08 ,2011
首輪 中
異業種交流の類のパーティで知り合った坂倉は、自分から自己資金の運用を持ちかけてきた。
坂倉の素性は詳しく知らされていなかったが、一般人とは違った背景を感じ取り、本能は危険な匂いを嗅ぎとった。
おのずと警戒心を強めた俺に、坂倉は「ただ、君の力になりたいだけで、無理にと言っているわけではないんだ。ごめんね、今の話はなかった事にしよう」と、あっさり身を引く。
紳士的な態度と、絶妙な引きのタイミング。そうして、俺は見事に坂倉の誘いに引っかかった。
甘い話にリスクは付き物だ。それが判らない程の子供じゃない。
現実には困窮する一方の生活も何とかしなければいけないし、自分の勘のよさも自負していた。危険だと思えば手を引けばいい。と、それくらいに軽く考えていた。
桁違いの大きな金を転がすスリルと成功報酬。そんなものに視野を遮られ、俺は根拠のない自分の博才をまだ信じていた。
それが、どうしてあんなことになったのか、今考えみてもわからない。
ずっと安定していた株価が理由もなく一挙に暴落した。綿密に下調べをして、過去の教訓を生かし、派手な高騰はないが手堅く間違いのない銘柄を選んだつもりだった。
モニターの株価がみるみる降下する恐怖心は今だにリアルに蘇り、時々夢にも見る。夢の中でも現実と同じで、自分は発狂寸前になりながら血走った眼で取引画面を睨み付けている。
挽回が図れそうな銘柄を求め、死に物狂いで新聞と経済誌を読み漁った。
焦りが焦りを呼び、普段では考えられないようなミスが重なった。あとはもう笑うしかない。
どこに逃げても坂倉は追ってきた。
マンションや大学にも配下の男達が張り付き、実家にも寄り付けない。
どこにも行く当てがなく、見知らぬ街を彷徨った。坂倉の影に怯え、空腹を抱え、見上げる冬の夜空は星の瞬きすらつれなく素っ気無い。
一夜の寝床と定めた高台の公園から見下ろす街。
眼下に散らばる無数の光のどこにも自分を迎え入れてくれる灯火はない。
淋しさと惨めさが骨の芯まで沁みた。
ベンチに寝転び、放心する頭に最悪の結末が過り始めた俺の前に、夜の闇を鋼のボディで切り裂きながら坂倉のベントレーCSが止まった。
運転席の男が無言で乗れと顎で示す。
俺は絞首台に連行される死刑囚のように茫然自失の態で、立ち上がった。
坂倉は、はっと目を惹くほどの男前で、洗練された大人の色香と知性を併せ持つ。だが、時折覗く蛮人めいた男臭さがこの男が只者でないことを知らしめた。ヤバイ奴だ。そう思いつつも惹かれていた。
凍てつく夜の底。孤独と疲労に苛まれた自分の前に現れた坂倉の姿に、逃げる気力さえも失せた。 この先、コンクリートと一緒に海に沈むのか、バラバラで山に埋められるのか。
どうにでもなれと、自暴自棄の心境で助手席に乗り込んだ膝の上に何かが投げられた。
手に取ると少し重いそれは、分厚い皮に鋲が打たれた頑丈な犬用の首輪だった。
眉間に困惑の皺が寄る。
「俺の出す条件を呑むか、それとも埠頭に停泊中のマグロ船に乗るか、お前が決めろ」
坂倉の視線に晒されながら、屈辱に震える指で首輪を嵌め、その夜のうちに坂倉に抱かれた。
俺の出した損失と、その利息分を返済し終わるまで坂倉に飼われ続ける。
これが坂倉の出した条件だった。
計算では、3月の大学院を卒業する頃にはぎりぎり返済が終わる。
この3年、稼ぎまくった。就職を諦め、留年も経験した。最初の予定より時間はかかったが、この生活もあと少しだ。
躰を支えていた手がカーディガンの袷から滑り込み、薄いシャツの上から胸や腹を愛撫し始める。その手を捕まえた。
「・・・郁朗」
「確かに、ここじゃ青姦だな」
並んだモニターの抜けるような青空を一瞥した坂倉が、俺を抱きこみ夜に散らばった宝石を背景に笑う。
「その楽しみは、またにとっておこう」
内緒話のように耳に直接吹き込む。坂倉は俺を解放し、手を取った。
あの頃と違いチェーンではなく繋いだ手を引かれて、ベッドに向かう。
癖のある長めの強い髪。上背のある背中。広い肩。
自分を引っ張って歩く坂倉の後姿を密かに見つめた。
主と従。
あと少しでこの男は俺の視界からいなくなる。無意識のうちに片方の手で新しい首輪を弄っていた。皮と金属でできた宝飾品のような首輪は見た目より軽く、触るたびシャラと小さく澄んだ音を立てる。
首輪を外したらどうなるのか。その後、自分はどこに行くのか?
それより、自分は本当に坂倉から与えられた首輪を外したいのか。だんだん曖昧になってきている自分が怖い。
「本当によく似合うな。店で見つけた時、真っ先にこれを身につけたお前の姿が浮かんだ。まるで誂えたみたいだ」
コート姿のままでベッドに座る坂倉の前に生まれたままの姿で立つ。
「議員先生自らこんなもの買って、店員からツッコミは入らないのかよ?」
「ツッコミ?まさか。飼い犬を溺愛する優しい愛犬家だと思っているさ。それに、客の買い物の使い道を詮索するような無粋な店になど、最初から行かない」
坂倉が近づいて来た。
指先で俺の顎を持ち上げ、悦にいったように首輪を眺める。そして、首輪を愛でる目と同じ目を俺に向け、捕食者の微笑みを浮かべた。
物のように自分を見る坂倉の視線に耐え切れず、坂倉から顔を背けた。
「よく似合う」 無防備になった項を捕食者の唇が這う。
ねっとりと肉感のある舌が柔かい皮膚を舐め上げ、ぞくりと躰が震えた。
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最後までお読み頂き、ありがとうございます♪(*^▽^*)
零時1分の更新予約にしていたのですが、何故か本文がUPされていませんでした。
村の新着をごらんになってこられた方、真っ白な画面でびっくりされたと思います。
すみませんでした。
■拍手ポチ、コメント、村ポチと・・本当に、いつもありがとうございます。
拙文しか書けない私ですが、書いていく励みになります。
■ブログ拍手コメントのお返事は、*こちら*にさせていただいております♪
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一度 飼われたペットは、野良になるには 大変でしょうね。
でもきっと 大丈夫だよ゚.+:。LOVE゚・*:★⌒ヾ(-ω・*)
ある雑誌での インタビューにて
「坂倉議員の趣味は?」と、聞かれた彼
答えは、もちろん
「ペットを 可愛がることです。」と、言ったとか・・・(笑)
~o――oU・ェ・Uヾ( ̄∀ ̄)ナデナデ♪...byebye☆