09 ,2011
怪物 1
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星の瞬きひとつない。完全なる暗闇。
何もかもが息絶えてしまったかのような、永い時を圧縮したタールのように濃密な闇。
人々は太古より暗黒を畏れた。闇に棲む魔物は人を捕らえ、その肉体と魂を貶め屠る。
そんな、古から変らぬ闇がそこにあった。
やがて太古の闇の中で小さな光が生まれ、頼りなげな光はふわりと漂い消失する。
小さな光の死が合図であったかのように、闇の中でいくつもの新しい光が生まれた。
光たちは高速で飛び交い、線になり、重なりあるいは光の弧を描く。
闇の呪縛が解けたか辺り一面に光があふれ出し、世界が無機質な息を吹き返す。
光に囲まれた透明な繭に光が充ち、中に横たわる者に眠りの終焉を知らせる。
金色に輝く髪。なめらかな皮膚が包む理想的なラインで構成された顔。そして、しなやかに伸びた手足。魔物と言うには、およそかけ離れた麗しく清廉な容貌を男はもっている。
肺が緩やかに上下し、鼻梁の通った鼻が深い眠りから目覚めた事を世界中に知らせるように、呼吸を始める。
途端、身体を覆い金の髪に絡んでいた大量の花びらが一気に萎んだ。
密集した睫が縁取る目蓋が、ゆっくり開く。
目蓋の下から、どこもまでも澄んだ深い海を思わせる瑞々しい青が生まれた。
完全に開ききらないうちに、魔物の瞳が愉しそうに微笑む。そして、少し厚めの柔らかな唇が、声を発さずに動いた。
桐羽(トウワ)・・・君を見つけた。 もう・・・放さない。 僕の ―――。
言い終わらないうちに再び目蓋は落ち始める。
だが唇は動き続け、端っこがほんの少し掠れた低く艶やかな声を発した。
「Mon cher noire」
――― 愛しい、ノワ。
----------------
<怪物 1>
ナイトブルーのバイク型エアフライが、視界から消えた。 耳に仕込んだイヤホンから、またかというボヤキと舌打ちが聞こえる。
「トキ、手分けしよう」
「了解。呉、あまり深追いするな。どうせ居場所はわかっているんだ。俺はマレ区の北ジャンクションの辺りに先回りする」
赤い点滅が、フロントガラスの下部に浮び上がる3Dの街を移動する。今は建物のど真ん中を突っ切っている最中だ。細い道が複雑に入組んだマレ区では、ナビが役に立たない。
「わかった」 ため息が漏れた。
こんな時、2人が追う相手は、護衛する対象として最悪の部類に入る。
高度を落として路面走行に切り替え、雑然とした旧市街の道路をタイヤで走行する。マレ区はエアフライ用の電磁誘導帯の整備が遅れており、飛行での通行が禁止されていた。
タイヤを伝ってくる振動と、道幅が狭く複雑に折れ曲がった悪路に神経がいつもの倍磨り減る。
躰の芯に残る昨夜の情事の名残が、思考に気だるさを纏わせ、つい判断が鈍りがちになるのを自覚していた。マレ区は治安も悪い。
路面走行で走るマシンに自ら飛び込むアタリ屋も多いと聞く。いま飛び出して来られたら、上手く避ける自信はない。いや、逆にアクセルを踏み込んで「軽傷」も「死亡」に変えてしまいそうだ。
慎重にエアフライのハンドルを握るノアから重い吐息が零れた。
「クソっ。なんだってこんな日にマレ区なんだ」
護衛の対象、ルドガー・ヴィンセントは今朝、非番明けで朝帰りしたノアに、なぜ外泊したのかと聞いてきた。ノアは初めこそ適当な返事を返していたが、しつこく食い下がるルドガーについイライラして、あんたには関係ないと一刀両断して終わらせた。
ノアにすっぱ切りされたルドガーは、子供のように無邪気な青い目を曇らせたかと思うと、ひとりでエアフライの格納庫に向かった。
その結果がこれだ。
「・・・ったく、これじゃあどっちが年上で、雇い主なのか」
護衛としてルドガーについてひと月。自分は幾度となくルドガーと接触するチャンスを潰している。完璧なセキュリティと監視に阻まれ、ジタンに関する情報も何一つ手に出来ていない。
