11 ,2011
Love or world 10
←previous next→
躰に回されていた男の手がノアの目覚めに気付き、肌をそっと撫でる。
腰を撫でる手の甲をピシッと叩く。いきなり邪険にされ、驚いて飛び起きたルドガーが狼狽えた表情で覗き込んでくる。その顔を、三白眼で睨みつけた。
「ご、ごめんね。ごめん。途中から歯止めが利かなくなっちゃって。でも、ノアも気持ちよさそうだったから・・・だからって、失神させ・・・」
不埒な言葉は固く握り締めた拳が玉砕した。綺麗に筋の通った鼻頭が、自慢の一撃が到達する瞬間にすっと逃げたのが、また気に食わない。
それでも頬を押さえ、悲壮感を漂わせるハンサム顔が泣きそうな目で抗議を訴える。
まったく、妖艶な色香と、ドロドロに肌を蕩かす妖しい熱で我が身を翻弄した男はどこにいってしまったのか。
ぶにゅと頬を摘むと、情けなさが倍増する。溜飲を下げ唇の端を意地悪く吊り上げた。
「やっぱり、始めてなんて嘘だろう?」
「ひ、ひんじてっ!!」
思わせぶりにぷいとそっぽを向くと、顔面蒼白になったルドガーの衝撃が肌を通して伝わってくる。いい気味だ。
腹の中で飛び跳ねる笑いに堪えきれず、痙攣する背中を焦った腕が抱きしめてきた。
「ノアの何か気に入らないことした?まさか、迅・クロストのほう悦くて・・・・後悔してる・・とかじゃないよね?」
「はぁ・・・・?」 抱きしめる腕にガッと力が入り、腕や背中が軋み肺が圧迫される。
「うぐぅ・・・っ!」
「上手くなるから!!絶対、君を満足させる男になるから。だから、クロストのところに帰るなんて言わないで!」
激しい快感に人事不省に陥った。その更に上をいくテクニックとは一体どういう域に達することを言うのだろうと、締め上げられながら想像し脱力した。
どこをどう弄れば、そういう思考回路が繋がるのか?
ルドガーと迅は元々のベースからして対立の立場にある。
療養中、エリオットから訪れた迅の名前を聞いただけでルドガーは何も言わずに部屋を出て行った。探し続けた「桐羽」が、対立する男と親子関係にありながら、肉体の繋がりも持っていたというのはルドガーにとって重い衝撃であったに違いない。
物言いが単調で目立たないが、迅に対して沸々と煮え立つ敵愾心を持っている。
「ルド・・・」
ルドガーはスリープから目覚め、行方不明になっていたノアをずっと探し続けていたのだと言った。例え、その間にルドガーが心を一時奪われた相手がいたとしても、ノアは責める気にはなれない。
逆に、迅に嫉妬するくらい寄せてくれる想いが、今のノアには新鮮で面映い。
「苦しいから、放してくれ」
ぱっと手を離した半泣き男の肩を、今度はノアが掴まえる。額にかかる金の一房を梳いて、緩く癖のある髪に戻す。天使のような少年は、成長しても魅惑と羨望を自分に抱かせる。
「確かに、俺は長い間、迅だけを想ってきた」
間の抜けた顔が、一気に険しくなる。美形が怒ると、どうしてこうも凄みが増すのだろうか。ルドガーの中に眠る少年の冷たく醒めた昏い瞳が一瞬その瞳の表を横切った。
「遭難した森で迅に拾われなかったら、きっと俺は死んでいたと思う。今の状態と、ここに至るプロセスがどうであろうと、迅は俺の命の恩人だし、これまで生きてこれたのも迅のお陰だ」
何もかも忘れて白紙で目覚めた自分。
「迅と関係したのは失恋の勢いもあったけど、迅との深い絆が欲しかったからだ。大人で強かな迅に憧れ、焦がれる一方で、本当の家族になって欲しいといつも思っていた。けれど、結局手に入れることは出来なかった。迅にとって俺は、多少は役に立つ、その他大勢の情人の中のひとりにしかなれなかった」
現実を正面から見つめれば、もっと惨めな気分に打ちのめされると思っていた。だが、意外と冷静でいられる自分を発見し、どこかで安堵しながら何かが過ぎ去った事を虚しさのようなものを感じていた。
「ノアがクロストの役に・・・?」 返答に少し間があいた。
「俺は人の心を読める。というか、他人の精神の中に潜ることが出来る」
自分から人に話すのは2回目だ。1度目は口にした途端ノアを取り巻く世界は壊れ、比較的居心地のよかった学校を転校する破目になった。それ以来、自分からは誰にも言わないと決めていた。
