10 ,2011
ユニバース Love or world 1
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澄ました鼓膜が、ルドガーの規則正しい寝息を拾う。
繋いだ手のひらからルドガーの体温と一緒に、柔らかな思念が流れ込んで来る。
心を研ぎ澄まし、捕まえた念波に合わせて偽装した自分を乗せ同期化を図る。
・・・・2,3,4
ゆっくり、ノア・クロストの容から思念が解放されてゆく。
・・・・9,10,11
暗闇で起き上がったノアの前に、たて一直線で細く鋭い光の筋が入った。
近付いて、その光を押す。
巨大な扉が開くように音もなく光は左右に広がり、差し込んだ閃光に包まれ眩しさに思わず目を瞑る。
思念は解き放たれ、加速しながら世界が自分に向けて開いてゆく。
興奮と、昂ぶる高揚感。
未知の世界へ向けて跳躍するこの一瞬がたまらなく好きだ。
人が持つインナーワールド(内面世界)はそれぞれだ。
みなそれぞれ個性が違うように、無意識下に広がる深層心理も、ひとつとして同じものはない。
表層意識とその深層が比較的整合性が取れているものもあれば、全くパラレルなものも。意識の広さや深さも千差万別で、それらはその個人の性格と少なからず連動している。ダイブを繰り返してきたノアの持論だ。
ルドガーの内面世界のとてつもない広さを感じ取ったノアの思念が、ゾクゾクと震えた。
足の下に硬い地面を感じる。
心理の中では足を負傷していようが、体中複雑骨折していようが関係ない。極端に言えばボディ(本体)が半死の状態でも、精神が生きている限りここでは自由に跳びまわれるのだ。
強い風が下から吹き上げ、ノアの髪やシャツをはためかせる。
ゆっくり目を開けたノアは、目の前に広がる風景に息を呑んだ。
黄昏に染まる数千、いや数万の高層ビルの尖端が赤銅色の天を貫く。
「新世界?」
ノアにとっては見慣れた風景ではあるが、状況は違ってる。
さっきより強いビル風に煽られ、ぐらりとノアの躰が揺れた。足元を見下ろせば、妙な生き物が蹲っている。その背中にノアは立っていた。
さらに眼下には、夕刻のハイウエイを飛ばすエアフライやモノレールがミニチュアサイズで見える。
ビルの谷間を泳ぐシロナガスクジラが悠々と建物の壁に突入し、反対側の通りに抜けてゆく。
ノアがいるのは、他のビルが見下せるほどの高層ビル屋上の角で、しかもガーゴイルという魔物の背中の上だ。踏んづけておいて言うのもなんだが、ごつごつした石造のガーゴイルの背中は非常に不安定で、居心地が悪い。バランスを崩せば、そのまま落下という危うい場所だ。
例え落ちたとしても死ぬ事はないが、心臓の弱いものなら少なからずボディに影響を及ぼすだろう。
それより怖いのは、帰路を失うことだ。
この迷路のような精神世界で帰り道を失うと言う事は、自らの精神の死。すなわち現実世界での脳死に繋がる。
ノアは慎重にガーゴイルの石の背中に、赤い×印をつけた。
少し考えて、自分が近付いた時だけ出現するように細工をする。
夏の罠に嵌って得た、苦い教訓だ。
「お前、ちゃんと見とけよ」
ドアマンにエアフライを預けるような命令口調で言うと、石の口許がニタリと嗤う。ノアは睨みを利かせて魔物を一瞥すると、その場を離れた。
現実ではありえないことが普通に起こるのが、この世界の面白いところでもあり厄介なところでもある。
ルドガーの姿を探し、屋上から更に天に向かって聳える鐘楼の壁にそって歩く。
自分がこの場所に現れたからには、ルドガーも近くにいるはずだった。
赤茶の壁面にクラシカルな装飾が施されたゴシック様式の鐘楼は、何年かおきに爆発的に流行する懐古主義の産物だった。遠い昔に完成されたものが、千年の時を経て人の心を打つ。どれだけ科学や技術が進化しようとも、人間の本質は変らない。
こんな事を考えるのは、優しい人となりを持つルドガーの精神下にいるからだろうか。
時間が経つにつれ、トキを襲うルドガーの姿は、ルドガーを疎ましく思っていたノア自身の作り出した幻想か見間違いだったのではないかと思うようになってきていた。
