10 ,2011
怪物 12
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やはり、ジタンはルドガーに接触していたのだ。
「ありゃ?こいつはしくじったかな。親父の情人(イロ)までやってる奴だから、てっきりクロストから・・・・あ、そか。情報漏洩防止対策ってやつね」
独り言のように呟いたトキが、遅すぎる口を噤んだ。
自分がしゃべりすぎた事に気付いたのか、自嘲気味に笑う。
「まあいいや。今更だ。お前はもうこっちに落ちたも同然なんだしな」
言いながら、銃を構えなおした。
「呉 紹いやノア・クロストか。お前の事は、結構好きだったぜ。クロストとの乱れた関係はさっさと忘れて、これからはせいぜい劉桂に可愛がってもらいな」
薬漬けかも知んないけどな、と付け足し裏木戸を顎で指し、外に出ろと指示する。
渋々ノアが歩き出すのを認めたトキが、取り上げたノアの銃をズボンの背中側に挟む。
微かな金属と樹脂製のベルトが擦れる音を、トキ自身が聞き取った時には、利き手に構えていたトキの銃はノアの足に弾き飛ばされていた。
「この・・・・!」
間髪入れずにトキの顔面に拳を食らわせる。吹っ飛んだトキの胸倉を、ノアの一見細く見える腕が引き上げた。
「可愛い顔してんのに、馬鹿力だな」
「黙れ。今度、可愛いって言ったら、完全に鼻を潰すぞ」
トキの鼻の骨は折れ、切れた唇は血まみれで腫れ上がっている。トキは顔を顰めて無理に笑うと、血だらけの唇を歪ませ、大量の血反吐を吐き出した。教会の中庭に面した石の床に、折れた歯の混ざった血糊がべったりと付く。
トキの身体をノアが揺すった。
「言え。ジタンはどこにいる?お前たちが拘束しているのか」
一重の鋭い視線がノアを射した。
「黙れとか、しゃべれとか、まるで暴君の命令だぜ」
発音が不明瞭になった声でふてぶてしく言い、紫色に膨れ上がった唇の間から歯を剥き出しにやりと笑う。
「あいつ消えちゃたのか。もしかして、あいつもお前の男だったって事? じゃあ遠慮せず、愛しいジタンはお前が殺したのか教えてくださいって聞けばいい。ほら、お願いしてみな」
腹に硬いものが食い込んだ。トキが背中に挟んだノアの銃だ。
「放せよ」
胸倉を掴むノアの手がトキから離れる。
ジタンの話に気を取られ、背中の自分の銃にまで気が回っていなかった。
「形勢逆転。だから人生って面白いよな。人の話を最後まで聞くところは褒めてやるが、頭に血が上ると注意力が散漫になる甘さは、お前もジタンもそっくりだな。命取りだけどさ」
トキの指がセルフチャージのスイッチに触れると、銃身からキュインという音がしてあっと今にチャージが完了する。トキが軽くトリガーを引くだけで、自分は性別の区別もつかないくらい木っ端微塵になるはずだった。
いきなり襲った強い衝撃と、思い物体が硬い壁に衝突する音を聞いたのはほぼ同時だった。
それからコンマ数秒遅れて、静寂の中庭に獣の咆哮のような悲鳴があがる。
弾き飛ばされた衝撃で、石の柱に叩きつけられ蹲ったノアの身体に、恐怖と苦痛に捩れる悲鳴が降り注ぐ。
ふらつく頭を上げ、飛び込んできた光景にノアは瞠目した。
教会の石の壁には亀裂が入り、割れた瓦礫が倒れた自分の足元にまで散らばっている。
先の衝突音は硬い石の壁を砕いた音に違いなかった。
そして衝撃が砕いたものは壁だけではない。
長躯の背中が高々と掲げるトキの身体は、腕が肩の付け根から奇妙な方向に捩れ、間延びしたようにだらりと垂れ下がっている。トキの腕を伝って滴る血液が、靴の先から70センチ下の地面に早くも血溜まりを作っていた。
血泡を吹くトキの口から、人間とは思えぬ低いうめき声が漏れる。
美しい金髪を戴く後姿がダンスでも踊るかのように、スイと優雅に右腕を上げた。手のひらをひらりとかえし、すっと伸ばす。
その手刀の軌道上に、深く傾いだトキの首があることを認めたノアは、心臓が冷たく萎縮するのを感じた。
スローモーションのように優美に伸ばされた手が、完璧な弧を描いて滑り出す。
加速をつけた手刀が、トキの首を薙ぎ落とす光景が目に浮かんだ。
