07 ,2011
rose fever 17
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<ローズ・フィーバー 17>
自分を覆うほどと巨体は、無駄な贅肉など一分も無い。肩の上にまで硬い筋肉が盛り上がる。歴史ある武道を身につけたこの男の強靭さや、並外れた敏捷性は既にリサーチ済だ。
いかに自分の身体能力に自信があろうと、無闇に手を出せば自分が潰される。
猪首に支えられた頭部で男らしい眉が猛々しく吊り上がる。冷酷だが、その奥に野心と民族の大義とを秘めた目が、ノアの瞳を覗き込んだ。
獣性と叡智。夏の目に、セントラルアジアを担う男の気概が篭もる。
同じ冷徹な瞳を持ちながら、白刃の鋭さを持つ迅とは対照的な男だ。
「あの村を抜け出せたとはな。恐れ入ったもんだ。ますます気に入った。次に会う時にはこの柔軟な躰を存分に味合わせて貰うぞ」
言葉をノアに刻み付けるようにその唇を塞ぎ貪る。咄嗟のことに躱すことが出来ず、夏の躰を引き離そうともがく躰が、窓の桟と夏の間で圧迫される。
苦しさに口の中で生き物のように淫靡に蠢く分厚い舌に思い切り歯を立てた。
「痛い・・・な」
ニヤリと、血の匂いのする雄の色香を漂わせながら夏が嗤う。
「行けよ。この前のお返しにちょいとした細工をしておいたから、楽しむがいい。忘れるな次に会った時は、お前は俺のものだ。その時に本当の名前も教えてもらう。呉とかノア・クロストなんてちんけな名ではなく、本当の名前をな」
「・・・・・!」
はっと見上げた瞬間、掴まれていた胸倉を突き放された。
「次の邂逅を楽しみにしている」身体の重心は崩れ、世界がぐるりと回転する。
身体はビル群の足元の暗闇を目指し、頭から真っ逆さまに墜落していた。
意識が遠のくほんの一瞬、撃たれた鳥のように墜落するエアフライを操った男の、冴え渡った青い瞳を思い出した。
瞳を射す眩しい夕陽が世界を黄金に輝かせる。
紺碧の空に棚引く金色の雲。広い緑の草原の途切れたその向こうは空と同じ色の海が広がる。
そして緑の草原の真ん中に花の詰まった白い箱。
ノアは糸の切れた操り人形のようにカクンと草の上に跪いた。
小さな花に埋もれた白い箱は棺だ。この風景は知っている。
たったひとつ、自分に残った記憶の風景。
海風がノアの黒髪を弄び、箱の中から溢れ零れる白い花を舞い上げ、断崖の上の草原を渡ってゆく。
左手に掴んだはずの夏の本は、手にこびり付いた夏の母親の血と共に消えていた。
深い心理の奥底に、大切に白い箱に入れて隠した記憶。それがなぜ、夏の心理層と繋がっていたのか。風が弄ぶ前髪の奥で俄かに警戒を強めた瞳が、慎重に辺りを見回す。
ゆっくり草の中で立ち上がった。
これが自分の記憶なら、自分はあの棺には近づけないはずだった。何度、近付こうと試みても、一歩踏み出せば場面は切り替わり、同じ場所に戻ってしまう。
出来の悪い無声ムービーのように。
いま、踏み出した足は一歩一歩、柔らかい草を踏みしめる。
何かがおかしい。頭の奥でけたたましく警笛が鳴る。罠でもよかった。
あの花に埋もれて眠る人物に、どうしても自分は会わなければいけない。遠く細い記憶の糸を辿って湧き上がる想いが足を棺に向けさせる。
棺に堆く積まれた小さな花を風が吹き飛ばしてゆく。
この花の下に眠るのは誰なのか。自分の両親なのか、それとも兄弟か?