ノアは現実より優しげに映る黄昏の摩天楼を、和いだ気持ちで見渡した。
フライング・バットレスというアーチ型の梁柱をいくつも潜り鐘楼を廻っていくと、翼を広げたガーゴイルの上に立つルドガーを見つけた。
いつもの黒いライダースーツに身を包んで佇むルドガーは、憂いを含んだ瞳でぼんやりと遠くを見ている。その表情に、なぜか胸が締め付けられた。
金髪を風に弄らせ、落陽に射抜かれてた姿は孤高で神々しくすらある。
そのままガーゴイルに乗って飛び立って行くのではないかと思うほど、絵になっていた。
なんとなく声を掛けるのが憚られ、ノアは柱の陰に凭れてルドガーが動くのを待ち続けた。
太陽は一向に沈まず、ルドガーにも変化はない。この世界はあくまで個人の意識の世界であり、他者と共通する確固たる時間の観念はない。
何を熱心に見ているのか気になったが、ノアの位置からは隣接する建物が邪魔をして何も見えなかった。
そろそろ声をかけてみようかと壁から離れた途端、屋上の端々と鐘楼の屋根に止まっていた20匹のガーゴイルが一斉に飛び立った。
「しまった!」
つい今しがたまで、石造のように立ってたルドガーの姿は跡形も無く消えていた。
慌ててルドガーのいた場所に駆け寄り、続いて自分の印をつけたガーゴイルの所在を確かめに走った。
ノアの姿を見ると、一匹だけ残っていたガーゴイルが、蝙蝠に似た顔で嬉しそうにニマ~と嗤う。
ほっと胸を撫で下ろし、人懐こく嗤うガーゴイルに近付いた。
ルドガーを追うには同じように、こいつに乗るしかない。
だが、ノアの計画を知ってか知らずか、ガーゴイルは後ろ脚で羽の付け根を搔いて、間の抜けた欠伸をすると首を引っ込め目を閉じた。寝るつもりらしい。
ルドガーのガーゴイルのほうが、ほんのちょっと賢そうだった。
「乗せてくれ」
ノアの心の声を聞こえたのか、要求のみのぞんざいな言い方に気を悪くしたのか。ガーゴイルは、つんとへしゃげた鼻を突き出すと、背中に隠したノアの印を勝手に取り出し、牙に挟んで振り回し始めた。
「わっ!止めろって。悪かった。頼む、落ち着け!」
赤い×印を咥えたガーゴイルが上目遣いにノアを睨む。
「怒るなよ、本心じゃないって。なあ、どうしたら乗せてくれる」
心の中で思ったことを本心でないと言ったところで、全く説得力もないのだが。
ガーゴイルは思惑ありげに目玉を動かすと、螺旋の角の生えた頭を差し出した。
撫でろ、ということらしい。
仕方なく、頭とついでに喉も撫でてやった。ゴロゴロと喉を鳴らし始めたところを見計らって、もう一度頼んでみる。
「お前さ、結構愛嬌あるし可愛いよな。いいだろう?乗せてくれよ」
ノアが御機嫌を取るように唇に綺麗な弧をひいて艶やかに微笑むと、キュゥーンと可愛らしい声を上げ抱きついてきた。
「よし、よし」
ここまで懐かれると、ゲテグロの化物でも多少は可愛く見えてくる。
と、次の瞬間、いきなりガーゴイルの前両足がノアの胸を突き跳ばした。
どん、という衝撃と共に躰が宙に浮く。
「この、裏切り者っ!!」
上から覗き込むカーゴイルが、落ちて行くノアに向かって畳んでいた翼を広げた。
小さすぎるというか、骨格ばかりで羽根の部分がない。
「見せ掛けかよっ。大嘘つきっ。騙したな!」 言いがかりだ。
愉快そうに羽を広げてゲタゲタと嗤うガーゴイルの顔がどんどん小さくなる。
落ちながら、頼む相手を間違えたと歯噛みするがあとの祭りだった。
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澄ました鼓膜が、ルドガーの規則正しい寝息を拾う。
繋いだ手のひらからルドガーの体温と一緒に、柔らかな思念が流れ込んで来る。
心を研ぎ澄まし、捕まえた念波に合わせて偽装した自分を乗せ同期化を図る。
・・・・2,3,4
ゆっくり、ノア・クロストの容から思念が解放されてゆく。
・・・・9,10,11
暗闇で起き上がったノアの前に、たて一直線で細く鋭い光の筋が入った。
