09 ,2011
怪物 8
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「明日からは、ルドガー様とご一緒に朝食を摂って頂きます」
寝過ごした。
夜中のうちに起きて、ジタンの捜索をするつもりだったのに、エリオットに起こされるまで眠り呆けていた。ベッドに座って解任通知を聞かされるのかと思いきや、他の護衛たちに紹介するから支度をしろという。
「食事を、私も一緒にですか?後ろに控えているだけでは駄目ですか」
朝メシからあの妙なテンションにつき合わされるのか。考えただけで憂鬱になる。
「はい、ルドガー様が是非にと仰っておられますので」
あくまで上品に畏まり、エリオットは静々と答えた。昨夜は、散々人を脅したくせに。
ルドガー。ヴィンセントの護衛にあたる人間はノアを入れて全部で4人。ノア以外のメンバーは下の研究所の警備と兼任だと教えられた。
「私の他に、常駐する者はいないのですか?」
「おりません。呉様おひとりです」
「前任者は、どうしたんですか」
ジタンもルドガーつきの護衛としてここに忍び込んだのなら、エリオットはジタンを知っている可能性が強い。
「二人おりましたが、クロスト氏から子会社のシークレットサービスよりボディガードを派遣すると打診いただきまして、解任いたしました」
「ふたりとも?」
そこでエリオットが声を潜める。
「実は、昨夜ここから脱出したものはいないと申し上げましたが、本当はひとりだけ取り逃がしておりまして・・・お二人には、ちゃんと次の職場をご用意させて頂きました」
そう言うと、エリオットは声を殺して、くっと笑った。
二人に一体何の仕事を斡旋したのかと、勘繰りたくなるようなうすら寒い笑いだ。
「私がひとりでその2人の代わりを・・・ということですか?」
「ええ、迅・クロストから大変腕の立つ人物だと伺っておりましたし、昨夜ルドガーさまも太鼓判を押されましたので、そのように」
朝陽の差す広い廊下を小さな背中に威厳を背負ってかくしゃくと歩いてゆく。あとに従いながら溜息を吐いた。
いろいろ、気がかりの種を投下してくれる爺さんだ。
たったひとり、ここを抜け出した者がいる。そいつがジタンであるの可能性はどれくらいだろう。
エリオットについて歩きながら、頭の中であらゆる可能性を考える。
薔薇の庭に面したクラシカルなホールに2人が部屋に入ると、大きなソファに座っていた男たちが立ち上がった。
難攻不落かと思える「須弥山」を護るぐらいなのだから、もっと屈強そうな男達が登場するのかと思えば、さして特徴のない顔が3つ。完璧なセキュリテイがあれば、警備の人間などお飾りで構わない。そう思わせる品揃えだ。
それぞれが簡単な自己紹介をし、最後にノアが偽名の呉紹を名乗った直後だった。
「ノア~!」と呼ぶ能天気な声に、一同、窓の外を注目する。
庭の小径を、嬉しそうに両手を振りながらやってくるルドガーの姿に、ノアは露骨に顔を顰めた。
「ノアって、お前のこと?名前は呉紹なんだよな」
トキと名乗った東洋系の男だ。他の2人も怪訝な顔をしている。本名と違えば訝るのも当然だ。こんな事なら、最初から本名で潜り込めばよかった。
「呉様の愛称なんだそうでございます」 にこやかにエリオットが余計な補足をする。
「へぇー、愛称?なんか可愛い愛称だな」
横目でトキを睨みつけると、小声で「おおっと、コワぁい」と言って首をすくめた。顔に特徴がないだけで、中身はかなりのお調子者らしい。
部屋に飛び込んできたルドガーが、ノアに飛びつこうとした寸でのところで身体を引いた。
空気を抱きしめたルドガーが、振り返って悲しそうな顔をする。整っているだけに、結構な間抜け面だ。
平然な顔で無視していると、トキが爆笑しながら握手の手を差し出してきた。
「反射神経がいいね、こりゃあ頼もしいや。よろしく。俺もノアって呼んでも?」
「はあ、まあ」 もう、どうにでも。と、トキの手を握ろうとしたノアの手を間髪入れずルドガーが掴む。
「な・・・・」
「駄目っ。ノアって呼んでもいいのは僕だけだから」
ノアをガードするように長躯を割りませたルドガーに、冷たく微笑みながら言ってやる。
「いいえ、ルドガー様も、私のことは”呉”とお呼びください」
