09 ,2011
怪物 3
←previous next→
一瞬絡まった視線を解くと、難しい顔をして立つエリオットにばつの悪そうな顔で笑いかける。
「あのね、心配しすぎると老けるよ?ね、エリオット安心して。彼はとても動きが早くて強いんだ。きっと僕を守ってくれるから」
声と同じ柔らかな表情で、手折った薔薇をエリオットに渡す。青い瞳からエリオットに対する素直な慈愛が溢れ、ノアの中でまた別の部分が揺らいだ。
「おや、ルドガーさま。もしや呉氏とは既にお知り合いでいらっしゃいましたか?」
「うん、そうなんだ。」
ルドガーが嬉しそうに肯く。造詣は整っているのに肯く姿は、幼い子供か忠実だがちょっと頭の良くない犬を連想させる。
「でねエリオット、彼と話したいから2人にしてくれる?」
きた。咄嗟に、そう思った。緩みかけた警戒と緊張が一気に戻ってきた。
ちらりと盗み見たルドガーの目は、疑問を山積みにしてノアをロックしている。
「左様でございまたか。これは心強い。承知しました。お知り合いということでいたら、温室にお茶の用意をいたしておきましょう」
「ありがとう、エリオット」
痩せた体に威厳を取り戻した老人の背中が建物に消え、瑞々しい輝きを湛えた青い瞳だけが残った。
薔薇の香はいつの間にか肺に馴染み、大輪の花が視界の中で夜風に揺れる。
「呉 紹っていうのは本当の名前?ミズ・ジャスティスは君を“ノア”って呼んでた」
詰問ではない。
だが、はぐらかす事を許さない強さをもってルドガーはノアを見詰めていた。
意外なほどに重く鋭いルドガーの目に、心に掻いた冷や汗が、背中に噴出す。
「ノアは・・・愛称みたいなものだから」
ルドガーが、ジャスから自分についてどれだけの事情を聞いているのか。皆目、見当がつかないところが危なっかしくて仕方がない。なるべく自分の事は語らず、相手に勝手に思い込ませるよう仕向けるしかない。
どんな真実も口先で丸め込む。どこか緩いこの男なら不可能ではない。
脂汗の滲む手のひらを、無意識のうちに握り締めた。
「じゃあ、僕はノアで呼びたい」
「・・・は?」
目許を赤くした青い目が覗き込んできた。ノアを窺うような落ち着きのない視線は
「あのね、ノアって似合ってる。ね、いいでしょ?こっちの方が呼びやすいし、僕はノアの方が好きだから。僕もミズ・ジャスティスみたいにノアって呼びたい」
呉 紹という名のどこから“ノア“が出てくるのか、おかしいとか思わないのだろうか。
一瞬なんと応えればいいのか迷って、「どうぞ」とだけ、短く返した。
目に見えて表情が変る。金髪から花が生えて一気に咲く。
楽勝だ。真性で、頭が緩いのかもしれない。
「でね、どうしてアスクレピオス製薬の営業のノアが僕を守ってくれることのなったの?」
一挙に自信回復のメーターが上がり、こっそりニヤッと笑った口元がそのまま固まった。
名前は疑問に思わない天然のくせに、なぜ所属部署なんて細かい事に拘る。
もしかして、偽名を使っているのを知っていて、気付かぬふりをしているだけなのか。見上げた顔には猜疑心の欠片もない。
「シークレットサービスの子会社に転属に・・・」
「昨日の今日で?」
緩そうなくせに痛いところを突いてくる。これが演技なら主演男優賞ものだ。
とにかくこの男、ルドガー・ヴィンセントが警戒しているのなら、それを払拭するのが先決だ。
無理矢理、口の両端を引き上げると、ルドガーも一緒に嬉しそうに笑う。今すぐ帰りたくなる。
「そう、昨日の今日で。ジャスティスには言いそびれていましたが、以前から決まっていたんです。 腕には自信がありますので、どうぞご心配なく。 それより、先日はガラス代を弁償しろなどと、失礼な事を・・・あなたが社主だと知らなかったとはいえ、大変申し訳ありませんでした」
全く、あんたの会社の迅・クロストは人使いが荒くて困ります・・・・という愚痴は舌の奥に仕舞って、丁寧に頭を下げる。迅の事を思うと気力が戻ってくる気がした。
早くルドガーの過去の情報を手に入れて、迅の元に帰りたい。
ほんの短い間、迅の事を考え放心したノアの姿に、蒼穹の空を思わせる青い瞳が細まる。
マシンと同じナイトブルーの翳りを帯びたその瞳孔の奥で、針の先程の光が瞬いては閃き、消えていった。
previous / 目次 / next
一瞬絡まった視線を解くと、難しい顔をして立つエリオットにばつの悪そうな顔で笑いかける。
「あのね、心配しすぎると老けるよ?ね、エリオット安心して。彼はとても動きが早くて強いんだ。きっと僕を守ってくれるから」
声と同じ柔らかな表情で、手折った薔薇をエリオットに渡す。青い瞳からエリオットに対する素直な慈愛が溢れ、ノアの中でまた別の部分が揺らいだ。
「おや、ルドガーさま。もしや呉氏とは既にお知り合いでいらっしゃいましたか?」
「うん、そうなんだ。」
ルドガーが嬉しそうに肯く。造詣は整っているのに肯く姿は、幼い子供か忠実だがちょっと頭の良くない犬を連想させる。
「でねエリオット、彼と話したいから2人にしてくれる?」
きた。咄嗟に、そう思った。緩みかけた警戒と緊張が一気に戻ってきた。
ちらりと盗み見たルドガーの目は、疑問を山積みにしてノアをロックしている。