近付いて、その光を押す。
巨大な扉が開くように音もなく光は左右に広がり、差し込んだ閃光に包まれ眩しさに思わず目を瞑る。
思念は解き放たれ、加速しながら世界が自分に向けて開いてゆく。
興奮と、昂ぶる高揚感。
未知の世界へ向けて跳躍するこの一瞬がたまらなく好きだ。
人が持つインナーワールド(内面世界)はそれぞれだ。
みなそれぞれ個性が違うように、無意識下に広がる深層心理も、ひとつとして同じものはない。
表層意識とその深層が比較的整合性が取れているものもあれば、全くパラレルなものも。意識の広さや深さも千差万別で、それらはその個人の性格と少なからず連動している。ダイブを繰り返してきたノアの持論だ。
ルドガーの内面世界のとてつもない広さを感じ取ったノアの思念が、ゾクゾクと震えた。
足の下に硬い地面を感じる。
心理の中では足を負傷していようが、体中複雑骨折していようが関係ない。極端に言えばボディ(本体)が半死の状態でも、精神が生きている限りここでは自由に跳びまわれるのだ。
強い風が下から吹き上げ、ノアの髪やシャツをはためかせる。
ゆっくり目を開けたノアは、目の前に広がる風景に息を呑んだ。
黄昏に染まる数千、いや数万の高層ビルの尖端が赤銅色の天を貫く。
「新世界?」
ノアにとっては見慣れた風景ではあるが、状況は違ってる。
さっきより強いビル風に煽られ、ぐらりとノアの躰が揺れた。足元を見下ろせば、妙な生き物が蹲っている。その背中にノアは立っていた。
さらに眼下には、夕刻のハイウエイを飛ばすエアフライやモノレールがミニチュアサイズで見える。
ビルの谷間を泳ぐシロナガスクジラが悠々と建物の壁に突入し、反対側の通りに抜けてゆく。
ノアがいるのは、他のビルが見下せるほどの高層ビル屋上の角で、しかもガーゴイルという魔物の背中の上だ。踏んづけておいて言うのもなんだが、ごつごつした石造のガーゴイルの背中は非常に不安定で、居心地が悪い。バランスを崩せば、そのまま落下という危うい場所だ。
例え落ちたとしても死ぬ事はないが、心臓の弱いものなら少なからずボディに影響を及ぼすだろう。
それより怖いのは、帰路を失うことだ。
この迷路のような精神世界で帰り道を失うと言う事は、自らの精神の死。すなわち現実世界での脳死に繋がる。
ノアは慎重にガーゴイルの石の背中に、赤い×印をつけた。
少し考えて、自分が近付いた時だけ出現するように細工をする。
夏の罠に嵌って得た、苦い教訓だ。
「お前、ちゃんと見とけよ」
ドアマンにエアフライを預けるような命令口調で言うと、石の口許がニタリと嗤う。ノアは睨みを利かせて魔物を一瞥すると、その場を離れた。
現実ではありえないことが普通に起こるのが、この世界の面白いところでもあり厄介なところでもある。
ルドガーの姿を探し、屋上から更に天に向かって聳える鐘楼の壁にそって歩く。
自分がこの場所に現れたからには、ルドガーも近くにいるはずだった。
赤茶の壁面にクラシカルな装飾が施されたゴシック様式の鐘楼は、何年かおきに爆発的に流行する懐古主義の産物だった。遠い昔に完成されたものが、千年の時を経て人の心を打つ。どれだけ科学や技術が進化しようとも、人間の本質は変らない。
こんな事を考えるのは、優しい人となりを持つルドガーの精神下にいるからだろうか。
時間が経つにつれ、トキを襲うルドガーの姿は、ルドガーを疎ましく思っていたノア自身の作り出した幻想か見間違いだったのではないかと思うようになってきていた。
ノアは現実より優しげに映る黄昏の摩天楼を、和いだ気持ちで見渡した。
フライング・バットレスというアーチ型の梁柱をいくつも潜り鐘楼を廻っていくと、翼を広げたガーゴイルの上に立つルドガーを見つけた。
いつもの黒いライダースーツに身を包んで佇むルドガーは、憂いを含んだ瞳でぼんやりと遠くを見ている。その表情に、なぜか胸が締め付けられた。
金髪を風に弄らせ、落陽に射抜かれてた姿は孤高で神々しくすらある。
そのままガーゴイルに乗って飛び立って行くのではないかと思うほど、絵になっていた。
