10 ,2011
怪物 20
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真乃の言った”痛み”が訪れたのは、それから半時も経った頃だった。
最初はジワリと押し寄せ、「来た」と思った瞬間、全身を貫く激痛が走った。
震源地はわかっている。トキに撃たれた脇腹だ。
そこから痛みが広がり、下腹部、脚の付け根と伝播する。
痛む腹を手で庇いたくて、傍についているルドガーに手首の拘束を外してくれるよう頼んだ。
だが、ルドガーは「すぐ、必要になるから」と、外してはくれなかった。その時はまだ「あんた、本当に俺の事が好きなのか?」などと、文句を垂れる余裕があった。
時間が経つにつれ、痛みがノアの全てを支配し正常な意識を奪っていった。
何度も失神し、大きなハンマーでめためたに潰されるような痛みで叩き起こされた。
神経のひとつひとつが分断され、また繋がれてゆく。
壮絶な痛みに、全身の細胞が目覚め苦痛の叫びを上げる。
気も狂わんばかりの激痛の波に押し流され、濁流に呑まれた。
気がふれる・・・。
本能が救いを求め、伸ばした指先に触れたものにしがみ付いた。
指先がその素肌に触れた瞬間、痛みで歪んだ世界に神々しいほどの光が射した。
失神する直前の一瞬閃いた柔らかい金色の光に導かれ、意識がノアの中に戻る。薄くあいた夜色の瞳が、心配気に自分をを覗き込む澄み切った青い瞳を映した。
―― 君の痛みを僕にも引き受けさせて。
―― 決してひとりにはしないから、苦しむのも一緒だから。
迷いの無い瞳と言葉に、また少し胸の中が青に染まる。
眩い金の光と空の青。陽射しの匂いと、妖しい花の香の両方を漂わせる不思議な男。天真爛漫な笑顔と、獲物の喉を切り裂く無慈悲な残虐者の顔をあわせ持つ。
痛みに左右されない心理層の深潭で、たくさんの夢を見た。
毎晩、ひとりで見上げた暗い森の夜空。剣のように尖った建物が、一斉に空を突き刺す摩天楼。
記憶と現在(いま)が交差する。
初めて通った学校は、学力の差や記憶喪失、フリーエリアで見つかった子供という特異性から、クラスメイトにのけ者にされた。
ハイスクールで経験した恋と、ファーストキスで見えてしまった少女の本心。絆と繋がりを探し求め、たくさんの女の子と恋をした。だが、少女たちが望むのは迅・クロストの息子の恋人というステータスとの絆だった。大失恋した夜、求められるまま迅に自分を明け渡した。
一度だけ、ダンテに迅との関係を窘められたことがある。ダンテの恋人のジャスは神様と呟き、豊満なその胸にノアの頭を抱きよせた。
空に、顔のついた平たい太陽と月が交互に昇り沈んでいく。
ただ移ろいゆく景色と時間を眺める自分の前に、ひとりの少年が立っていた。
奇跡のように艶めく黄金の髪と、空を凝縮したような鮮やかな青い瞳。
14~5歳くらいだろうか。繊細ではあるが、けして女々しくはない柳眉の下の瞳には知性が溢れ、少年らしい優しいラインの鼻梁は卵形の顔の輪郭を引き立てる。
存在そのものが輝いて見える美しい少年は、待ちくたびれたと言わんばかりに腕を組み唇を尖らせた。
『トウワって、ほんとノンビリ屋さんだよね』
機嫌悪そうに言って、すぐに笑みで相貌を崩す。
『早く、会いにおいで』
そう言うや、空に昇った星をつかまえ姿を消した。
ぱちっと音が鳴りそうなくらいの勢いで目覚めた黒い瞳に、風に揺れるモビールが飛び込んだ。
少年が捕まえた星。その後ろを、笑った太陽と眠った月が弧を書きながら行きかう。
困った表情の描かれた星のオーナメントが、ゆっくりノアの視界を横切っていった。
目覚め間際に見た夢をもう一度、反芻する。
少年の知的な雰囲気は別人だが、容姿と身体のバランスは、ノアにピッタリくっついて眠っている男そのものだ。
夜明け前の淡い光の中で、ルドガーはうっすらと疲労の影を落とし深い眠りについていた。
そっと、シーツに包まれた肢体に巻きつく長い腕を外して、身を起す。
強張った身体をほぐすように深呼吸をするノアの目に、シーツから伸びる二本の脚が飛び込んだ。
