07 ,2011
rose fever 16
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<ローズ・フィーバー 16>
ゆっくり立ち上がり、薄暗い部屋の中を見回した。
さして広くもないが、狭苦しいというほどのものでもない、どこかの邸宅のプライベートダイニングといった感じだ。
シノワズリというのか、黒い光沢が歴史を感じさせる調度品の揃う部屋の真ん中に、大きな樫のテーブルが置いてある。精緻な透かし彫りの細工が施された重厚なテーブルの周りには、同じ造りの椅子が8客。
8と言う数字は、漢字で描くと末広がりになる。セントラルアジアの吉数だ。
そのひとつに少年が座っているのを見つけ心臓が飛び上がった。少年は突如現れたノアに驚くでもなく、黙ってノアを見ている。
警戒を強くしながら素早く室内に目を走らせた。夏の派手なトラップを見せられた後だ。油断は出来ない。
印のついた窓はテーブルを挟んだ向こう。大人の足で、ほんの5~6歩といったところか。素早く窓までの経路をシミュレートするノアの目が一点で留まる。
少年の隣の椅子の上に、女物の服が置いてあった。柔らかそうな上質の布の間から古い皮の表紙が覗いている。
分厚い紙の塊・・・本だ。
100年も前に紙媒体は姿を消した。今時、蒐集家によって古い本がコレクションされたりインテリアとして使われる事はあっても、実用書として一般に流通する事はほとんどない。
情報を詰め込んだ古の紙の固まり。これが示す暗示は・・・
じわりと遠巻きにテーブルに近付き、足を止める。
少年は子供にしては体躯のよい体つきをしている。意志の強そうな碧味を帯びた黒い瞳がノアの動きに合わせて動いた。
少年の顔に、癖のある皮肉めいた笑が刷かれた瞬間、ノアは固唾を呑んだ。
この少年は夏だ。
奸計を企むかのような笑いに、ノアの顔の警戒心が深くなる。
お互い時間が止まったようにまんじりともせず見詰め合う。
突然、少年の顔から何かを悟ったかのように微笑が消えた。ノアの身体が跳躍し、本を衣服もろとも掴み、テーブルの上を身を翻しながら飛び越える。
続けて窓枠に奔りより、手足を掛ける。今にも跳び出さんと態勢を取ったノアの動きがピタリと止まった。
クラシカルなスタイルのビルが窮屈そうに立ち並ぶ大きな都市。建物が隙間なく犇めく様は、先の運河の村を思い起こさせる。
ただしこちらは、恐ろしく高い。
立ち並ぶ無数の建物の垂直線が、放射状に見える。焦点である地面は遥か彼方の暗がりに吸い込まれ、判別すらできない。まるで闇の中からビルが生えているようだ。
途方もないビジュアルと、何より夏の世界であるという土壌がノアを踏み止まらせる。
「なんだ、跳ぶのかと思ったのに。つまらない」
躊躇うノアの背中に少年が声を掛けた。
窓の桟に片足を乗せたまま少年を振り返る。部屋中に所狭しと付けられた鮮やかな赤い×印にノアの瞳が瞠目した。壁、花梨の衝立、テーブル、椅子に及ぶまで、全てにノアの付けた印と同じ赤い印がついている。
少年の頭と腹にまで刻印する悪趣味さに、ノアの顔が嫌悪感に歪んだ。
子供ながらに鋭く切れ上がった少年の目が、意地悪気に笑う。
「その服は、母が父に見初められた時に着ていた服だよ。村の祭りの日、中央から視察に来ていた父は、奉納舞を舞う巫女だった母に一目惚れして中央に連れ帰ったんだ」
少年が愛おしそうに注視する先。本と女物の服を一緒に掴んだ自分の右手を見た。
浅葱色の正絹に大量の鮮血が散る。反射的に離したノアの手から、絹服はなめし皮で装丁された本もろとも滑り落ち、床で広がった。
鮮血に濡れた部分はどんどん広がっていき、浅葱色は床の上で真紅に変わった。
夏の母親は、ローズ・フィーバーで死んでいる。
見下ろした自分の手は、夏の母親の血で濡れていた。
「ああ、お前の手にも血がべっとりだ。そう・・・母は薔薇熱で死んだんだよ。お前は大丈夫かな」
言葉の途中で夏の顔に邪険で陰気な笑いが滲み出し少年の顔を支配したかと思うと、今度は慈悲めいた憂いの表情でノアをみる。
「ねえ、ここで僕と一緒にいてよ」 言葉を吐いた次のシーンにはもう笑っている。
トラップだ。夏は時間を引き延ばしている。
罠に気付き、桟に足を掛けたまま素早く本を拾う。そのまま跳ぼうとした身体が大きな手に捕まった。
「随分と躰が柔らかいんだな。感心だ」
耳元でした野太い声に、瞬時に引いた胸倉を掴まれる。筋肉の盛り上がった腕に吊り下げられるように引き寄せられ、鼻先に夏の顔が迫った。
細い一重の奥の瞳が、物騒な光を孕ませてノアを映す。
「他人の頭の中を搔き混ぜられるのは自分達だけだと思うなよ」
眼力だけで人を切り裂けそうなほどの威厳を持つ男はもう、子供などではなかった。
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<ローズ・フィーバー 16>
ゆっくり立ち上がり、薄暗い部屋の中を見回した。
さして広くもないが、狭苦しいというほどのものでもない、どこかの邸宅のプライベートダイニングといった感じだ。
シノワズリというのか、黒い光沢が歴史を感じさせる調度品の揃う部屋の真ん中に、大きな樫のテーブルが置いてある。精緻な透かし彫りの細工が施された重厚なテーブルの周りには、同じ造りの椅子が8客。
