10 ,2011
怪物 13
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深い森の底で、ずっと誰かが迎えに来てくれるのを待っていた。
そして今も待っている。
けど、きっともう自分はどこにも行くことはない。
そう、自分を迎えに来るのは、大量の血を流しながら息絶えるのを待ちわびている死神だ。
熱い。
薔薇の毒が体内を廻る。
血液に混ざり足の先から、膝の裏、腹、胸、背中。項も唇も睫毛の先までも焼いてゆく。
着ているものを全て脱いで、躰を冷やしたいと思うのに指一本持ち上げる事ができない。
あの月の庭で薔薇を散らした夜、凶器のような鋭い棘から感染したに違いなかった。
月光に揺れる美しい花。触れるものに死の熱い接吻を与える馨しい匂い。
薔薇の熱に侵された血液が、体内で沸騰する。
ボコッと音を立てて血液の中で生まれた泡は、金色の気泡となる。
またひとつ。そしてまた・・・・・。
たくさんの気泡が、自分の躰から生まれ、皮膚を貫け歪に形を変えながらゆっくり上昇してゆく。
キャンドルの揺らめく光をうけてグラスがさんざめいていた。豪奢な黒いベルベットのドレープの向こうには、摩天楼の光が散らばる。
肌を重ねては解き、指を絡め滅多に感情を表に出さない灰色の瞳と、何度も見詰め合った。あんなに柔らかで優しげな迅の瞳を見たのは、何年ぶりだっただろうか。
迅に戻って来いと言われて、舞い上がるくらい嬉しかった。
格好つけず、何もかも放り出してあの時、迅の元に帰ればよかったのだ。
迅の大きな手にもう一度、撫でられたい。
開けているのか、閉じているのかわからない自分の目から涙が零れた。
沸騰した血から生まれた涙は、外に出た途端冷たくなってほんの少し肌を冷やす。
誰かがその涙を拭った。
直前まで氷でも触っていたかのように冷たい手だ。
指先が触れた肌が束の間、熱を忘れる。
・・・・・ノア、可哀相に。
ノアと呼ぶ声に甘い響きがあった。
この声には聞き覚えがある。低くて、声の端っこにほんの少し欠けたような掠れがある。
涙を拭った手が、顔中を撫で、柔らかく肌を包み、髪を梳いて耳の下で止まった。
口許に落とされた唇が、熱に沸騰し悲鳴をあげる身体を優しく慰めてくれる。
とても気持ちがいい。
頬にあたる吐息も、顔を包む手のひらも、時折触れる腕も甘露の冷たさを持つ。
もっと、もっと触れてほしい。そう思う反面、もう触れないでくれと思う。
薔薇の毒を、ウイルスを感染させてしまう。
着衣を剥がれる感覚があり、冷たい腕に全身を包まれた。
冷たい肌が、熱に熟れた躰を抱き寄せる。
ダメだ。駄目だ・・・・迅。
落胆するような吐息が項に落ちて、強く抱きしめられた。
「大丈夫だから。いまはたくさん眠って」
明確な声が鼓膜を優しく震わせる。
声の暗示に掛かったように、不思議な安堵感に包まれ眠気が訪れた。
まず目に入ったのは、白い天井のレリーフだった。
あめ色の廻り縁が縁高い取る天井、クラシカルな部屋の大きなベッドに寝かされていた。
ベッドの四隅を飾る柱と、ヘッドボードに太いロープのような彫刻が施されている。貴重な芸術品に寝かされている気分だ。
初めて見る部屋だが、薔薇の匂いで誰の部屋かはすぐにわかった。そして、自分の下半身が吹っ飛んでなくなったか、不随になったということも。
自分を締め上げるルドガーを狙ってトキが構えた銃は、銃口が上がりきらずルドガーの腹を逸れノアの脇腹を打ち抜いた。
自分の銃だ。威力は自分がいちばんよくわかっている。
生きている事を、呪わずにはいられない。
「気がついたんだね」
視界に摘みたての薔薇と、空色の瞳が飛び込んでくる。
顔を逸らしたい。なのに、それすらも出来ない自分から一番目を背けたいと思う自分がいた。
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□お知らせです□
この度、卯月屋文庫の紙森さまより、「翠滴Ⅲ」の後半で出てきました
アレクと瀬尾の二次小説SSをいただきました。
以前に紙森さまから戴きました、『眠りの海で青い魚は恋をする』の後のお話です。
紙森さまの書かれる文章の、細やかな心の動きや、行間から漂う上品で質の良い
エロティシズムはわたくしの憧れです。
こちらでは、明日の17:00に更新させていただきます。
深い森の底で、ずっと誰かが迎えに来てくれるのを待っていた。
そして今も待っている。
けど、きっともう自分はどこにも行くことはない。
そう、自分を迎えに来るのは、大量の血を流しながら息絶えるのを待ちわびている死神だ。
熱い。
薔薇の毒が体内を廻る。
血液に混ざり足の先から、膝の裏、腹、胸、背中。項も唇も睫毛の先までも焼いてゆく。
着ているものを全て脱いで、躰を冷やしたいと思うのに指一本持ち上げる事ができない。
あの月の庭で薔薇を散らした夜、凶器のような鋭い棘から感染したに違いなかった。
