10 ,2011
Love or world 2
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どこまでも広がる蒼穹の空。
さっきまでの強く吹き上げるビル風とは違った、優しい波の音を運ぶそよ風が緩やかに髪を弄る。
魔物も黄昏の摩天楼もない。
目が痛くなるような真っ青な空と、純白の砂浜と、瑠璃色の遠浅の海。
3色のコントラストで構成された風景。
リアルだった先の摩天楼に比べ、シュレアリスムの画家が太い筆で3塗りしただけで完成したような、恐ろしく単調で平面的な世界だ。
別に珍しい事ではない。心理層の中は個人の記憶や精神、強い念が層になって重なっている。
個人を司る思想や精神によって創られた、究極の「オリジナル」な世界なのだ。
たったひとつ。遥か先の砂の上に蹲る人影が、のっぺりとしたこの風景にも「奥行き」があることを教えてくれる。
突然、人影が立ち上がり、膝丈のズボンをはいた足を振り回した。
少年だ。髪はブロンド。瞳の色はここからは見えないが、間違いなくブルーだろう。
ノアは少年に向かって歩き始めた。足裏の砂はさらさらと細かく、キュキュっと透明な音が鳴る。裸足で歩く誘惑に負けて、途中で靴と靴下を脱いだ。
もう一度、足を振りまわした少年の前で、ぱっと白い砂が散る。
遠目にも、少年が不機嫌なのがよくわかった。
青い空のどこにも太陽はない。
だが純白の砂の上にノアと少年の、2つの濃紺の影が並んだ。
軽くウエーブの入った少年の柔らかいブロンドを風が弄ぶ。子供用のパルファンだろうか。風が金の髪を揺らすたび、少年から甘いにおいが立った。
俯いた端正な少年の横顔をノアは見下ろした。白磁のような頬、完璧な曲線で描かれた目蓋のふくらみや眉は壊れ物のように繊細で、宗教画の知的で無垢な天使を思わせる。
間違いなくノアの夢の中に現れた少年のルドガーだ。
足元の崩れた砂の塊を睨む少年の唇は、固く引き結ばれていた。
砂の塊は大人の両腕で一抱えありそうな砂の城だった。
細い塔に囲まれたお伽噺にでも出てきそうな城は、子供が作ったとは思えぬほど精密で優美だ。
お伽の砂の城は、いちばん大きい塔屋のてっぺんが少年に蹴られ無残になくなっていた。
堀に掛かる橋は崩落し、城壁の半分もただの砂に帰している。
「せっかく綺麗に出来ているのに、なんで壊すんだ?」
「どうせ、だれも見ないんだもの」
俯いたまま少年は硬い声で答え、また足を後ろに引く。
「ちょっと待てって!俺が見るから。だから・・」
「え・・・・」
ノアはまだ壊れていない少年の正面に回って膝を突いて屈んだ。
「凄いな、石積みの目地まで入ってる。よく出来てるよ」
図らずも顔を上げたノアの瞳に、大きく見開いた少年の顔が飛び込んできた。
大きな悲しみや苦悩を抱えたような真っ青な瞳に、ノアの胸に稲妻に打たれたような痛みが走った。
驚いたようにノアを見詰めていた少年は、やがて恥ずかしそうにくすんと笑った。
「壊さなきゃよかった」
ぽつんと言葉を落として、口許だけで微笑む。
心の内側にある孤独や苦悩を、寂しげな笑顔で糊塗する、そんな笑いだ。褒められた嬉しさを素直に表現できずに、そっと目を伏せた少年が痛々しかった。
ある日、目の前に白い服を着た男が現れた。
大きな手でノアの頭を撫で灰色の目で見据え、男は今日から俺がお前の親だと言った。
闇が支配する森林の夜と対照的な、眠ることのない都市。イカしたマシンに、天をつく超高層ビルの群れ。溢れるマテリアル。人、人、人。衣、食、住、そして平和。すべてがここにあった。
ただひとつ、薔薇の憂いだけが人々を脅かす。神ではなく人によって創られた世界。
迅が与えてくれた生活は、自分を取り巻く人々の羨望と嫉みの対象だった。
だがノアの心の中は、森でたったひとりでいた時よりも孤独で、子供が慈しまれ育まれるために必要な愛情に飢えていった。子供が苦手だった迅は父親にはなれなかった。いや、なる気もなかった。
愛情に渇いた自分の心を隠し、ノアは新しい世界と迅の前で精一杯虚勢を張った。
目の前でひっそりと笑って見せる少年は、日々自分の中で膨らむ孤独感や不安を、反抗という形でしか表現できなかった自分の子供の頃の姿とよく似ていた。
この孤独な目をした子供が、あの悩みなど何一つないような能天気な・・・晴れ渡った空色の瞳を持つ大人に成長するのだろうか。そう思うと、どこか自分も救われるような気がした。
「もう一度作ればいいじゃない。俺も、手伝うからさ」
「本当に?」
伏せられた瞳が見る見る大きくなる。喜びが戸惑いを凌駕して、本物の笑顔が零れた。
薄紅の薔薇のように頬を紅潮させた少年から、風に乗ってまたほんのりと甘い匂いがした。
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どこまでも広がる蒼穹の空。
さっきまでの強く吹き上げるビル風とは違った、優しい波の音を運ぶそよ風が緩やかに髪を弄る。
