11 ,2011
Love or world 6
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「この花が薔薇の原種だったのか。もっと、派手なのを想像してた」
夜風が項や頬をさわさわと撫でてゆく。
5枚の白い花弁をつけた可憐な花には見覚えがあった。子供のノアが、ラボの庭から摘んでルドガーが眠るコールドスリープのカプセルに入れた花だ。
薔薇の枝は縦横無尽に張り出し、いい香のする花が咲き乱れている。
夕方、外出から戻ったルドガーに、食後に原種の薔薇が咲いているから見に行こうと誘われた。
ルドガーに手を引かれダイニングを出る時、ふと視線が気になり、さり気無く横目で確かめると、口許に物知り顔の微笑を浮かべたエリオットに「いってらっしゃいませ」と言われてしまった。
昼のやり取りを思い出し、顔を赤くしながら眉間に皺を寄せる。
「今日は僕が留守の間、エリオットと何か話した?」
「・・・・え?」
「さっき、エリオットの顔を見て、困った顔になったから。今も同じ顔をしてた」
「あ・・・ああ。そういえば、三千世界のことを聞いたかな」
言ってすぐ、「しまった」と思った。精神世界で見たこと聞いたことは、本人には話さないのが鉄則だ。
それに、この言葉にはもっと重要な意味があるような気がして、容易に口に上らせてはいけない気がしていた。
押し寄せる海の中に立ち、背後から抱き寄せられた耳に囁きを聞きながら、眼前の世界が形を変え消滅してゆくのを見ていた。この言葉に纏わりつく、崩壊とか終末といった隠滅的なイメージを消すことが出来ない。
突然消滅を始めたルドガーの心理情景についても、まだ納得のいく原因を見つけられていない。
ルドガーへのダイブは、言葉では説明の出来ない違和感が常に付きまとっていた。
「三千世界。どうして?」
「いや、なんとなく小耳に挟んで気になって。エリオットなら年もとってるし、知ってるかなって」
自分で言いながら、苦しいと思う。だが、ルドガーは指に摘んだ小さな花の香を嗅ぎながら、蜜のような微笑をノアに向けた。すいと向けられた視線に、青く染められた胸がゾクっと共振する。
時間の経過と共に、ルドガーは頻繁に別人の貌を覗かせるようになった。
いや、この貌こそが桐羽であった自分がよく知っていた人物であり、子供の自分が無条件に服従する美しきルドガー・ヴィンセントの貌だった。
可憐で妖しげな白い花の群れを挟み、青い瞳で自分を拘束する男の正体は果たして何者なのだろうか。と、逡巡するも、ここにこうして向き合って立っているという事実以外に判ることは無かった。
「この言葉は歌の一節にも使われているよ。『三千世界の鴉を殺し、主と添寝がしてみたい』どういう意味だと思う?」
壊れゆく世界を目の前に耳元で囁かれた言葉。
完全なる一致に、ノアの背中をゾクリと得体の知れないものが駆け上がった。
昨夜と同じく、下弦の月が薔薇の庭を明るく照らし、ルドガーの些細な表情の変化も読み取れた。ルドガーの口許が嫣然とした微笑の形に引きあげられる。
「恋人との別れの朝をつれてくる鴉を殺して、夜をもっと長引かせたい」
瞳の青が深みを増し、その底からノアを惑乱させる艶めいたあざとさがちらりと顔を覗かせる。ルドガーの長い指が挟んでいた花をひと捻りする。白い花びらはバラバラに砕け、宵の風に乗って散っていった。
「色っぽいね。都都逸(どどいつ)っていう日本の古い短歌のひとつだって、真乃博士が言ってた」
青白い月の光の中で表情がまた変る。
まるでひとつの器を、2つの人格が交代で使っているような印象だ。自分には優しくしてくれたが、子供の頃のルドガーは、物静かで研ぎ澄まされた大人の視線で冷たく周りの大人や自分を取り巻く世界を傍観しているような少年だった。今に見る、無邪気に能天気な笑顔を振りまくような性格など、あの頃は欠片も持ち合わせていなかった。
自分に記憶が戻ったように、再会した事でルドガーの中にも大きな変化が起こっているのだろうか。
「僕にはよくわかる」
