10 ,2011
怪物 14
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毎朝、まだ朝露のついたままの薔薇の花が届けられた。
固く花弁を重ねた開きかけの花は、夕方には開き切り、辺りに濃厚な匂いを撒き散らす。
目を閉じれば花は見なくて済む。だが指一本、持ち上げろこともできない身体では、匂いから逃れる術がない。
まるで拷問だ。
ルドガーは、ノアがまる4日眠り通し、そのあいだ熱が上がり続けたのだと言った。
声が出ないのは、撃たれたショックのせいだとも。
こんな時、相手に自分と同じ心を読み取る力があれば、どんなに便利だろうかと思う。
毎日見たくもない薔薇を見せられ、一日中ルドガーがそわそわとベッド周りをうろついきノアを苛つかせた。ルドガーは、事あるごとに、いやなくてもノアに話しかけてくる。天井を見詰めて過ごすのは退屈だが、ノアにとって応対の出来ない会話はもっと煩わしいだけだ。
口が利けるようになったら、真っ先に薔薇を捨てさせ、くだらないじゃべりは止めさせ・・・そして、どうしても訊かなければならないことを・・・自分は聞くことが出来るだろうか。
現実を、受け止めることが出来るだろうか?
ルドガーの足音が必要以上に耳につき、過剰に苛々するのは、事実を知るのが怖いからだ。
目覚めてから今日で5日目。
動かす事は無理でも、僅かづつ身体の感覚は戻ってきている。
それなのに、下肢の状態は目覚めた時と同じ空白のままだ。ルドガーも、エリオットも、ノアの下肢については何も言わない。
自分の半身がどうなってしまったのか、知りたいと思うのと同時に耳を塞いでしまいそうな自分がいる。
一日中、天井と燻したような深みもあるベッドの緻密な彫刻を目で追いながら、同じことを繰り返し考える。日が経つにつれ、気分が滅入ってゆく。
上を向いたま小さく嘆息すると、いつものようにルドガーが飛んできた。
一体、どんな耳をしているのかと思う。
四六時中、ノアに張り付いているルドガーは、ノアのため息やほんの小さな咳も聞き逃さない。
もしかしたら、瞬きの音すらも拾うのではないかというくらい、ノアの立てる音に敏感に反応した。
そして、それがノアにとっては酷く煩わしいのだ。
人間じゃない。
ルドガーのことを、冗談半分でそう迅に報告したが、実際、ルドガーはどことなく人間離れしてしていた。
犬とかウサギとか。広い部屋のどこにいて何をしているのか。いかなる時も、ノアの立てた小さな音に敏感に反応して駆けつける。その姿は、やはり犬っぽい。
ついでに言うとこの毒花の匂いが気にならないのだから、鼻の曲がったバカ犬かもしれない。
「ノア、どうしたの お水?」
そう言われて、喉が渇いていることに気がついた。頷くと、ガラスの水差しを口に運んでくれる。
少し口を開けて待っていると、唇のすぐそばでピタっと止まった。
眼球を動かしてルドガーの顔を見上げる。
「あのね、コレより僕のほうが、上手に飲ませてあげられると思う。・・んだけど?」
上目遣いの目許を赤く染めて、もじもじするルドガーに険悪な視線を投げつける。
コレ、と水差しを持ち上げたルドガーを、不機嫌丸出しの目がギロリと睨んだ。
全てを拒否するように、目蓋を閉じて視界からルドガーを排除する。
「わっ!ごめん。ちゃんとお水あげるから、目を開けて。ね、ね」
ムカつきながらも薄く口を開けると、細いガラスの管が口の中に差し込まれた。
目が合うと機嫌を取るように笑いかけてくる。
自分より5歳は年を食っている男だ。
見た目は実年齢よりは若いなと思うだけだが、精神年齢は自分の半分くらいに思えた。
かいがいしく世話を焼いてくれるが、このネジの緩み具合と献身的な態度に慣れ、ついルドガーがターゲットである事を忘れそうになる。自分が望んだ事ではないとはいえ、本来ならいちばん世話をさせてはならない相手だ。
声さえ出れば・・・。この部屋から、この犬男から解放されるのに。
夕方、エリオットが食事を運んできた。
食事といっても、まだ普通に食べられるわけではなく、体力を維持するエネルギーカプセルと、腕にベルトで固定するタイプの薬品と生理食塩水のパックだけだ。
動かず食欲も戻らない今は、小さなカプセルひとつで充分に生命だけは維持できる。
「ノア様、熱も完全に下がりましたし、よろしゅうございました」
エリオットはルドガーの影響か、ノアを呉とは呼ばなくなった。
さすがに負傷者は苛めてはいけないと思ったのか、ひたすら親切だ。
「そろそろ、流動食を始められますか?」
ノアの目がエリオットの言葉を受け止め、拒否するように視線を外す。
食べるという事は、生きる事だ。生きるというモチベーションがいまの自分には持てない。
「ゆっくりで構いません。食べたいと思われましたら仰ってください」
エリオットの顔を見るたびに、何かを訊ねなければと思うのに、何を知りたかったのか思い出せない。
それどころか、自分が撃たれた時の事を、断片的にしか思い出せていない。
これもショックのせいだといわれた。
トキが、夏の送り込んだスパイだというトキの告白は、ノアを打ちのめした。
だが、その告白からとルドガーの脇から覗く銃口までの記憶が、ばっさり抜け落ちている。
あの時、トキはノアに何を言ったのか?