なんとなく声を掛けるのが憚られ、ノアは柱の陰に凭れてルドガーが動くのを待ち続けた。
太陽は一向に沈まず、ルドガーにも変化はない。この世界はあくまで個人の意識の世界であり、他者と共通する確固たる時間の観念はない。
何を熱心に見ているのか気になったが、ノアの位置からは隣接する建物が邪魔をして何も見えなかった。
そろそろ声をかけてみようかと壁から離れた途端、屋上の端々と鐘楼の屋根に止まっていた20匹のガーゴイルが一斉に飛び立った。
「しまった!」
つい今しがたまで、石造のように立ってたルドガーの姿は跡形も無く消えていた。
慌ててルドガーのいた場所に駆け寄り、続いて自分の印をつけたガーゴイルの所在を確かめに走った。
ノアの姿を見ると、一匹だけ残っていたガーゴイルが、蝙蝠に似た顔で嬉しそうにニマ~と嗤う。
ほっと胸を撫で下ろし、人懐こく嗤うガーゴイルに近付いた。
ルドガーを追うには同じように、こいつに乗るしかない。
だが、ノアの計画を知ってか知らずか、ガーゴイルは後ろ脚で羽の付け根を搔いて、間の抜けた欠伸をすると首を引っ込め目を閉じた。寝るつもりらしい。
ルドガーのガーゴイルのほうが、ほんのちょっと賢そうだった。
「乗せてくれ」
ノアの心の声を聞こえたのか、要求のみのぞんざいな言い方に気を悪くしたのか。ガーゴイルは、つんとへしゃげた鼻を突き出すと、背中に隠したノアの印を勝手に取り出し、牙に挟んで振り回し始めた。
「わっ!止めろって。悪かった。頼む、落ち着け!」
赤い×印を咥えたガーゴイルが上目遣いにノアを睨む。
「怒るなよ、本心じゃないって。なあ、どうしたら乗せてくれる」
心の中で思ったことを本心でないと言ったところで、全く説得力もないのだが。
ガーゴイルは思惑ありげに目玉を動かすと、螺旋の角の生えた頭を差し出した。
撫でろ、ということらしい。
仕方なく、頭とついでに喉も撫でてやった。ゴロゴロと喉を鳴らし始めたところを見計らって、もう一度頼んでみる。
「お前さ、結構愛嬌あるし可愛いよな。いいだろう?乗せてくれよ」
ノアが御機嫌を取るように唇に綺麗な弧をひいて艶やかに微笑むと、キュゥーンと可愛らしい声を上げ抱きついてきた。
「よし、よし」
ここまで懐かれると、ゲテグロの化物でも多少は可愛く見えてくる。
と、次の瞬間、いきなりガーゴイルの前両足がノアの胸を突き跳ばした。
どん、という衝撃と共に躰が宙に浮く。
「この、裏切り者っ!!」
上から覗き込むカーゴイルが、落ちて行くノアに向かって畳んでいた翼を広げた。
小さすぎるというか、骨格ばかりで羽根の部分がない。
「見せ掛けかよっ。大嘘つきっ。騙したな!」 言いがかりだ。
愉快そうに羽を広げてゲタゲタと嗤うガーゴイルの顔がどんどん小さくなる。
落ちながら、頼む相手を間違えたと歯噛みするがあとの祭りだった。
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■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
今話からサブタイトルが「Love or world」に変ります。
愛か世界か・・・、大袈裟なタイトルです(笑)
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪


今話からサブタイトルが「Love or world」に変ります。
愛か世界か・・・、大袈裟なタイトルです(笑)
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拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
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ちぃ~~っとも分からん??(@△@)??
まだまだ これからですもんね♪
・・・ァハハ・・(´▽`:)oO(ワラットクカ)...byebye☆