遠い過去から聞こえる気がするのに、よくわかると言ったルドガーの声には鮮明な響があった。
「僕もそう。朝はいらない。何を犠牲にしてもいい。僕も夜色のノワさえいればいい」
何を犠牲にしても。孤独な少年の声音が、ノアの世界を塗り替えてゆく。
エリオットはルドガーの孤独を嘆いたが、自分だってそうだった。
友人や仲間に囲まれていても、心はずっと孤独だった。それは今も変らない。
迅の心は自分には無く、親子としての感心すら繋ぎとめておく事はできなかった。ダンテやジャスの暖かな太陽みたいな笑みは、ノアを優しく包むと同時に、誰とも心を共有できないノアの孤独の輪郭をはっきりと見せ付けた。
温かな笑顔も親切も気がつけば傍に無く、ひとり摩天楼に沈む夕陽を眺めていた。
虚勢を張っていたのは少年時代だけではない。
長い時間をかけ蓄積した孤立感は、いまだに固い凝りとなって自分から離れていこうとはしない。
「ねえ、泣きたい時は我慢しないで、泣いていいんだよ」
「何を・・・・っ!」
思わず手にしていた薔薇の枝を握り締めてしまい、皮膚を貫く棘の痛みに言葉が途切れた。
開いた手の平で真っ赤な血が珠になって膨らんだ。棘の先が作った小さな痛みはすぐに鼓動とリンクし、薔薇の熱となって手のひらでどくどくと脈打つ。
突発的に爆発した怒りは消え、歪む視界に泣きそうになっている自分を見つけて動揺した。
「薔薇の毒には、僕のキスがよく利く・・・なんてね」
自分で言っておきながら、能天気男が馬鹿みたいに照れて笑う。馬鹿じゃないか?
躰が勝手に動いた。足早に茂った薔薇の枝を掻き分け、ルドガーに近付く。
「桐羽・・・・?」
驚く男の胸倉を迷うことなく引き寄せ、自分から唇を重ねた。
不意をつかれ、瞠目するルドガーの唇を本能の赴くままに弄る。やがて後頭部を包んだルドガーの手がノアの頭を持ち上げる。上から覆い被さられる格好で接吻けを交しながら、また自分が青く染まって行くのを感じた。
「抱くよ?自分を抑えるなんて・・・もう、無理」
追い詰められた恋情と、子供が強請るような真っ直ぐな言いように本能がひとつ震え言葉も無く頷いた。
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「この花が薔薇の原種だったのか。もっと、派手なのを想像してた」
夜風が項や頬をさわさわと撫でてゆく。
5枚の白い花弁をつけた可憐な花には見覚えがあった。子供のノアが、ラボの庭から摘んでルドガーが眠るコールドスリープのカプセルに入れた花だ。
薔薇の枝は縦横無尽に張り出し、いい香のする花が咲き乱れている。
夕方、外出から戻ったルドガーに、食後に原種の薔薇が咲いているから見に行こうと誘われた。
ルドガーに手を引かれダイニングを出る時、ふと視線が気になり、さり気無く横目で確かめると、口許に物知り顔の微笑を浮かべたエリオットに「いってらっしゃいませ」と言われてしまった。
昼のやり取りを思い出し、顔を赤くしながら眉間に皺を寄せる。
「今日は僕が留守の間、エリオットと何か話した?」
「・・・・え?」
「さっき、エリオットの顔を見て、困った顔になったから。今も同じ顔をしてた」
「あ・・・ああ。そういえば、三千世界のことを聞いたかな」
言ってすぐ、「しまった」と思った。精神世界で見たこと聞いたことは、本人には話さないのが鉄則だ。
それに、この言葉にはもっと重要な意味があるような気がして、容易に口に上らせてはいけない気がしていた。
押し寄せる海の中に立ち、背後から抱き寄せられた耳に囁きを聞きながら、眼前の世界が形を変え消滅してゆくのを見ていた。この言葉に纏わりつく、崩壊とか終末といった隠滅的なイメージを消すことが出来ない。
突然消滅を始めたルドガーの心理情景についても、まだ納得のいく原因を見つけられていない。
ルドガーへのダイブは、言葉では説明の出来ない違和感が常に付きまとっていた。
「三千世界。どうして?」
「いや、なんとなく小耳に挟んで気になって。エリオットなら年もとってるし、知ってるかなって」
