09 ,2011
怪物 10
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エレベーターを降りて一歩外に踏み出した途端、行く手を阻む邪魔っけな壁にぶつかった。
むっとして見上げると、壁は少し目を眇め不機嫌丸出しの顔をするが、見ようによっては、泣きそうな顔に見えなくもなかった。
「どこに行ってたの?」
お前は一体、俺のなんだ?
そんな思いが、うんざりと眉を寄せるノアの顔にも浮かぶ。
午前5時。勤務までの短い時間、迅との情事で消耗しきった躰を休ませようと少し早めに戻ってきた。
広い廊下はセキュリティのため、煌々と明りがともされているが、外の薔薇の庭はまだ夜明け前の蒼い静寂に包まれている。
さすがにエリオットもまだ起きてきてはいない。うざったいのは、この目の前に立ちはだかる“ターゲット”の男だけだ。情交の名残を隠しもせず艶めいたため息をつくと、ルドガーの顔が泣く寸前の子供みたいな悲しそうな顔になった。
ノアはもう一度ため息をつくと、鼻白んだ顔で青い瞳を見据えた。
「私は今朝まで非番なんです。自分の時間をどう使おうが、私の自由でしょう」
「だからって、外泊するなんて僕は聞いてない」
珍しく感情を荒立てるルドガーに、冷えに冷え切った冷たい視線を向ける。
「どうして、私のプライベートな時間の予定まで、あなたに報告しなければいけないんですか?」
「だって、心配するよ」
「私は、子供ではありませんから。まして、お客様であるあなたに心配して頂く必要はありません」
「必要とかじゃなくて、僕が心配なんだ。だから・・・・」
「あなたに関係ないだろうっ!勝手に俺の心配なんかしないでくれ!!」
ノアの剣幕に言葉を失ったルドガーの身体を押し退け、自分にあてがわれた部屋に向かって早足で歩きだす。外はどんどん青みを消し、薔薇の花の色がわかるくらいに明るくなっている。
自分の怒鳴り声で、こうるさいエリオットが起きだしてくる前に部屋に退散したかった。
本当にもう、何もかもうんざりだ。
「迅・クロストと会ってたの?」
背後から投げられた硬い声に、ノアの足が止まった。
ほんの少し振り返り、意味深な流し目を送る。そして小馬鹿にするように笑うと、その場を立ち去った。
壁に掛けられた大きな鏡がルドガーを映す。
すべての感情を削ぎ落とした人形のような美貌を、ノアの消えた廊下の角に向け佇んでいる。
やがてぎこちなく首をひとつ傾げると、ノアとは逆の方向に歩き出した。
「呉、今どこにいる?」
トキから位置確認が入る。
「マレ地区の中心エリアに入った。そっちは?」
「北ジャンクションで待機。その辺は特に治安が荒れているから気をつけろよ」
青い点滅がマレ区の外れにあるジャンクションで止まっている。
「了解」
もう一度、ルドガーのマシンの場所を特定しなおせば、ノアのセダン型エアフライでは走行不可能な複雑な通路の先で赤い光が点滅する。
嫌がらせかよ、とひとりごちエンジンを切った。
早朝、ルドガーと言い争ったあと部屋に戻ったが、考え事をしていて結局、眠ることは出来なかった。
迅に戻ってこいと言われ、心が動かなかったといえば嘘になる。
昨夜の迅は少し不安になるくらい優しかった。自分も、迅にあそこまで素直な気持ちになれたのは久しぶりだった気がする。我ながら単純な思考回路だと思うが、純粋に迅の力になりたいと思った。
それに、ジタンの足取りが何もつかめていない。
トキとの交友が深まるにつれジタンの事を思い出すことが多くなった。楽天的で、人生は楽しくというトキの姿勢は、そのままジタンと重なり、時々つらくなる。
ジタンが消えた。それだけしかない事実を、どうする事も出来ない自分が歯がゆくて仕方ない。
ほんの小さな取っ掛かりでいい。何かを掴むまで、今は須弥山を離れるつもりはなかった。
エアフライを降りて、だるさの残る身体を騙しつつ歩き始めた。黒光りするエアフライから降り立ったノアに、往来する人々の昏い視線が集中する。
メイン道路では市場がたち多くの人出の中に、物乞いや裸足の子供も目に付いた。地面の舗装の割れ目にゴミと汚水が溜まり、食べ物の匂いに混ざって異臭が漂っている。
マレ地区は完全に整備され、管理されたセントラルの中で最も荒廃したエリアだ。
遠い過去に街並み保存という形で保護されたマレ地区は、保存運動のせいで開発が遅れた。都市機能のインフラが進む中、この地区だけが「新世界化」から取り残された。