「ノア、もう手は大丈夫なの?」
全然、聞いてない。
「まだ血が滲んでるよね。痛そう」
差し出した手を引っ込めたトキは束の間、握り返してもらえなかった自分の手のひらを見た。そして、ルドガーに纏わりつかれ、困惑に眉を寄せるノアを無表情で眺めた。
不意にその顔が、とてつもなく面白いことを思いついたかのように愉しげに笑う。笑いはトキの顔の表面に現れた瞬間に消え、元の退屈な警備員の仮面がその顔に戻った。
何を勘違いしているのか、ルドガーはノアの指の傷にふうふう息を吹きかけている。続けて一本ずつ、指先をチェックし始めたルドガーに、とうとうノアの忍耐が切れた。
「この、いい加減に放・・・・・」
ノアとルドガーのやり取りに他の二人が気をとられている中、トキは静かに自分を見詰めるエリオットと目が合った。明敏な執事の顔にこれといった表情はない。ただ見ているだけだ。
何食わぬ顔で視線を外したトキは、天下のアスクレピオス製薬の社主を邪険にするノアを楽しそうに眺めた。
空になったグラスに酒が注がれる。
血を透明にしたような赤い液体は、芳醇な香りがあとを引く。ノアは、既にかなりの量をその喉に流し込んでいたが、新たに満たされたグラスをつまんで持ち上げた。
「正直、限界」
酔いの回った唇でそう呟くと、グラスをテーブルに戻しシートに深くもたれかかる。薄暗い店の中。透明なアクリルの水槽の中を美しい金色の気泡がふわふわと浮遊しながら上ってゆく。
珍しく酔って、普段は絶対口にしない弱音を吐露するノアに、正面に座った迅・クロストは薄く哂った。
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「明日からは、ルドガー様とご一緒に朝食を摂って頂きます」
寝過ごした。
夜中のうちに起きて、ジタンの捜索をするつもりだったのに、エリオットに起こされるまで眠り呆けていた。ベッドに座って解任通知を聞かされるのかと思いきや、他の護衛たちに紹介するから支度をしろという。
「食事を、私も一緒にですか?後ろに控えているだけでは駄目ですか」
朝メシからあの妙なテンションにつき合わされるのか。考えただけで憂鬱になる。
「はい、ルドガー様が是非にと仰っておられますので」
あくまで上品に畏まり、エリオットは静々と答えた。昨夜は、散々人を脅したくせに。
ルドガー。ヴィンセントの護衛にあたる人間はノアを入れて全部で4人。ノア以外のメンバーは下の研究所の警備と兼任だと教えられた。
「私の他に、常駐する者はいないのですか?」
「おりません。呉様おひとりです」
「前任者は、どうしたんですか」
ジタンもルドガーつきの護衛としてここに忍び込んだのなら、エリオットはジタンを知っている可能性が強い。
「二人おりましたが、クロスト氏から子会社のシークレットサービスよりボディガードを派遣すると打診いただきまして、解任いたしました」
「ふたりとも?」
そこでエリオットが声を潜める。
「実は、昨夜ここから脱出したものはいないと申し上げましたが、本当はひとりだけ取り逃がしておりまして・・・お二人には、ちゃんと次の職場をご用意させて頂きました」
そう言うと、エリオットは声を殺して、くっと笑った。
二人に一体何の仕事を斡旋したのかと、勘繰りたくなるようなうすら寒い笑いだ。
「私がひとりでその2人の代わりを・・・ということですか?」
「ええ、迅・クロストから大変腕の立つ人物だと伺っておりましたし、昨夜ルドガーさまも太鼓判を押されましたので、そのように」
朝陽の差す広い廊下を小さな背中に威厳を背負ってかくしゃくと歩いてゆく。あとに従いながら溜息を吐いた。
いろいろ、気がかりの種を投下してくれる爺さんだ。
たったひとり、ここを抜け出した者がいる。そいつがジタンであるの可能性はどれくらいだろう。
エリオットについて歩きながら、頭の中であらゆる可能性を考える。
薔薇の庭に面したクラシカルなホールに2人が部屋に入ると、大きなソファに座っていた男たちが立ち上がった。
難攻不落かと思える「須弥山」を護るぐらいなのだから、もっと屈強そうな男達が登場するのかと思えば、さして特徴のない顔が3つ。完璧なセキュリテイがあれば、警備の人間などお飾りで構わない。そう思わせる品揃えだ。
