10 ,2011
Love or world 3
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砂の城の上で2つの頭の影が並ぶ。
時間の観念は無く、動かない砂の城の影はいつまでも同じ場所にあった。
動いているのは自分たちだけ。
寄せては返していた遠浅の海も、動きを忘れた絵画のように静かに凪いでいる。
世界にたったふたり。何に煩わされることもなく、砂遊びをしている。
バケツで汲んだ海水と砂と混ぜて形を形成し、少し乾いたら砂を削っていく。
砂の上に屈みこんで、夢中で砂と格闘する。
「ねえ、そこ削っちゃダメだよ。厩の屋根が入るんだから」
「あ、わるい。そっちこそ、足が堀崩してるけど」
外堀を踏むつま先に、形のよい小ぶりな爪が並ぶ。少年の履いていた靴も、ノアの靴と仲良く砂浜に転がっている。
「ああ、本当だ。うふふ、じゃあ交換。屋根は僕が直してあげるから、海水汲んできて」
生意気にも少年ルドガーは、あれこれ指令を出してくる。
手元に転がる小さな貝殻を、艶やかなブロンドにえいと投げつけた。仕返しは乾いた砂で返された。目には入らなかったが、じゃりじゃり口の中と、シャツの間にも入り込む。「うぷっ!何を・・・砂は卑怯だぞ」
少年が笑い転げた。邪気のない天使の顔をしても、やることは思い切り子供だ。
「そっちが先にやったんだよ。うわっ!」
しば、し砂掛けの応酬ではしゃいだ結果、お互いが砂だらけになった。
顔を見合わせ、また大笑いをするふたり分の声が、ぺたんこの青空に吸い込まれてゆく。こんなに笑ったのは、いつぶりだろう。いや、これまで腹の底から笑ったことなど、無かったかもしれない。
満ち足りた幸福感に包まれていた。
少年からする甘い香が幸福感を増長させる。
このままここに、ルドガーの中にいたい。そう感じている自分に気がついて、ノアは少し驚いた。
少年の繊細な指先が、へらで瓦屋根を削り出す。
城は、もとの形に復元され、少年の希望で小さな礼拝堂が足された。
7本の塔と、高低差のある城壁が、白い砂の上に複雑でエレガントな影を落とす。
「手伝ってくれて、ありがとう」 終わりを告げる少年の声は、凪いだ波の音に紛れるほど小さい。
「すごい力作だな。こんなの大人でもつくれない」
「いま、作ったじゃない」
「これは君と一緒だったから・・・俺は手伝っただけだし」
立ち上がった少年の目が、所在無げにノアから逸らされた。だが、瑠璃色の海に向いてしまった瞳が、寂しさに細められているのを、知っている。
抱きしめてやりたい。
ひとり孤独を抱く少年の肩が健気で儚く見えた
「いつもひとりで遊んでいるの?君には、お祖父さんがいるだろう。一緒に遊んでくれないのか?」
少年の表情が冷ややかに豹変する。
その変り方は、深夜、キスをしてきたルドガーに、迅を呼べと言った時と同じだ。自分が気に入らない者を徹底的に排除しようとする頑な目。空や宝石を思わせる青い瞳が、ぞっとするほど冷たいアイスブルーに変る。
ルドガーの中に根付く憎悪は、祖父との関係から生まれたのかもしれない。
「お祖父様にとっては、僕はただの被験体でしかないからね、遊んでくれたりはしない。みんなそう。誰も僕に触れないし、僕も近付かない」
被験体という言葉が引っかかった。だが、はっとするような鮮やかな笑みを戻した少年の顔に訊きそびれてしまった。
「でも弟は違う。綺麗な黒い髪と瞳。あなたって、僕の弟に似てる」
「弟?」
ルドガー・ヴィンセントに兄弟はない。
須弥山に潜る前に目を通した資料の家系図にも、兄弟の記載は無かった。
「本当の弟じゃないんだけど・・・」
少年の表情から冷え切った険しさが去り、天使の麗しい顔が愛しい者を想う幸福感に蕩けた。
「桐羽(トウワ)は、神様が僕のために用意してくださった子。僕には、桐羽がいればいい」
「・・・・トウワ」
ルドガーのために用意された子供?