細い路地に入ると、途端に人通りがなくなった。
市場の喧騒が遠のくにつれ、ノアと歩調を合わせる複数の足音が耳につきだした。
強盗、誘拐、殺人、このエリアならどれもありうる。
足音は4人分。
その足音がばらけた瞬間、ノアも跳躍した。最初の拳は、跳びかかって来た男の腹に深く食い込んだ。
男が倒れ込んだ時にはノアの姿はなく、駆けつけた別の男の横手から頚椎めがけて回し蹴りを入れる。
無駄のない動きで急所のみを突き、あっという間に決着はついた。
地面に熨した男達を、腕を組んで見下ろす。
4人とも東洋系と言うのが引っかかったが、問い詰めても口が利けそうな者はひとりもいなかった。
古い教会の木戸を開けると、中庭の芝生の中にナイトブルーのバイク型エアフライ、WIB3001が無造作に停められてた。
マシンの近くにはルドガーの姿はない。
教会の中にいるのかと歩き出した時、側頭にゴリッと硬いものを突きつけられ動きが止まった。
反射的にノアの両手がゆっくり上がる。
「お前、そこそこ可愛い顔してんのに、けっこう強いのな」
聞き覚えのある声に、自分の幾つかの過ちを悟る。
銃口はノアの髪を撫でながら後頭部に移る。耳元に吐息が掛かり、背筋に悪寒が走った。
「まさか、劉桂が探してる呉紹と須弥山でご対面とは、俺ってツイてる」
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エレベーターを降りて一歩外に踏み出した途端、行く手を阻む邪魔っけな壁にぶつかった。
むっとして見上げると、壁は少し目を眇め不機嫌丸出しの顔をするが、見ようによっては、泣きそうな顔に見えなくもなかった。
「どこに行ってたの?」
お前は一体、俺のなんだ?
そんな思いが、うんざりと眉を寄せるノアの顔にも浮かぶ。
午前5時。勤務までの短い時間、迅との情事で消耗しきった躰を休ませようと少し早めに戻ってきた。
広い廊下はセキュリティのため、煌々と明りがともされているが、外の薔薇の庭はまだ夜明け前の蒼い静寂に包まれている。
さすがにエリオットもまだ起きてきてはいない。うざったいのは、この目の前に立ちはだかる“ターゲット”の男だけだ。情交の名残を隠しもせず艶めいたため息をつくと、ルドガーの顔が泣く寸前の子供みたいな悲しそうな顔になった。
ノアはもう一度ため息をつくと、鼻白んだ顔で青い瞳を見据えた。
「私は今朝まで非番なんです。自分の時間をどう使おうが、私の自由でしょう」
「だからって、外泊するなんて僕は聞いてない」
珍しく感情を荒立てるルドガーに、冷えに冷え切った冷たい視線を向ける。
「どうして、私のプライベートな時間の予定まで、あなたに報告しなければいけないんですか?」
「だって、心配するよ」
「私は、子供ではありませんから。まして、お客様であるあなたに心配して頂く必要はありません」
「必要とかじゃなくて、僕が心配なんだ。だから・・・・」
「あなたに関係ないだろうっ!勝手に俺の心配なんかしないでくれ!!」
ノアの剣幕に言葉を失ったルドガーの身体を押し退け、自分にあてがわれた部屋に向かって早足で歩きだす。外はどんどん青みを消し、薔薇の花の色がわかるくらいに明るくなっている。
自分の怒鳴り声で、こうるさいエリオットが起きだしてくる前に部屋に退散したかった。
本当にもう、何もかもうんざりだ。
「迅・クロストと会ってたの?」
背後から投げられた硬い声に、ノアの足が止まった。
ほんの少し振り返り、意味深な流し目を送る。そして小馬鹿にするように笑うと、その場を立ち去った。
壁に掛けられた大きな鏡がルドガーを映す。
すべての感情を削ぎ落とした人形のような美貌を、ノアの消えた廊下の角に向け佇んでいる。
やがてぎこちなく首をひとつ傾げると、ノアとは逆の方向に歩き出した。
「呉、今どこにいる?」
トキから位置確認が入る。
「マレ地区の中心エリアに入った。そっちは?」
「北ジャンクションで待機。その辺は特に治安が荒れているから気をつけろよ」
青い点滅がマレ区の外れにあるジャンクションで止まっている。
「了解」
もう一度、ルドガーのマシンの場所を特定しなおせば、ノアのセダン型エアフライでは走行不可能な複雑な通路の先で赤い光が点滅する。
嫌がらせかよ、とひとりごちエンジンを切った。
早朝、ルドガーと言い争ったあと部屋に戻ったが、考え事をしていて結局、眠ることは出来なかった。