それぞれが簡単な自己紹介をし、最後にノアが偽名の呉紹を名乗った直後だった。
「ノア~!」と呼ぶ能天気な声に、一同、窓の外を注目する。
庭の小径を、嬉しそうに両手を振りながらやってくるルドガーの姿に、ノアは露骨に顔を顰めた。
「ノアって、お前のこと?名前は呉紹なんだよな」
トキと名乗った東洋系の男だ。他の2人も怪訝な顔をしている。本名と違えば訝るのも当然だ。こんな事なら、最初から本名で潜り込めばよかった。
「呉様の愛称なんだそうでございます」 にこやかにエリオットが余計な補足をする。
「へぇー、愛称?なんか可愛い愛称だな」
横目でトキを睨みつけると、小声で「おおっと、コワぁい」と言って首をすくめた。顔に特徴がないだけで、中身はかなりのお調子者らしい。
部屋に飛び込んできたルドガーが、ノアに飛びつこうとした寸でのところで身体を引いた。
空気を抱きしめたルドガーが、振り返って悲しそうな顔をする。整っているだけに、結構な間抜け面だ。
平然な顔で無視していると、トキが爆笑しながら握手の手を差し出してきた。
「反射神経がいいね、こりゃあ頼もしいや。よろしく。俺もノアって呼んでも?」
「はあ、まあ」 もう、どうにでも。と、トキの手を握ろうとしたノアの手を間髪入れずルドガーが掴む。
「な・・・・」
「駄目っ。ノアって呼んでもいいのは僕だけだから」
ノアをガードするように長躯を割りませたルドガーに、冷たく微笑みながら言ってやる。
「いいえ、ルドガー様も、私のことは”呉”とお呼びください」
「ノア、もう手は大丈夫なの?」
全然、聞いてない。
「まだ血が滲んでるよね。痛そう」
差し出した手を引っ込めたトキは束の間、握り返してもらえなかった自分の手のひらを見た。そして、ルドガーに纏わりつかれ、困惑に眉を寄せるノアを無表情で眺めた。
不意にその顔が、とてつもなく面白いことを思いついたかのように愉しげに笑う。笑いはトキの顔の表面に現れた瞬間に消え、元の退屈な警備員の仮面がその顔に戻った。
何を勘違いしているのか、ルドガーはノアの指の傷にふうふう息を吹きかけている。続けて一本ずつ、指先をチェックし始めたルドガーに、とうとうノアの忍耐が切れた。
「この、いい加減に放・・・・・」
ノアとルドガーのやり取りに他の二人が気をとられている中、トキは静かに自分を見詰めるエリオットと目が合った。明敏な執事の顔にこれといった表情はない。ただ見ているだけだ。
何食わぬ顔で視線を外したトキは、天下のアスクレピオス製薬の社主を邪険にするノアを楽しそうに眺めた。
空になったグラスに酒が注がれる。
血を透明にしたような赤い液体は、芳醇な香りがあとを引く。ノアは、既にかなりの量をその喉に流し込んでいたが、新たに満たされたグラスをつまんで持ち上げた。
「正直、限界」
酔いの回った唇でそう呟くと、グラスをテーブルに戻しシートに深くもたれかかる。薄暗い店の中。透明なアクリルの水槽の中を美しい金色の気泡がふわふわと浮遊しながら上ってゆく。
珍しく酔って、普段は絶対口にしない弱音を吐露するノアに、正面に座った迅・クロストは薄く哂った。
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■最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
一日おきで更新すべし。と心の中で決めていたのに、昨日はとうとう更新ならず。
道は険しい←
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪
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お花ちゃんっぷり全開のルド君にニマニマしながら、「これはこれで良いコンビかも」とほだされ(?)そうになりましたが、最後に迅様の登場で吹き飛んでしまった(笑)
ノアはこの後、迅様と一緒に「良い汗」流すのでしょうか?
涼しくなりましたねぇ。
三連休、私は実家です。
新たな話に手を出してしまい、書きかけが三本になってしまいました、良くない傾向です。
紙魚さんは「目指せ! 隔日更新」なのですね?
私も頑張らなきゃ。