夢の中、少年は平たいオーナメントの太陽の下で『早く、会いにおいで』とノアに手を伸ばした。
「僕と桐羽はね、長いあいだ離ればなれになってしまっていたんだ。けれど、見つけた」
聡明な光を湛える少年の目が、言い聞かせるようにノアを真っ直ぐ見据えた。
少年はノアの頬に触れ、唇に慈悲深く優美な弧を描いた。
「可哀相なトウワ・・。ひとりにして、ごめんね。僕の傍にいない君がどれだけ心細かったか、想像するだけでいつも僕の胸は張り裂けそうだった」
誰に言っているのか。それとも、これは何かの符号だろうか?
『ひとりにして、ごめんね』 薔薇の庭で、同じセリフをルドガーはノアに言った。
ひとりで虚勢を張っていた子供の頃の自分が、少年の隣に立っているような気がした。
不思議な面持ちで、見詰め返すノアの背後をゆっくり少年は指差した。振り返ったノアの目が、見覚えのある景色に驚愕し固まる。
目の前に緑の草原が広がっていた。記憶と同じ場所に、白い花が盛られた棺が置かれている。
「どうして、ここが・・・・」
よろめいたノアの足が水を踏む。
知らない間に潮が満ち、ふたりの足元まで押し寄せていた。
「漆黒の髪に、夜の露で出来た瞳を持つ子。だからノワ(noir)。時々、僕は君をそう呼んだね」
何かが心臓を内側から突いた。
「僕には夜色の桐羽さえいればいい」
弾かれたように振り向いたノアの前に少年はいなかった。
「ルドガー?」
一面、海水に覆われた果てのない海の上にはノアしかいない。
少年と一緒に作った砂の城が海水に流され、崩れ、形を失ってゆく。
空には垂れ込めた鈍色の重い雲が渦巻いている。海を渡る風に冷たい雫が混ざり、鈍色の空を映した暗い海面に荒れた波が立ちだした。
刻々と姿を変える景色の不穏な変化に、ようやく胸が騒ぎだす。踝ほどだった海水は水位を上げ、膝に迫っていた。
自分の印を探して振り返った背中を、背後から抱きしめられた。
驚いて強張った耳殻を温かい吐息が掠める。囁きは、地鳴りとなって世界を揺さぶった。
「三千世界の鴉を殺し――。僕の世界には夜さえあれば、それでいい」
大人の腕が強くノアを抱きしめ、頭の後ろに唇が押し付けられた。少年から香っていた甘い匂い・・・ノアの中枢を痺れさせるような「薔薇」の香が、肺から滲みこんでいく。
本能、としか言いようが無かった。
薔薇の匂いだと認識して途端、ノアは自分を抱きしめる腕を解き、走りだしていた。
海水に足を取られながら、自分の残した印に向かって死に物狂いで走る。走り出した瞬間、ノアを抱く手は消え、バランスを失った世界が傾きだす。
原因はわからない。だが、砂の城と同じように、この世界もまた形を崩し無くなろうとしているのを感じた。
最後に砂の城があった辺りを、一度だけ振り返った。誰もいなくなった寂しげな鈍色の海と空だけがノアの視野を圧迫した。
摩天楼の屋上から見る空も、砂浜と同じように重く黒い雲が垂れ込め、横から射す黄昏の陽光にビルの群れがギラリと燃えていた。
ぎゅゆゆゆという妙な啼き声に振り向くと、例のガーゴイルもこちらを向いてしきりに吼えている。
どうやら、急かしているらしい。
「悪い、後でな」
鐘楼の通路を抜けて反対側に走り出した。羽を広げたガーゴイルのところへ行き、その背中に飛び乗る。ダイブしてきた時、ルドガーが最初に立っていた場所だ。
目当てのものを探して視線を走らせる視界の端で、摩天楼が砂のように崩れてゆく。
「やっぱり、いた」
ちいさく胸が震えた。
暮れる陽射しに染まる一際大きなビル。アスクレピオスだ。
そのスカイラウンジの窓際に立つ人物が誰なのか、小さくともも本人には識別できた。
ルドガーがここに立ち熱心に見ていたのは、ラウンジから夕陽を眺めるノアの姿だった。
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砂の城の上で2つの頭の影が並ぶ。
時間の観念は無く、動かない砂の城の影はいつまでも同じ場所にあった。
動いているのは自分たちだけ。
寄せては返していた遠浅の海も、動きを忘れた絵画のように静かに凪いでいる。
