11 ,2011
Love or world 11
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僕の気持ち、ちゃんと読んだの?
予想していなかった言葉に、咄嗟に反応できず放心したような顔でルドガーを見た。
「君の特殊な能力の事も、迅・クロストの作った組織でスパイの仕事のをしていることも僕は知ってたよ。あの君に会った日に、全て調べたもの」
ノアの黒い瞳が瞠目した。
「どうやって?俺の所属する機関のことは、アスクレピオスの社員ですら知らないのに」
表向きは薬品製造部門の営業部の所属になっているノアだが、本当に所属するのは正式な名前すらも与えられていない迅によって極秘裏に作られた組織だ。限られら人間しかその存在を知る事を許されていない。所属する当のノアですら、その全貌やメンバー、詳細を知らされていなかった。
「僕を誰だと思ってるの?アスクレピオスは僕の会社だよ」
アスクレピオスは、いまや世界規模の企業と言っても過言ではない。それを自分の会社だと言う一人の年若い青年を見ながら今更ながら反復し、その事実に軽い衝撃を感じた。
迅からは、ルドガー・ヴィンセントはアスクレピオスの運営には関わっていない名前だけの社主だと聞いていた。会社に行く事もなく、薔薇を愛でて生きるのほほんとした暮らしぶりに、ノア自身もそう信じ社主というだけで命を狙われるのは貧乏くじを引いたようなものだと思っていたのだ。
思った通りの事を口にすると、「ほんとうに貧乏くじだ」とルドガーは大笑いした。
だがその笑いも天蓋の作る仄昏いベルベットの闇に吸い込まれるように消え、ノアを凝視める青い瞳の奥に、観念したかのような苦しげな諦観が揺らめいた。
「ヴィンセントの人間として生を受けた僕には、個人の自由なんてなにもない。この須弥山から離れる事も許されていないし、別の職業にもつくことは出来ない。絶滅した薔薇の栽培と見張りつきの外出は、どこにも行けない僕に許された、ささやかな楽しみなんだ」
まるで軟禁じゃないかと呟いたノアに、ルドガーはまあねと言った風に首を傾げる。
全てを呑み込み、納得しているかのような仕草に何も言えなくなった。
自分を含めボディガードとして同行していた者は、本人も気付かないうちにルドガーを見張っていた事になる。ルドガーがボディガードを撒いて姿をくらましたくなる気持ちが、今になってよくわかった。
「大きな家に、最新のマシン。何でも持っているように見えるかもしれない。けれど、僕のポケットの中身は常に空っぽだ。何ひとつ、僕の躰ですら僕のものじゃない。僕自体が、巨大なアスクレピオスという企業の所有物に過ぎないんだ」
言葉を締めたルドガーの顔から、人形か機械のように一切の感情が消えた。放心したように、動きを止めたルドガーは緩慢に顔を傾げ息を吹き返し、ノアと目が合うと緩く笑った。
これほど打ちのめされた顔をしたルドガーを見るのは初めてだった。
アスクレピオスは7万人の人間を抱える大企業だ。母体は製薬会社だが、宇宙開発から食品、運輸、製造にまで多岐に渡り手がけ業績を上げる。だが、アスクレピオスをここまで大きくしたのは軍事を介した政府との密接な繋がりだと、世間では実しやかに囁かれている。
『須弥山が最新兵器工場だってことは、とっくにわかってんだよ』
いきなりトキの言葉が蘇った。トキは、須弥山が兵器工場だと思って潜り込んだのだ。またトキとの会話で、ノアは須弥山をローズ・フィーバーワクチンの開発研究所だと勝手に思い込んだ。
実際は、トキに銃撃されたノアの傷を治癒した再生医療などの研究なのだと、後にエリオットから教えられた。巷で囁かれる噂と厳重すぎるセキュリティが、アスクレピオスや迅・クロストをライバル視する者達の憶測を呼ぶのだろう。
これだけ堅牢に守られた場所だからこそ、ルドガーを閉じ込める砦となり檻になる。
巨大になりすぎた企業は、その持ち主である男をヴィンセントという血の鎖で磔にしていた。