反省すべきは自分にありとわかってはいるが、はっきり言って現状にうんざりしていた。
高層ビルのてっぺんで自分に驚きと昂奮を残した男。
地上400M。黄昏の中で自分に手を伸ばした男の姿が、脳裏に焼きついて未だはなれない。2人の出会いは、それくらい強烈にノアの中に刻まれている。
それが、いま自分が追うルドガーと同一人物だとは。今でも信じがたい、というか信じたくない。
不意に、ルドガーとの再会を思い出したノアの頬に朱が差す。咄嗟に、手の甲で唇を隠す。
そして自分の所作にはっとし、忌々しげに手を下ろした。
ひと月前の月の夜、噎せ返るような薔薇の香の漂う月の庭で、ルドガー・ヴィンセントは再会したノアに接吻けをした。
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星の瞬きひとつない。完全なる暗闇。
何もかもが息絶えてしまったかのような、永い時を圧縮したタールのように濃密な闇。
人々は太古より暗黒を畏れた。闇に棲む魔物は人を捕らえ、その肉体と魂を貶め屠る。
そんな、古から変らぬ闇がそこにあった。
やがて太古の闇の中で小さな光が生まれ、頼りなげな光はふわりと漂い消失する。
小さな光の死が合図であったかのように、闇の中でいくつもの新しい光が生まれた。
光たちは高速で飛び交い、線になり、重なりあるいは光の弧を描く。
闇の呪縛が解けたか辺り一面に光があふれ出し、世界が無機質な息を吹き返す。
光に囲まれた透明な繭に光が充ち、中に横たわる者に眠りの終焉を知らせる。
金色に輝く髪。なめらかな皮膚が包む理想的なラインで構成された顔。そして、しなやかに伸びた手足。魔物と言うには、およそかけ離れた麗しく清廉な容貌を男はもっている。
肺が緩やかに上下し、鼻梁の通った鼻が深い眠りから目覚めた事を世界中に知らせるように、呼吸を始める。
途端、身体を覆い金の髪に絡んでいた大量の花びらが一気に萎んだ。
密集した睫が縁取る目蓋が、ゆっくり開く。
目蓋の下から、どこもまでも澄んだ深い海を思わせる瑞々しい青が生まれた。
完全に開ききらないうちに、魔物の瞳が愉しそうに微笑む。そして、少し厚めの柔らかな唇が、声を発さずに動いた。
桐羽(トウワ)・・・君を見つけた。 もう・・・放さない。 僕の ―――。
言い終わらないうちに再び目蓋は落ち始める。
だが唇は動き続け、端っこがほんの少し掠れた低く艶やかな声を発した。
「Mon cher noire」
――― 愛しい、ノワ。
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<怪物 1>
ナイトブルーのバイク型エアフライが、視界から消えた。 耳に仕込んだイヤホンから、またかというボヤキと舌打ちが聞こえる。
「トキ、手分けしよう」
「了解。呉、あまり深追いするな。どうせ居場所はわかっているんだ。俺はマレ区の北ジャンクションの辺りに先回りする」
赤い点滅が、フロントガラスの下部に浮び上がる3Dの街を移動する。今は建物のど真ん中を突っ切っている最中だ。細い道が複雑に入組んだマレ区では、ナビが役に立たない。
「わかった」 ため息が漏れた。
こんな時、2人が追う相手は、護衛する対象として最悪の部類に入る。
高度を落として路面走行に切り替え、雑然とした旧市街の道路をタイヤで走行する。マレ区はエアフライ用の電磁誘導帯の整備が遅れており、飛行での通行が禁止されていた。
タイヤを伝ってくる振動と、道幅が狭く複雑に折れ曲がった悪路に神経がいつもの倍磨り減る。
躰の芯に残る昨夜の情事の名残が、思考に気だるさを纏わせ、つい判断が鈍りがちになるのを自覚していた。マレ区は治安も悪い。
路面走行で走るマシンに自ら飛び込むアタリ屋も多いと聞く。いま飛び出して来られたら、上手く避ける自信はない。いや、逆にアクセルを踏み込んで「軽傷」も「死亡」に変えてしまいそうだ。