世界にたったふたり。何に煩わされることもなく、砂遊びをしている。
バケツで汲んだ海水と砂と混ぜて形を形成し、少し乾いたら砂を削っていく。
砂の上に屈みこんで、夢中で砂と格闘する。
「ねえ、そこ削っちゃダメだよ。厩の屋根が入るんだから」
「あ、わるい。そっちこそ、足が堀崩してるけど」
外堀を踏むつま先に、形のよい小ぶりな爪が並ぶ。少年の履いていた靴も、ノアの靴と仲良く砂浜に転がっている。
「ああ、本当だ。うふふ、じゃあ交換。屋根は僕が直してあげるから、海水汲んできて」
生意気にも少年ルドガーは、あれこれ指令を出してくる。
手元に転がる小さな貝殻を、艶やかなブロンドにえいと投げつけた。仕返しは乾いた砂で返された。目には入らなかったが、じゃりじゃり口の中と、シャツの間にも入り込む。「うぷっ!何を・・・砂は卑怯だぞ」
少年が笑い転げた。邪気のない天使の顔をしても、やることは思い切り子供だ。
「そっちが先にやったんだよ。うわっ!」
しば、し砂掛けの応酬ではしゃいだ結果、お互いが砂だらけになった。
顔を見合わせ、また大笑いをするふたり分の声が、ぺたんこの青空に吸い込まれてゆく。こんなに笑ったのは、いつぶりだろう。いや、これまで腹の底から笑ったことなど、無かったかもしれない。
満ち足りた幸福感に包まれていた。
少年からする甘い香が幸福感を増長させる。
このままここに、ルドガーの中にいたい。そう感じている自分に気がついて、ノアは少し驚いた。
少年の繊細な指先が、へらで瓦屋根を削り出す。
城は、もとの形に復元され、少年の希望で小さな礼拝堂が足された。
7本の塔と、高低差のある城壁が、白い砂の上に複雑でエレガントな影を落とす。
「手伝ってくれて、ありがとう」 終わりを告げる少年の声は、凪いだ波の音に紛れるほど小さい。
「すごい力作だな。こんなの大人でもつくれない」
「いま、作ったじゃない」
「これは君と一緒だったから・・・俺は手伝っただけだし」
立ち上がった少年の目が、所在無げにノアから逸らされた。だが、瑠璃色の海に向いてしまった瞳が、寂しさに細められているのを、知っている。
抱きしめてやりたい。
ひとり孤独を抱く少年の肩が健気で儚く見えた
「いつもひとりで遊んでいるの?君には、お祖父さんがいるだろう。一緒に遊んでくれないのか?」
少年の表情が冷ややかに豹変する。
その変り方は、深夜、キスをしてきたルドガーに、迅を呼べと言った時と同じだ。自分が気に入らない者を徹底的に排除しようとする頑な目。空や宝石を思わせる青い瞳が、ぞっとするほど冷たいアイスブルーに変る。
ルドガーの中に根付く憎悪は、祖父との関係から生まれたのかもしれない。
「お祖父様にとっては、僕はただの被験体でしかないからね、遊んでくれたりはしない。みんなそう。誰も僕に触れないし、僕も近付かない」
被験体という言葉が引っかかった。だが、はっとするような鮮やかな笑みを戻した少年の顔に訊きそびれてしまった。
「でも弟は違う。綺麗な黒い髪と瞳。あなたって、僕の弟に似てる」
「弟?」
ルドガー・ヴィンセントに兄弟はない。
須弥山に潜る前に目を通した資料の家系図にも、兄弟の記載は無かった。
「本当の弟じゃないんだけど・・・」
少年の表情から冷え切った険しさが去り、天使の麗しい顔が愛しい者を想う幸福感に蕩けた。
「桐羽(トウワ)は、神様が僕のために用意してくださった子。僕には、桐羽がいればいい」
「・・・・トウワ」
ルドガーのために用意された子供?
夢の中、少年は平たいオーナメントの太陽の下で『早く、会いにおいで』とノアに手を伸ばした。
「僕と桐羽はね、長いあいだ離ればなれになってしまっていたんだ。けれど、見つけた」
聡明な光を湛える少年の目が、言い聞かせるようにノアを真っ直ぐ見据えた。
少年はノアの頬に触れ、唇に慈悲深く優美な弧を描いた。
「可哀相なトウワ・・。ひとりにして、ごめんね。僕の傍にいない君がどれだけ心細かったか、想像するだけでいつも僕の胸は張り裂けそうだった」
誰に言っているのか。それとも、これは何かの符号だろうか?