たったひとつ心に残る記憶。ここに眠る人物が自分に近い人間であった事は間違いない。顔を見れば、きっと自分の過去を思い出せる。
死んでしまった花を退かせようと伸ばした指先で、迷いが生じた。顔を見て大切な人を思い出しても、その人はもういない。既に失った事を認識させられるだけかもしれない。
そんなのは嫌だ。
ノアの迷いなどお構い無しに、強い海風が小さな花を次々吹き飛ばしてゆく。
「あ・・・・」
指先を差し出したままノアの身体が固まった。
短く刈り込まれた灰色の髪。高い頤。
ベージュの上着が血液で茶褐色に変色していた。
棺の中の人物がローズ・フィーバーに感染して死んだのは明らかだった。
声も出せず、無意識に足が後ずさる。草に足をとられて後ろに転んだ。
棺の下から大量の血が染み出し緑の大地を赤く染める。
「うわああああっ」何かが切れたようにノアは地面にうつ伏せて大声で叫び、何度も地面を叩いた。こんなことは信じられない。信じられない。信じられない。嘘だ。
「あ、ああ・・ジタン!!」
喉を引き絞るノアの慟哭を、草原を渡る風が笑う。
風に紛れた夏の嘲笑をノアは聞き逃さなかった。
ノア・・・。ノア。
頬に痛みを感じ、瞼の内側に差し込んだ淡い光に意識が集まりだす。
また頬で弾ける音がして、痛みが重なった。
視界に黒い人型が映り、薄く開いた目を細めた。
「気がついたか?」
迅の声だ。けれど、言葉の意味がわからなかい。頭の中が混乱していた。
緩慢に首を回し周りを見る。薄いグレーのシーツ。眠らぬ摩天楼。
花も棺もジタンの骸も、どこにもない。
覗き込む迅のその顔に、珍しく冷静以外のものが浮かんでいる。胸に柔らかな喜びが込み上げて自然と笑が零れた。
「迅・・・」
「魘されていたぞ。昔のことを何か思い出したのか?」
引き寄せようと伸ばした手で、迅の素肌の胸を押し返した。
「ちょっと、抜いて」
穿たれた迅の熱が、ポイントを掠めながら出て行った。全身の皮膚の表面にザワリと波が立ち、短い喘ぎ声が漏れた。
起き上がって大きく息を吐く。ベッドから降りた迅が、グラスに酒を注いで戻ってきた。
気付け代わりだと渡されたグラスの酒を一気に煽った。
こんな量では足りない。血に濡れたジタンの顔を忘れる事はできない。
「思い出したんじゃない。俺は・・・俺たちは、夏に一杯食わされた」
「食わされた?」
口の中を蹂躙する夏の生々しい舌の感触が蘇る。
ノアの眉間に悔しげな皺が寄った。
「スイッチを仕込まれた」
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<ローズ・フィーバー 17>
自分を覆うほどと巨体は、無駄な贅肉など一分も無い。肩の上にまで硬い筋肉が盛り上がる。歴史ある武道を身につけたこの男の強靭さや、並外れた敏捷性は既にリサーチ済だ。
いかに自分の身体能力に自信があろうと、無闇に手を出せば自分が潰される。
猪首に支えられた頭部で男らしい眉が猛々しく吊り上がる。冷酷だが、その奥に野心と民族の大義とを秘めた目が、ノアの瞳を覗き込んだ。
獣性と叡智。夏の目に、セントラルアジアを担う男の気概が篭もる。
同じ冷徹な瞳を持ちながら、白刃の鋭さを持つ迅とは対照的な男だ。
「あの村を抜け出せたとはな。恐れ入ったもんだ。ますます気に入った。次に会う時にはこの柔軟な躰を存分に味合わせて貰うぞ」
言葉をノアに刻み付けるようにその唇を塞ぎ貪る。咄嗟のことに躱すことが出来ず、夏の躰を引き離そうともがく躰が、窓の桟と夏の間で圧迫される。
苦しさに口の中で生き物のように淫靡に蠢く分厚い舌に思い切り歯を立てた。
「痛い・・・な」
ニヤリと、血の匂いのする雄の色香を漂わせながら夏が嗤う。
「行けよ。この前のお返しにちょいとした細工をしておいたから、楽しむがいい。忘れるな次に会った時は、お前は俺のものだ。その時に本当の名前も教えてもらう。呉とかノア・クロストなんてちんけな名ではなく、本当の名前をな」
「・・・・・!」
はっと見上げた瞬間、掴まれていた胸倉を突き放された。
「次の邂逅を楽しみにしている」身体の重心は崩れ、世界がぐるりと回転する。
身体はビル群の足元の暗闇を目指し、頭から真っ逆さまに墜落していた。
意識が遠のくほんの一瞬、撃たれた鳥のように墜落するエアフライを操った男の、冴え渡った青い瞳を思い出した。
瞳を射す眩しい夕陽が世界を黄金に輝かせる。
紺碧の空に棚引く金色の雲。広い緑の草原の途切れたその向こうは空と同じ色の海が広がる。
そして緑の草原の真ん中に花の詰まった白い箱。
ノアは糸の切れた操り人形のようにカクンと草の上に跪いた。
小さな花に埋もれた白い箱は棺だ。この風景は知っている。
たったひとつ、自分に残った記憶の風景。
海風がノアの黒髪を弄び、箱の中から溢れ零れる白い花を舞い上げ、断崖の上の草原を渡ってゆく。
左手に掴んだはずの夏の本は、手にこびり付いた夏の母親の血と共に消えていた。
深い心理の奥底に、大切に白い箱に入れて隠した記憶。それがなぜ、夏の心理層と繋がっていたのか。風が弄ぶ前髪の奥で俄かに警戒を強めた瞳が、慎重に辺りを見回す。
ゆっくり草の中で立ち上がった。
これが自分の記憶なら、自分はあの棺には近づけないはずだった。何度、近付こうと試みても、一歩踏み出せば場面は切り替わり、同じ場所に戻ってしまう。
出来の悪い無声ムービーのように。
いま、踏み出した足は一歩一歩、柔らかい草を踏みしめる。
何かがおかしい。頭の奥でけたたましく警笛が鳴る。罠でもよかった。
あの花に埋もれて眠る人物に、どうしても自分は会わなければいけない。遠く細い記憶の糸を辿って湧き上がる想いが足を棺に向けさせる。
棺に堆く積まれた小さな花を風が吹き飛ばしてゆく。
この花の下に眠るのは誰なのか。自分の両親なのか、それとも兄弟か?