「左様でございまたか。これは心強い。承知しました。お知り合いということでいたら、温室にお茶の用意をいたしておきましょう」
「ありがとう、エリオット」
痩せた体に威厳を取り戻した老人の背中が建物に消え、瑞々しい輝きを湛えた青い瞳だけが残った。
薔薇の香はいつの間にか肺に馴染み、大輪の花が視界の中で夜風に揺れる。
「呉 紹っていうのは本当の名前?ミズ・ジャスティスは君を“ノア”って呼んでた」
詰問ではない。
だが、はぐらかす事を許さない強さをもってルドガーはノアを見詰めていた。
意外なほどに重く鋭いルドガーの目に、心に掻いた冷や汗が、背中に噴出す。
「ノアは・・・愛称みたいなものだから」
ルドガーが、ジャスから自分についてどれだけの事情を聞いているのか。皆目、見当がつかないところが危なっかしくて仕方がない。なるべく自分の事は語らず、相手に勝手に思い込ませるよう仕向けるしかない。
どんな真実も口先で丸め込む。どこか緩いこの男なら不可能ではない。
脂汗の滲む手のひらを、無意識のうちに握り締めた。
「じゃあ、僕はノアで呼びたい」
「・・・は?」
目許を赤くした青い目が覗き込んできた。ノアを窺うような落ち着きのない視線は
「あのね、ノアって似合ってる。ね、いいでしょ?こっちの方が呼びやすいし、僕はノアの方が好きだから。僕もミズ・ジャスティスみたいにノアって呼びたい」
呉 紹という名のどこから“ノア“が出てくるのか、おかしいとか思わないのだろうか。
一瞬なんと応えればいいのか迷って、「どうぞ」とだけ、短く返した。
目に見えて表情が変る。金髪から花が生えて一気に咲く。
楽勝だ。真性で、頭が緩いのかもしれない。
「でね、どうしてアスクレピオス製薬の営業のノアが僕を守ってくれることのなったの?」
一挙に自信回復のメーターが上がり、こっそりニヤッと笑った口元がそのまま固まった。
名前は疑問に思わない天然のくせに、なぜ所属部署なんて細かい事に拘る。
もしかして、偽名を使っているのを知っていて、気付かぬふりをしているだけなのか。見上げた顔には猜疑心の欠片もない。
「シークレットサービスの子会社に転属に・・・」
「昨日の今日で?」
緩そうなくせに痛いところを突いてくる。これが演技なら主演男優賞ものだ。
とにかくこの男、ルドガー・ヴィンセントが警戒しているのなら、それを払拭するのが先決だ。
無理矢理、口の両端を引き上げると、ルドガーも一緒に嬉しそうに笑う。今すぐ帰りたくなる。
「そう、昨日の今日で。ジャスティスには言いそびれていましたが、以前から決まっていたんです。 腕には自信がありますので、どうぞご心配なく。 それより、先日はガラス代を弁償しろなどと、失礼な事を・・・あなたが社主だと知らなかったとはいえ、大変申し訳ありませんでした」
全く、あんたの会社の迅・クロストは人使いが荒くて困ります・・・・という愚痴は舌の奥に仕舞って、丁寧に頭を下げる。迅の事を思うと気力が戻ってくる気がした。
早くルドガーの過去の情報を手に入れて、迅の元に帰りたい。
ほんの短い間、迅の事を考え放心したノアの姿に、蒼穹の空を思わせる青い瞳が細まる。
マシンと同じナイトブルーの翳りを帯びたその瞳孔の奥で、針の先程の光が瞬いては閃き、消えていった。
previous / 目次 / next
最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
すみません、リアル生活が立て込んでおりまして更新出来るだけの文章が溜りません。
BLな展>開にもなかなか行き着かないこの話。次話くらいで、ちゅうが入れられるかなという感じです。
見捨てずいらしてくださるみなさま、本当に感謝です。お待たせばかりしてすみません。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪
すみません、リアル生活が立て込んでおりまして更新出来るだけの文章が溜りません。
BLな展>開にもなかなか行き着かないこの話。次話くらいで、ちゅうが入れられるかなという感じです。
見捨てずいらしてくださるみなさま、本当に感謝です。お待たせばかりしてすみません。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪

(笑)がついてしまいました!!
ルドガ―さまを、ノアが表現する言葉が!
>忠実だがちょっと頭の良くない犬
>どこか緩いこの男
>金髪から花が生えて一気に咲く。
>真性で、頭が緩いのかもしれない。
(≧∇≦)ノ彡 バンバン! きっと冷静な顔をして、こんな事を淡々と考えているのですね(笑)
一方、ルドガ―王子は、キラキラの青い瞳で「ノアって呼んでいい~?」って訊いてくる~~アヒャヒャヘ(゚∀゚*)ノヽ(*゚∀゚)ノアヒャヒャ
はっ、でも最後に
>ナイトブルーの翳りを帯びたその瞳孔の奥で
キランッと小さな閃光が光ましたね。
ああ~、やっぱりただものでは無い!!
素敵ィ~。
お忙しいことと思います。
更新はお待ちしていますので、マイペースで書いてくださいませ。
ちゅうも、忠犬のように待っています~