魔物も黄昏の摩天楼もない。
目が痛くなるような真っ青な空と、純白の砂浜と、瑠璃色の遠浅の海。
3色のコントラストで構成された風景。
リアルだった先の摩天楼に比べ、シュレアリスムの画家が太い筆で3塗りしただけで完成したような、恐ろしく単調で平面的な世界だ。
別に珍しい事ではない。心理層の中は個人の記憶や精神、強い念が層になって重なっている。
個人を司る思想や精神によって創られた、究極の「オリジナル」な世界なのだ。
たったひとつ。遥か先の砂の上に蹲る人影が、のっぺりとしたこの風景にも「奥行き」があることを教えてくれる。
突然、人影が立ち上がり、膝丈のズボンをはいた足を振り回した。
少年だ。髪はブロンド。瞳の色はここからは見えないが、間違いなくブルーだろう。
ノアは少年に向かって歩き始めた。足裏の砂はさらさらと細かく、キュキュっと透明な音が鳴る。裸足で歩く誘惑に負けて、途中で靴と靴下を脱いだ。
もう一度、足を振りまわした少年の前で、ぱっと白い砂が散る。
遠目にも、少年が不機嫌なのがよくわかった。
青い空のどこにも太陽はない。
だが純白の砂の上にノアと少年の、2つの濃紺の影が並んだ。
軽くウエーブの入った少年の柔らかいブロンドを風が弄ぶ。子供用のパルファンだろうか。風が金の髪を揺らすたび、少年から甘いにおいが立った。
俯いた端正な少年の横顔をノアは見下ろした。白磁のような頬、完璧な曲線で描かれた目蓋のふくらみや眉は壊れ物のように繊細で、宗教画の知的で無垢な天使を思わせる。
間違いなくノアの夢の中に現れた少年のルドガーだ。
足元の崩れた砂の塊を睨む少年の唇は、固く引き結ばれていた。
砂の塊は大人の両腕で一抱えありそうな砂の城だった。
細い塔に囲まれたお伽噺にでも出てきそうな城は、子供が作ったとは思えぬほど精密で優美だ。
お伽の砂の城は、いちばん大きい塔屋のてっぺんが少年に蹴られ無残になくなっていた。
堀に掛かる橋は崩落し、城壁の半分もただの砂に帰している。
「せっかく綺麗に出来ているのに、なんで壊すんだ?」
「どうせ、だれも見ないんだもの」
俯いたまま少年は硬い声で答え、また足を後ろに引く。
「ちょっと待てって!俺が見るから。だから・・」
「え・・・・」
ノアはまだ壊れていない少年の正面に回って膝を突いて屈んだ。
「凄いな、石積みの目地まで入ってる。よく出来てるよ」
図らずも顔を上げたノアの瞳に、大きく見開いた少年の顔が飛び込んできた。
大きな悲しみや苦悩を抱えたような真っ青な瞳に、ノアの胸に稲妻に打たれたような痛みが走った。
驚いたようにノアを見詰めていた少年は、やがて恥ずかしそうにくすんと笑った。
「壊さなきゃよかった」
ぽつんと言葉を落として、口許だけで微笑む。
心の内側にある孤独や苦悩を、寂しげな笑顔で糊塗する、そんな笑いだ。褒められた嬉しさを素直に表現できずに、そっと目を伏せた少年が痛々しかった。
ある日、目の前に白い服を着た男が現れた。
大きな手でノアの頭を撫で灰色の目で見据え、男は今日から俺がお前の親だと言った。
闇が支配する森林の夜と対照的な、眠ることのない都市。イカしたマシンに、天をつく超高層ビルの群れ。溢れるマテリアル。人、人、人。衣、食、住、そして平和。すべてがここにあった。
ただひとつ、薔薇の憂いだけが人々を脅かす。神ではなく人によって創られた世界。
迅が与えてくれた生活は、自分を取り巻く人々の羨望と嫉みの対象だった。
だがノアの心の中は、森でたったひとりでいた時よりも孤独で、子供が慈しまれ育まれるために必要な愛情に飢えていった。子供が苦手だった迅は父親にはなれなかった。いや、なる気もなかった。
愛情に渇いた自分の心を隠し、ノアは新しい世界と迅の前で精一杯虚勢を張った。
目の前でひっそりと笑って見せる少年は、日々自分の中で膨らむ孤独感や不安を、反抗という形でしか表現できなかった自分の子供の頃の姿とよく似ていた。
この孤独な目をした子供が、あの悩みなど何一つないような能天気な・・・晴れ渡った空色の瞳を持つ大人に成長するのだろうか。そう思うと、どこか自分も救われるような気がした。
「もう一度作ればいいじゃない。俺も、手伝うからさ」
「本当に?」
伏せられた瞳が見る見る大きくなる。喜びが戸惑いを凌駕して、本物の笑顔が零れた。
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■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
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彼の過去の立場が、環境が、そして感情が、この場面で 伝わって来ます
ルドガーの意識(過去?)に触れるノアの感情が、重なり共鳴する
このダイブから 謎に包まれているノアの過去も 少しは分かるのかな?
o(^o^o)(o^o^)o ワクワク...byebye☆