たったひとつ心に残る記憶。ここに眠る人物が自分に近い人間であった事は間違いない。顔を見れば、きっと自分の過去を思い出せる。
死んでしまった花を退かせようと伸ばした指先で、迷いが生じた。顔を見て大切な人を思い出しても、その人はもういない。既に失った事を認識させられるだけかもしれない。
そんなのは嫌だ。
ノアの迷いなどお構い無しに、強い海風が小さな花を次々吹き飛ばしてゆく。
「あ・・・・」
指先を差し出したままノアの身体が固まった。
短く刈り込まれた灰色の髪。高い頤。
ベージュの上着が血液で茶褐色に変色していた。
棺の中の人物がローズ・フィーバーに感染して死んだのは明らかだった。
声も出せず、無意識に足が後ずさる。草に足をとられて後ろに転んだ。
棺の下から大量の血が染み出し緑の大地を赤く染める。
「うわああああっ」何かが切れたようにノアは地面にうつ伏せて大声で叫び、何度も地面を叩いた。こんなことは信じられない。信じられない。信じられない。嘘だ。
「あ、ああ・・ジタン!!」
喉を引き絞るノアの慟哭を、草原を渡る風が笑う。
風に紛れた夏の嘲笑をノアは聞き逃さなかった。
ノア・・・。ノア。
頬に痛みを感じ、瞼の内側に差し込んだ淡い光に意識が集まりだす。
また頬で弾ける音がして、痛みが重なった。
視界に黒い人型が映り、薄く開いた目を細めた。
「気がついたか?」
迅の声だ。けれど、言葉の意味がわからなかい。頭の中が混乱していた。
緩慢に首を回し周りを見る。薄いグレーのシーツ。眠らぬ摩天楼。
花も棺もジタンの骸も、どこにもない。
覗き込む迅のその顔に、珍しく冷静以外のものが浮かんでいる。胸に柔らかな喜びが込み上げて自然と笑が零れた。
「迅・・・」
「魘されていたぞ。昔のことを何か思い出したのか?」
引き寄せようと伸ばした手で、迅の素肌の胸を押し返した。
「ちょっと、抜いて」
穿たれた迅の熱が、ポイントを掠めながら出て行った。全身の皮膚の表面にザワリと波が立ち、短い喘ぎ声が漏れた。
起き上がって大きく息を吐く。ベッドから降りた迅が、グラスに酒を注いで戻ってきた。
気付け代わりだと渡されたグラスの酒を一気に煽った。
こんな量では足りない。血に濡れたジタンの顔を忘れる事はできない。
「思い出したんじゃない。俺は・・・俺たちは、夏に一杯食わされた」
「食わされた?」
口の中を蹂躙する夏の生々しい舌の感触が蘇る。
ノアの眉間に悔しげな皺が寄った。
「スイッチを仕込まれた」
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最後までお読み頂き、ありがとうございます。
折角のちゅうシーンなのに、ベッドの中なのに色気が微塵もないです。
しかも、夏がBLの規格から見事にはみ出してしまいました。
初稿では、美貌のヒール種の攻めさまだったのですけど、
いつの間にかゴツイおっさんになってました(;^_^A
あと数話で一部が終わります。2部はちゃんとBLになる予定です(たぶん。
折角のちゅうシーンなのに、ベッドの中なのに色気が微塵もないです。
しかも、夏がBLの規格から見事にはみ出してしまいました。
初稿では、美貌のヒール種の攻めさまだったのですけど、
いつの間にかゴツイおっさんになってました(;^_^A
あと数話で一部が終わります。2部はちゃんとBLになる予定です(たぶん。
ノアが ダイブした 夏の意識下の世界が、 面白い!
いやぁ~ノアには もっと ダイブして欲しいな♪
でも 連絡が取れてなかった ジタンが・・・これって 現実?
それに ”スイッチ”って~~~d(´・ω・`:)モキュ?byebye☆