海岸でひとり、自分の作った砂の城を蹴り壊している少年。
少年の孤独はいまも、この明るい陽光のような男の中でずっと息づいている。
自分は会社の所有物だ。
そう言ったルドガーの言葉と、ごっそり感情の抜けた表情がノアの心にいつまでも残った。
少し乱れた金の髪に伸ばしたノアの手を、ルドガーの手が捕まえた。
表情を取り戻したルドガーは、捕まえたノアの指に接吻け、想いを込めるように瞳を閉じた。
「でも、心はいつだって自由だ。君を思う僕の心は誰にも邪魔させないし、僕から君を取り上げることもさせない。君は、ただひとり僕のための人だから」
低く沈んだ声は、ダイブの時、「三千世界の・・・」と耳元で囁いた声と酷似し、耳の奥か脳のどこかが少し怯えた。
「ルド、誰もそんなことしない」
ゆっくり手を引かれ、ルドガーの胸に耳がつくように抱き込まれた。
固く張った大胸筋を覆う滑らかな皮膚の奥から、穏やかで規則的な心音が聞こえる。
「僕の君への気持ち、聞こえる?」
強い下心や邪念がないからか、触れ合うルドガーの肌からは、雑音のような思念は入り込んでは来ない。正直に首を振りながら、頭を外した。
「わからない。俺はルドの中にダイブした時も途中で失敗したし、もしかしたら能力が弱まってきているのかもしれない。でもルドガーの気持ちは、昨晩(きのう)たくさん・・・・」
プレイバックする記憶に言葉は途切れ、全身がぱっと発火したように熱くなる。
薔薇の影がカウチを褥にする二人の躰に落ちていた。
ルドガーは全身に覆う刺青のような黒い影を纏い、ノアを抱いて薔薇の香のする官能に身を投じた。ルドガーの虚飾のない剝き出しの感情は、棘のついた戒めとなってノアを捕らえ、悦楽の底に沈むまでノアを煽り続けた。
「昨晩の?ねえ、僕の心はなんて言ってた?」
急に全裸で向かい合っているこの状況まで恥ずかしくなって、紅潮した顔を俯ける。掛布を引っ張ると、ルドガーに掛布を奪われ、せっかく隠した下肢が剝き出しになる。また引っ張り返した。
「もう、引っ張らないから。ね、教えて」
小さな子をを宥めるように覗きこんできた顔は、不安げなくせにどこか得意げに笑っている。
可愛いと思ってしまった自分の頭の中は、すっかり空色に染まっているのだと自覚した。
「俺のこと、好きだってさ。すごく、すごく好きだって、言ってたけど?」
腕を組んで開き直ると、「すごい、当たってる!」と飛びついて来た腕に、そのまま押し倒された。
傷だらけの背中に手を回しながら、青く染まった頭の中は纏まらない思考でざわついていた。
昨晩、薔薇の花影で愛し合う間、ノアの頭の中には2重の思念が流れ込んでいた。針の先ほどの細い思念で途切れがちだったが、もの悲しい節のついた言葉は何度も繰り返された。
三千世界の鴉を殺し―――
ルドガーには、まだ何かある。
痛みはもうないと聞いた傷の薄い膨らみを指の先で辿り、ノアは眼を閉じた。
世界が軋みながら動き出す。
自分を自分のものではないと言う男の熱を受け止めながら、ノアは閉じた眼の奥で金属が擦れあうような甲高い耳障りな音を聞いていた。
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「ユニバース」は以前、絵師のNさまから戴いたポストカードとご本の返礼にと考えたお話です。
とても、ロマンティックで優しい色彩のカードは、今も私の机の前の壁に貼って毎日、キュンキュンしながら眺めております。
この美しいイラストから、どうしてこんな薔薇は出てるのに華のないお話が生まれてきたのか・・・
Nさまからは、匿名でならとイラストのUPをご快諾頂き、イニシャルでご紹介させて頂く事にいたしました。
たぶん、ご覧になられる方の中にはこのイラストをご存知の方も、たくさんおられるのではないかと思います。
携帯漫画家としてのデヴューも果たされ、来年には新作も出されるとお聞きしています。
Nさま、ありがとうございました!!