『ひとりにして、ごめんね』 薔薇の庭で、同じセリフをルドガーはノアに言った。
ひとりで虚勢を張っていた子供の頃の自分が、少年の隣に立っているような気がした。
不思議な面持ちで、見詰め返すノアの背後をゆっくり少年は指差した。振り返ったノアの目が、見覚えのある景色に驚愕し固まる。
目の前に緑の草原が広がっていた。記憶と同じ場所に、白い花が盛られた棺が置かれている。
「どうして、ここが・・・・」
よろめいたノアの足が水を踏む。
知らない間に潮が満ち、ふたりの足元まで押し寄せていた。
「漆黒の髪に、夜の露で出来た瞳を持つ子。だからノワ(noir)。時々、僕は君をそう呼んだね」
何かが心臓を内側から突いた。
「僕には夜色の桐羽さえいればいい」
弾かれたように振り向いたノアの前に少年はいなかった。
「ルドガー?」
一面、海水に覆われた果てのない海の上にはノアしかいない。
少年と一緒に作った砂の城が海水に流され、崩れ、形を失ってゆく。
空には垂れ込めた鈍色の重い雲が渦巻いている。海を渡る風に冷たい雫が混ざり、鈍色の空を映した暗い海面に荒れた波が立ちだした。
刻々と姿を変える景色の不穏な変化に、ようやく胸が騒ぎだす。踝ほどだった海水は水位を上げ、膝に迫っていた。
自分の印を探して振り返った背中を、背後から抱きしめられた。
驚いて強張った耳殻を温かい吐息が掠める。囁きは、地鳴りとなって世界を揺さぶった。
「三千世界の鴉を殺し――。僕の世界には夜さえあれば、それでいい」
大人の腕が強くノアを抱きしめ、頭の後ろに唇が押し付けられた。少年から香っていた甘い匂い・・・ノアの中枢を痺れさせるような「薔薇」の香が、肺から滲みこんでいく。
本能、としか言いようが無かった。
薔薇の匂いだと認識して途端、ノアは自分を抱きしめる腕を解き、走りだしていた。
海水に足を取られながら、自分の残した印に向かって死に物狂いで走る。走り出した瞬間、ノアを抱く手は消え、バランスを失った世界が傾きだす。
原因はわからない。だが、砂の城と同じように、この世界もまた形を崩し無くなろうとしているのを感じた。
最後に砂の城があった辺りを、一度だけ振り返った。誰もいなくなった寂しげな鈍色の海と空だけがノアの視野を圧迫した。
摩天楼の屋上から見る空も、砂浜と同じように重く黒い雲が垂れ込め、横から射す黄昏の陽光にビルの群れがギラリと燃えていた。
ぎゅゆゆゆという妙な啼き声に振り向くと、例のガーゴイルもこちらを向いてしきりに吼えている。
どうやら、急かしているらしい。
「悪い、後でな」
鐘楼の通路を抜けて反対側に走り出した。羽を広げたガーゴイルのところへ行き、その背中に飛び乗る。ダイブしてきた時、ルドガーが最初に立っていた場所だ。
目当てのものを探して視線を走らせる視界の端で、摩天楼が砂のように崩れてゆく。
「やっぱり、いた」
ちいさく胸が震えた。
暮れる陽射しに染まる一際大きなビル。アスクレピオスだ。
そのスカイラウンジの窓際に立つ人物が誰なのか、小さくともも本人には識別できた。
ルドガーがここに立ち熱心に見ていたのは、ラウンジから夕陽を眺めるノアの姿だった。
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■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
全話の冒頭で、捨てたはずの文章が残っていました。
更新後すぐに読まれた方々は、辻褄が合わなくて、気持ち悪かったのではないかと思います。
申し訳ありませんでしたm(_ _)mm(_ _)m。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪

全話の冒頭で、捨てたはずの文章が残っていました。
更新後すぐに読まれた方々は、辻褄が合わなくて、気持ち悪かったのではないかと思います。
申し訳ありませんでしたm(_ _)mm(_ _)m。
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それが、神様が用意した血の繋がらない弟の桐羽に 異常な依存を抱かせたの!?
幼い頃の記憶
ルドガーは、忘れないで こんなに思い続けているのに
何故 桐羽の時の記憶が ノアにはないのでしょうね...
まだまだ隠されている事がありそう~┃電柱┃_・)ジー...byebye☆