8と言う数字は、漢字で描くと末広がりになる。セントラルアジアの吉数だ。
そのひとつに少年が座っているのを見つけ心臓が飛び上がった。少年は突如現れたノアに驚くでもなく、黙ってノアを見ている。
警戒を強くしながら素早く室内に目を走らせた。夏の派手なトラップを見せられた後だ。油断は出来ない。
印のついた窓はテーブルを挟んだ向こう。大人の足で、ほんの5~6歩といったところか。素早く窓までの経路をシミュレートするノアの目が一点で留まる。
少年の隣の椅子の上に、女物の服が置いてあった。柔らかそうな上質の布の間から古い皮の表紙が覗いている。
分厚い紙の塊・・・本だ。
100年も前に紙媒体は姿を消した。今時、蒐集家によって古い本がコレクションされたりインテリアとして使われる事はあっても、実用書として一般に流通する事はほとんどない。
情報を詰め込んだ古の紙の固まり。これが示す暗示は・・・
じわりと遠巻きにテーブルに近付き、足を止める。
少年は子供にしては体躯のよい体つきをしている。意志の強そうな碧味を帯びた黒い瞳がノアの動きに合わせて動いた。
少年の顔に、癖のある皮肉めいた笑が刷かれた瞬間、ノアは固唾を呑んだ。
この少年は夏だ。
奸計を企むかのような笑いに、ノアの顔の警戒心が深くなる。
お互い時間が止まったようにまんじりともせず見詰め合う。
突然、少年の顔から何かを悟ったかのように微笑が消えた。ノアの身体が跳躍し、本を衣服もろとも掴み、テーブルの上を身を翻しながら飛び越える。
続けて窓枠に奔りより、手足を掛ける。今にも跳び出さんと態勢を取ったノアの動きがピタリと止まった。
クラシカルなスタイルのビルが窮屈そうに立ち並ぶ大きな都市。建物が隙間なく犇めく様は、先の運河の村を思い起こさせる。
ただしこちらは、恐ろしく高い。
立ち並ぶ無数の建物の垂直線が、放射状に見える。焦点である地面は遥か彼方の暗がりに吸い込まれ、判別すらできない。まるで闇の中からビルが生えているようだ。
途方もないビジュアルと、何より夏の世界であるという土壌がノアを踏み止まらせる。
「なんだ、跳ぶのかと思ったのに。つまらない」
躊躇うノアの背中に少年が声を掛けた。
窓の桟に片足を乗せたまま少年を振り返る。部屋中に所狭しと付けられた鮮やかな赤い×印にノアの瞳が瞠目した。壁、花梨の衝立、テーブル、椅子に及ぶまで、全てにノアの付けた印と同じ赤い印がついている。
少年の頭と腹にまで刻印する悪趣味さに、ノアの顔が嫌悪感に歪んだ。
子供ながらに鋭く切れ上がった少年の目が、意地悪気に笑う。
「その服は、母が父に見初められた時に着ていた服だよ。村の祭りの日、中央から視察に来ていた父は、奉納舞を舞う巫女だった母に一目惚れして中央に連れ帰ったんだ」
少年が愛おしそうに注視する先。本と女物の服を一緒に掴んだ自分の右手を見た。
浅葱色の正絹に大量の鮮血が散る。反射的に離したノアの手から、絹服はなめし皮で装丁された本もろとも滑り落ち、床で広がった。
鮮血に濡れた部分はどんどん広がっていき、浅葱色は床の上で真紅に変わった。
夏の母親は、ローズ・フィーバーで死んでいる。
見下ろした自分の手は、夏の母親の血で濡れていた。
「ああ、お前の手にも血がべっとりだ。そう・・・母は薔薇熱で死んだんだよ。お前は大丈夫かな」
言葉の途中で夏の顔に邪険で陰気な笑いが滲み出し少年の顔を支配したかと思うと、今度は慈悲めいた憂いの表情でノアをみる。
「ねえ、ここで僕と一緒にいてよ」 言葉を吐いた次のシーンにはもう笑っている。
トラップだ。夏は時間を引き延ばしている。
罠に気付き、桟に足を掛けたまま素早く本を拾う。そのまま跳ぼうとした身体が大きな手に捕まった。
「随分と躰が柔らかいんだな。感心だ」
耳元でした野太い声に、瞬時に引いた胸倉を掴まれる。筋肉の盛り上がった腕に吊り下げられるように引き寄せられ、鼻先に夏の顔が迫った。
細い一重の奥の瞳が、物騒な光を孕ませてノアを映す。
「他人の頭の中を搔き混ぜられるのは自分達だけだと思うなよ」
眼力だけで人を切り裂けそうなほどの威厳を持つ男はもう、子供などではなかった。
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最後まで追うお読みくださり、ありがとうございます。
このまま、BLに居座っていいのか?という地味な内容で、すみません~。
この後、ちゅうシーンが入っていたのですけど、長かったので切ってしまいました。
次で入ります。あんまり楽しいちゅうではないけれど・・・。(;^_^A。
このまま、BLに居座っていいのか?という地味な内容で、すみません~。
この後、ちゅうシーンが入っていたのですけど、長かったので切ってしまいました。
次で入ります。あんまり楽しいちゅうではないけれど・・・。(;^_^A。
変幻自在に姿を変え 背景を変え 次々と 仕掛けてくるトラップの数の多さに
ノア以外に ダイブが出来る者を匂わす 夏の言葉に
夏の 怖さ、恐ろしさを ノアと共に 感じております!
無事に脱出できたのを 分かっていてても ハラハラしま~す
.+:。((((iio・ω・ii)o))) ゚.+:。ドキドキ♪...byebye☆