慎重にエアフライのハンドルを握るノアから重い吐息が零れた。
「クソっ。なんだってこんな日にマレ区なんだ」
護衛の対象、ルドガー・ヴィンセントは今朝、非番明けで朝帰りしたノアに、なぜ外泊したのかと聞いてきた。ノアは初めこそ適当な返事を返していたが、しつこく食い下がるルドガーについイライラして、あんたには関係ないと一刀両断して終わらせた。
ノアにすっぱ切りされたルドガーは、子供のように無邪気な青い目を曇らせたかと思うと、ひとりでエアフライの格納庫に向かった。
その結果がこれだ。
「・・・ったく、これじゃあどっちが年上で、雇い主なのか」
護衛としてルドガーについてひと月。自分は幾度となくルドガーと接触するチャンスを潰している。完璧なセキュリティと監視に阻まれ、ジタンに関する情報も何一つ手に出来ていない。
反省すべきは自分にありとわかってはいるが、はっきり言って現状にうんざりしていた。
高層ビルのてっぺんで自分に驚きと昂奮を残した男。
地上400M。黄昏の中で自分に手を伸ばした男の姿が、脳裏に焼きついて未だはなれない。2人の出会いは、それくらい強烈にノアの中に刻まれている。
それが、いま自分が追うルドガーと同一人物だとは。今でも信じがたい、というか信じたくない。
不意に、ルドガーとの再会を思い出したノアの頬に朱が差す。咄嗟に、手の甲で唇を隠す。
そして自分の所作にはっとし、忌々しげに手を下ろした。
ひと月前の月の夜、噎せ返るような薔薇の香の漂う月の庭で、ルドガー・ヴィンセントは再会したノアに接吻けをした。
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最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
みなさま、お久しぶりでございます(嬉
長々とお休みを頂き、申し訳ありません(_ _(--;(_ _(--; ペコペコ
もう少しで冒頭に広告が出現するところでした(;´∀`)
ユニバース2部<怪物>スタートいたします。
ストックが皆無に等しいので(ダメすぎるだろう、自分)
前にも増して更新がとびとびになりそうな予感ですが、
なるべく詰めてUPできるよう努めますので、よろしくお願いいたします。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪


みなさま、お久しぶりでございます(嬉
長々とお休みを頂き、申し訳ありません(_ _(--;(_ _(--; ペコペコ
もう少しで冒頭に広告が出現するところでした(;´∀`)
ユニバース2部<怪物>スタートいたします。
ストックが皆無に等しいので(ダメすぎるだろう、自分)
前にも増して更新がとびとびになりそうな予感ですが、
なるべく詰めてUPできるよう努めますので、よろしくお願いいたします。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当にいつもありがとうございます。
拙文しか書けない私、書いていく励みになります。
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な~んて 鼻歌が出ちゃうくらい 嬉しいです。
ルドガーくんは、まるで子供ように お天気屋さんですね。
護衛のノア...いえ呉も 大変だぁ
しかし 第一印象のルドガーと 今は エライ違いで これは 素か?演技か?
┐(´д`)┌ Do you kotoyanen?
やっと夏休みが明けたと思ったら 始業式は、あっという間に終わって帰って来るし、もう明日は、土・日曜日って・・・
おまけに(?) ノロノロ台風まで 居座るし~.....(;__)/| ずぅぅぅぅん
紙魚さま、無理のない更新でね♪
大人しく待ってるから~v(`ゝω・´)キャピィ☆...byebye☆