※版権はNさまにございます。お持ち帰りにはならないでください。
予想していなかった言葉に、咄嗟に反応できず放心したような顔でルドガーを見た。
「君の特殊な能力の事も、迅・クロストの作った組織でスパイの仕事のをしていることも僕は知ってたよ。あの君に会った日に、全て調べたもの」
ノアの黒い瞳が瞠目した。
「どうやって?俺の所属する機関のことは、アスクレピオスの社員ですら知らないのに」
表向きは薬品製造部門の営業部の所属になっているノアだが、本当に所属するのは正式な名前すらも与えられていない迅によって極秘裏に作られた組織だ。限られら人間しかその存在を知る事を許されていない。所属する当のノアですら、その全貌やメンバー、詳細を知らされていなかった。
「僕を誰だと思ってるの?アスクレピオスは僕の会社だよ」
アスクレピオスは、いまや世界規模の企業と言っても過言ではない。それを自分の会社だと言う一人の年若い青年を見ながら今更ながら反復し、その事実に軽い衝撃を感じた。
迅からは、ルドガー・ヴィンセントはアスクレピオスの運営には関わっていない名前だけの社主だと聞いていた。会社に行く事もなく、薔薇を愛でて生きるのほほんとした暮らしぶりに、ノア自身もそう信じ社主というだけで命を狙われるのは貧乏くじを引いたようなものだと思っていたのだ。
思った通りの事を口にすると、「ほんとうに貧乏くじだ」とルドガーは大笑いした。
だがその笑いも天蓋の作る仄昏いベルベットの闇に吸い込まれるように消え、ノアを凝視める青い瞳の奥に、観念したかのような苦しげな諦観が揺らめいた。
「ヴィンセントの人間として生を受けた僕には、個人の自由なんてなにもない。この須弥山から離れる事も許されていないし、別の職業にもつくことは出来ない。絶滅した薔薇の栽培と見張りつきの外出は、どこにも行けない僕に許された、ささやかな楽しみなんだ」
まるで軟禁じゃないかと呟いたノアに、ルドガーはまあねと言った風に首を傾げる。
全てを呑み込み、納得しているかのような仕草に何も言えなくなった。
自分を含めボディガードとして同行していた者は、本人も気付かないうちにルドガーを見張っていた事になる。ルドガーがボディガードを撒いて姿をくらましたくなる気持ちが、今になってよくわかった。
「大きな家に、最新のマシン。何でも持っているように見えるかもしれない。けれど、僕のポケットの中身は常に空っぽだ。何ひとつ、僕の躰ですら僕のものじゃない。僕自体が、巨大なアスクレピオスという企業の所有物に過ぎないんだ」
言葉を締めたルドガーの顔から、人形か機械のように一切の感情が消えた。放心したように、動きを止めたルドガーは緩慢に顔を傾げ息を吹き返し、ノアと目が合うと緩く笑った。
これほど打ちのめされた顔をしたルドガーを見るのは初めてだった。
アスクレピオスは7万人の人間を抱える大企業だ。母体は製薬会社だが、宇宙開発から食品、運輸、製造にまで多岐に渡り手がけ業績を上げる。だが、アスクレピオスをここまで大きくしたのは軍事を介した政府との密接な繋がりだと、世間では実しやかに囁かれている。
『須弥山が最新兵器工場だってことは、とっくにわかってんだよ』
いきなりトキの言葉が蘇った。トキは、須弥山が兵器工場だと思って潜り込んだのだ。またトキとの会話で、ノアは須弥山をローズ・フィーバーワクチンの開発研究所だと勝手に思い込んだ。
実際は、トキに銃撃されたノアの傷を治癒した再生医療などの研究なのだと、後にエリオットから教えられた。巷で囁かれる噂と厳重すぎるセキュリティが、アスクレピオスや迅・クロストをライバル視する者達の憶測を呼ぶのだろう。
これだけ堅牢に守られた場所だからこそ、ルドガーを閉じ込める砦となり檻になる。
巨大になりすぎた企業は、その持ち主である男をヴィンセントという血の鎖で磔にしていた。
海岸でひとり、自分の作った砂の城を蹴り壊している少年。
少年の孤独はいまも、この明るい陽光のような男の中でずっと息づいている。
自分は会社の所有物だ。
そう言ったルドガーの言葉と、ごっそり感情の抜けた表情がノアの心にいつまでも残った。
少し乱れた金の髪に伸ばしたノアの手を、ルドガーの手が捕まえた。
表情を取り戻したルドガーは、捕まえたノアの指に接吻け、想いを込めるように瞳を閉じた。
「でも、心はいつだって自由だ。君を思う僕の心は誰にも邪魔させないし、僕から君を取り上げることもさせない。君は、ただひとり僕のための人だから」
低く沈んだ声は、ダイブの時、「三千世界の・・・」と耳元で囁いた声と酷似し、耳の奥か脳のどこかが少し怯えた。
「ルド、誰もそんなことしない」
ゆっくり手を引かれ、ルドガーの胸に耳がつくように抱き込まれた。
固く張った大胸筋を覆う滑らかな皮膚の奥から、穏やかで規則的な心音が聞こえる。