自分で言いながら、苦しいと思う。だが、ルドガーは指に摘んだ小さな花の香を嗅ぎながら、蜜のような微笑をノアに向けた。すいと向けられた視線に、青く染められた胸がゾクっと共振する。
時間の経過と共に、ルドガーは頻繁に別人の貌を覗かせるようになった。
いや、この貌こそが桐羽であった自分がよく知っていた人物であり、子供の自分が無条件に服従する美しきルドガー・ヴィンセントの貌だった。
可憐で妖しげな白い花の群れを挟み、青い瞳で自分を拘束する男の正体は果たして何者なのだろうか。と、逡巡するも、ここにこうして向き合って立っているという事実以外に判ることは無かった。
「この言葉は歌の一節にも使われているよ。『三千世界の鴉を殺し、主と添寝がしてみたい』どういう意味だと思う?」
壊れゆく世界を目の前に耳元で囁かれた言葉。
完全なる一致に、ノアの背中をゾクリと得体の知れないものが駆け上がった。
昨夜と同じく、下弦の月が薔薇の庭を明るく照らし、ルドガーの些細な表情の変化も読み取れた。ルドガーの口許が嫣然とした微笑の形に引きあげられる。
「恋人との別れの朝をつれてくる鴉を殺して、夜をもっと長引かせたい」
瞳の青が深みを増し、その底からノアを惑乱させる艶めいたあざとさがちらりと顔を覗かせる。ルドガーの長い指が挟んでいた花をひと捻りする。白い花びらはバラバラに砕け、宵の風に乗って散っていった。
「色っぽいね。都都逸(どどいつ)っていう日本の古い短歌のひとつだって、真乃博士が言ってた」
青白い月の光の中で表情がまた変る。
まるでひとつの器を、2つの人格が交代で使っているような印象だ。自分には優しくしてくれたが、子供の頃のルドガーは、物静かで研ぎ澄まされた大人の視線で冷たく周りの大人や自分を取り巻く世界を傍観しているような少年だった。今に見る、無邪気に能天気な笑顔を振りまくような性格など、あの頃は欠片も持ち合わせていなかった。
自分に記憶が戻ったように、再会した事でルドガーの中にも大きな変化が起こっているのだろうか。
「僕にはよくわかる」
遠い過去から聞こえる気がするのに、よくわかると言ったルドガーの声には鮮明な響があった。
「僕もそう。朝はいらない。何を犠牲にしてもいい。僕も夜色のノワさえいればいい」
何を犠牲にしても。孤独な少年の声音が、ノアの世界を塗り替えてゆく。
エリオットはルドガーの孤独を嘆いたが、自分だってそうだった。
友人や仲間に囲まれていても、心はずっと孤独だった。それは今も変らない。
迅の心は自分には無く、親子としての感心すら繋ぎとめておく事はできなかった。ダンテやジャスの暖かな太陽みたいな笑みは、ノアを優しく包むと同時に、誰とも心を共有できないノアの孤独の輪郭をはっきりと見せ付けた。
温かな笑顔も親切も気がつけば傍に無く、ひとり摩天楼に沈む夕陽を眺めていた。
虚勢を張っていたのは少年時代だけではない。
長い時間をかけ蓄積した孤立感は、いまだに固い凝りとなって自分から離れていこうとはしない。
「ねえ、泣きたい時は我慢しないで、泣いていいんだよ」
「何を・・・・っ!」
思わず手にしていた薔薇の枝を握り締めてしまい、皮膚を貫く棘の痛みに言葉が途切れた。
開いた手の平で真っ赤な血が珠になって膨らんだ。棘の先が作った小さな痛みはすぐに鼓動とリンクし、薔薇の熱となって手のひらでどくどくと脈打つ。
突発的に爆発した怒りは消え、歪む視界に泣きそうになっている自分を見つけて動揺した。
「薔薇の毒には、僕のキスがよく利く・・・なんてね」
自分で言っておきながら、能天気男が馬鹿みたいに照れて笑う。馬鹿じゃないか?
躰が勝手に動いた。足早に茂った薔薇の枝を掻き分け、ルドガーに近付く。
「桐羽・・・・?」
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この謎に満ちた妖しい魅力溢れるルドガーに迫られちゃったら ノアも・・・ね~゚+。(。・ω-)(-ω・。)ネー。+゚
それにしても 紙魚さま、博識ーー!
仏教用語から都都逸までーーΣ(。 ・O・。)ほほーっ!...byebye☆