迅に戻ってこいと言われ、心が動かなかったといえば嘘になる。
昨夜の迅は少し不安になるくらい優しかった。自分も、迅にあそこまで素直な気持ちになれたのは久しぶりだった気がする。我ながら単純な思考回路だと思うが、純粋に迅の力になりたいと思った。
それに、ジタンの足取りが何もつかめていない。
トキとの交友が深まるにつれジタンの事を思い出すことが多くなった。楽天的で、人生は楽しくというトキの姿勢は、そのままジタンと重なり、時々つらくなる。
ジタンが消えた。それだけしかない事実を、どうする事も出来ない自分が歯がゆくて仕方ない。
ほんの小さな取っ掛かりでいい。何かを掴むまで、今は須弥山を離れるつもりはなかった。
エアフライを降りて、だるさの残る身体を騙しつつ歩き始めた。黒光りするエアフライから降り立ったノアに、往来する人々の昏い視線が集中する。
メイン道路では市場がたち多くの人出の中に、物乞いや裸足の子供も目に付いた。地面の舗装の割れ目にゴミと汚水が溜まり、食べ物の匂いに混ざって異臭が漂っている。
マレ地区は完全に整備され、管理されたセントラルの中で最も荒廃したエリアだ。
遠い過去に街並み保存という形で保護されたマレ地区は、保存運動のせいで開発が遅れた。都市機能のインフラが進む中、この地区だけが「新世界化」から取り残された。
細い路地に入ると、途端に人通りがなくなった。
市場の喧騒が遠のくにつれ、ノアと歩調を合わせる複数の足音が耳につきだした。
強盗、誘拐、殺人、このエリアならどれもありうる。
足音は4人分。
その足音がばらけた瞬間、ノアも跳躍した。最初の拳は、跳びかかって来た男の腹に深く食い込んだ。
男が倒れ込んだ時にはノアの姿はなく、駆けつけた別の男の横手から頚椎めがけて回し蹴りを入れる。
無駄のない動きで急所のみを突き、あっという間に決着はついた。
地面に熨した男達を、腕を組んで見下ろす。
4人とも東洋系と言うのが引っかかったが、問い詰めても口が利けそうな者はひとりもいなかった。
古い教会の木戸を開けると、中庭の芝生の中にナイトブルーのバイク型エアフライ、WIB3001が無造作に停められてた。
マシンの近くにはルドガーの姿はない。
教会の中にいるのかと歩き出した時、側頭にゴリッと硬いものを突きつけられ動きが止まった。
反射的にノアの両手がゆっくり上がる。
「お前、そこそこ可愛い顔してんのに、けっこう強いのな」
聞き覚えのある声に、自分の幾つかの過ちを悟る。
銃口はノアの髪を撫でながら後頭部に移る。耳元に吐息が掛かり、背筋に悪寒が走った。
「まさか、劉桂が探してる呉紹と須弥山でご対面とは、俺ってツイてる」
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■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
劉桂って、誰だっけと思われたみなさま、夏さんのことです。
今回、詰め込みすぎました、少し読みづらかったのではないかと思います。すみません。
それと、ラストのセリフの中に絵文字が混入していました。
入れた記憶は全くないのですが、入っていた私は本当にヤバイです(汗
Kさまご指摘ありがとうございます。゚(゚´▽`゚)゚。後ほどメルいたします。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪
劉桂って、誰だっけと思われたみなさま、夏さんのことです。
今回、詰め込みすぎました、少し読みづらかったのではないかと思います。すみません。
それと、ラストのセリフの中に絵文字が混入していました。
入れた記憶は全くないのですが、入っていた私は本当にヤバイです(汗
Kさまご指摘ありがとうございます。゚(゚´▽`゚)゚。後ほどメルいたします。
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ノアが怒りのあまりに吐いた言葉を その気持ちを受け止めたのかは、甚だ疑問が残るけど...
まったく 怒りの理由が分かってなかったりして~ヾ( ̄▼ ̄||)ァハハ・・・
でも確実に 拗ねてるな!
「ノアが、勝手に行動するなら 僕だって するだもん!d(*・ε・*)ムー」byルドルガー
'`ィ'`ィ ̄\(-_-#)/ ̄オテアゲッ...byebye☆