09 ,2011
怪物 9
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またひとつ、金色の気泡が生まれ、歪に形を変えながらゆっくり天井へと上ってゆく。
水槽の中の気泡に下から照明を当てるだけの単純な仕組みなのだが、囲まれていると本当に自分が水の中にいる気分になれる。
深海をテーマにしたレストランは、深海とは程遠い摩天楼に見下ろすホテルの上階にあった。
左手に華々しくライトアップされたアスクレピオス製薬の本社があり、正面のはるか彼方に夜の闇に溶け込んだ須弥山がある。同じアスクレピオスの建物でありながら、光と影のような印象だ。
「弾があたらない?」
「狙撃に誘拐。この1ヶ月で合わせて5回。お宅の社主は人気者だね」
ルドガーは、ノアが着任したこのたったひと月で、3度の狙撃を受け、2度誘拐されかけた。
ホーリーに襲われた時に言っていた、「狙われるのは日常茶飯事」というのは、嘘でも冗談でもなかった。
着任して驚いたのは、護衛の3人はボディガードとして予想以上に機能していない事実だった。
襲われても拉致されても、ルドガーは突然の奇襲をかわし平気な顔で戻ってくる。守るべき相手が自分で身を護れるのだから、護衛陣はお気楽なものだ。
ルドガーは狙撃されても、弾を避けるから大丈夫だ。そう教えてくれたのはトキだ。
蓋を開けてみれば、トキは他の二人と違い、勘もいいし機動性もそこそこあった。ハイスピードでマシンを駆るルドガーについていけるのはノアとトキの二人だけで、自然と2人で組むことが多くなった。
トキは新参者であるノアに何かと構い、色々教えてくれる。ユニークで、何でも笑い話にしてしまうトキとの何気ない会話は、今では水面下の本業で行き詰ったノアの息抜きになっていた。
トキの言った通り、ルドガーが凶弾に倒れる事はなかった。ホーリーの弾丸を避けた時は、単なる偶然だと思っていたが、こう度重なると本当に弾を避けることができるとしか思えない。
一度、なぜ弾が避けられるのかと訊いた見た事がある。
「だって、音がするし見えるから」と、人を食ったような回答をひとつ。「狙われているのだから、外出は控えた方がいい」とノアが言えば、「心配してくれるんだ。ノア、大好き」ときた。
それ以来、自分から話しかけないようにしている。
「人間じゃない」
「なるほど」 酒だけではない効果がノアの瞳を潤ませる。身体はシートに並べられたクッションにだらしなく埋まり、物憂げな黒い瞳にはふわふわと上昇する金色の歪な気泡を映している。
ほとんど愚痴と変らなくなってきたノアの報告を、迅・クロストは興味深げに聞いていた。
ノアからルドガーに話しかけなくても、無駄でどうでもいいことをルドガーは始終しゃべってくる。
「お茶にしよう」「やっぱり、食事は一緒にしようよ」「どうして庭に出ないの?」・・・・諸々のくだらない喋りが、一日中ノアに付き纏う。初めて会った日に感じた棒読みっぽい感じは消えて、今はひたすらに饒舌に、クドクド同じ誘い文句を繰り返してくる。
本当に面倒臭い。ルドガーがターゲットでなけでば、初日でUターンだ。
満月が少し欠けた、あの明るい月がなければ。あの薔薇の毒に中てられなければ、例え仕事であっても須弥山を飛び出していた。
「社主と何かあったか」
「あ・・?」
迅の声に、報告を兼ねて迅と食事しに来ていた事を思い出す。
頭の中で「社主と何か・・・」という問いを再生する。ごく自然な動きで、ノアの指が庇うように唇を押えた。薔薇で傷ついた手の傷は、跡形もなく消えている。だが、唇の上に月と薔薇とキスの記憶が、剥がせない瘡蓋のように残っている。
唇を覆う指を迅の腕が伸びて捉える。秘密を隠して潤む黒い瞳が、迅を見た。
「今夜は非番なんだろう。話の続きは、下で聞こう」
「一旦任務に就いたら、親兄弟にも会っちゃいけないんじゃなかったけ?」
「今は上司だ。残りの報告は場所を変えてから聞く」
少し広げた両腕を、迅がシーツに押し付ける。