ジェルの治癒作用の影響か、古傷が消え、艶やかなピンクの爪が生える生まれたてのような脚は、シーツの下で自分と繋がっているという実感が湧かない。
「新品みたいだな」
ひとりごち、つま先からゆっくり動かしてみる。
思い通りに動く足は、自分のものであってなお、借り物のような印象だ。
一晩中、自分を苦しめた激痛は嘘のように去り、じんわりと重い痺れだけが腹の脇に残っていた。
開きっ放しの窓から流れ込む薔薇の香を含んだ瑞々しい朝の風が、太陽と月星のモビールを揺らす。
うつ伏せに眠るルドガー背中に、自分の胸よりも痛々しい搔き傷が、それこそ無数に残っている。誰がつけたのか、聞くまでもない。豊かな絹糸の金髪に差し込んだノアの指先は、乾いた血液で褐色に染まっていた。
顔に掛かった金髪をそっとかき上げると、唇や頬にも傷を発見する。
少年の繊細さではなく、男らしく刷かれた愁眉にも小さな傷があった。大人に成長したルドガーには、少年の頃には無かった美しさが加わり艶やかな大人の色香がある。
起きている時とのギャップの凄まじさに、思わず苦笑いが漏れた。
傷のない顎や唇の縁に触れると、栗色の睫がカーヴする目蓋がそっと震える。
一晩中ノアに付き添ったルドガーは、目覚める気配もない。
ノアはもう一度ルドガーの隣に横になると、投げ出された手のひらに自分の手を重ねた。目を閉じて呼吸を整える。
迅のためでなく、ミッションのためでもない。
自分のためだけに跳ぶ。ルドガー・ヴィンセントという人間を、もっと知りたいと思う。
ノアの意識がダイブに向けて静かに滑り出した頃、栗色の睫に彩られた青い瞳が目を覚ます。
透度を増した鮮やかな青の瞳は、その虹彩にカウントを始めているであろうノアを収めると、愛しげに細まった。ほんの少し隙間を作った柔らかい唇に、傷ついた唇を重ねる。
「そう・・・トウワ、早く会いにおいで」
そして、魅惑的な愉悦の笑みをひとつ浮かべ、元の位置に頭を戻し瞳を閉じた。
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真乃の言った”痛み”が訪れたのは、それから半時も経った頃だった。
最初はジワリと押し寄せ、「来た」と思った瞬間、全身を貫く激痛が走った。
震源地はわかっている。トキに撃たれた脇腹だ。
そこから痛みが広がり、下腹部、脚の付け根と伝播する。
痛む腹を手で庇いたくて、傍についているルドガーに手首の拘束を外してくれるよう頼んだ。
だが、ルドガーは「すぐ、必要になるから」と、外してはくれなかった。その時はまだ「あんた、本当に俺の事が好きなのか?」などと、文句を垂れる余裕があった。
時間が経つにつれ、痛みがノアの全てを支配し正常な意識を奪っていった。
何度も失神し、大きなハンマーでめためたに潰されるような痛みで叩き起こされた。
神経のひとつひとつが分断され、また繋がれてゆく。
壮絶な痛みに、全身の細胞が目覚め苦痛の叫びを上げる。
気も狂わんばかりの激痛の波に押し流され、濁流に呑まれた。
気がふれる・・・。
本能が救いを求め、伸ばした指先に触れたものにしがみ付いた。
指先がその素肌に触れた瞬間、痛みで歪んだ世界に神々しいほどの光が射した。
失神する直前の一瞬閃いた柔らかい金色の光に導かれ、意識がノアの中に戻る。薄くあいた夜色の瞳が、心配気に自分をを覗き込む澄み切った青い瞳を映した。
―― 君の痛みを僕にも引き受けさせて。
―― 決してひとりにはしないから、苦しむのも一緒だから。
迷いの無い瞳と言葉に、また少し胸の中が青に染まる。
眩い金の光と空の青。陽射しの匂いと、妖しい花の香の両方を漂わせる不思議な男。天真爛漫な笑顔と、獲物の喉を切り裂く無慈悲な残虐者の顔をあわせ持つ。
痛みに左右されない心理層の深潭で、たくさんの夢を見た。
毎晩、ひとりで見上げた暗い森の夜空。剣のように尖った建物が、一斉に空を突き刺す摩天楼。
記憶と現在(いま)が交差する。
初めて通った学校は、学力の差や記憶喪失、フリーエリアで見つかった子供という特異性から、クラスメイトにのけ者にされた。
