざわめかせる。
『その中身をお前に、しかも迅・クロストの養子であるお前に告げようとしている俺は、頭がどうかしているのかもしれないな。だがこの秘密を俺一人の中に納めて闇に葬るなんてことは、俺には出来ない。俺は、お前を信じている。後はお前の判断に委ねるから、聞いてくれ・・・』
それは、俄かに受け止めがたい内容だった。
ノアと同じく、ルドガーの祖父の研究所があった場所を探れと指令をうけたジタンは、須弥山の警備員として須弥山に潜り込んだ。
研究施設の警備とルドガーの警護を兼任する。これは、トキと同じ立場だ。
ジタンは任務と平行して、ノアとスパーボールのチケットを賭けた「須弥山の秘密を暴く」ゲームも遂行した。
研究所の所長をつけ、自宅で頭の中にダイブしたのだ。
『何もかも、信じられないことばかりだった。須弥山の正式名称はブラックキューブ。アスクレピオス製薬の第4研究所となっているが、実態は政府も絡んだ軍事兵器の研究施設だ』
ノアはもう、ソーダに口をつけようとは思わなかった。
須弥山を兵器工場だと言い切ったトキの顔と言葉が、暗がりからすっと浮上して沈んだ。
『所長はある男をずっと捜していた。ロボット工学の第一人者で、現在は行方不明の真乃維頼(いらい)という男だ。それが何を意味するかわかるか?アスクレピオスは兵士の代わりになる人型の兵器を開発していたんだ』
思わぬところで飛び出した、最初の養父である真乃の名と、兵器。
ノアは、軋みを上げて廻り出した世界の音を再び聞いた気がした。
『死なない兵士・・・そんなもんで攻め込まれたら、どこの国だって降伏するさ。アスクレピオスは、政府のみならず、他国にまでその兵器を売りつけるつもりだ』
低く、どこか調子の外れた重苦しい音。それは足の下にある研究施設から不愉快な振動を伴い、ノアの骨や臓腑に直接響いてきた。
『だがノア、目に見える兵器よりもっと怖いものを、迅は手に入れようとしている。迅に騙されるなノア。身内なんて関係ない。あいつは、欺けるなら神でも悪魔でも、平気で利用できる男だ。』
耳の奥か、脳の片隅か。
ノアは耳鳴りとなった軋みの音を掻き分け、ジタンの声を追った。
『奴が手に入れようとしているのは、ローズ・フィーバーウイルスのワクチンだ。ヴィンセント博士が秘密のラボで研究していたのは新薬なんかじゃない。自分の孫を使っての人体実験だったんだ』
耳鳴りが止み、世界が停止する。
真っ白な砂浜で、少年がまた砂の城を蹴り崩した。
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■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
すみません、またまた更新少し遅れました(;^_^A
リコメも遅れています。
Love or world 14に、拍手コメントを下さったSさま。
*お久しぶりです(*^▽^*)
更新を楽しみにしてくださり、ありがとうございます!!
コメント、とても嬉しかったです! 紙魚
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪

すみません、またまた更新少し遅れました(;^_^A
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Love or world 14に、拍手コメントを下さったSさま。
*お久しぶりです(*^▽^*)
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拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
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(; ・`д・´) ナ、ナンダッテー!!
そのピースのひとつは、 ルドガー自身!
ジャケット、ボタン、
ジタンが言った「スペア」は、これだけなのかな?
まだ 何か隠されてるような・・・・
今回のノアが、シャワーを浴びている場面などを読んでもですが、
紙魚さまは、
文字で伝えにくい感覚や官能の描写が、すごく素敵です!素晴らしいです!
拍手♪パチ☆(p´Д`q)☆パチ☆(´pq`)☆パチ♪
過去「翠滴」でも 紙魚さまの描写に脳天を震わされましたが、やはり今作品も
紙魚さまの世界に ドップリコンと嵌ったよ~♪
感゚+。:.゚動(ノ)‘∀‘`(ヾ)感゚.:。+゚激...byebye☆
P.S.今年も 後1ヶ月弱となり 慌ただしい時期となって来ました。コメへの返事が遅くなっても 気にしないでね☆゜.+:。゜(oゝω・o愛)゜.+:。゜☆