不満げに酔いの回った視線で迅を見上げると「酔っ払いは生意気言わずに今日は抱かれていろ」と言われた。
納得いかず、緩く抵抗の仕草を見せれば、脚の間に入った迅にまだ目覚めぬ男芯を刺激され、躰のあちこちで瞬時に熱が発火する。この時点でやっと、グラスに酒以外のものを入れられた事に気づいた。
判断が鈍り思考力が低下しているのが自分でもわかる。たぶん自白剤の類だ。
普段の自分ならありえない。
だがそんなことが腹が立たないくらい、迅を欲している自分がいる事も自覚している。
迅がなぜ自分に薬を使うのか、そうする事にどんな意味があるのか。今はそんなことはどうでもいい。
自分の何かを変えてしまいそうな青い眼から、日常を取り返したかった。
迅の首に腕を回し、間に迅を挟んだ両脚を迅に絡ませる。
「抱いてくれよ、パパ」
「ぅん・・・っ」 灰色の瞳を真っ直ぐ見て挑発すれば、迅の腿がノアの脚を押し広げる。
明日が来なければいい。
そう思う自分の心の片隅に蹲り、夜明けを待ちわびている何者かがいるのを感じる。
その存在に気が付いたのは、ルドガーの庭で薔薇を引き抜いた時だ。
「たったひと月で、もう里心が付いたか?ノア」
迅の手がノアの首の後ろを掬い、仰け反った喉に唇を這わせる。迅のもう片方の手がノアの腰を引き寄せ、欲情を弾けさせんばかりに膨張した互いの性器を擦り合わせる。
理性のない獣のように互いを濡らし合い、唇を咬み合った。
迅と、迅がくれたこの世界を失いたくない。
鮮やかな輪郭を持って自覚した月の夜、自分の中の相反する意思の存在に気が付いた。覚醒を拒む自分の意志を無視して、可哀相だと言った青い眼に見つめられる度心は動揺する。
腰を支えていた迅の指が、秘所をくじった。
「ん・・・うぅっ。ジ・・・ン」
突っ張った四肢に重い官能がびぃんと響く。二人分のカウパーを受け止めた指が、深々と埋められた。息をつめた小さな叫び声は、続けて中で蠢き出した指に融かさ、れ息を乱した喘ぎに変わる。思わず爆ぜそうになる熱を自分で塞き止める。その手を包んだ迅の手が、ノアの手のひらごとエレクトした欲望を扱くと、追い詰められた短い悲鳴を上げノアの顎が跳ね上がった。
「今日はやけに素直だな。薬のせいか?」 迅は薬物を混入した事を隠しもしない。
頭を左右に振ると、ノアの目尻から欲情の涙が零れる。
「ちが・・・う。あ・・・・ぁ、ジン・・・早く。はや・・・」
訪れた熱に貫かれた躰は迅の躰を搔き抱き、しがみ付く。あの日、子供だった自分の頭を撫でた大きな手は、別の意図を持ってこの数年で知り尽くしたノアの肌を愛撫する。
重ねて欲望を放った後も、迅の肩を抱いたままノアは瞳を閉じる。目蓋の内側が、高く抜けるような透明な空を思わせる青に染まる。
明日が来なければいい。このまま夜が明けなければいい。
乱れた2つの呼吸がが整い穏やかなものへ落ち着いた頃、自分に回されたノアの手を解き、迅が身を起こした。ノアの顎に手を添え、情交の余韻の残る夜色の瞳を覗き込む。
「ルドガーへのダイブが困難そうならば、手を引いてもいいぞ。ノア、戻ってこい」
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またひとつ、金色の気泡が生まれ、歪に形を変えながらゆっくり天井へと上ってゆく。
水槽の中の気泡に下から照明を当てるだけの単純な仕組みなのだが、囲まれていると本当に自分が水の中にいる気分になれる。
深海をテーマにしたレストランは、深海とは程遠い摩天楼に見下ろすホテルの上階にあった。
左手に華々しくライトアップされたアスクレピオス製薬の本社があり、正面のはるか彼方に夜の闇に溶け込んだ須弥山がある。同じアスクレピオスの建物でありながら、光と影のような印象だ。
「弾があたらない?」
「狙撃に誘拐。この1ヶ月で合わせて5回。お宅の社主は人気者だね」
ルドガーは、ノアが着任したこのたったひと月で、3度の狙撃を受け、2度誘拐されかけた。