ハイスクールで経験した恋と、ファーストキスで見えてしまった少女の本心。絆と繋がりを探し求め、たくさんの女の子と恋をした。だが、少女たちが望むのは迅・クロストの息子の恋人というステータスとの絆だった。大失恋した夜、求められるまま迅に自分を明け渡した。
一度だけ、ダンテに迅との関係を窘められたことがある。ダンテの恋人のジャスは神様と呟き、豊満なその胸にノアの頭を抱きよせた。
空に、顔のついた平たい太陽と月が交互に昇り沈んでいく。
ただ移ろいゆく景色と時間を眺める自分の前に、ひとりの少年が立っていた。
奇跡のように艶めく黄金の髪と、空を凝縮したような鮮やかな青い瞳。
14~5歳くらいだろうか。繊細ではあるが、けして女々しくはない柳眉の下の瞳には知性が溢れ、少年らしい優しいラインの鼻梁は卵形の顔の輪郭を引き立てる。
存在そのものが輝いて見える美しい少年は、待ちくたびれたと言わんばかりに腕を組み唇を尖らせた。
『トウワって、ほんとノンビリ屋さんだよね』
機嫌悪そうに言って、すぐに笑みで相貌を崩す。
『早く、会いにおいで』
そう言うや、空に昇った星をつかまえ姿を消した。
ぱちっと音が鳴りそうなくらいの勢いで目覚めた黒い瞳に、風に揺れるモビールが飛び込んだ。
少年が捕まえた星。その後ろを、笑った太陽と眠った月が弧を書きながら行きかう。
困った表情の描かれた星のオーナメントが、ゆっくりノアの視界を横切っていった。
目覚め間際に見た夢をもう一度、反芻する。
少年の知的な雰囲気は別人だが、容姿と身体のバランスは、ノアにピッタリくっついて眠っている男そのものだ。
夜明け前の淡い光の中で、ルドガーはうっすらと疲労の影を落とし深い眠りについていた。
そっと、シーツに包まれた肢体に巻きつく長い腕を外して、身を起す。
強張った身体をほぐすように深呼吸をするノアの目に、シーツから伸びる二本の脚が飛び込んだ。
ジェルの治癒作用の影響か、古傷が消え、艶やかなピンクの爪が生える生まれたてのような脚は、シーツの下で自分と繋がっているという実感が湧かない。
「新品みたいだな」
ひとりごち、つま先からゆっくり動かしてみる。
思い通りに動く足は、自分のものであってなお、借り物のような印象だ。
一晩中、自分を苦しめた激痛は嘘のように去り、じんわりと重い痺れだけが腹の脇に残っていた。
開きっ放しの窓から流れ込む薔薇の香を含んだ瑞々しい朝の風が、太陽と月星のモビールを揺らす。
うつ伏せに眠るルドガー背中に、自分の胸よりも痛々しい搔き傷が、それこそ無数に残っている。誰がつけたのか、聞くまでもない。豊かな絹糸の金髪に差し込んだノアの指先は、乾いた血液で褐色に染まっていた。
顔に掛かった金髪をそっとかき上げると、唇や頬にも傷を発見する。
少年の繊細さではなく、男らしく刷かれた愁眉にも小さな傷があった。大人に成長したルドガーには、少年の頃には無かった美しさが加わり艶やかな大人の色香がある。
起きている時とのギャップの凄まじさに、思わず苦笑いが漏れた。
傷のない顎や唇の縁に触れると、栗色の睫がカーヴする目蓋がそっと震える。
一晩中ノアに付き添ったルドガーは、目覚める気配もない。
ノアはもう一度ルドガーの隣に横になると、投げ出された手のひらに自分の手を重ねた。目を閉じて呼吸を整える。
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ノアの意識がダイブに向けて静かに滑り出した頃、栗色の睫に彩られた青い瞳が目を覚ます。
透度を増した鮮やかな青の瞳は、その虹彩にカウントを始めているであろうノアを収めると、愛しげに細まった。ほんの少し隙間を作った柔らかい唇に、傷ついた唇を重ねる。
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と、言うか 待っていたの?(〟-_・)ン?
「トウワ」=「ノア」
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想像つかないよ~d(T▽T)。o 0...byebye☆