「僕の君への気持ち、聞こえる?」
強い下心や邪念がないからか、触れ合うルドガーの肌からは、雑音のような思念は入り込んでは来ない。正直に首を振りながら、頭を外した。
「わからない。俺はルドの中にダイブした時も途中で失敗したし、もしかしたら能力が弱まってきているのかもしれない。でもルドガーの気持ちは、昨晩(きのう)たくさん・・・・」
プレイバックする記憶に言葉は途切れ、全身がぱっと発火したように熱くなる。
薔薇の影がカウチを褥にする二人の躰に落ちていた。
ルドガーは全身に覆う刺青のような黒い影を纏い、ノアを抱いて薔薇の香のする官能に身を投じた。ルドガーの虚飾のない剝き出しの感情は、棘のついた戒めとなってノアを捕らえ、悦楽の底に沈むまでノアを煽り続けた。
「昨晩の?ねえ、僕の心はなんて言ってた?」
急に全裸で向かい合っているこの状況まで恥ずかしくなって、紅潮した顔を俯ける。掛布を引っ張ると、ルドガーに掛布を奪われ、せっかく隠した下肢が剝き出しになる。また引っ張り返した。
「もう、引っ張らないから。ね、教えて」
小さな子をを宥めるように覗きこんできた顔は、不安げなくせにどこか得意げに笑っている。
可愛いと思ってしまった自分の頭の中は、すっかり空色に染まっているのだと自覚した。
「俺のこと、好きだってさ。すごく、すごく好きだって、言ってたけど?」
腕を組んで開き直ると、「すごい、当たってる!」と飛びついて来た腕に、そのまま押し倒された。
傷だらけの背中に手を回しながら、青く染まった頭の中は纏まらない思考でざわついていた。
昨晩、薔薇の花影で愛し合う間、ノアの頭の中には2重の思念が流れ込んでいた。針の先ほどの細い思念で途切れがちだったが、もの悲しい節のついた言葉は何度も繰り返された。
三千世界の鴉を殺し―――
ルドガーには、まだ何かある。
痛みはもうないと聞いた傷の薄い膨らみを指の先で辿り、ノアは眼を閉じた。
世界が軋みながら動き出す。
自分を自分のものではないと言う男の熱を受け止めながら、ノアは閉じた眼の奥で金属が擦れあうような甲高い耳障りな音を聞いていた。
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「ユニバース」は以前、絵師のNさまから戴いたポストカードとご本の返礼にと考えたお話です。
とても、ロマンティックで優しい色彩のカードは、今も私の机の前の壁に貼って毎日、キュンキュンしながら眺めております。
この美しいイラストから、どうしてこんな薔薇は出てるのに華のないお話が生まれてきたのか・・・
Nさまからは、匿名でならとイラストのUPをご快諾頂き、イニシャルでご紹介させて頂く事にいたしました。
たぶん、ご覧になられる方の中にはこのイラストをご存知の方も、たくさんおられるのではないかと思います。
携帯漫画家としてのデヴューも果たされ、来年には新作も出されるとお聞きしています。
Nさま、ありがとうございました!!

※版権はNさまにございます。お持ち帰りにはならないでください。
■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
もっと早くUPする予定だったのですが、内容を少し変えたりして、結局いつもの時間になってしまいました。
昨日は、びっくりしましたです。PCを開けたら、11話がどこにもありませんでした。
原因は相方が未保存のデータがあるのに気付かず、電源を落とした事にありました。
みなさんもセーブはどうぞ、こまめに。。。凹
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪

もっと早くUPする予定だったのですが、内容を少し変えたりして、結局いつもの時間になってしまいました。
昨日は、びっくりしましたです。PCを開けたら、11話がどこにもありませんでした。
原因は相方が未保存のデータがあるのに気付かず、電源を落とした事にありました。
みなさんもセーブはどうぞ、こまめに。。。凹
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
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秘密を抱えたままのやりとりなのですが、ぞくぞくする色っぽさだったりします。
続きが楽しみです。
うーん、保存していない文章が消えたショックは、物書きさんなら一度は経験があるかと思いますが、二度はしたくないと思いつつ、私も最近やらかしました。
二度と同じ文って書けないものだとつくづく……
それにしても、Nさまのイラスト、なんて美しい。
花のなかに埋もれているのはルドガーでしょうか?
淡い微妙な色合いが素敵です。