内容はすっかり抜けているのに、その時に受けた動揺とか驚愕だけが煤のようにノアの中に残って、追い詰められるような焦燥感だけが蘇る。
摩天楼の光も届かない須弥山の真っ暗な深夜。頭の両側と胴体の横でベッドが軋んだ。
浅い眠りから目を開けると、青い眼がノアを見下ろしていた。
青い虹彩が薄く光っているように見えるのは、部屋に差し込む月光の加減だろうか?
虹彩に囲まれた瞳孔のその奥で、何かがチカリと閃くのを見た。
その瞬間、脳裏にトキを高々と掲げ、振り返るルドガーの冷酷な貌が蘇った。
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毎朝、まだ朝露のついたままの薔薇の花が届けられた。
固く花弁を重ねた開きかけの花は、夕方には開き切り、辺りに濃厚な匂いを撒き散らす。
目を閉じれば花は見なくて済む。だが指一本、持ち上げろこともできない身体では、匂いから逃れる術がない。
まるで拷問だ。
ルドガーは、ノアがまる4日眠り通し、そのあいだ熱が上がり続けたのだと言った。
声が出ないのは、撃たれたショックのせいだとも。
こんな時、相手に自分と同じ心を読み取る力があれば、どんなに便利だろうかと思う。
毎日見たくもない薔薇を見せられ、一日中ルドガーがそわそわとベッド周りをうろついきノアを苛つかせた。ルドガーは、事あるごとに、いやなくてもノアに話しかけてくる。天井を見詰めて過ごすのは退屈だが、ノアにとって応対の出来ない会話はもっと煩わしいだけだ。
口が利けるようになったら、真っ先に薔薇を捨てさせ、くだらないじゃべりは止めさせ・・・そして、どうしても訊かなければならないことを・・・自分は聞くことが出来るだろうか。
現実を、受け止めることが出来るだろうか?
ルドガーの足音が必要以上に耳につき、過剰に苛々するのは、事実を知るのが怖いからだ。
目覚めてから今日で5日目。
動かす事は無理でも、僅かづつ身体の感覚は戻ってきている。
それなのに、下肢の状態は目覚めた時と同じ空白のままだ。ルドガーも、エリオットも、ノアの下肢については何も言わない。
自分の半身がどうなってしまったのか、知りたいと思うのと同時に耳を塞いでしまいそうな自分がいる。
一日中、天井と燻したような深みもあるベッドの緻密な彫刻を目で追いながら、同じことを繰り返し考える。日が経つにつれ、気分が滅入ってゆく。
上を向いたま小さく嘆息すると、いつものようにルドガーが飛んできた。
一体、どんな耳をしているのかと思う。
四六時中、ノアに張り付いているルドガーは、ノアのため息やほんの小さな咳も聞き逃さない。
もしかしたら、瞬きの音すらも拾うのではないかというくらい、ノアの立てる音に敏感に反応した。
そして、それがノアにとっては酷く煩わしいのだ。
人間じゃない。
ルドガーのことを、冗談半分でそう迅に報告したが、実際、ルドガーはどことなく人間離れしてしていた。
犬とかウサギとか。広い部屋のどこにいて何をしているのか。いかなる時も、ノアの立てた小さな音に敏感に反応して駆けつける。その姿は、やはり犬っぽい。
ついでに言うとこの毒花の匂いが気にならないのだから、鼻の曲がったバカ犬かもしれない。
「ノア、どうしたの お水?」
そう言われて、喉が渇いていることに気がついた。頷くと、ガラスの水差しを口に運んでくれる。
少し口を開けて待っていると、唇のすぐそばでピタっと止まった。
眼球を動かしてルドガーの顔を見上げる。
「あのね、コレより僕のほうが、上手に飲ませてあげられると思う。・・んだけど?」
上目遣いの目許を赤く染めて、もじもじするルドガーに険悪な視線を投げつける。
コレ、と水差しを持ち上げたルドガーを、不機嫌丸出しの目がギロリと睨んだ。
全てを拒否するように、目蓋を閉じて視界からルドガーを排除する。
「わっ!ごめん。ちゃんとお水あげるから、目を開けて。ね、ね」
ムカつきながらも薄く口を開けると、細いガラスの管が口の中に差し込まれた。
目が合うと機嫌を取るように笑いかけてくる。
自分より5歳は年を食っている男だ。
見た目は実年齢よりは若いなと思うだけだが、精神年齢は自分の半分くらいに思えた。