ホーリーに襲われた時に言っていた、「狙われるのは日常茶飯事」というのは、嘘でも冗談でもなかった。
着任して驚いたのは、護衛の3人はボディガードとして予想以上に機能していない事実だった。
襲われても拉致されても、ルドガーは突然の奇襲をかわし平気な顔で戻ってくる。守るべき相手が自分で身を護れるのだから、護衛陣はお気楽なものだ。
ルドガーは狙撃されても、弾を避けるから大丈夫だ。そう教えてくれたのはトキだ。
蓋を開けてみれば、トキは他の二人と違い、勘もいいし機動性もそこそこあった。ハイスピードでマシンを駆るルドガーについていけるのはノアとトキの二人だけで、自然と2人で組むことが多くなった。
トキは新参者であるノアに何かと構い、色々教えてくれる。ユニークで、何でも笑い話にしてしまうトキとの何気ない会話は、今では水面下の本業で行き詰ったノアの息抜きになっていた。
トキの言った通り、ルドガーが凶弾に倒れる事はなかった。ホーリーの弾丸を避けた時は、単なる偶然だと思っていたが、こう度重なると本当に弾を避けることができるとしか思えない。
一度、なぜ弾が避けられるのかと訊いた見た事がある。
「だって、音がするし見えるから」と、人を食ったような回答をひとつ。「狙われているのだから、外出は控えた方がいい」とノアが言えば、「心配してくれるんだ。ノア、大好き」ときた。
それ以来、自分から話しかけないようにしている。
「人間じゃない」
「なるほど」 酒だけではない効果がノアの瞳を潤ませる。身体はシートに並べられたクッションにだらしなく埋まり、物憂げな黒い瞳にはふわふわと上昇する金色の歪な気泡を映している。
ほとんど愚痴と変らなくなってきたノアの報告を、迅・クロストは興味深げに聞いていた。
ノアからルドガーに話しかけなくても、無駄でどうでもいいことをルドガーは始終しゃべってくる。
「お茶にしよう」「やっぱり、食事は一緒にしようよ」「どうして庭に出ないの?」・・・・諸々のくだらない喋りが、一日中ノアに付き纏う。初めて会った日に感じた棒読みっぽい感じは消えて、今はひたすらに饒舌に、クドクド同じ誘い文句を繰り返してくる。
本当に面倒臭い。ルドガーがターゲットでなけでば、初日でUターンだ。
満月が少し欠けた、あの明るい月がなければ。あの薔薇の毒に中てられなければ、例え仕事であっても須弥山を飛び出していた。
「社主と何かあったか」
「あ・・?」
迅の声に、報告を兼ねて迅と食事しに来ていた事を思い出す。
頭の中で「社主と何か・・・」という問いを再生する。ごく自然な動きで、ノアの指が庇うように唇を押えた。薔薇で傷ついた手の傷は、跡形もなく消えている。だが、唇の上に月と薔薇とキスの記憶が、剥がせない瘡蓋のように残っている。
唇を覆う指を迅の腕が伸びて捉える。秘密を隠して潤む黒い瞳が、迅を見た。
「今夜は非番なんだろう。話の続きは、下で聞こう」
「一旦任務に就いたら、親兄弟にも会っちゃいけないんじゃなかったけ?」
「今は上司だ。残りの報告は場所を変えてから聞く」
少し広げた両腕を、迅がシーツに押し付ける。
不満げに酔いの回った視線で迅を見上げると「酔っ払いは生意気言わずに今日は抱かれていろ」と言われた。
納得いかず、緩く抵抗の仕草を見せれば、脚の間に入った迅にまだ目覚めぬ男芯を刺激され、躰のあちこちで瞬時に熱が発火する。この時点でやっと、グラスに酒以外のものを入れられた事に気づいた。
判断が鈍り思考力が低下しているのが自分でもわかる。たぶん自白剤の類だ。
普段の自分ならありえない。
だがそんなことが腹が立たないくらい、迅を欲している自分がいる事も自覚している。
迅がなぜ自分に薬を使うのか、そうする事にどんな意味があるのか。今はそんなことはどうでもいい。
自分の何かを変えてしまいそうな青い眼から、日常を取り返したかった。
迅の首に腕を回し、間に迅を挟んだ両脚を迅に絡ませる。
「抱いてくれよ、パパ」