「ルドガー、やめろ!」
風を切って滑る手刀が、トキの首にめり込む寸前で止まった。
トキはもう観念しているのか、目を閉じて動じる気配もない。
「トキはもう無力だ。これ以上傷つける必要はない」
ゆっくりルドガーが振り向く。ノアに向けられた感情のない瞳に、虚を突かれた。
いつも生気が溢れ、晴れ渡った空を思わせる青い瞳は昏く沈み、開ききった瞳孔は赤く染まっている。殺伐とした無機質なルドガーの瞳は、殺人鬼ホーリーの瞳より冷たく無慈悲に見えた。
これは本当にルドガーだろうか。
言葉を失うノアを見詰めるルドガーの瞳が、ぎこちなく瞬きをする。静かな中庭を風が抜け、ルドガーの艶やかな金髪を揺らす。
ルドガーが、徐に表情を取り戻し始めるのを見て、ゆっくり近付いた。
「トキには、まだ聞きたいことがある。殺したら俺が許さない」
ジタンと似たトキのことを、まだ憎みきれない。
近付く途中でルドガーの肩越しにトキと目が会った。項垂れていた頭の腫れた目蓋をこじ上げ、ノアを見る。欠けた歯列が、腫れて歪んだ唇の間から見えた気がした。
あるいは笑ったのかもしれない。
銃声と腹で炸裂する熱。
ルドガーの「トウワ」と叫ぶ声を、色彩を失った世界で聞いた。
トウワじゃない、ノアだって。声はすぐバラバラになって、訪れた闇の中に解けて消えた。
意識が途切れた。
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やはり、ジタンはルドガーに接触していたのだ。
「ありゃ?こいつはしくじったかな。親父の情人(イロ)までやってる奴だから、てっきりクロストから・・・・あ、そか。情報漏洩防止対策ってやつね」
独り言のように呟いたトキが、遅すぎる口を噤んだ。
自分がしゃべりすぎた事に気付いたのか、自嘲気味に笑う。
「まあいいや。今更だ。お前はもうこっちに落ちたも同然なんだしな」
言いながら、銃を構えなおした。
「呉 紹いやノア・クロストか。お前の事は、結構好きだったぜ。クロストとの乱れた関係はさっさと忘れて、これからはせいぜい劉桂に可愛がってもらいな」
薬漬けかも知んないけどな、と付け足し裏木戸を顎で指し、外に出ろと指示する。
渋々ノアが歩き出すのを認めたトキが、取り上げたノアの銃をズボンの背中側に挟む。
微かな金属と樹脂製のベルトが擦れる音を、トキ自身が聞き取った時には、利き手に構えていたトキの銃はノアの足に弾き飛ばされていた。
「この・・・・!」
間髪入れずにトキの顔面に拳を食らわせる。吹っ飛んだトキの胸倉を、ノアの一見細く見える腕が引き上げた。
「可愛い顔してんのに、馬鹿力だな」
「黙れ。今度、可愛いって言ったら、完全に鼻を潰すぞ」
トキの鼻の骨は折れ、切れた唇は血まみれで腫れ上がっている。トキは顔を顰めて無理に笑うと、血だらけの唇を歪ませ、大量の血反吐を吐き出した。教会の中庭に面した石の床に、折れた歯の混ざった血糊がべったりと付く。
トキの身体をノアが揺すった。
「言え。ジタンはどこにいる?お前たちが拘束しているのか」
一重の鋭い視線がノアを射した。
「黙れとか、しゃべれとか、まるで暴君の命令だぜ」
発音が不明瞭になった声でふてぶてしく言い、紫色に膨れ上がった唇の間から歯を剥き出しにやりと笑う。
「あいつ消えちゃたのか。もしかして、あいつもお前の男だったって事? じゃあ遠慮せず、愛しいジタンはお前が殺したのか教えてくださいって聞けばいい。ほら、お願いしてみな」
腹に硬いものが食い込んだ。トキが背中に挟んだノアの銃だ。
「放せよ」
胸倉を掴むノアの手がトキから離れる。
ジタンの話に気を取られ、背中の自分の銃にまで気が回っていなかった。
「形勢逆転。だから人生って面白いよな。人の話を最後まで聞くところは褒めてやるが、頭に血が上ると注意力が散漫になる甘さは、お前もジタンもそっくりだな。命取りだけどさ」
トキの指がセルフチャージのスイッチに触れると、銃身からキュインという音がしてあっと今にチャージが完了する。トキが軽くトリガーを引くだけで、自分は性別の区別もつかないくらい木っ端微塵になるはずだった。