「産業スパイとして、アスクレピオスのためにというか、殆ど迅の為だけにターゲットの頭の中から情報を盗んできた」
向かい合わせで黙って話を聞くルドガーの清廉な夏空のような眼が、自分を断罪しているように思えた。
仕事は辞める。この考えは、随分前から時々頭を掠めては、迅の役に立ちた意と言う思いから意識的に振り払っていたが、ようやく決心がついた。
他人の心に踏み込めば、自分が求める情報以外にも、ノアの胸を押しつぶすような辛く暗い個人の記憶を知る事になる。
夏の心の深層に沈む、うち捨てられた運河の村には、ローズ・フィーバーによって息絶えた人々の無念さや悲哀が充満し、夏の釣りあがった鋭い黒眼の中にも、母を失くした痛みが確かにあった。
必要な情報を手に入れる。それと引き換えのように、ダイバーは否応なくターゲットの暗部に触れ、苦しみや葛藤の一部を共有させられてしまう。間諜業に”同情”は命取り以外の何者でもない。他人の心を垣間見るには、ノアは仕事にも迅に対しても、人間らしい情緒を持ちすぎた。
翳りのない真剣な青い眼差しがノアを見つめている。瞳は、怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えた。
「僕の心も読んだの?」
人の視線をこれほど痛く切なく感じたことはない。
一言「読んでない」と言えば、この男は信じるだろう。いや、優しい男だ。きっと信じたふりをしてくれる。
ルドガーとの交歓で知った心を繋げる喜びは、ノアの中の新しい世界の扉を開けた。今、これまで感じたことのなかった心の安定と、泣きたくなるくらいの恋慕をノアは腕に抱えている。
正直、手放したくはない程の。だからこそ、ルドガーの小さな嘘が許せなかったのと同じ理由で、自分が嘘をつくことも許せない。
自分の心を全て曝け出して生きていける人間などいない。
心が読まれると知ったら、目の前の男もいずれは自分の心を無防備にするノアに疲れ、やがては離れていってしまうだろう。ノアの能力を知った、クラスメイトのように嫌悪と脅威に顔を引き攣らせ、特殊な能力を気味悪がるかもしれない。
だが、これが自分だ。
かつて愛されていない自分を自分で欺いたように、大切に想う相手を欺きながら生きる。そんな生き方はもう限界だった。
辛い結果になっても、ルドガーへの気持ちは変わらないしきっと恨みもしない。
肯いたノアに、ルドガーは小さく息を漏らした。
そして、「僕の気持ち、ちゃんと読んだの?」と訊いた。
previous / 目次 / next
躰に回されていた男の手がノアの目覚めに気付き、肌をそっと撫でる。
腰を撫でる手の甲をピシッと叩く。いきなり邪険にされ、驚いて飛び起きたルドガーが狼狽えた表情で覗き込んでくる。その顔を、三白眼で睨みつけた。
「ご、ごめんね。ごめん。途中から歯止めが利かなくなっちゃって。でも、ノアも気持ちよさそうだったから・・・だからって、失神させ・・・」
不埒な言葉は固く握り締めた拳が玉砕した。綺麗に筋の通った鼻頭が、自慢の一撃が到達する瞬間にすっと逃げたのが、また気に食わない。
それでも頬を押さえ、悲壮感を漂わせるハンサム顔が泣きそうな目で抗議を訴える。
まったく、妖艶な色香と、ドロドロに肌を蕩かす妖しい熱で我が身を翻弄した男はどこにいってしまったのか。
ぶにゅと頬を摘むと、情けなさが倍増する。溜飲を下げ唇の端を意地悪く吊り上げた。
「やっぱり、始めてなんて嘘だろう?」
「ひ、ひんじてっ!!」
思わせぶりにぷいとそっぽを向くと、顔面蒼白になったルドガーの衝撃が肌を通して伝わってくる。いい気味だ。
腹の中で飛び跳ねる笑いに堪えきれず、痙攣する背中を焦った腕が抱きしめてきた。
「ノアの何か気に入らないことした?まさか、迅・クロストのほう悦くて・・・・後悔してる・・とかじゃないよね?」
「はぁ・・・・?」 抱きしめる腕にガッと力が入り、腕や背中が軋み肺が圧迫される。
「うぐぅ・・・っ!」
「上手くなるから!!絶対、君を満足させる男になるから。だから、クロストのところに帰るなんて言わないで!」
激しい快感に人事不省に陥った。その更に上をいくテクニックとは一体どういう域に達することを言うのだろうと、締め上げられながら想像し脱力した。
どこをどう弄れば、そういう思考回路が繋がるのか?