「ぅん・・・っ」 灰色の瞳を真っ直ぐ見て挑発すれば、迅の腿がノアの脚を押し広げる。
明日が来なければいい。
そう思う自分の心の片隅に蹲り、夜明けを待ちわびている何者かがいるのを感じる。
その存在に気が付いたのは、ルドガーの庭で薔薇を引き抜いた時だ。
「たったひと月で、もう里心が付いたか?ノア」
迅の手がノアの首の後ろを掬い、仰け反った喉に唇を這わせる。迅のもう片方の手がノアの腰を引き寄せ、欲情を弾けさせんばかりに膨張した互いの性器を擦り合わせる。
理性のない獣のように互いを濡らし合い、唇を咬み合った。
迅と、迅がくれたこの世界を失いたくない。
鮮やかな輪郭を持って自覚した月の夜、自分の中の相反する意思の存在に気が付いた。覚醒を拒む自分の意志を無視して、可哀相だと言った青い眼に見つめられる度心は動揺する。
腰を支えていた迅の指が、秘所をくじった。
「ん・・・うぅっ。ジ・・・ン」
突っ張った四肢に重い官能がびぃんと響く。二人分のカウパーを受け止めた指が、深々と埋められた。息をつめた小さな叫び声は、続けて中で蠢き出した指に融かさ、れ息を乱した喘ぎに変わる。思わず爆ぜそうになる熱を自分で塞き止める。その手を包んだ迅の手が、ノアの手のひらごとエレクトした欲望を扱くと、追い詰められた短い悲鳴を上げノアの顎が跳ね上がった。
「今日はやけに素直だな。薬のせいか?」 迅は薬物を混入した事を隠しもしない。
頭を左右に振ると、ノアの目尻から欲情の涙が零れる。
「ちが・・・う。あ・・・・ぁ、ジン・・・早く。はや・・・」
訪れた熱に貫かれた躰は迅の躰を搔き抱き、しがみ付く。あの日、子供だった自分の頭を撫でた大きな手は、別の意図を持ってこの数年で知り尽くしたノアの肌を愛撫する。
重ねて欲望を放った後も、迅の肩を抱いたままノアは瞳を閉じる。目蓋の内側が、高く抜けるような透明な空を思わせる青に染まる。
明日が来なければいい。このまま夜が明けなければいい。
乱れた2つの呼吸がが整い穏やかなものへ落ち着いた頃、自分に回されたノアの手を解き、迅が身を起こした。ノアの顎に手を添え、情交の余韻の残る夜色の瞳を覗き込む。
「ルドガーへのダイブが困難そうならば、手を引いてもいいぞ。ノア、戻ってこい」
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■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
ここのところ、短めで書いておりましたので、今日の記事が無駄なくらい
長く感じます(実際、長いです。いつもの1.5倍くらい。
久しぶりにエロっぽいものを書きました。いろいろ端折ってこの短さで激疲労した私。
この先だらけの予定・・どうなるんだろう(;´∀`)いらぬRは書かないようにしなくては・・・
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪
ここのところ、短めで書いておりましたので、今日の記事が無駄なくらい
長く感じます(実際、長いです。いつもの1.5倍くらい。
久しぶりにエロっぽいものを書きました。いろいろ端折ってこの短さで激疲労した私。
この先だらけの予定・・どうなるんだろう(;´∀`)いらぬRは書かないようにしなくては・・・
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
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先に読んでしまっていたら、多分、書けなくなっていたかと。
それほど官能的で、受側が本当にチャーミングです。
しかし、勝てるのか、ルド君!? 一服盛られたのがわかっていながら、それを享受出来る間柄、そして明らかに迅様のこと、好きで求めてますよね、ノア。
今の段階ではとてもお花ちゃんが太刀打ち出来る相手とは思えないけど、そこをどう紙魚マジックで料理されるのか、楽しみです。