いきなり襲った強い衝撃と、思い物体が硬い壁に衝突する音を聞いたのはほぼ同時だった。
それからコンマ数秒遅れて、静寂の中庭に獣の咆哮のような悲鳴があがる。
弾き飛ばされた衝撃で、石の柱に叩きつけられ蹲ったノアの身体に、恐怖と苦痛に捩れる悲鳴が降り注ぐ。
ふらつく頭を上げ、飛び込んできた光景にノアは瞠目した。
教会の石の壁には亀裂が入り、割れた瓦礫が倒れた自分の足元にまで散らばっている。
先の衝突音は硬い石の壁を砕いた音に違いなかった。
そして衝撃が砕いたものは壁だけではない。
長躯の背中が高々と掲げるトキの身体は、腕が肩の付け根から奇妙な方向に捩れ、間延びしたようにだらりと垂れ下がっている。トキの腕を伝って滴る血液が、靴の先から70センチ下の地面に早くも血溜まりを作っていた。
血泡を吹くトキの口から、人間とは思えぬ低いうめき声が漏れる。
美しい金髪を戴く後姿がダンスでも踊るかのように、スイと優雅に右腕を上げた。手のひらをひらりとかえし、すっと伸ばす。
その手刀の軌道上に、深く傾いだトキの首があることを認めたノアは、心臓が冷たく萎縮するのを感じた。
スローモーションのように優美に伸ばされた手が、完璧な弧を描いて滑り出す。
加速をつけた手刀が、トキの首を薙ぎ落とす光景が目に浮かんだ。
「ルドガー、やめろ!」
風を切って滑る手刀が、トキの首にめり込む寸前で止まった。
トキはもう観念しているのか、目を閉じて動じる気配もない。
「トキはもう無力だ。これ以上傷つける必要はない」
ゆっくりルドガーが振り向く。ノアに向けられた感情のない瞳に、虚を突かれた。
いつも生気が溢れ、晴れ渡った空を思わせる青い瞳は昏く沈み、開ききった瞳孔は赤く染まっている。殺伐とした無機質なルドガーの瞳は、殺人鬼ホーリーの瞳より冷たく無慈悲に見えた。
これは本当にルドガーだろうか。
言葉を失うノアを見詰めるルドガーの瞳が、ぎこちなく瞬きをする。静かな中庭を風が抜け、ルドガーの艶やかな金髪を揺らす。
ルドガーが、徐に表情を取り戻し始めるのを見て、ゆっくり近付いた。
「トキには、まだ聞きたいことがある。殺したら俺が許さない」
ジタンと似たトキのことを、まだ憎みきれない。
近付く途中でルドガーの肩越しにトキと目が会った。項垂れていた頭の腫れた目蓋をこじ上げ、ノアを見る。欠けた歯列が、腫れて歪んだ唇の間から見えた気がした。
あるいは笑ったのかもしれない。
銃声と腹で炸裂する熱。
ルドガーの「トウワ」と叫ぶ声を、色彩を失った世界で聞いた。
トウワじゃない、ノアだって。声はすぐバラバラになって、訪れた闇の中に解けて消えた。
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■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
ユニバ2章で目指すのは、バラとワンコとツンデレの乙女チックロマンス。
なんでこんな痛い流血シーンが出てくるのか・・・・乙女チックロマンスはどこ?
次からはきっと、BLです(苦しい・・・
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪

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なんでこんな痛い流血シーンが出てくるのか・・・・乙女チックロマンスはどこ?
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トキは大変な目に遭っています。
ルドガーもお花が少し抜けてますね。ノアも撃たれちゃいましたし。
BLロマンスは一体どこ・・・(笑)
> 次なるニュースも読んで興奮しています。二次!!!アレク・瀬尾!!
・そうなんです!!二次を戴いています(≧▽≦)
美しく、行間に蜜のような懊悩とエロスティズムの詰ったKさまの秀作です。
早くこちらでUPして、みなさまにもお目にかけたいと思いつつ
取り急ぎカット制作中の私。急ぎます。
コメント&ご訪問、ありがとうございます!