月光に揺れる美しい花。触れるものに死の熱い接吻を与える馨しい匂い。
薔薇の熱に侵された血液が、体内で沸騰する。
ボコッと音を立てて血液の中で生まれた泡は、金色の気泡となる。
またひとつ。そしてまた・・・・・。
たくさんの気泡が、自分の躰から生まれ、皮膚を貫け歪に形を変えながらゆっくり上昇してゆく。
キャンドルの揺らめく光をうけてグラスがさんざめいていた。豪奢な黒いベルベットのドレープの向こうには、摩天楼の光が散らばる。
肌を重ねては解き、指を絡め滅多に感情を表に出さない灰色の瞳と、何度も見詰め合った。あんなに柔らかで優しげな迅の瞳を見たのは、何年ぶりだっただろうか。
迅に戻って来いと言われて、舞い上がるくらい嬉しかった。
格好つけず、何もかも放り出してあの時、迅の元に帰ればよかったのだ。
迅の大きな手にもう一度、撫でられたい。
開けているのか、閉じているのかわからない自分の目から涙が零れた。
沸騰した血から生まれた涙は、外に出た途端冷たくなってほんの少し肌を冷やす。
誰かがその涙を拭った。
直前まで氷でも触っていたかのように冷たい手だ。
指先が触れた肌が束の間、熱を忘れる。
・・・・・ノア、可哀相に。
ノアと呼ぶ声に甘い響きがあった。
この声には聞き覚えがある。低くて、声の端っこにほんの少し欠けたような掠れがある。
涙を拭った手が、顔中を撫で、柔らかく肌を包み、髪を梳いて耳の下で止まった。
口許に落とされた唇が、熱に沸騰し悲鳴をあげる身体を優しく慰めてくれる。
とても気持ちがいい。
頬にあたる吐息も、顔を包む手のひらも、時折触れる腕も甘露の冷たさを持つ。
もっと、もっと触れてほしい。そう思う反面、もう触れないでくれと思う。
薔薇の毒を、ウイルスを感染させてしまう。
着衣を剥がれる感覚があり、冷たい腕に全身を包まれた。
冷たい肌が、熱に熟れた躰を抱き寄せる。
ダメだ。駄目だ・・・・迅。
落胆するような吐息が項に落ちて、強く抱きしめられた。
「大丈夫だから。いまはたくさん眠って」
明確な声が鼓膜を優しく震わせる。
声の暗示に掛かったように、不思議な安堵感に包まれ眠気が訪れた。
まず目に入ったのは、白い天井のレリーフだった。
あめ色の廻り縁が縁高い取る天井、クラシカルな部屋の大きなベッドに寝かされていた。
ベッドの四隅を飾る柱と、ヘッドボードに太いロープのような彫刻が施されている。貴重な芸術品に寝かされている気分だ。
初めて見る部屋だが、薔薇の匂いで誰の部屋かはすぐにわかった。そして、自分の下半身が吹っ飛んでなくなったか、不随になったということも。
自分を締め上げるルドガーを狙ってトキが構えた銃は、銃口が上がりきらずルドガーの腹を逸れノアの脇腹を打ち抜いた。
自分の銃だ。威力は自分がいちばんよくわかっている。
生きている事を、呪わずにはいられない。
「気がついたんだね」
視界に摘みたての薔薇と、空色の瞳が飛び込んでくる。
顔を逸らしたい。なのに、それすらも出来ない自分から一番目を背けたいと思う自分がいた。
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□お知らせです□
この度、卯月屋文庫の紙森さまより、「翠滴Ⅲ」の後半で出てきました
アレクと瀬尾の二次小説SSをいただきました。
以前に紙森さまから戴きました、『眠りの海で青い魚は恋をする』の後のお話です。
紙森さまの書かれる文章の、細やかな心の動きや、行間から漂う上品で質の良い
エロティシズムはわたくしの憧れです。
こちらでは、明日の17:00に更新させていただきます。
■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
押し出してしまった・・・・。
誤字脱字、気が付かれましたら教えてください。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪

押し出してしまった・・・・。
誤字脱字、気が付かれましたら教えてください。
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> ど、どうしましょう?
・大事な下半身が・・・(笑)
BLでは不可欠な場所ですもの、困ると思います(お花と迅が・・・
ルドガーは献身的な看病でポイントを稼ぐべし、ですので
このあとは、せっせとがんばってもらわねば・・・そしてまた嫌われたり。
私はトキのその後も気になるのですが。。どうなったんだろう(笑)
> でも、その前に紙森さまですね、きゃっほーヾ(´∀`〃)ノ~♪
・はい、紙森ワールドによるアレク瀬尾CPです。二人の関係に激萌えしている私です♡
無事、お目に掛けれるようになってよかったです(嬉
相談に乗ってくださり、本当にありがとうございました。
コメント&ご訪問、感謝です!!