ルドガーと迅は元々のベースからして対立の立場にある。
療養中、エリオットから訪れた迅の名前を聞いただけでルドガーは何も言わずに部屋を出て行った。探し続けた「桐羽」が、対立する男と親子関係にありながら、肉体の繋がりも持っていたというのはルドガーにとって重い衝撃であったに違いない。
物言いが単調で目立たないが、迅に対して沸々と煮え立つ敵愾心を持っている。
「ルド・・・」
ルドガーはスリープから目覚め、行方不明になっていたノアをずっと探し続けていたのだと言った。例え、その間にルドガーが心を一時奪われた相手がいたとしても、ノアは責める気にはなれない。
逆に、迅に嫉妬するくらい寄せてくれる想いが、今のノアには新鮮で面映い。
「苦しいから、放してくれ」
ぱっと手を離した半泣き男の肩を、今度はノアが掴まえる。額にかかる金の一房を梳いて、緩く癖のある髪に戻す。天使のような少年は、成長しても魅惑と羨望を自分に抱かせる。
「確かに、俺は長い間、迅だけを想ってきた」
間の抜けた顔が、一気に険しくなる。美形が怒ると、どうしてこうも凄みが増すのだろうか。ルドガーの中に眠る少年の冷たく醒めた昏い瞳が一瞬その瞳の表を横切った。
「遭難した森で迅に拾われなかったら、きっと俺は死んでいたと思う。今の状態と、ここに至るプロセスがどうであろうと、迅は俺の命の恩人だし、これまで生きてこれたのも迅のお陰だ」
何もかも忘れて白紙で目覚めた自分。
「迅と関係したのは失恋の勢いもあったけど、迅との深い絆が欲しかったからだ。大人で強かな迅に憧れ、焦がれる一方で、本当の家族になって欲しいといつも思っていた。けれど、結局手に入れることは出来なかった。迅にとって俺は、多少は役に立つ、その他大勢の情人の中のひとりにしかなれなかった」
現実を正面から見つめれば、もっと惨めな気分に打ちのめされると思っていた。だが、意外と冷静でいられる自分を発見し、どこかで安堵しながら何かが過ぎ去った事を虚しさのようなものを感じていた。
「ノアがクロストの役に・・・?」 返答に少し間があいた。
「俺は人の心を読める。というか、他人の精神の中に潜ることが出来る」
自分から人に話すのは2回目だ。1度目は口にした途端ノアを取り巻く世界は壊れ、比較的居心地のよかった学校を転校する破目になった。それ以来、自分からは誰にも言わないと決めていた。
「産業スパイとして、アスクレピオスのためにというか、殆ど迅の為だけにターゲットの頭の中から情報を盗んできた」
向かい合わせで黙って話を聞くルドガーの清廉な夏空のような眼が、自分を断罪しているように思えた。
仕事は辞める。この考えは、随分前から時々頭を掠めては、迅の役に立ちた意と言う思いから意識的に振り払っていたが、ようやく決心がついた。
他人の心に踏み込めば、自分が求める情報以外にも、ノアの胸を押しつぶすような辛く暗い個人の記憶を知る事になる。
夏の心の深層に沈む、うち捨てられた運河の村には、ローズ・フィーバーによって息絶えた人々の無念さや悲哀が充満し、夏の釣りあがった鋭い黒眼の中にも、母を失くした痛みが確かにあった。
必要な情報を手に入れる。それと引き換えのように、ダイバーは否応なくターゲットの暗部に触れ、苦しみや葛藤の一部を共有させられてしまう。間諜業に”同情”は命取り以外の何者でもない。他人の心を垣間見るには、ノアは仕事にも迅に対しても、人間らしい情緒を持ちすぎた。
翳りのない真剣な青い眼差しがノアを見つめている。瞳は、怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えた。
「僕の心も読んだの?」
人の視線をこれほど痛く切なく感じたことはない。
一言「読んでない」と言えば、この男は信じるだろう。いや、優しい男だ。きっと信じたふりをしてくれる。
ルドガーとの交歓で知った心を繋げる喜びは、ノアの中の新しい世界の扉を開けた。今、これまで感じたことのなかった心の安定と、泣きたくなるくらいの恋慕をノアは腕に抱えている。
正直、手放したくはない程の。だからこそ、ルドガーの小さな嘘が許せなかったのと同じ理由で、自分が嘘をつくことも許せない。
自分の心を全て曝け出して生きていける人間などいない。
心が読まれると知ったら、目の前の男もいずれは自分の心を無防備にするノアに疲れ、やがては離れていってしまうだろう。ノアの能力を知った、クラスメイトのように嫌悪と脅威に顔を引き攣らせ、特殊な能力を気味悪がるかもしれない。
だが、これが自分だ。
かつて愛されていない自分を自分で欺いたように、大切に想う相手を欺きながら生きる。そんな生き方はもう限界だった。
辛い結果になっても、ルドガーへの気持ちは変わらないしきっと恨みもしない。
肯いたノアに、ルドガーは小さく息を漏らした。
そして、「僕の気持ち、ちゃんと読んだの?」と訊いた。
previous / 目次 / next
■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
最近、文字数にムラが出ています。ワードからメモに変えたからなのですけれど、
読みにくい、長いなどご意見がありましたら、どうぞお気軽にお聞かせください。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪

最近、文字数にムラが出ています。ワードからメモに変えたからなのですけれど、
読みにくい、長いなどご意見がありましたら、どうぞお気軽にお聞かせください。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪

ルドの反応は、
「僕の気持ち、ちゃんと読んだの?」と、ノアには予想外でしょうね
私の耄碌した記憶では、深い奥まで読んでなかったはず。
ちゃんと読んでたら、何が見えてたのでしょうか...お花畑?
何を知る事が出来たのでしょうか...ブラックなルド?
ント・・σ( ・´_`・ )。oO(考え中)...byebye☆