かいがいしく世話を焼いてくれるが、このネジの緩み具合と献身的な態度に慣れ、ついルドガーがターゲットである事を忘れそうになる。自分が望んだ事ではないとはいえ、本来ならいちばん世話をさせてはならない相手だ。
声さえ出れば・・・。この部屋から、この犬男から解放されるのに。
夕方、エリオットが食事を運んできた。
食事といっても、まだ普通に食べられるわけではなく、体力を維持するエネルギーカプセルと、腕にベルトで固定するタイプの薬品と生理食塩水のパックだけだ。
動かず食欲も戻らない今は、小さなカプセルひとつで充分に生命だけは維持できる。
「ノア様、熱も完全に下がりましたし、よろしゅうございました」
エリオットはルドガーの影響か、ノアを呉とは呼ばなくなった。
さすがに負傷者は苛めてはいけないと思ったのか、ひたすら親切だ。
「そろそろ、流動食を始められますか?」
ノアの目がエリオットの言葉を受け止め、拒否するように視線を外す。
食べるという事は、生きる事だ。生きるというモチベーションがいまの自分には持てない。
「ゆっくりで構いません。食べたいと思われましたら仰ってください」
エリオットの顔を見るたびに、何かを訊ねなければと思うのに、何を知りたかったのか思い出せない。
それどころか、自分が撃たれた時の事を、断片的にしか思い出せていない。
これもショックのせいだといわれた。
トキが、夏の送り込んだスパイだというトキの告白は、ノアを打ちのめした。
だが、その告白からとルドガーの脇から覗く銃口までの記憶が、ばっさり抜け落ちている。
あの時、トキはノアに何を言ったのか?
内容はすっかり抜けているのに、その時に受けた動揺とか驚愕だけが煤のようにノアの中に残って、追い詰められるような焦燥感だけが蘇る。
摩天楼の光も届かない須弥山の真っ暗な深夜。頭の両側と胴体の横でベッドが軋んだ。
浅い眠りから目を開けると、青い眼がノアを見下ろしていた。
青い虹彩が薄く光っているように見えるのは、部屋に差し込む月光の加減だろうか?
虹彩に囲まれた瞳孔のその奥で、何かがチカリと閃くのを見た。
その瞬間、脳裏にトキを高々と掲げ、振り返るルドガーの冷酷な貌が蘇った。
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■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
ブログ拍手のほかに、FC2拍手というのものを設置しました。
お礼画面というのを使いたかっただけなのですが、
完全にFC2拍手に変えてしまうと、今まで戴いた拍手数が見れなくなる
という理由で、ややこしいですがしばらくの間、2つ並びます。
(単に私が見かたをしらないだけかも?研究します。
お礼ページには周と享一のプロローグ的なお話を載せてあります。
ご覧になりたい方は黒い方の拍手をお使いください。(紙魚
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪

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お礼画面というのを使いたかっただけなのですが、
完全にFC2拍手に変えてしまうと、今まで戴いた拍手数が見れなくなる
という理由で、ややこしいですがしばらくの間、2つ並びます。
(単に私が見かたをしらないだけかも?研究します。
お礼ページには周と享一のプロローグ的なお話を載せてあります。
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下半身が ヤバそうですよね。(・´_`・)心配だぁ...
ルーくんは、また お花王子に逆戻り しかも 今までより ウザさが増して!(笑)
ノアが爆発する前に 迅さまぁ~迎えに来てよ~お願い(人'д`o)
ノアは、僕が 誠心誠意お世話するから 大丈夫だよ~♪:*.;".*・;・^;・:\(*^▽^*)/:・;^・;・*.";.*: ・・・┐(≡~≡)┌もうダメダ...byebye☆